1 距離の公理と開球
定義 1.1. 集合Xの写像d:X×X→Rが 距離 (metric) であるとは、任意のx,y,z∈Xについて、次の三条件を満たすことである。
- d(x,y)=0とx=yが同値である。
- d(x,y)=d(y,x)が成り立つ。
- d(x,z)≤d(x,y)+d(y,z)が成り立つ。
距離dを備えた組(X,d)を 距離空間 (metric space) という。
証明. 距離の三角不等式をx,y,xに適用すると、0=d(x,x)≤d(x,y)+d(y,x)=2d(x,y)を得る。したがってd(x,y)≥0である。▨
命題 1.3.(X,d)を距離空間とする。任意のx,y,z∈Xに対して
∣d(x,z)−d(y,z)∣≤d(x,y)が成り立つ。
証明.d(x,z)≤d(x,y)+d(y,z)からd(x,z)−d(y,z)≤d(x,y)を得る。x,yを交換するとd(y,z)−d(x,z)≤d(x,y)を得る。この二式は主張の絶対値不等式と同値である。▨
定義 1.4.(X,d)を距離空間、a∈X、r>0とする。集合
B(a,r)={x∈X∣d(a,x)<r}を、aを中心とする半径rの開球 (open ball) という。
例 1.6.R上のd(x,y)=∣x−y∣は距離である。実数の絶対値の三角不等式が第3条件を与え、等号条件と∣x−y∣=∣y−x∣が第1、2条件を与える。以後、Rnの座標ごとの計算ではこの実数の距離を用いる。
2 距離から作る構成
定義 2.1.(X,d)を距離空間、Y⊆Xとする。Y×Y上へのdの制限
dY(y,y′)=d(y,y′)(y,y′∈Y)をY上の制限距離 (restricted metric) という。
命題 2.2.dYはY上の距離であり、y∈Yとr>0に対して
BdY(y,r)=Y∩Bd(y,r)が成り立つ。
証明.dYについて、Yの二点はXの二点でもあるから、dの三公理はそのままdYの三公理を与える。またz∈Yについて、z∈BdY(y,r)はd(y,z)<rと同値であり、これはz∈Y∩Bd(y,r)と同値である。▨
定義 2.3. 集合Xに対し、
δ(x,y)={01(x=y),(x=y)で定める写像をX上の離散距離 (discrete metric) という。
命題 2.4.δはX上の距離である。さらに0<r≤1ならばBδ(x,r)={x}であり、r>1ならばBδ(x,r)=Xである。
証明. 同一律と対称律は定義から従う。x=zのとき三角不等式の左辺は0である。x=zのとき左辺は1であり、x=yとy=zが同時に成り立つことはないので、右辺は少なくとも1である。よって三角不等式が成り立つ。開球の記述は、δ(x,z)がz=xなら0、そうでなければ1であることから直ちに従う。▨
定義 2.5.n∈N≥1とし、距離空間(Xi,di)(1≤i≤n)に対しX=∏i=1nXiとおく。実数1≤p<∞とx,y∈Xに対して
dp(x,y)=(i=1∑ndi(xi,yi)p)1/p,d∞(x,y)=1≤i≤nmaxdi(xi,yi)と定める。0p=0と定め、正の底の実数乗は通常の意味で用いる。各dpを有限積のℓp距離 (ell-p metric) という。d∞はℓ∞距離ともいい、とくに最大値距離 (maximum metric) という。これらは各成分の距離から定まるX上の積距離である。p=1のときはd1(x,y)=∑i=1ndi(xi,yi)である。
補題 2.6. 実数p≥1、a,b≥0、0≤λ≤1に対し、0p=0と定めると
((1−λ)a+λb)p≤(1−λ)ap+λbpが成り立つ。
証明.p=1では両辺が等しい。p>1とし、f(t)=tp(t>0)、f(0)=0とおく。正の底については§D1.24 定義 3.5と§D1.24 定理 3.8によりtp=exp(plogt)である。t>0でh→0とすると、u=plogt、uh=plog(t+h)に対して
hf(t+h)−f(t)=uh−uexpuh−expuphlog(t+h)−logt⟶pexp(plogt)t1=ptp−1.ここで§D1.24 定理 1.3と§D1.24 定理 3.4の微分公式を用いた。logは狭義単調増加であり、§D1.24 命題 3.1によりexpも狭義単調増加である。したがってtp−1=exp((p−1)logt)はt>0で狭義単調増加だから、f′も狭義単調増加である。また0<t≤1ではlogt≤0であり、指数関数の単調性から0≤tp≤tとなる。したがってfは0でも連続である。
a=bまたはλ∈{0,1}の場合は等号が成り立つ。a>bの場合はa,bを交換し、λを1−λに置き換えればよい。そこでa<b、0<λ<1とし、c=(1−λ)a+λbとおくとa<c<bである。§D1.14 定理 3.1を[a,c]と[c,b]に適用すると、a<u<c<v<bを満たすu,vが存在して
c−af(c)−f(a)=f′(u)≤f′(v)=b−cf(b)−f(c)となる。a=0の場合も、fの0での連続性によって最初の平均値の定理を適用することができる。c−a=λ(b−a)、b−c=(1−λ)(b−a)を代入して整理すると、f(c)≤(1−λ)f(a)+λf(b)を得る。▨
定理 2.7 (Minkowski の不等式).n∈N≥1、実数1≤p<∞とし、ai,bi≥0(1≤i≤n)とする。このとき
(i=1∑n(ai+bi)p)1/p≤(i=1∑naip)1/p+(i=1∑nbip)1/pが成り立つ。
証明.p=1では両辺が∑i(ai+bi)に等しい。p>1とし、A=(∑iaip)1/p、B=(∑ibip)1/pとおく。A=0なら、非負項の和が0なので、すべてのai=0であり、主張は等号となる。B=0の場合も同様である。
A,B>0の場合はλ=A/(A+B)とおく。各iについてai/A,bi/B≥0であり、補題 2.6により
(A+Bai+bi)p=(λAai+(1−λ)Bbi)p≤λApaip+(1−λ)Bpbip.この不等式をi=1,…,nについて加えると、右辺はλ+(1−λ)=1となる。両辺に(A+B)pを掛け、非負実数上での1/p乗の単調性を用いると主張を得る。▨
定理 2.8.n∈N≥1とし、距離空間(Xi,di)(1≤i≤n)に対しX=∏i=1nXiとおく。実数1≤p<∞に対し、dpとd∞はともにX上の距離である。
証明.dpとd∞は非負かつ対称である。非負項の和または最大値が0となることは各di(xi,yi)=0と同値であり、各diの同一律によってx=yと同値である。任意のx,y,z∈Xと各iについて
di(xi,zi)≤di(xi,yi)+di(yi,zi)≤d∞(x,y)+d∞(y,z)であるから、最大をとってd∞の三角不等式を得る。また、非負実数上でのp乗と1/p乗の単調性および定理 2.7により
dp(x,z)≤(i=1∑n(di(xi,yi)+di(yi,zi))p)1/p≤dp(x,y)+dp(y,z).とくにp=1の場合は、各成分の三角不等式を加えたものに等しい。▨
3 Euclid 距離
補題 3.1 (Cauchy--Schwarz の不等式).n∈N≥1、u,v∈Rnに対して
i=1∑nuivi≤(i=1∑nui2)1/2(i=1∑nvi2)1/2が成り立つ。
証明.v=0なら主張は明らかである。v=0とし、実数tに対する二乗和
0≤i=1∑n(ui−tvi)2=i∑ui2−2ti∑uivi+t2i∑vi2を考える。この二次式の判別式は高々0であるから、(∑iuivi)2≤(∑iui2)(∑ivi2)を得る。両辺の非負平方根をとればよい。▨
定義 3.2.n∈Z≥1とし、Rn上で
d2(x,y)=(i=1∑n(xi−yi)2)1/2と定める。d2をEuclid 距離 (Euclidean metric) という。各座標に実数の通常距離∣s−t∣を入れたとき、d2は有限積のℓ2距離に一致する。同じ構成のℓ1距離とℓ∞距離は、それぞれd1(x,y)=∑i=1n∣xi−yi∣とd∞(x,y)=max1≤i≤n∣xi−yi∣である。
命題 3.3.n∈Z≥1とする。定義 3.2で定めたd2はRn上の距離である。
証明. 非負性、対称律、同一律は平方和の性質から従う。w∈Rnに対して∥w∥2=(∑i=1nwi2)1/2と書く。u=x−y、v=y−zとおくと、補題 3.1より
d2(x,z)2=∥u+v∥22=∥u∥22+2i∑uivi+∥v∥22≤(∥u∥2+∥v∥2)2.両辺が非負であるから平方根をとり、d2(x,z)≤d2(x,y)+d2(y,z)を得る。▨
4 有限積の距離の比較
命題 4.1.n∈N≥1とし、距離空間(Xi,di)(1≤i≤n)の直積Xにdpとd∞を入れる。実数1≤p<∞、x,y∈X、r>0に対して
d∞(x,y)≤dp(x,y)≤n1/pd∞(x,y)および
Bd∞(x,n1/pr)⊆Bdp(x,r)⊆Bd∞(x,r)が成り立つ。
証明.ai=di(xi,yi)≥0、M=maxiaiとおく。各aipは非負であり、aip≤Mpである。最大値を与える成分のp乗が和に含まれるから
Mp≤i=1∑naip≤nMp.非負実数上での1/p乗の単調性から距離の比較を得る。d∞(x,y)<r/n1/pならdp(x,y)≤n1/pd∞(x,y)<rであり、dp(x,y)<rならd∞(x,y)≤dp(x,y)<rである。したがって両方の開球包含が成り立つ。▨
証明. 各成分の絶対値はd2(x,y)以下であるから、最大をとって第一の不等式を得る。非負数ai=∣xi−yi∣に対して(∑iai)2≥∑iai2であるから第二の不等式を得る。各ai≤maxjaj=d∞(x,y)を加えると第三の不等式を得る。▨
例 4.3 (R2の開球).R2の原点を中心とする半径1のd∞-開球は(−1,1)2、d1-開球は∣x1∣+∣x2∣<1を満たすひし形、d2-開球はx12+x22<1を満たす円板である。三つの集合は異なるが、公式 4.2は各距離が同じ点の近さを定数倍の範囲で比較することを示す。
5 演習
問題 5.1 (三角不等式を満たさない関数).R上のq(x,y)=(x−y)2が距離でないことを示せ。
解答.
q(0,2)=4であるのに対し、q(0,1)+q(1,2)=2である。したがって三角不等式が成り立たない。▨
問題 5.2 (有限積の距離における等号).R2の二点x=(0,0)、y=(1,1)について、d∞(x,y)、d2(x,y)、d1(x,y)を計算せよ。
解答.
d∞(x,y)=1、d2(x,y)=2、d1(x,y)=2である。したがって公式 4.2が与える最初の二つの不等式は狭義不等式であり、第三の不等式d1≤2d∞は等号である。▨