1 全微分の連鎖律
定理 1.1 (全微分の連鎖律).U⊂RnとV⊂Rmを開集合とし、f:U→Vとg:V→Rℓを写像、a∈Uを点とする。fがaで全微分可能であり、gがf(a)で全微分可能ならば、g∘f:U→Rℓはaで全微分可能であり、
D(g∘f)(a)=Dg(f(a))∘Df(a)∈L(Rn,Rℓ)が成り立つ。
証明. 証明では、合成写像の剰余を二つの項に分離し、それぞれを入力変位のノルムで割った極限を評価する。
b=f(a)、A=Df(a)∈L(Rn,Rm)、B=Dg(b)∈L(Rm,Rℓ)とおく。fの全微分可能性により、a+h∈Uを満たす十分小さいhに対して
f(a+h)=b+Ah+r(h),∥h∥∥r(h)∥⟶0(h→0,h=0)と書くことができる。k(h)=Ah+r(h)とおく。§E4.2 命題 1.4によって
∥h∥∥k(h)∥≤∥A∥op+∥h∥∥r(h)∥であるから、左辺はh=0の近くで有界であり、k(h)→0である。
Vはbを含む開集合である。b+k∈Vを満たす十分小さいkに対して
s(k)=g(b+k)−g(b)−Bkとおくと、gの全微分可能性から
∥k∥∥s(k)∥⟶0(k→0,k=0)である。さらに
ε(k)=⎩⎨⎧∥k∥∥s(k)∥,0,k=0,k=0と定めれば、ε(k)→0となる。
f(a+h)=b+k(h)をgの剰余表示へ代入すると、
g(f(a+h))−g(f(a))−BAh=Br(h)+s(k(h))を得る。§E4.2 命題 1.4をBに適用すれば、h=0に対して
∥h∥∥Br(h)+s(k(h))∥≤∥B∥op∥h∥∥r(h)∥+ε(k(h))∥h∥∥k(h)∥.第一項は0へ収束する。第二項では、第一因子がk(h)→0によって0へ収束し、第二因子が有界であるから、積は0へ収束する。したがって、合成写像の剰余はo(∥h∥)であり、D(g∘f)(a)=BAである。▨
2 平均値不等式
定理 2.1 (ベクトル値写像の平均値不等式).U⊂Rnを開集合とし、x,y∈Uを結ぶ閉線分
[x,y]={x+t(y−x)∣0≤t≤1}がUに含まれるとする。F:U→Rmが[x,y]の各点で全微分可能であり、あるM≥0に対して
∥DF(z)∥op≤M(z∈[x,y])が成り立つならば、
∥F(y)−F(x)∥≤M∥y−x∥である。
証明. 証明では、差ベクトルF(y)−F(x)の方向を表す単位ベクトルとの内積によってベクトル値写像を実数値関数へ帰着し、一変数の平均値の定理を適用する。
F(y)=F(x)の場合には結論が成り立つ。以下ではF(y)=F(x)とし、
u=∥F(y)−F(x)∥F(y)−F(x)∈Rmとおく。∥u∥=1である。実数値関数φ:[0,1]→Rを
φ(t)=⟨u,F(x+t(y−x))⟩によって定める。
Fは線分上の各点で全微分可能であるから、§E4.2 命題 1.5によって線分上で連続である。したがってφは[0,1]上で連続である。写像t↦x+t(y−x)は全微分可能であり、線形汎関数w↦⟨u,w⟩は剰余が零である全微分可能な写像である。したがって定理 1.1により、φは(0,1)上で微分可能であり、
φ′(t)=⟨u,DF(x+t(y−x))(y−x)⟩を満たす。
§D1.14 定理 3.1 (平均値の定理)をφへ適用すると、あるθ∈(0,1)が存在して
φ(1)−φ(0)=φ′(θ)となる。uの定義から、左辺は∥F(y)−F(x)∥に等しい。Cauchy–Schwarz の不等式と§E4.2 命題 1.4によって
∥F(y)−F(x)∥=⟨u,DF(x+θ(y−x))(y−x)⟩≤∥u∥∥DF(x+θ(y−x))(y−x)∥≤∥DF(x+θ(y−x))∥op∥y−x∥≤M∥y−x∥を得る。▨
例 2.2 (ベクトル値の平均値等式が成立しない例). 開区間U=(−1,2π+1)上の写像F:U→R2を
F(t)=(cost,sint)によって定める。F(2π)−F(0)=0である。一方、任意のc∈(0,2π)に対して
DF(c)(2π)=2π(−sinc,cosc)=0である。したがって、実数値関数の平均値の定理を模倣した等式
F(2π)−F(0)=DF(c)(2π−0)を満たすcは存在しない。ベクトル値写像では、一点における微分との等式ではなく、定理 2.1のノルム評価を用いる必要がある。
系 2.3.U⊂Rnを空でない凸な開集合とし、F:U→RmがUの各点で全微分可能であるとする。すべてのz∈Uに対してDF(z)=0ならば、Fは定数写像である。
証明.x,y∈Uを任意に取る。Uの凸性により[x,y]⊂Uである。定理 2.1をM=0として適用すると、
∥F(y)−F(x)∥≤0となるから、F(y)=F(x)である。x,yは任意であるため、Fは定数写像である。▨
3 勾配と方向微分
定義 3.1.U⊂Rnを開集合、f:U→Rを関数、a∈Uを点とする。fのすべての偏微分がaで存在するとき、
∇f(a)=(∂1f(a),…,∂nf(a))∈Rnをfのaにおける勾配 (gradient) という。
定理 3.2.U⊂Rnを開集合、f:U→Rを関数、a∈Uを点とする。fがaで全微分可能ならば、任意のh∈Rnに対して
Df(a)h=⟨∇f(a),h⟩が成り立つ。さらに、∇f(a)はこの等式を満たす唯一のベクトルであり、任意のv∈Rnに対して
Dvf(a)=⟨∇f(a),v⟩である。
証明.§E4.2 命題 1.5により、すべての偏微分がaで存在し、標準基底ejに対して
Df(a)ej=∂jf(a)である。h=∑j=1nhjejと書けば、Df(a)の線形性から
Df(a)h=j=1∑nhjDf(a)ej=j=1∑nhj∂jf(a)=⟨∇f(a),h⟩を得る。
w∈RnもDf(a)h=⟨w,h⟩をすべてのhについて満たすとする。h=ejとすればwj=Df(a)ej=∂jf(a)となるため、w=∇f(a)である。最後に、§E4.2 命題 1.5の方向微分に関する結論へh=vの表示を適用すると、
Dvf(a)=Df(a)v=⟨∇f(a),v⟩となる。▨
命題 3.3.U⊂Rnを開集合、f:U→Rを関数、a∈Uを点とする。fがaで全微分可能ならば、単位ベクトルvに関するDvf(a)の最大値は∥∇f(a)∥である。∇f(a)=0の場合、最大値を与える単位ベクトルは
v=∥∇f(a)∥∇f(a)である。∇f(a)=0の場合、すべての単位ベクトルが最大値0を与える。
証明.定理 3.2と Cauchy–Schwarz の不等式により、単位ベクトルvに対して
Dvf(a)=⟨∇f(a),v⟩≤∥∇f(a)∥である。∇f(a)=0の場合には、主張にあるvを取れば等号が成り立つ。等号が成り立つ単位ベクトルは∇f(a)と同じ向きでなければならないから、このvに限る。∇f(a)=0の場合には、任意のvに対してDvf(a)=0である。▨
系 3.4.U⊂Rnを開集合、I⊂Rを開区間、t0∈Iを点とする。γ:I→Uがt0で微分可能であり、f:U→Rがγ(t0)で全微分可能ならば、
dtdf(γ(t))t=t0=⟨∇f(γ(t0)),γ′(t0)⟩が成り立つ。
証明.γの全微分は
Dγ(t0)s=sγ′(t0)(s∈R)である。定理 1.1によって
D(f∘γ)(t0)1=Df(γ(t0))(Dγ(t0)1)=Df(γ(t0))γ′(t0)となる。定理 3.2を右辺へ適用すれば結論を得る。▨
4 演習
問題 4.1 (合成関数の全微分と勾配). 写像F:R2→R2と関数q:R2→Rを
F(x,y)=(xey,x2+y),q(u,v)=u2+v2によって定める。定理 1.1を用いてD(q∘F)(a,b)を求め、定理 3.2によって∇(q∘F)(a,b)を求めよ。
解答.
h,k∈Rに対して
DF(a,b)(h,k)=(ebh+aebk,2ah+k)であり、r,s∈Rに対して
Dq(u,v)(r,s)=2ur+2vsである。したがって連鎖律により
D(q∘F)(a,b)(h,k)=Dq(F(a,b))(DF(a,b)(h,k))=2aeb(ebh+aebk)+2(a2+b)(2ah+k)=(2ae2b+4a(a2+b))h+(2a2e2b+2(a2+b))k.よって
∇(q∘F)(a,b)=(2ae2b+4a(a2+b), 2a2e2b+2(a2+b))である。▨
問題 4.2 (一階連続微分可能な写像の局所 Lipschitz 性).U⊂Rnを開集合、F:U→RmをC1級の写像、a∈Uを点とする。あるr>0とL≥0が存在して、任意のx,y∈B(a,r)に対して
∥F(y)−F(x)∥≤L∥y−x∥となることを、定理 2.1を用いて証明せよ。
解答.
Uは開集合であるから、B(a,r0)⊂Uを満たすr0>0が存在する。DFはaで作用素ノルムについて連続であるから、0<r≤r0を十分小さく取れば、任意のz∈B(a,r)に対して
∥DF(z)−DF(a)∥op<1となる。したがって
∥DF(z)∥op≤∥DF(a)∥op+1である。閉球B(a,r)は凸集合であるから、x,y∈B(a,r)に対して[x,y]⊂B(a,r)⊂Uである。定理 2.1を
L=∥DF(a)∥op+1として適用すれば結論を得る。▨