1 乗法作用素による定義
定義 1.1.L/Kを次数nの有限拡大、α∈Lとする。K-線形写像
mα:L⟶L,x⟼αxをαの乗法作用素 (multiplication operator) という。その特性多項式を
χα,L/K(T)=Kdet(TidL−mα)と書く。さらに
TrL/K(α)=trK(mα),NL/K(α)=Kdet(mα)と定め、それぞれL/Kに関するトレース (field trace) とノルム (field norm) という。
§E3.20 定理 2.2により特性多項式は基底変換で変わらず、§E3.20 命題 2.4によりトレースと行列式は特性多項式の係数として基底に依存しない。後者の係数公式から
χα,L/K(T)=Tn−TrL/K(α)Tn−1+⋯+(−1)nNL/K(α)
である。トレースはK-線形であり、ノルムは乗法的である。後者はmαβ=mαmβと行列式の乗法性から従う。
例 1.2 (二次拡大のトレースとノルム).Kの標数が2でなく、d∈K×が平方でないとする。L=K(d)においてα=a+bdと置く。基底(1,d)に関する乗法作用素の行列は
(abbda)である。したがって
TrL/K(α)=2a,NL/K(α)=a2−b2dである。
2 埋め込みによる表示と重複度
LsepをL/Kの最大分離部分体とし、
s=[L:K]s,q=[L:K]i
と置く。§E8.12 定理 2.2により[L:K]=sqである。さらに、標数0ではL=Lsepかつq=1であり、標数p>0では§E8.12 命題 1.4によりL/Lsepは純非分離拡大である。Kの代数閉包Ωへの相異なるK-埋め込みを
σ1,…,σs:L⟶Ω
とする。各埋め込みはLsep上の埋め込みの一意な延長である。
証明. 有限次元K-線形空間の自己準同型の特性多項式が係数体の拡大で変わらないという§E3.20 命題 3.3を用い、mαをL⊗KΩ上のΩ-線形作用素として調べる。分離拡大Lsep/Kに対する§E8.8 定理 3.3をA=Lsepに適用すると、K-埋め込みLsep→Ωによる分解
Lsep⊗KΩ≅i=1∏sΩを得る。この分解にLをLsep上でテンソルすると
L⊗KΩ≅i=1∏s(L⊗Lsep,σiΩ)を与える。各因子はΩ上q次元である。
Kの標数が0ならL=Lsepかつq=1であり、各因子はΩそのものである。この場合、各因子上のmαはスカラーσi(α)の乗法なので、求める表示が直ちに従う。
Kの標数をp>0とし、Bi=L⊗Lsep,σiΩと置く。任意のx∈Lに対し、あるrが存在してxpr∈Lsepとなる。Biでは
(x⊗1−1⊗σi(x))pr=0が成り立つ。右辺のσi(x)は、σi∣LsepのLへの一意な延長による値を表す。したがってBi上のmαは、固有値σi(α)と冪零作用素の和であり、その特性多項式は(T−σi(α))qである。すべての因子について積を取れば、特性多項式の表示を得る。Tsq−1の係数と定数項を比較すると、トレースとノルムの表示が従う。▨
証明で用いたテンソル積分解では、x∈Lsepでない場合の記号σi(x)は、制限埋め込みの一意な延長による値である。純非分離性によって延長が一意になることを用いている。
系 2.2.L/Kが有限非分離拡大なら、TrL/Kは零写像である。
証明. 非分離次数はq=pe>1の形であり、Kの標数はpである。したがってq=0がKで成り立つ。定理 2.1のトレース表示から、すべてのα∈LについてTrL/K(α)=0となる。▨
例 2.3 (純非分離拡大では埋め込みを p 回数える).K=Fp(t)、L=K(u)、up=tとする。K-埋め込みは一つだけであるが、非分離次数はpである。したがって
χu,L/K(T)=(T−u)p=Tp−t,TrL/K(u)=pu=0,NL/K(u)=up=t.埋め込みを一度だけ数えたT−uは、次数pの乗法作用素の特性多項式ではない。
3 塔に対する推移性
推移性の証明には、係数体を制限した線形写像のトレースと行列式を用いる。
補題 3.1.L/Kを有限拡大とし、A∈Mr(L)をLr上のL-線形写像とみなす。同じ写像をK-線形写像とみなしたとき、
trK(A)=TrL/K(trLA),Kdet(A)=NL/K(LdetA)が成り立つ。
証明.LのK-基底を一つ固定する。A=(aij)をK上のブロック行列として書くと、(i,j)ブロックはmaijの行列である。したがってK上のトレースは対角ブロックのトレースの和であり、
trK(A)=i∑TrL/K(aii)=TrL/K(trLA)となる。
行列式の等式を示す。Aが特異なら両辺は零である。Aが可逆なら、Aは基本行列とdiag(a,1,…,1)の形の対角行列の積に分解できる。行加算に対応する基本行列はK上でも行列式1であり、そのL上の行列式のノルムも1である。行交換は三回の行加算と対角行列によって表すことができる。対角行列diag(a,1,…,1)のK上の行列式は、ma:L→Lの行列式NL/K(a)である。したがって生成元ごとに等式が成り立ち、行列式の乗法性により任意の可逆なAについて成り立つ。▨
定理 3.2.K⊆L⊆Mを有限拡大の塔とする。任意のα∈Mに対して
TrM/K(α)=TrL/K(TrM/L(α)),NM/K(α)=NL/K(NM/L(α))が成り立つ。
証明.MのL-基底を取り、mα:M→Mの行列をA∈Mr(L)とする。LのK-基底と組み合わせると、この行列を係数体をKへ制限した行列がmαのK-線形行列になる。補題 3.1を適用すると
TrM/K(α)=trK(A)=TrL/K(trLA)=TrL/K(TrM/L(α))を得る。同じ補題の行列式の等式から
NM/K(α)=Kdet(A)=NL/K(LdetA)=NL/K(NM/L(α))を得る。▨
4 トレース形式と分離性
基底を行列P∈GLn(K)で変換すると Gram 行列はPTBPへ変わるため、判別式は(detP)2倍になる。したがって、判別式が零であるかどうかは基底に依存しない。
証明.L/Kが非分離的なら、系 2.2によりトレースは零写像であり、トレース形式も零形式なので退化している。
L/Kが分離的であるとする。埋め込み表示から
TrL/K(bibj)=k=1∑nσk(bi)σk(bj)である。S=(σi(bj))i,jと置くと、トレース形式の Gram 行列はSTSである。したがって
discL/K(B)=det(S)2となる。分離拡大に対する標準分解
L⊗KΩ⟶Ωn,x⊗c⟼(cσ1(x),…,cσn(x))はΩ-代数同型である。その行列がSなのでdet(S)=0である。よって Gram 行列は可逆であり、トレース形式は非退化である。▨
5 多項式の判別式と交代群
定義 5.1.f∈K[X]を次数nのモニックな分離多項式とし、代数閉包における相異なる根をα1,…,αnとする。
Df=1≤i<j≤n∏(αi−αj),disc(f)=Df2と定める。disc(f)をfの判別式 (discriminant of a polynomial) という。
判別式が基礎体に属することは、分解体の Galois 群の作用から直接従う。
命題 5.2.定義 5.1の仮定のもとで
disc(f)∈K×が成り立つ。
証明.Fをfの分解体とする。多項式fは分離的であるから、F/Kは有限 Galois 拡大である。G=Gal(F/K)とし、g∈Gが根に与える置換をπg∈Snとする。Vandermonde 積の交代性により
g(Df)=sgn(πg)Dfであるから、g(Df2)=Df2である。したがってDf2∈FGであり、有限 Galois 対応§E8.10 定理 4.1による等式FG=Kからdisc(f)=Df2∈Kを得る。分離性により各差αi−αjは零でないため、Df2=0である。よってdisc(f)∈K×となる。▨
定理 5.3.Kを標数が2でない体、f∈K[X]を次数nのモニックな分離多項式、Fをfの分解体とする。根の順序を固定してG=Gal(F/K)をSnの部分群とみなす。このとき、次の条件は同値である。
- disc(f)はKの非零平方である。
- G⊆Anである。
証明.g∈Gが根に与える置換をπg∈Snとする。Vandermonde 積の交代性から
g(Df)=sgn(πg)Dfである。
G⊆Anなら、すべてのg∈GがDfを固定する。§E8.10 定理 4.1によりFG=KなのでDf∈K×であり、disc(f)=Df2はKの非零平方である。
逆にdisc(f)=d2を満たすd∈K×が存在するとする。(Df/d)2=1である。Kの標数は2でないから、X2−1=(X−1)(X+1)の根は1と−1だけであり、Df=±d∈Kとなる。したがって任意のg∈GがDfを固定する。Df=0なのでsgn(πg)=1であり、πg∈Anとなる。ゆえにG⊆Anである。▨
標数2では1=−1であるため、Vandermonde 積への作用から置換の符号を区別することができない。この理由により、定理 5.3は標数2を除外している。
例 5.4 (二次多項式の判別式).Kの標数が2でないとし、f(X)=X2−dを分離的とする。根をd,−dの順に取ると
Df=2d,disc(f)=4dである。4dがKの平方であることはdがKの平方であることと同値である。この場合に限って分解体はK自身であり、Galois 群は自明群A2に含まれる。
6 演習
問題 6.1 (問題). 次の各問に答えよ。
- L/Kを次数nの有限拡大とする。a∈Kに対してTrL/K(a)=naおよびNL/K(a)=anを証明せよ。
- K=Q、L=Q(2)とし、α=3+22とする。TrL/K(α)とNL/K(α)を求めよ。
- 標数が2でない体K上のモニックな分離三次多項式fについて、disc(f)がKの平方であり、かつfが既約であるなら、Galois 群が位数3の巡回群であることを証明せよ。
解答 (解答).
- a∈Kに対する乗法作用素はaidLである。K-基底に関する行列はaInなので、そのトレースはna、行列式はanである。
- 二つの埋め込みは2↦2と2↦−2である。したがって
TrL/K(α)=(3+22)+(3−22)=6,
NL/K(α)=(3+22)(3−22)=1
である。
- 既約三次多項式の Galois 群は三つの根へ推移的に作用する。定理 5.3により Galois 群はA3に含まれる。A3の推移的部分群はA3自身だけである。A3は位数3の巡回群なので、結論が従う。
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