概要と対象読者

体論は、多項式の根を含む最小の体を構成し、得られた体拡大を線形代数と群論によって調べる理論である。本単元は、E8 の環論入門で環、体、多項式環、加群およびテンソル積を学んだ数学専門課程の読者を対象とする。体拡大の次数、代数性と超越性、分離性と正規性を定義した後、有限次 Galois 対応、Krull 位相を伴う無限次 Galois 対応、絶対 Galois 群および連続 Galois 一次コサイクルを構成する。

必修部分では、有限体、円分拡大、Kummer 理論および Artin–Schreier–Witt 理論を、有限次・無限次 Galois 理論の具体的な帰結として扱う。展望部分では、定規とコンパスによる作図、多項式の根基による可解性、五次方程式の標準形、および楕円函数による解法を扱う。展望の5記事は必修ではなく、関心に応じて選んで読むことができる。

到達点

必修の20記事を学んだ読者は、次のことを行うことができる。

  • 体拡大を基礎体上の線形空間として扱い、拡大次数と塔の公式を用いて有限生成拡大の代数性を判定することができる。
  • 代数的独立性、超越基底および超越次数を定義し、超越基底の存在と濃度の一意性、および塔に対する超越次数の加法性を証明することができる。
  • 分解体と代数閉包を構成し、代数閉包への埋め込みの延長を用いて、分解体と代数閉包の一意性を基礎体を固定する同型の範囲で証明することができる。
  • 分離性、正規性、純非分離性および完全性を区別し、有限拡大の次数を分離次数と非分離次数の積として記述することができる。
  • 有限次 Galois 拡大について、中間体と部分群の対応、および正規部分群に対応する商 Galois 群を証明することができる。
  • 無限次 Galois 群を有限 Galois 群の逆極限として構成し、Krull 位相の閉部分群・開部分群・正規閉部分群と対応する中間拡大を判定することができる。
  • 絶対 Galois 群の有限連続作用集合と有限エタール代数との反変な対応を構成し、純非分離拡大が絶対 Galois 群から検出されないことを説明することができる。
  • 有限拡大のトレース、ノルムおよび判別式を計算し、トレース形式の非退化性と分離性、および判別式と Galois 群の交代群への包含との関係を証明することができる。
  • 離散 Galois 加群の連続な一次コサイクルと基点変更による同値を定義し、不変元の持上げ障害と主等質空間の同型類との対応を具体的に構成して、加法版と乗法版の Hilbert の定理 90 を証明することができる。
  • 円分指標を構成し、1 の n 乗根が基礎体に含まれる場合と含まれない場合を区別して、Kummer 理論が記述する有限アーベル拡大を説明することができる。
  • 標数 p の体について Artin–Schreier–Witt 完全列を構成し、連続 Galois 一次コサイクルの同値類を Frobenius 準同型と恒等写像の差による商として記述して、有限アーベル p-拡大を分類することができる。

展望部分を学んだ読者は、拡大次数と Galois 群を用いて作図可能性と根基による可解性を判定し、分離的な複素係数五次多項式を Bring–Jerrard 標準形へ還元した後、Hermite の公式による五つの根の構成を追跡することができる。

前提知識

  • E8 の環論入門は、本単元全体の前提である。整域、体、分数体、商環、加群および多項式環の一般論を用いる。多項式環と既約性で証明する既約性と Eisenstein の判定法を、最小多項式、既約多項式による商体、および具体的な Galois 群の計算に用いる。テンソル積と Hom–tensor 対応で構成するテンソル積を、線形無関連性、有限エタール代数および有限 Galois 拡大の特徴づけに用いる。
  • 線形代数 IIの基底と次元を、拡大次数を基底の濃度として定義するために用いる。特性多項式を、元による乗法の特性多項式からトレース、ノルムおよび判別式を定義するために用いる。
  • 群論入門の群作用と軌道と同型定理を、Galois 群の作用、固定体および商 Galois 群の記述に用いる。有限アーベル群の基本定理を、有限体の乗法群、Kummer 対および有限アーベル p-拡大の構造に用いる。可解群は、展望部分で根基による可解性を判定する際に用いる。
  • 数学の基礎の選択公理と Zorn の補題を、超越基底と代数閉包の存在証明に用いる。
  • 位相空間論 IのTychonoff の定理を、埋め込みの延長と無限次 Galois 理論に現れる逆極限のコンパクト性に用いる。
  • 展望の「五次方程式の楕円函数解法」だけは、E4 の複素解析に属する楕円積分と楕円函数への展望を追加の前提とする。完全楕円積分、Jacobi の theta 函数と楕円函数、および modular lambda 函数の変換公式を Hermite の公式の導出に用いる。

前提となる結果は、各記事が使用する箇所で仮定と結論を再掲する。参照先へのリンクだけに、主張の理解または証明に必要な条件を委ねない。

学習の順序と四つの章

本単元の25記事は、扱う内容に応じて四つの章に分かれる。最初の三章に属する20記事が必修であり、第四章に属する5記事が展望である。各章では、以下に示す番号順に学ぶ。

第一章「体拡大・代数性・超越性」は、拡大次数と代数性を定義した後、超越基底によって代数拡大ではない場合を記述する。合成体と線形無関連性によって複数の拡大を同じ体の中で比較する。次に、極大イデアルを用いる反復的な根の添加によって代数閉包を構成する。固定した代数閉包の中で任意の多項式族の根が生成する最小中間体として分解体を定義し、有限族の分解体が有限次であることを証明する。その後、有限体の位数、乗法群の巡回性、および有限拡大の単生成性を証明し、原始元定理と有限体の Galois 理論へ進む。

第二章「分離性と Galois 理論」は、分離性と有限エタール代数から原始元定理へ進み、有限次 Galois 対応を証明する。続いて、正規性と埋め込みの延長によって分解体と代数閉包の一意性を証明し、純非分離拡大と完全体によって分離的でない拡大を扱う。有限次理論の直後に無限次 Galois 理論と絶対 Galois 群を置くことにより、有限 Galois 群の逆極限と有限エタール代数を同じ対応の中で記述する。

第三章「Galois 不変量とアーベル拡大」は、トレース、ノルムおよび判別式によって有限拡大の不変量を導入し、有限体で具体的に計算する。絶対 Galois 群の作用から連続 Galois 一次コサイクルと基点変更による同値を構成し、Hilbert の定理 90 を証明した後、円分指標を導入する。この順序により、標数が n を割らない場合の Kummer 理論と、標数 p の場合の Artin–Schreier–Witt 理論を、コサイクル同値類の二つの具体的な計算として扱うことができる。一般の群コホモロジーや高次コホモロジーへは進まない。

第四章「古典的応用」は、必修部分で構成した体拡大と Galois 群を、作図と多項式方程式へ適用する。作図可能数を先に特徴づけることにより、正多角形の作図可能性を円分拡大の次数から判定することができる。根基による可解性を群の可解性と対応させた後、五次方程式の標準形への還元と楕円函数による解析的解法を区別して扱う。

各記事の内容

体拡大・代数性・超越性

  1. 体の拡大と拡大次数 — 体の拡大を単位元を保つ環準同型として定義し、その準同型が単射であることを証明する。拡大体を基礎体上の線形空間として扱い、有限拡大の次数と塔の公式を証明する。
  2. 有限生成拡大と代数拡大 — 有限生成拡大、代数的な元、超越的な元、最小多項式および単拡大を定義する。有限次拡大の代数性、有限生成代数拡大の有限性、代数性の推移性、および代数的な元の全体が中間体になることを証明する。
  3. 超越基底と超越次数 — 代数的独立性、純超越拡大、超越基底および超越次数を定義する。超越基底の存在と濃度の一意性、塔に対する超越次数の加法性を証明し、有理関数体と有限生成体拡大を基本例として扱う。
  4. 合成体と線形無関連性 — 共通の拡大体に含まれる二つの中間体の合成体を定義し、有限次数の場合の次数の不等式を証明する。テンソル積から合成体への写像によって線形無関連性を特徴づけ、等号成立と次数の積公式を導く。
  5. 代数閉包 — 代数閉体と代数閉包を定義し、各段階の全ての非定数多項式に対する根を極大イデアルによる商で添加する操作を反復して、代数閉包の存在を証明する。基礎体を固定する同型を除く一意性は、後の正規拡大と共役で証明する。
  6. 分解体 — 固定した代数閉包の中で任意の非定数多項式族の根が生成する最小中間体を分解体として定義し、有限族の分解体が有限次であることを証明する。基礎体を固定する同型を除く一意性は、後の正規拡大と共役で証明する。
  7. 有限体の位数と乗法群 — 有限体の標数と素体を調べ、有限体の位数が素数冪に限られることを証明する。体の有限乗法部分群が巡回群であることを証明し、分解体を用いる後続の有限体の Galois 理論へ備えて、有限体の有限拡大が単拡大であることを証明する。

分離性と Galois 理論

  1. 分離性と有限エタール代数 — 形式微分と最大公約多項式によって重根を判定し、分離多項式と分離拡大を定義する。代数閉包への埋め込みの個数を分離次数と対応させ、有限次元可換単位的代数の有限エタール性を、代数閉包への基底変換後の被約性によって特徴づける。
  2. 原始元定理 — 有限次代数拡大が単拡大であることと中間体が有限個であることの同値を証明し、超越的な単拡大との相違を示す。有限体と無限体を分けて、有限次分離拡大の原始元定理を証明する。
  3. 有限次 Galois 理論 — 有限 Galois 拡大を、自己同型の個数、固定体、最小多項式の分解、および自己テンソル積の直積分解によって特徴づけ、Galois 対応を証明する。Dedekind の独立性、自己テンソル積の直積分解、および有限長加群の Krull–Schmidt の定理を用いて、正規基底定理を完全に証明する。
  4. 正規拡大と共役 — 共役、正規拡大および正規閉包を定義し、代数閉包への埋め込みによって正規性を特徴づける。有限部分拡大上の埋め込みの逆極限から延長定理を証明し、分解体と代数閉包の一意性を導く。
  5. 純非分離拡大と完全体 — 純非分離拡大と非分離次数を定義し、有限拡大の次数を分離次数と非分離次数の積に分解する。Frobenius 準同型によって完全体を特徴づけ、標数 0 の体と有限体の完全性を証明し、完全閉包を構成する。
  6. 無限次 Galois 理論 — 有限次 Galois 部分拡大の有向合併として無限次 Galois 拡大を扱い、Galois 群を有限群の逆極限として構成して Krull 位相を定める。閉部分群と中間体、開部分群と有限部分拡大、正規閉部分群と Galois 中間拡大の対応を証明する。
  7. 絶対 Galois 群 — 分離閉包と絶対 Galois 群を定義し、有限連続作用集合と有限エタール代数との反変な対応を、対象と射を具体的に構成して証明する。純非分離拡大が絶対 Galois 群から検出されないことを示す。

Galois 不変量とアーベル拡大

  1. トレース・ノルム・判別式 — 有限拡大の元による乗法からトレースとノルムを定義し、埋め込みによる表示と塔に対する推移性を証明する。トレース形式の非退化性を分離性と対応させる。標数が 2 でない体上の分離多項式について、判別式が非零平方であることと、Galois 群が交代群に含まれることとの同値を証明する。
  2. 有限体の Galois 理論 — 有限体の存在と同型を除く一意性を証明し、Frobenius 自己同型が有限拡大の Galois 群を生成することを示す。部分体を拡大次数の約数によって分類し、トレースとノルムを計算して、有限体の絶対 Galois 群を記述する。
  3. Galois 1-cocycle と Hilbert の定理 90 — 離散 Galois 加群の連続な一次コサイクルと、基点変更から生じるコサイクルの同値を定義する。短完全列に対する不変元の持上げ障害と、主等質空間の同型類との対応を、コサイクルの具体的な構成によって証明する。加法版と乗法版の Hilbert の定理 90 を、有限 Galois 拡大へ降ろしたコサイクルが基点変更から生じることとして証明する。
  4. 円分拡大と円分指標 — 1 の原始 n 乗根を添加して円分拡大を構成し、Galois 群を n を法とする単元群の部分群として記述して円分指標を定義する。有理数体上で円分多項式の既約性、拡大次数、中間体、トレースおよびノルムを扱う。
  5. Kummer 理論 — 基礎体の標数が n を割らない場合に、Kummer 完全列と Kummer 対を構成する。1 の n 乗根が基礎体に含まれる場合には、指数が n を割る有限アーベル拡大を分類する。1 の n 乗根が含まれない場合には、円分指標の作用を保ったまま、n 乗根の主等質空間と巡回拡大を区別する。
  6. Artin–Schreier–Witt 理論 — 標数 p の体上で有限長 Witt ベクトルと Artin–Schreier–Witt 完全列を構成し、連続 Galois 一次コサイクルの同値類を Frobenius 準同型と恒等写像の差による商として記述する。類の位数が拡大次数を定めることを証明し、標識付き巡回拡大と標識を忘れた拡大を区別して、有限アーベル p-拡大を分類する。

古典的応用

  1. 作図可能数 — 作図可能な複素数を、有理数体から始まる二次拡大の塔の元として特徴づける。立方体倍積と一般の角の三等分が定規とコンパスでは不可能であることを、最小多項式の次数から証明する。
  2. 正多角形の作図 — 正多角形の作図可能性を円分体の拡大次数によって判定し、正 n 角形が作図可能であることと、n が 2 の冪と相異なる Fermat 素数の積であることとの同値を証明する。
  3. 多項式の可解性 — 標数 0 の体上で、多項式が根基によって可解であることと Galois 群が可解群であることとの同値を証明し、x^5−4x+2 の Galois 群が 5 次対称群であることを示す。分解体への作用から得られる忠実な線形表現について、基底変換による共役と可解性の不変性を示し、代数閉体上の有限像の同時上三角化可能性を可換性および Kummer 指標と関連づける。
  4. 五次方程式の標準形 — 重根をもつ五次多項式を低次数の方程式へ還元する。分離的な複素係数五次多項式について Tschirnhaus 変換を構成し、補助方程式と例外的な係数の場合を処理して Bring–Jerrard 標準形へ還元する。
  5. 五次方程式の楕円函数解法 — 分離的な複素係数五次多項式について、位数5の変換に対応し、Hermite の変数 u と v に関して六次であるモジュラー方程式を用いてパラメータを構成し、枝と特異値を処理して Hermite の公式を導く。標準形への変換を逆にたどって元の方程式の五つの根を尽くし、係数空間のモノドロミーと算術的 Galois 群を区別する。

本単元が扱う範囲と他単元との分担

E8 の環論入門は、環、イデアル、商環、加群、テンソル積および多項式環の一般論を証明する。本単元は、同単元で証明された結果を体拡大へ適用し、Eisenstein の判定法を有理数体上の具体的な Galois 群の計算に用いる。有限次 Galois 理論では、群環、加群の有限直和および有限長加群の Krull–Schmidt の定理を正規基底定理の証明に用いる。環論の一般論を本単元で再構成しない。

  • 可換環論は、一般の可換環に対する整拡大、整閉包、付値、完備化、滑らかさ、不分岐性・エタール性および有限エタール射の降下を扱う。本単元は、体上の有限エタール代数と一次の主等質空間に限る。
  • 代数的整数論は、代数体の整数環、Dedekind 整域、素イデアルの分岐、分解群、惰性群、局所体および分岐群を扱う。有理数体上で対称群を Galois 群にもつ任意次数の一様な多項式族も同単元が扱う。本単元は、展望の一例として x^5−4x+2 の Galois 群だけを計算する。
  • 一般の群コホモロジー、導来関手、二次以上の Galois コホモロジーおよび非可換コサイクル集合の一般論はホモロジー代数が扱う。本単元は、連続 Galois 一次コサイクルを具体式で扱い、Kummer 理論と Artin–Schreier–Witt 理論に必要な同値類を計算する範囲に限る。正規基底定理は、有限次 Galois 理論で有限長加群の Krull–Schmidt の定理を用いて証明する。
  • スキーム論以後の単元は、一般のスキーム、エタールサイト、スキーム上のエタールコホモロジーおよび高次の比較定理を扱う。本単元は、体上の有限エタール代数と一次のエタール主等質空間を具体的な Galois コサイクルと対応させる範囲に限る。
  • 後続の発展的な体論は、実閉体、C_r 体、PAC 体およびモデル理論的な体論を扱う。本単元では、実閉体、C_r 体、PAC 体およびモデル理論的な体論を扱わない。
  • 遠 Abel 幾何は、遠アーベル幾何と Kummer faithfulness を扱う。本単元は、絶対 Galois 群と一次 Kummer 理論までを扱う。