概要と対象読者

本単元は、可算個の集合演算と両立する可測空間および測度を定義し、外測度から Lebesgue 測度を構成した後、非負単関数から Lebesgue 積分を構成する。続いて、積分と極限を交換するための十分条件、関数列の収束概念、積測度、L^p 空間、符号付き測度、Radon–Nikodym の定理を扱う。

Riemann 可積分ではないが Lebesgue 可積分である関数を扱う積分の枠組みと、関数列の極限と積分の順序を交換することができる条件を、定義と証明に基づいて学びたい数学専門課程の読者を対象とする。本単元で構成する測度と積分の一般理論は、後続の確率論、測度論、および関数解析が共通して用いる。

到達像

必修の記事を学んだ読者は、次の事柄を実行することができる。

  • シグマ加法族、可測空間、測度、および可測関数を定義し、生成シグマ加法族と測度の基本性質を証明することができる。
  • 外測度と Carathéodory 可測性から測度を拡張し、有限次元 Euclid 空間上の Lebesgue 測度を構成することができる。
  • 非負単関数から非負可測関数、可積分な実関数および複素関数へ Lebesgue 積分を拡張し、線形性と単調性を証明することができる。
  • 単調収束定理、Fatou の補題、および優収束定理について、各定理の仮定を区別して証明し、適用することができる。
  • ほとんど至る所での収束、測度収束、およびほとんど一様な収束の関係を、定理と反例によって判定することができる。
  • 積測度を構成し、Tonelli の定理と Fubini の定理の仮定を区別して反復積分を扱うことができる。
  • L^p 空間を可測関数の同値類として構成し、基本不等式、完備性、および稠密性を証明することができる。
  • 符号付き測度を Hahn–Jordan 分解によって扱い、Radon–Nikodym の定理と Lebesgue 分解を証明することができる。

前提知識

本単元は、ε-論法と基礎解析の必修の内容を前提とする。同単元が扱う実数の連続性、数列と関数列の収束、Riemann 積分、および級数を用いる。とくに、可積分条件と広義積分は、Riemann 積分と Lebesgue 積分を比較する記事および展望の記事で必要となる。

個別の記事は、次の事項も用いる。読者が未修得の事項については、参照先の記事を先に読む必要がある。

学習の順序と理由

必修の15記事は、次の順序で学ぶ。

  1. 可測空間と測度を定義した後、外測度による拡張を用いて Lebesgue 測度を構成し、積分する対象となる可測関数を整える。
  2. Lebesgue 積分を構成した後、収束定理と三つの関数列の収束概念を扱い、Riemann 積分との関係を証明する。
  3. 積測度を構成した後、Tonelli の定理と Fubini の定理によって反復積分を正当化する。
  4. Lebesgue 積分から L^p 空間を構成し、完備性と稠密性を証明する。続いて、符号付き測度を分解し、測度を密度によって表す Radon–Nikodym の定理を扱う。

展望の1記事は必修ではなく、関心に応じて選んで読むことができる。展望の記事は、Riemann 積分と Lebesgue 積分の比較および広義 Riemann 積分を前提として、有限閉区間上の Henstock–Kurzweil 積分を構成する。

各記事の内容

次の一覧は学習順に並んでいる。第1項から第15項までが必修であり、第16項が任意の展望である。

  1. 可測空間シグマ加法族、生成シグマ加法族、位相空間の Borel 集合、π 系、および Dynkin 系を定義し、π–λ 定理を証明する。
  2. 測度測度、有限性、シグマ有限性、零集合、ほとんど至る所で成り立つこと、および完備測度を定義する。測度の完備化、下からの連続性、および有限測度に対する上からの連続性を証明する。
  3. 外測度と Carathéodory の拡張定理外測度と Carathéodory 可測性を定義し、集合環上の前測度を生成シグマ加法族上の測度へ拡張する。シグマ有限の場合の一意性を証明し、単調非減少な右連続関数から Lebesgue–Stieltjes 測度を構成する。
  4. Lebesgue 測度有限次元 Euclid 空間の半開直方体の体積から Lebesgue 測度を構成する。Borel 測度との関係、完備性、平行移動不変性、内側正則性、および外側正則性を証明する。
  5. 可測関数可測空間の間の可測写像を逆像によって定義する。拡張実数値可測関数の可算上限、可算下限、および点ごとの極限に関する閉性を証明し、非負単関数の増加列による近似と、複素数値関数の実部および虚部による特徴づけを扱う。
  6. Lebesgue 積分非負単関数から非負可測関数、可積分な実関数および複素関数へ積分を拡張し、線形性と単調性を証明する。ほとんど至る所で等しい可測関数の積分値が一致することと、像測度に関する積分公式を証明する。
  7. 収束定理非負可測関数列に対する単調収束定理と Fatou の補題を証明する。可測関数へほとんど至る所で収束し、各項の絶対値が一つの可積分関数によって抑えられる可測関数列に対して、優収束定理を証明する。
  8. 測度収束とほとんど一様な収束ほとんど至る所での収束、測度収束、およびほとんど一様な収束を定義する。有限測度空間で、ほとんど至る所で収束する可測関数列に対する Egorov の定理、ほとんど一様な収束から測度収束を導く定理、および測度収束する列からほとんど至る所で収束する部分列を選ぶ定理を証明する。ほとんど至る所で収束する部分列をもつだけでは元の列が測度収束するとは限らないことを反例で示す。
  9. Riemann 積分と Lebesgue 積分有界閉区間上の有界関数が Riemann 可積分であることと、不連続点の集合が零集合であることとの同値性を証明する。Riemann 積分と Lebesgue 積分の値が一致する場合を示し、条件収束する広義 Riemann 積分との違いを扱う。
  10. 積測度シグマ有限測度の長方形上の値を前測度として積測度を構成し、切り口の可測性と、生成シグマ加法族上における一意性を証明する。
  11. Fubini–Tonelli の定理シグマ有限測度空間について、非負可測関数に対する Tonelli の定理と、絶対可積分関数に対する Fubini の定理とを区別して証明する。
  12. L^p 空間 1 ≤ p ≤ ∞ について、ほとんど至る所で等しい可測関数を同一視して L^p 空間を定義する。Hölder の不等式と Minkowski の不等式を証明し、L^p ノルムを得る。
  13. L^p の完備性と稠密性 1 ≤ p ≤ ∞ について L^p 空間の完備性を証明する。1 ≤ p < ∞ について単関数の稠密性を証明し、有限次元 Euclid 空間の Lebesgue 測度に対して、コンパクトな台をもつ連続関数と滑らかな関数の稠密性を証明する。
  14. 符号付き測度と Hahn–Jordan 分解符号付き測度の正集合と負集合を定義し、Hahn 分解と Jordan 分解を証明する。全変動測度、絶対連続性、および特異性を扱う。
  15. Radon–Nikodym の定理と Lebesgue 分解二つのシグマ有限な正測度について、一方が他方に絶対連続である場合の密度の存在と、ほとんど至る所での一意性を、Hahn 分解と単調収束定理を用いて証明する。絶対連続部分と特異部分への Lebesgue 分解の存在と一意性を導く。
  16. Henstock–Kurzweil 積分(展望)有限閉区間上でゲージとタグ付き分割を用いて Henstock–Kurzweil 積分を定義し、Cousin の補題を証明する。Riemann 可積分関数、Lebesgue 可積分関数、および有限個の特異点をもつ収束する広義 Riemann 可積分関数を含むことと、絶対可積分性が Lebesgue 可積分性と同値であることを示す。連続かつ開区間の内部で微分可能な関数の導関数を積分し、端点値の差を復元する。

本単元が扱う範囲と扱わない範囲

本単元は、可測空間、正測度、Lebesgue 積分、収束定理、積測度、L^p 空間の定義と基本性質、符号付き測度、Radon–Nikodym の定理、および Lebesgue 分解までを扱う。確率測度にも適用することができる一般理論を構成するが、確率論に固有の対象を本単元の本論には含めない。

  • 確率空間、確率変数、分布、期待値、独立性、条件付き期待値、確率変数の収束、Borel–Cantelli の補題と零一法則、特性関数、指数型確率不等式、大数の法則、および中心極限定理は確率論入門が扱う。
  • Kolmogorov の拡張定理は確率過程が扱う。
  • 複素測度、正則 Borel 測度と Radon 測度、Polish 空間と標準 Borel 空間、Riesz–Markov–Kakutani の表現定理、Lebesgue の微分定理、一様可積分性、測度の弱収束、緊密性、測度核、および条件付き測度は測度論続論が扱う。
  • 一般の Banach 空間と Hilbert 空間、L^p 双対性、作用素、弱位相、およびスペクトル理論は関数解析入門が扱う。本単元は、L^p 空間の定義、基本不等式、完備性、および稠密性までを扱う。
  • 本単元は、Riemann–Stieltjes 積分と Daniell 積分を独立した理論として構成しない。Banach 空間値関数に対する Bochner 積分と Pettis 積分、および幾何学的測度論における面積公式と余面積公式を扱わない。積分論の別の構成として扱う内容は、展望の Henstock–Kurzweil 積分に限る。

前後の単元との関係

ε-論法と基礎解析は、Riemann 積分と関数列の収束を扱う。本単元は、測度から Lebesgue 積分を構成し、収束定理によって積分と極限の交換を正当化する。

確率論入門は、本単元で定義する測度、可測関数、および Lebesgue 積分を、確率空間、確率変数、分布、期待値、および条件付き期待値の定式化に用い、確率変数列の収束、Borel–Cantelli の補題と零一法則、特性関数、指数型確率不等式、大数の法則、および中心極限定理を扱う。確率過程は、Kolmogorov の拡張定理を用いて確率過程を構成する。

測度論続論は、本単元で扱う正測度、符号付き測度、および Radon–Nikodym の定理を前提として、測度の正則性、収束、測度核、および条件付き測度を扱う。関数解析入門は、本単元で構成する L^p 空間を、Banach 空間と Hilbert 空間の一般理論における具体例として用いる。