1 高階全微分
定義 1.1.k∈N≥1とし、E1,…,Ekを有限次元 Euclid 空間、Fを有限次元実ノルム空間とする。E1×⋯×EkからFへの連続k重線形写像全体を
Lk(E1,…,Ek;F)と書き、この空間を多重線形写像の空間 (space of continuous multilinear maps) という。k=1の場合にはL1(E1;F)をL(E1;F)とも書く。E1=⋯=Ek=RnかつF=Rmの場合には、Lk(Rn;Rm)と略記する。
定義 1.2.k∈N≥1とし、E1,…,Ekを有限次元 Euclid 空間、Fを有限次元実ノルム空間とする。T∈Lk(E1,…,Ek;F)に対して、Tの作用素ノルム (operator norm) を
∥T∥op=sup{∥T[h1,…,hk]∥:∥hr∥≤1(1≤r≤k)}と定める。この値は有限であり、Lk(E1,…,Ek;F)上のノルムを定める。任意のhr∈Erに対して
∥T[h1,…,hk]∥≤∥T∥opr=1∏k∥hr∥(1)が成り立つ。k=1、E1=Rn、F=Rmの場合、この定義は§E4.2 定義 1.3と一致する。
証明. 多重線形写像は各Erの基底ベクトルの組における有限個の値で一意に定まるため、Lk(E1,…,Ek;F)は有限次元実ベクトル空間である。各Erの正規直交基底を選ぶと、閉単位球の直積はある Euclid 空間の有界閉集合と同一視されるため、Heine–Borel の定理§E2.9 定理 4.3によりコンパクトである。TとFのノルムは連続であるから、最大値・最小値の定理§E4.1 定理 5.1により定義式の上限は有限である。ノルムの斉次性と三角不等式はFのノルムから従う。∥T∥op=0なら、全ての単位球内の組でTの値は零であり、多重線形性によって全ての組でTの値は零になる。従って、この式はノルムを定める。
いずれかのhrが零なら式 (1) は明らかである。全てのhrが零でない場合には、各スロットから∥hr∥を取り出して
T[h1,…,hk]=(r=1∏k∥hr∥)T[∥h1∥h1,…,∥hk∥hk]と書けば式 (1) を得る。▨
命題 1.3.k≥2とし、E1,…,Ekを有限次元 Euclid 空間、Fを有限次元実ノルム空間とする。連続線形写像
A∈L(Ek;Lk−1(E1,…,Ek−1;F))に対して
(ιkA)[h1,…,hk]=(Ahk)[h1,…,hk−1](2)と定める。この写像は等長線形同型
L(Ek;Lk−1(E1,…,Ek−1;F)) ≅ Lk(E1,…,Ek;F)を定める。
証明. 式 (2) の右辺は各hrについて線形であり、式 (1) から
∥(ιkA)[h1,…,hk]∥≤∥A∥opr=1∏k∥hr∥を得る。従ってιkAは連続k重線形写像であり、ιkは線形である。また、作用素ノルムの定義を二度用いると
∥ιkA∥op=∥hk∥≤1sup∥Ahk∥op=∥A∥opとなる。
T∈Lk(E1,…,Ek;F)に対して
(kT)(hk)[h1,…,hk−1]=T[h1,…,hk]と定める。式 (1) により
∥(kT)(hk)∥op≤∥T∥op∥hk∥であるため、kTは所要の連続線形写像である。定義からιkkT=TおよびkιkA=Aが成り立つ。従ってιkは等長線形同型である。▨
定義 1.4.Eを有限次元実ノルム空間、U⊂Rnを開集合、Φ:U→Eを写像、x∈Uとする。あるA∈L(Rn;E)が存在して
∥h∥∥Φ(x+h)−Φ(x)−Ah∥⟶0(h→0, h=0)となるとき、Φはxで全微分可能 (totally differentiable) であるという。後続の命題 1.5で示す一意なAを全微分 (total derivative) といい、DΦ(x)と書く。この定義はE=Rmの場合に§E4.2 定義 1.2と一致する。
D0Φ=Φ、D1Φ=DΦと定める。k≥2とし、Dk−1Φがxの近傍で
Dk−1Φ: U⟶Lk−1(Rn;E)として定義され、作用素ノルムに関してxで全微分可能であるとき、Φのxにおけるk階全微分 (k-th total derivative) を
DkΦ(x)=ιk(D(Dk−1Φ)(x))∈Lk(Rn;E)(3)と定める。従って
DkΦ(x)[h1,…,hk]=(D(Dk−1Φ)(x)hk)[h1,…,hk−1](4)であり、最後のスロットhkが新しく微分する方向である。
ΦがC0級 (class C^0 map) であるとはΦが連続であることをいう。k≥1に対して、DjΦが1≤j≤kでU上に存在し、
DjΦ:U⟶Lj(Rn;E)が作用素ノルムについて連続であるとき、ΦはCk級 (class C^k map) であるという。
命題 1.5.E,Fを有限次元実ノルム空間、U⊂Rnを開集合、Φ:U→Eを写像、x∈Uとする。
- Φがxで全微分可能なら、DΦ(x)は一意であり、Φはxで連続である。
- Φがxで全微分可能であり、B:E→Fが連続線形写像なら、B∘Φはxで全微分可能であり、
D(B∘Φ)(x)=B∘DΦ(x)
が成り立つ。
- s∈N≥0とする。ΦがCs級なら、B∘ΦもCs級であり、1≤j≤sに対して
Dj(B∘Φ)(x)[h1,…,hj]=B(DjΦ(x)[h1,…,hj])
が成り立つ。
証明.A,A′∈L(Rn;E)がいずれもΦのxにおける全微分の条件を満たすとする。v∈Rnとt=0に対して二つの剰余表示を引き算すると
∥(A−A′)v∥≤∣t∣∥Φ(x+tv)−Φ(x)−Atv∥+∣t∣∥Φ(x+tv)−Φ(x)−A′tv∥となる。t→0とすれば(A−A′)v=0であるから、A=A′である。また、Aは連続線形写像であり、剰余はo(∥h∥)であるため、Φ(x+h)−Φ(x)=Ah+o(∥h∥)はh→0で零へ収束する。
Bの0における連続性から、∥u∥<δなら∥Bu∥<1となるδ>0が存在する。非零のuに対してδu/(2∥u∥)を用いると、C=2/δとして∥Bu∥≤C∥u∥が成り立つ。A=DΦ(x)とおくと、
∥h∥∥BΦ(x+h)−BΦ(x)−BAh∥≤C∥h∥∥Φ(x+h)−Φ(x)−Ah∥⟶0であるから、(2)が従う。
Bj:Lj(Rn;E)→Lj(Rn;F)を
(BjT)[h1,…,hj]=B(T[h1,…,hj])で定めると、式 (1) から∥BjT∥op≤C∥T∥opであるため、Bjは連続線形写像である。j=1の微分公式は(2)である。jの微分公式を仮定すると、(2)をDjΦとBjへ適用して
D(Dj(B∘Φ))(x)=Bj∘D(DjΦ)(x)を得る。両辺へιj+1を適用すると、式 (2) によりj+1の微分公式が従う。従って帰納法により(3)の式が全ての1≤j≤sで成り立つ。各DjΦとBjは連続であるため、Dj(B∘Φ)=Bj∘DjΦも連続である。▨
証明.kに関する帰納法で示す。k=1の場合、式 (5) は§E4.2 命題 1.5が与えるDf(x)ei1=∂i1f(x)である。
k−1の場合に式 (5) が成り立つとする。固定したei1,…,eik−1における評価写像はLk−1(Rn;Rm)からRmへの連続線形写像である。式 (1)、式 (4) および命題 1.5により
Dkf(x)[ei1,…,eik]=∂ik(y⟼Dk−1f(y)[ei1,…,eik−1])(x)=∂ik(∂ik−1⋯∂i1f)(x).従ってkの場合にも式 (5) が成り立つ。▨
2 混合偏導関数の対称性
定理 2.1 (Schwarz の定理).U⊂Rnを開集合、f:U→RをC2級関数とする。このとき、任意のx∈Uと1≤i,j≤nに対して
∂i∂jf(x)=∂j∂if(x)が成り立つ。従ってD2f(x)は対称双線形写像である。
証明.i=jの場合は明らかである。i=jとし、x∈Uを固定する。Uは開集合であるから、B(x,ρ)⊂Uを満たすρ>0が存在する。h,k=0かつ∣h∣+∣k∣<ρとし、長方形差分
Δ(h,k)=f(x+hei+kej)−f(x+hei)−f(x+kej)+f(x)を考える。
関数
ϕ(s)=f(x+hei+sej)−f(x+sej)へ、端点が0とkである区間上の平均値の定理§D1.14 定理 3.1を適用する。0とkの間にあるηが存在して
Δ(h,k)=k(∂jf(x+hei+ηej)−∂jf(x+ηej))となる。括弧内の差へ、端点が0とhである区間上の平均値の定理を適用すると、0とhの間にあるξが存在して
hkΔ(h,k)=∂i∂jf(x+ξei+ηej)(6)を得る。
二つの座標方向の順序を逆にして同じ操作を行うと、0とhの間にあるξ′と、0とkの間にあるη′が存在して
hkΔ(h,k)=∂j∂if(x+ξ′ei+η′ej)(7)を得る。(h,k)→(0,0)のとき、式 (6) と式 (7) の評価点はいずれもxへ収束する。二つの二階偏導関数の連続性により
∂i∂jf(x)=∂j∂if(x)が従う。
式 (5) をk=2で用いると、D2f(x)の標準基底上の値は二階偏導関数である。標準基底上で二つのスロットを交換しても値が変わらないため、双線形性によりD2f(x)は対称である。▨
系 2.2.k∈N≥1とし、U⊂Rnを開集合、f:U→RmをCk級写像とする。このとき、任意のx∈Uに対してDkf(x)は対称k重線形写像である。すなわち、任意のh1,…,hk∈Rnと{1,…,k}の任意の置換σに対して
Dkf(x)[hσ(1),…,hσ(k)]=Dkf(x)[h1,…,hk]が成り立つ。
証明.kに関する帰納法で示す。k=1の場合は交換するスロットがなく、k=2の場合は定理 2.1をfの各成分へ適用すればよい。
k≥3とし、k−1の場合に主張が成り立つと仮定する。全てのy∈UでDk−1f(y)は対称である。最初のk−1個のスロットのうち隣接する二つを交換した等式をyの関数として、xでhk方向へ微分する。命題 1.5と式 (4) により、Dkf(x)でも最初のk−1個のスロットの任意の隣接交換は値を変えない。
最後の二つのスロットを交換する。h1,…,hk−2∈Rnを固定し、
G(y)=Dk−2f(y)[h1,…,hk−2]とおく。固定ベクトルにおける評価は式 (1) を満たす連続線形写像であるため、命題 1.5によりG:U→RmはC2級である。Gの各成分へ定理 2.1を適用し、式 (4) を二度用いると
Dkf(x)[h1,…,hk−2,hk−1,hk]=Dkf(x)[h1,…,hk−2,hk,hk−1]を得る。従って全ての隣接スロットを交換することができる。任意の置換は隣接互換の積であるため、Dkf(x)は対称である。▨
3 多重指数と Hessian
定義 3.1.n,m∈N≥1、α=(α1,…,αn)∈N≥0n、h=(h1,…,hn)∈Rnとする。この添字を多重指数 (multi-index) という。
∣α∣=α1+⋯+αn,α!=α1!⋯αn!,hα=h1α1⋯hnαnと書く。また、U⊂Rnを開集合、f:U→RmをC∣α∣級写像とするとき、
∂αf=∂1α1⋯∂nαnfと書く。系 2.2により、合計∣α∣回の偏微分を施す順序は値に影響しない。
証明.h=∑i=1nhieiを各スロットへ代入し、多重線形性によって展開する。添字iがαi回現れる各項は、命題 1.6と系 2.2により∂αf(x)hαの係数へ寄与する。そのような添字列はk!/α!個あるため、同じ多重指数をもつ項をまとめると主張の式を得る。▨
定義 3.3.U⊂Rnを開集合、f:U→RをC2級関数、x∈Uとする。D2f(x)の標準基底に関する表現行列
Hf(x)=(∂i∂jf(x))1≤i,j≤nを、fのxにおけるHessian (Hessian) という。定理 2.1により、Hf(x)は実対称行列である。
4 演習
問題 4.1 (連続性を欠く混合偏導関数). 関数f:R2→Rを
f(x,y)=⎩⎨⎧x2+y2xy(x2−y2),0,(x,y)=(0,0),(x,y)=(0,0)と定める。∂x∂yf(0,0)と∂y∂xf(0,0)がいずれも存在するが一致しないことを証明し、定理 2.1を適用することができない理由を述べよ。
解答.
y=0のとき
∂xf(0,y)=h→0limhf(h,y)−f(0,y)=h→0limyh2+y2h2−y2=−y.同じ等式はy=0でも∂xf(0,0)=0として成り立つ。従って
∂y∂xf(0,0)=y→0limy∂xf(0,y)−∂xf(0,0)=−1.同様に、x=0のとき
∂yf(x,0)=k→0limkf(x,k)−f(x,0)=k→0limxx2+k2x2−k2=x,であり、x=0でも∂yf(0,0)=0である。従って
∂x∂yf(0,0)=1.二つの混合偏導関数は一致しない。この関数は原点の近傍でC2級ではないため、Schwarz の定理の仮定を満たさない。▨