1 縮小写像と反復列
定義 1.1.(X,d)を§E2.1 定義 1.1で定める距離空間とする。写像f:X→Xが縮小写像 (contraction mapping) であるとは、0≤q<1を満たす実数qが存在して、任意のx,y∈Xに対して
d(f(x),f(y))≤qd(x,y)が成り立つことをいう。この不等式を満たすqをfの縮小比 (contraction ratio) という。
命題 1.3.(X,d)を距離空間とし、f:X→Xを縮小写像とする。このとき、fは連続写像である。
証明.fの縮小比qをとる。任意のx,y∈Xに対してd(f(x),f(y))≤qd(x,y)≤d(x,y)であるから、§E2.4 命題 3.4をL=1として適用すると、fは連続である。▨
定義 1.4.(X,d)を距離空間とし、f:X→Xを写像とする。等式f(x)=xを満たすx∈Xをfの不動点 (fixed point) という。
x0∈Xに対して、
xn+1=f(xn)(n∈Z≥0)によって定まる点列(xn)n∈Z≥0を、x0から始まるfの反復列 (iteration sequence) という。
2 不動点定理と誤差評価
補題 2.1.(X,d)を距離空間とし、f:X→Xを縮小比qの縮小写像とする。x0∈Xから始まる反復列(xn)n∈Z≥0に対して、任意のn∈Z≥0について
d(xn,xn+1)≤qnd(x0,x1)が成り立つ。さらに、任意の整数m>n≥0について
d(xn,xm)≤1−qqn(1−qm−n)d(x0,x1)≤1−qqnd(x0,x1)が成り立つ。
証明.n=0の場合には最初の不等式は等号で成り立つ。あるn≥0について最初の不等式が成り立つならば、縮小写像の定義から
d(xn+1,xn+2)=d(f(xn),f(xn+1))≤qd(xn,xn+1)≤qn+1d(x0,x1)を得る。したがって、数学的帰納法によって最初の不等式が成り立つ。
m>n≥0とする。三角不等式と最初の不等式により、
d(xn,xm)≤j=n∑m−1d(xj,xj+1)≤d(x0,x1)j=n∑m−1qj=1−qqn(1−qm−n)d(x0,x1)≤1−qqnd(x0,x1)が成り立つ。▨
定理 2.2 (Banach の不動点定理).(X,d)を空でない完備距離空間とし、f:X→Xを縮小比qの縮小写像とする。このとき、fはただ一つの不動点x∗∈Xをもつ。さらに、任意のx0∈Xから始まる反復列はx∗に収束する。
証明.x0∈Xを任意にとり、xn+1=f(xn)によって反復列(xn)n∈Z≥0を定める。補題 2.1により、整数m>n≥0に対して
d(xn,xm)≤1−qqnd(x0,x1)である。m<nの場合には距離の対称律を用い、m=nの場合にはd(xn,xn)=0を用いる。§B1.7 定理 2.1によりqn→0であるから、(xn)は§E2.5 定義 1.1で定める Cauchy 列である。Xは完備であるため、xn→x∗を満たすx∗∈Xが存在する。
命題 1.3によりfは連続である。したがって、§E2.4 命題 1.3の連続性から点列連続性を導く向きにより、f(xn)→f(x∗)である。一方、f(xn)=xn+1であり、(xn+1)n∈Z≥0は(xn)n∈Z≥0の部分列であるから、§E2.3 命題 2.3によりxn+1→x∗である。§E2.3 命題 1.3によってf(x∗)=x∗を得る。
y∗∈Xもfの不動点であるとする。縮小不等式により
d(x∗,y∗)=d(f(x∗),f(y∗))≤qd(x∗,y∗)である。したがって、(1−q)d(x∗,y∗)≤0である。1−q>0であり、§E2.1 命題 1.2によりd(x∗,y∗)≥0であるからd(x∗,y∗)=0であり、x∗=y∗である。x0は任意であったため、任意の出発点から始まる反復列が、この一意な不動点へ収束する。▨
系 2.3.(X,d)を空でない完備距離空間とし、f:X→Xを縮小比qの縮小写像とする。x0∈Xから始まる反復列を(xn)n∈Z≥0とし、fの不動点をx∗とする。このとき、次の評価が成り立つ。
- すべてのn∈Z≥0に対して、事前評価
d(xn,x∗)≤1−qqnd(x0,x1)
が成り立つ。
- すべてのn∈Z≥1に対して、事後評価
d(xn,x∗)≤1−qqd(xn−1,xn)
が成り立つ。
証明. 事前評価について、補題 2.1により、m>nならば
d(xn,xm)≤1−qqnd(x0,x1)である。§E2.1 命題 1.3から
d(xn,xm)−d(xn,x∗)≤d(xm,x∗)を得る。m→∞とするとd(xm,x∗)→0であるから、実数列(d(xn,xm))m>nはd(xn,x∗)に収束する。この実数列は、§E2.1 命題 1.2と上の評価により、すべてのm>nについて
0≤d(xn,xm)≤1−qqnd(x0,x1)を満たす。したがって§E2.5 補題 5.4によりd(xn,x∗)も同じ上界を満たし、事前評価を得る。
事後評価について、n≥1を固定し、y0=xn−1から始まる反復列を(yk)k∈Z≥0とする。反復列の定義によりyk=xn−1+kであり、y1=xnである。定理 2.2により(yk)もx∗に収束する。事前評価を(yk)のk=1に適用すると、
d(xn,x∗)=d(y1,x∗)≤1−qqd(y0,y1)=1−qqd(xn−1,xn)を得る。▨
3 例
例 3.1 (一様な縮小比の必要性). 通常の距離を入れたR上でf(x)=x+1と定めると、任意のx,y∈Rに対して
∣f(x)−f(y)∣=∣x−y∣が成り立つ。しかし、f(x)=xを満たす実数は存在しない。したがって、縮小比としてq=1を許すと、完備で空でない空間でも不動点の存在は従わない。
各点の対で距離が真に小さくなるという条件も、一様な縮小比の代わりにならない。X=[1,∞)にRからの制限距離を入れ、f(x)=x+1/xと定める。x∈Xならばf(x)≥2であるから、f(X)⊆Xである。XはRの閉部分集合であるため、§E2.5 定理 3.2により完備である。相異なるx,y∈Xではxy>1であるから、
∣f(x)−f(y)∣=∣x−y∣(1−xy1)<∣x−y∣である。一方、任意のx∈Xに対してf(x)>xであるから、fは不動点をもたない。係数1−1/(xy)はx,yを大きくすると1に近づくため、すべての点の対に共通するq<1は存在しない。
例 3.2 (完備性と非空性の必要性).X=(0,1]にRからの制限距離を入れ、f(x)=x/2と定める。0<x≤1ならば0<x/2≤1/2であるから、f(X)⊆Xである。§E2.5 例 6.2によりXは完備でない。写像fは縮小比1/2の縮小写像であるが、不動点方程式x/2=xの解x=0はXに属さない。したがって、完備性を外すと不動点の存在は従わない。
空距離空間X=∅上の空写像f:X→Xは、任意のx,y∈Xに関する縮小不等式を満たし、Xは完備である。しかし、Xには不動点が存在しない。したがって、空間が空でないという仮定も必要である。
例 3.3 (反復列と誤差評価). 通常の距離を入れたR上でf(x)=x/2+1と定める。写像fは縮小比q=1/2の縮小写像であり、不動点方程式x=x/2+1の解はx∗=2である。
x0=0から始まる反復列では、x1=1、x2=3/2、x3=7/4である。数学的帰納法により
xn=2−21−nが成り立つため、実際の誤差はd(xn,x∗)=21−nである。
d(x0,x1)=1であるから、系 2.3で得た事前評価は
d(xn,x∗)≤1−1/2(1/2)n=21−nを与える。また、n≥1ではd(xn−1,xn)=21−nであるから、事後評価は
d(xn,x∗)≤1−1/21/221−n=21−nを与える。この反復列では、二つの評価がいずれも実際の誤差と一致する。
4 演習
問題 4.1 (反復と事前評価).X=[0,1]にRからの制限距離を入れ、f(x)=x/3+1/3と定める。fが縮小写像であることを示し、不動点x∗を求めよ。さらに、x0=0から始まる反復列について、d(x2,x∗)の実際の値と事前評価を比較せよ。
解答.
0≤x≤1ならば1/3≤f(x)≤2/3であるから、f(X)⊆Xである。任意のx,y∈Xに対して
∣f(x)−f(y)∣=31∣x−y∣であるため、fは縮小比q=1/3の縮小写像である。不動点方程式x=x/3+1/3の解はx∗=1/2である。
x1=1/3、x2=4/9であるから、実際の誤差は
d(x2,x∗)=94−21=181である。一方、d(x0,x1)=1/3であるから、事前評価は
1−1/3(1/3)2⋅31=181を与える。この場合には、事前評価の上界が実際の誤差と一致する。▨