§E6.1環

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整数には加法と乗法があり、二つの演算は分配律によって結び付いている。同じ構造は整数に限らず、正方行列やアーベル群の自己準同型にも現れる。たとえば、整数の乗法は可換である一方、二次正方行列の積は一般に順序を入れ替えることができない。

加法と乗法を同時に扱い、その結び付きも公理に含めるため、加法についてアーベル群をなし、単位元をもつ結合的な乗法を備え、加法と乗法が左右の分配律を満たす集合を環という。環は整数の算術と行列の計算を同じ枠組みで扱い、加群やイデアルを導入するための基礎となる。

本記事では、環の定義を導入し、その基本的な性質や代表的な構成について解説する。

1 環と環準同型

環の二つの演算に対する公理を、量化の範囲と単位元を含めて定める。

定義 1.1. 集合RRに加法

+ ⁣:R×R⟶R+\colon R\times R\longrightarrow R

と乗法

⋅ ⁣:R×R⟶R\cdot\colon R\times R\longrightarrow R

が与えられているとする。RRが環 (ring) であるとは、次の条件がすべて成り立つことをいう。

  1. (R,+)(R,+)はアーベル群である。その単位元を0R0_R、元aaの加法逆元を−a-aと書く。
  2. 任意のa,b,c∈Ra,b,c\in Rに対して(ab)c=a(bc)(ab)c=a(bc)が成り立つ。
  3. ある1R∈R1_R\in Rが存在して、任意のa∈Ra\in Rに対して1Ra=a1R=a1_Ra=a1_R=aが成り立つ。
  4. 任意のa,b,c∈Ra,b,c\in Rに対して a(b+c)=ab+ac,(a+b)c=ac+bca(b+c)=ab+ac,\qquad (a+b)c=ac+bc が成り立つ。

任意のa,b∈Ra,b\in Rに対してab=baab=baが成り立つ環を可換環 (commutative ring) という。本単元では、環は単位元をもつ結合環を意味し、0R=1R0_R=1_Rである零環も環として許す。

環の公理から、零元と加法逆元に関する乗法公式が従う。

命題 1.2. 環RRと任意のa,b∈Ra,b\in Rに対して

a0R=0Ra=0R,(−a)b=−(ab),a(−b)=−(ab),a0_R=0_Ra=0_R,\qquad (-a)b=-(ab),\qquad a(-b)=-(ab),

したがって(−a)(−b)=ab(-a)(-b)=abが成り立つ。

証明. 右分配律から

a0R=a(0R+0R)=a0R+a0Ra0_R=a(0_R+0_R)=a0_R+a0_R

を得る。両辺に−(a0R)-(a0_R)を加えるとa0R=0Ra0_R=0_Rを得る。左分配律を用いる同じ議論によって0Ra=0R0_Ra=0_Rを得る。

次に

ab+(−a)b=(a+(−a))b=0Rb=0Rab+(-a)b=(a+(-a))b=0_Rb=0_R

であるから、加法逆元の一意性により(−a)b=−(ab)(-a)b=-(ab)である。同様に

ab+a(−b)=a(b+(−b))=a0R=0Rab+a(-b)=a(b+(-b))=a0_R=0_R

であるから、a(−b)=−(ab)a(-b)=-(ab)を得る。最後に、既に示した二つの公式を順に用いると

(−a)(−b)=−(a(−b))=−(−(ab))=ab(-a)(-b)=-\bigl(a(-b)\bigr)=-\bigl(-(ab)\bigr)=ab

となる。▨

部分環と準同型では、単位元を保つ条件を規約に含める。

定義 1.3. 環RRの部分集合SSが部分環 (subring) であるとは、0R,1R∈S0_R,1_R\in Sであり、任意のa,b∈Sa,b\in Sに対して

a−b∈S,ab∈Sa-b\in S,\qquad ab\in S

が成り立つことをいう。演算はRRの演算をSSに制限する。

環R,SR,Sに対して、写像φ ⁣:R→S\varphi\colon R\to Sが環準同型 (ring homomorphism) であるとは、任意のa,b∈Ra,b\in Rに対して

φ(a+b)=φ(a)+φ(b),φ(ab)=φ(a)φ(b),φ(1R)=1S\varphi(a+b)=\varphi(a)+\varphi(b),\qquad \varphi(ab)=\varphi(a)\varphi(b),\qquad \varphi(1_R)=1_S

が成り立つことをいう。全単射な環準同型を環同型 (ring isomorphism) という。

環準同型φ ⁣:R→S\varphi\colon R\to Sの核 (kernel) と像 (image) を、それぞれ

ker⁡φ:={a∈R∣φ(a)=0S},im⁡φ:={φ(a)∣a∈R}\ker\varphi:=\{a\in R\mid \varphi(a)=0_S\},\qquad \operatorname{im}\varphi:=\{\varphi(a)\mid a\in R\}

で定める。

環準同型は零元と加法逆元を保つ。実際、加法群の準同型に対する§E1.6 命題 1.3を加法記法で適用すると、φ(0R)=0S\varphi(0_R)=0_Sおよびφ(−a)=−φ(a)\varphi(-a)=-\varphi(a)を得る。

2 基本例

整数環のほか、成分ごとの演算、行列の積、写像の合成から環を構成することができる。

例 2.1 (整数環、直積環、行列環、自己準同型環). 次の対象は環である。

  1. 整数全体Z\mathbb Zは通常の加法と乗法について可換環であり、1Z=11_{\mathbb Z}=1である。
  2. 環の非空な族(Ri)i∈I(R_i)_{i\in I}に対して、直積集合 ∏i∈IRi\prod_{i\in I}R_i は成分ごとの加法と乗法について環である。零元と単位元はそれぞれ(0Ri)i∈I(0_{R_i})_{i\in I}と(1Ri)i∈I(1_{R_i})_{i\in I}である。
  3. 環RRと正の整数nnに対して、nn次正方行列全体Mn(R)M_n(R)は、成分ごとの加法と (AB)ij=∑k=1naikbkj(AB)_{ij}=\sum_{k=1}^{n}a_{ik}b_{kj} で定める乗法について環である。単位元は単位行列InI_nである。
  4. アーベル群AAに対して、群準同型A→AA\to Aの全体End⁡Z(A)\operatorname{End}_{\mathbb Z}(A)は、点ごとの加法と写像の合成 (f+g)(a)=f(a)+g(a),fg=f∘g(f+g)(a)=f(a)+g(a),\qquad fg=f\circ g について環である。単位元は恒等写像id⁡A\operatorname{id}_Aである。

証明. 直積環の各環公理は、各座標RiR_iの対応する公理から従う。例えばx=(xi)x=(x_i)、y=(yi)y=(y_i)、z=(zi)z=(z_i)に対して

(x(y+z))i=xi(yi+zi)=xiyi+xizi=(xy+xz)i\bigl(x(y+z)\bigr)_i=x_i(y_i+z_i)=x_iy_i+x_iz_i=\bigl(xy+xz\bigr)_i

である。任意のiiで座標が一致するため、x(y+z)=xy+xzx(y+z)=xy+xzである。他の公理も同じ座標計算で得られる。

行列の加法がアーベル群をなすことは、RRの加法がアーベル群をなすことから成分ごとに従う。乗法の結合律は、任意のi,ji,jに対して有限和の添字を入れ替える計算

((AB)C)ij=∑k=1n(∑ℓ=1naiℓbℓk)ckj=∑ℓ=1n∑k=1naiℓbℓkckj=∑ℓ=1naiℓ(∑k=1nbℓkckj)=(A(BC))ij\begin{aligned} \bigl((AB)C\bigr)_{ij} &=\sum_{k=1}^{n}\left(\sum_{\ell=1}^{n}a_{i\ell}b_{\ell k}\right)c_{kj} =\sum_{\ell=1}^{n}\sum_{k=1}^{n}a_{i\ell}b_{\ell k}c_{kj}\\ &=\sum_{\ell=1}^{n}a_{i\ell}\left(\sum_{k=1}^{n}b_{\ell k}c_{kj}\right) =\bigl(A(BC)\bigr)_{ij} \end{aligned}

から従う。分配律も有限和とRRの分配律から従い、InA=AIn=AI_nA=AI_n=Aは成分計算から従う。

End⁡Z(A)\operatorname{End}_{\mathbb Z}(A)では、点ごとの加法がアーベル群をなす。写像の合成は結合的であり、恒等写像が単位元である。任意のf,g,h∈End⁡Z(A)f,g,h\in\operatorname{End}_{\mathbb Z}(A)とa∈Aa\in Aに対して

(f(g+h))(a)=f(g(a)+h(a))=f(g(a))+f(h(a))\bigl(f(g+h)\bigr)(a)=f(g(a)+h(a))=f(g(a))+f(h(a))

であるから、f(g+h)=fg+fhf(g+h)=fg+fhである。また

((f+g)h)(a)=f(h(a))+g(h(a))\bigl((f+g)h\bigr)(a)=f(h(a))+g(h(a))

であるから、(f+g)h=fh+gh(f+g)h=fh+ghである。したがって自己準同型全体は環をなす。▨

行列環と自己準同型環は一般には可換でない。例えばM2(Z)M_2(\mathbb Z)の行列単位E12,E21E_{12},E_{21}に対して

E12E21=E11,E21E12=E22E_{12}E_{21}=E_{11},\qquad E_{21}E_{12}=E_{22}

であり、二つの積は異なる。

3 整数環からの一意な環準同型と標数

アーベル群AAの元aaに対して、0⋅a=0A0\cdot a=0_Aとし、正の整数nnに対してn⋅an\cdot aをaaのnn個の和とする。負の整数nnに対してはn⋅a=−((−n)⋅a)n\cdot a=-((-n)\cdot a)と定める。

補題 3.1.A,BA,Bをアーベル群とする。任意のm,n∈Zm,n\in\Zとa,b∈Aa,b\in Aに対して

(m+n)⋅a=m⋅a+n⋅a,n⋅(a+b)=n⋅a+n⋅b,(m+n)\cdot a=m\cdot a+n\cdot a,\qquad n\cdot(a+b)=n\cdot a+n\cdot b,(mn)⋅a=m⋅(n⋅a),1⋅a=a(mn)\cdot a=m\cdot(n\cdot a),\qquad 1\cdot a=a

が成り立つ。また、任意の加法準同型f ⁣:A→Bf\colon A\to B、n∈Zn\in\Zおよびa∈Aa\in Aに対して

f(n⋅a)=n⋅f(a)f(n\cdot a)=n\cdot f(a)

が成り立つ。

証明. 整数倍の定義により、任意のk∈Zk\in\Zに対して

(k+1)⋅a=k⋅a+a(k+1)\cdot a=k\cdot a+a

である。実際、k≥0k\ge0の場合は反復和の定義であり、k=−r<0k=-r<0の場合はr⋅a=(r−1)⋅a+ar\cdot a=(r-1)\cdot a+aの両辺からr⋅ar\cdot aを引くと得られる。

m∈Zm\in\Zを固定する。n=0n=0では(m+n)⋅a=m⋅a+n⋅a(m+n)\cdot a=m\cdot a+n\cdot aである。直前の漸化式により、この等式の両辺はnnをn+1n+1に替えるとaaだけ増え、nnをn−1n-1に替えるとaaだけ減る。したがって、正負それぞれの方向への帰納法により、すべてのn∈Zn\in\Zについて等式が成り立つ。

加法の可換性により、n≥0n\ge0のときは反復和を並べ替えてn⋅(a+b)=n⋅a+n⋅bn\cdot(a+b)=n\cdot a+n\cdot bを得る。n<0n<0のときはr=−n>0r=-n>0と置くと

n⋅(a+b)=−(r⋅a+r⋅b)=−(r⋅a)−(r⋅b)=n⋅a+n⋅bn\cdot(a+b)=-\bigl(r\cdot a+r\cdot b\bigr) =-(r\cdot a)-(r\cdot b)=n\cdot a+n\cdot b

である。

加法準同型f ⁣:A→Bf\colon A\to Bは§E1.6 命題 1.3により零元と加法逆元を保つ。したがって、n≥0n\ge0では反復和に加法性を適用し、n<0n<0ではさらに逆元の保存を用いると、f(n⋅a)=n⋅f(a)f(n\cdot a)=n\cdot f(a)を得る。

既に示した係数の和の法則により、写像ha ⁣:Z→Ah_a\colon\Z\to A、k↦k⋅ak\mapsto k\cdot aは加法準同型である。整数の加法群におけるnnのmm倍は整数mnmnであるから、整数倍の保存をhah_aに適用すると

(mn)⋅a=ha(mn)=m⋅ha(n)=m⋅(n⋅a)(mn)\cdot a=h_a(mn)=m\cdot h_a(n)=m\cdot(n\cdot a)

である。1⋅a=a1\cdot a=aは定義から従う。▨

命題 3.2. 任意の環RRに対して、環準同型

χR ⁣:Z⟶R\chi_R\colon\mathbb Z\longrightarrow R

がただ一つ存在する。この環準同型は

χR(n)=n⋅1R\chi_R(n)=n\cdot1_R

で与えられる。ここでn⋅1Rn\cdot1_Rは、加法群(R,+)(R,+)における1R1_Rのnn倍を表す。

さらに、任意の環準同型f ⁣:R→R′f\colon R\to R'に対して

f∘χR=χR′f\circ\chi_R=\chi_{R'}

が成り立つ。

証明.φ ⁣:Z→R\varphi\colon\Z\to Rを環準同型とする。φ\varphiは加法準同型であるから、補題 3.1により

φ(n)=φ(n⋅1)=n⋅φ(1)=n⋅1R\varphi(n)=\varphi(n\cdot1)=n\cdot\varphi(1)=n\cdot1_R

となる。最後の等号はφ(1Z)=1R\varphi(1_{\mathbb Z})=1_Rによる。したがってφ\varphiは表示した式で定まり、環準同型は高々一つである。

χR(n):=n⋅1R\chi_R(n):=n\cdot1_Rと定める。補題 3.1により

(m+n)⋅1R=m⋅1R+n⋅1R(m+n)\cdot1_R=m\cdot1_R+n\cdot1_R

であるから、χR\chi_Rは加法群の準同型である。またχR(1)=1R\chi_R(1)=1_Rである。

m∈Zm\in\Zを固定し、写像

μ ⁣:R⟶R,μ(x):=(m⋅1R)x\mu\colon R\longrightarrow R, \qquad \mu(x):=(m\cdot1_R)x

を考える。分配律によりμ\muは加法群(R,+)(R,+)の準同型であるから、補題 3.1により整数倍を保つ。したがって

(m⋅1R)(n⋅1R)=μ(n⋅1R)=n⋅μ(1R)=n⋅(m⋅1R)=(nm)⋅1R=(mn)⋅1R\begin{aligned} (m\cdot1_R)(n\cdot1_R) &=\mu(n\cdot1_R)\\ &=n\cdot\mu(1_R)\\ &=n\cdot(m\cdot1_R)\\ &=(nm)\cdot1_R =(mn)\cdot1_R \end{aligned}

である。第四の等号は補題 3.1の係数の積の法則による。ゆえにχR(mn)=χR(m)χR(n)\chi_R(mn)=\chi_R(m)\chi_R(n)が成り立ち、χR\chi_Rは環準同型である。

環準同型の合成は環準同型であるから、f∘χRf\circ\chi_RはZ\ZからR′R'への環準同型である。いま示した一意性により、f∘χR=χR′f\circ\chi_R=\chi_{R'}である。▨

注意 3.3 (圏の言葉での言い換え).命題 3.2は、整数環から任意の環への環準同型の全体がちょうど一つの元からなることを述べている。環を対象とし、単位元を保つ環準同型を射とする圏を考えると、この主張は整数環がその圏の始対象であるということにほかならない。始対象の定義と、始対象が一意な同型を除いて一意であることは「圏論 I」で扱う。本記事は圏の言葉を用いず、以下では命題 3.2の形のまま用いる。

標数はχR\chi_Rの核を生成する非負整数として定める。

命題 3.4. 任意の環RRに対して、

ker⁡χR=nZ\ker\chi_R=n\mathbb Z

を満たす非負整数nnがただ一つ存在する。

証明.K:=ker⁡χRK:=\ker\chi_Rと置く。χR\chi_Rは零元と加法逆元を保つから、0∈K0\in Kであり、k∈Kk\in Kならば−k∈K-k\in Kである。したがって、KKが正の整数を含まない場合はK={0}=0ZK=\{0\}=0\Zである。

KKが正の整数を含む場合は、その最小元をddとする。任意のq∈Zq\in\Zに対して

χR(qd)=χR(q)χR(d)=0R\chi_R(qd)=\chi_R(q)\chi_R(d)=0_R

であるからdZ⊆Kd\Z\subseteq Kである。任意のk∈Kk\in Kに対して整数の除法によりk=qd+rk=qd+r、0≤r<d0\le r<dと書くと

χR(r)=χR(k)−χR(qd)=0R\chi_R(r)=\chi_R(k)-\chi_R(qd)=0_R

である。r∈Kr\in Kとddの最小性によりr=0r=0であるから、k∈dZk\in d\Zを得る。したがってK=dZK=d\Zである。

非負整数nnがK=nZK=n\Zを満たすとする。K={0}K=\{0\}ならばn∈Kn\in Kよりn=0n=0である。K≠{0}K\ne\{0\}ならばn>0n>0であり、nnはnZn\Zの最小正元であるからn=dn=dである。したがって生成する非負整数は一意である。▨

定義 3.5. 環RRに対して、命題 3.4が定める非負整数nnをRRの標数 (characteristic) といい、char⁡R\operatorname{char}Rと書く。

命題 3.6.RRを環とする。

  1. char⁡R=0\operatorname{char}R=0であることと、χR\chi_Rが単射であることは同値である。さらにこれは、任意の正の整数mmに対してm⋅1R≠0Rm\cdot1_R\ne0_Rであることと同値である。
  2. 正の整数nnについて、char⁡R=n\operatorname{char}R=nであることと、nnがm⋅1R=0Rm\cdot1_R=0_Rを満たす正の整数のうち最小のものであることは同値である。
  3. 任意のa∈Ra\in Rに対して(char⁡R)⋅a=0R(\operatorname{char}R)\cdot a=0_Rである。
  4. 環準同型f ⁣:R→R′f\colon R\to R'が存在するならば、char⁡R′\operatorname{char}R'はchar⁡R\operatorname{char}Rを割り切る。とくに、同型な二つの環の標数は等しい。RRの部分環SSについてはchar⁡S=char⁡R\operatorname{char}S=\operatorname{char}Rである。
  5. char⁡R=1\operatorname{char}R=1であることと、RRが零環であることは同値である。

証明.(1)を示す。任意のk,ℓ∈Zk,\ell\in\Zに対して、χR(k)=χR(ℓ)\chi_R(k)=\chi_R(\ell)であることとχR(k−ℓ)=0R\chi_R(k-\ell)=0_Rであることは同値である。したがってχR\chi_Rが単射であることとker⁡χR={0}\ker\chi_R=\{0\}であることは同値であり、{0}=0Z\{0\}=0\Zであるから、これはchar⁡R=0\operatorname{char}R=0と同値である。またker⁡χR={0}\ker\chi_R=\{0\}は、任意の正の整数mmに対してχR(m)=m⋅1R≠0R\chi_R(m)=m\cdot1_R\ne0_Rであることと同値である。χR(−m)=−χR(m)\chi_R(-m)=-\chi_R(m)であるため、負の整数を調べる必要はない。

(2)を示す。char⁡R=n>0\operatorname{char}R=n>0とすると、ker⁡χR=nZ\ker\chi_R=n\mathbb Zであるから、m⋅1R=0Rm\cdot1_R=0_Rを満たす正の整数はnnの正の倍数の全体であり、その最小元はnnである。逆に、nnがm⋅1R=0Rm\cdot1_R=0_Rを満たす正の整数のうち最小のものであるとする。char⁡R=n′\operatorname{char}R=n'と置くと、n∈ker⁡χRn\in\ker\chi_Rよりn′≠0n'\ne0であり、いま示したことによりn′n'は同じ集合の最小元であるからn=n′n=n'である。

(3)を示す。n:=char⁡Rn:=\operatorname{char}Rと置く。χR(n)=n⋅1R=0R\chi_R(n)=n\cdot1_R=0_Rである。a∈Ra\in Rに対して写像x↦xax\mapsto xaは分配律により(R,+)(R,+)の準同型であるから、補題 3.1により

n⋅a=n⋅(1Ra)=(n⋅1R)a=0Ra=0Rn\cdot a=n\cdot(1_Ra)=(n\cdot1_R)a=0_Ra=0_R

である。

(4)を示す。命題 3.2によりf∘χR=χR′f\circ\chi_R=\chi_{R'}であるから、χR(n)=0R\chi_R(n)=0_RならばχR′(n)=f(0R)=0R′\chi_{R'}(n)=f(0_R)=0_{R'}である。したがって

(char⁡R)Z=ker⁡χR⊆ker⁡χR′=(char⁡R′)Z(\operatorname{char}R)\mathbb Z=\ker\chi_R\subseteq\ker\chi_{R'}=(\operatorname{char}R')\mathbb Z

であり、char⁡R′\operatorname{char}R'はchar⁡R\operatorname{char}Rを割り切る。RRとR′R'が同型ならば両向きの環準同型が存在するため、二つの標数は互いに割り切り合い、非負整数として等しい。部分環SSについては、定義 1.3により1R∈S1_R\in Sであり、SSは差について閉じているから、任意の整数nnに対してn⋅1R∈Sn\cdot1_R\in Sである。したがってχS\chi_SはχR\chi_Rの終域をSSへ制限した写像であり、二つの核は集合として一致する。ゆえにchar⁡S=char⁡R\operatorname{char}S=\operatorname{char}Rである。

(5)を示す。char⁡R=1\operatorname{char}R=1であることはker⁡χR=Z\ker\chi_R=\mathbb Zと同値であり、これは1R=χR(1)=0R1_R=\chi_R(1)=0_Rと同値である。1R=0R1_R=0_Rならば、任意のa∈Ra\in Rに対してa=a1R=a0R=0Ra=a1_R=a0_R=0_RであるからRRは零環である。逆にRRが零環ならば1R=0R1_R=0_Rである。▨

例 3.7 (標数の値).char⁡Z=0\operatorname{char}\mathbb Z=0である。実際、正の整数mmに対してm⋅1=m≠0m\cdot1=m\ne0であり、命題 3.6 (1)が適用される。有理数体、実数体および複素数体はZ\mathbb Zを部分環として含むため、命題 3.6 (4)により標数は00である。零環の標数は11である。

正の整数nnに対して、剰余類環Z/nZ\mathbb Z/n\mathbb Z(§E3.1 命題 2.6)ではm⋅1=0m\cdot1=0となる正の整数mmの全体がnnの正の倍数であるから、命題 3.6 (2)によりchar⁡(Z/nZ)=n\operatorname{char}(\mathbb Z/n\mathbb Z)=nである。

環RRと正の整数kkに対して、a↦aIka\mapsto aI_kはRRからMk(R)M_k(R)のスカラー行列全体への環同型であり、その像はMk(R)M_k(R)の部分環である。命題 3.6 (4)により

char⁡Mk(R)=char⁡R\operatorname{char}M_k(R)=\operatorname{char}R

である。標数が22である環では、任意のaaに対してa+a=0Ra+a=0_Rが成り立つため−a=a-a=aとなる。

4 反対環と中心

反対環は加法を変えず、乗法の順序だけを逆にする。

定義 4.1. 環RRに対して、RRと同じ集合および同じ加法をもち、乗法を

a⋆b:=baa\mathbin{\star}b:=ba

で定めた環をRRの反対環 (opposite ring) といい、RopR^{\mathrm{op}}と書く。右辺の積はRRの積である。

命題 4.2. 環RRに対してRopR^{\mathrm{op}}は環であり、その単位元は1R1_Rである。また、同じ台集合上の環として

(Rop)op=R\bigl(R^{\mathrm{op}}\bigr)^{\mathrm{op}}=R

が成り立つ。

証明.a,b,c∈Ropa,b,c\in R^{\mathrm{op}}に対して、RRの結合律を用いると

(a⋆b)⋆c=c(ba)=(cb)a=a⋆(b⋆c)(a\star b)\star c=c(ba)=(cb)a=a\star(b\star c)

である。RRの分配律から

a⋆(b+c)=(b+c)a=ba+ca=a⋆b+a⋆ca\star(b+c)=(b+c)a=ba+ca=a\star b+a\star c

であり、もう一方の分配律も同様に得られる。また

1R⋆a=a1R=a,a⋆1R=1Ra=a1_R\star a=a1_R=a,\qquad a\star1_R=1_Ra=a

である。加法はRRと同じであるから、RopR^{\mathrm{op}}は環である。反対環の操作を二度行うと積の順序が二度逆転するため、(Rop)op(R^{\mathrm{op}})^{\mathrm{op}}の積はRRの積と一致する。▨

中心は、環のすべての元と可換な元の集合である。

定義 4.3. 環RRの中心 (center) を

Z(R):={z∈R∣∀r∈R, zr=rz}Z(R):=\{z\in R\mid \forall r\in R,\ zr=rz\}

で定める。

命題 4.4. 任意の環RRに対して、Z(R)Z(R)はRRの可換部分環である。また

Z(Rop)=Z(R)Z(R^{\mathrm{op}})=Z(R)

が同じ台集合の部分集合として成り立つ。

証明.0R0_Rと1R1_Rは任意のr∈Rr\in Rと可換である。z,w∈Z(R)z,w\in Z(R)とr∈Rr\in Rに対して

(z−w)r=zr−wr=rz−rw=r(z−w)(z-w)r=zr-wr=rz-rw=r(z-w)

であり、

(zw)r=z(wr)=z(rw)=(zr)w=(rz)w=r(zw)(zw)r=z(wr)=z(rw)=(zr)w=(rz)w=r(zw)

である。したがってZ(R)Z(R)は部分環である。z,w∈Z(R)z,w\in Z(R)ならば中心の定義をr=wr=wに適用してzw=wzzw=wzを得るため、Z(R)Z(R)は可換である。反対環でzzとrrが可換であるという条件はrz=zrrz=zrであり、RRでの条件と同値である。したがってZ(Rop)=Z(R)Z(R^{\mathrm{op}})=Z(R)である。▨

5 単元と冪等元

乗法逆元をもつ元と、二乗して変化しない元を区別する。

定義 5.1. 環RRの元uuが単元 (unit) であるとは、あるv∈Rv\in Rが存在して

uv=vu=1Ruv=vu=1_R

が成り立つことをいう。このようなvvをuuの乗法逆元 (multiplicative inverse) という。乗法逆元が一意であることは次の命題で証明し、一意な乗法逆元をu−1u^{-1}と書く。単元全体をR×R^\timesと書く。

元e∈Re\in Rが冪等元 (idempotent) であるとは

e2=ee^2=e

が成り立つことをいう。

命題 5.2. 環の単元がもつ乗法逆元は一意である。任意の環RRに対して、R×R^\timesはRRの乗法について群をなす。任意の冪等元e∈Re\in Rに対して1R−e1_R-eも冪等元であり、

e(1R−e)=(1R−e)e=0Re(1_R-e)=(1_R-e)e=0_R

が成り立つ。

証明.v,w∈Rv,w\in Rがともに単元uuの乗法逆元であるとすると、

v=v1R=v(uw)=(vu)w=1Rw=wv=v1_R=v(uw)=(vu)w=1_Rw=w

である。したがって乗法逆元は一意である。

1R1_Rは単元である。単元x,yx,yに対して

(xy)(y−1x−1)=x(yy−1)x−1=1R(xy)(y^{-1}x^{-1})=x(yy^{-1})x^{-1}=1_R

かつ

(y−1x−1)(xy)=y−1(x−1x)y=1R(y^{-1}x^{-1})(xy)=y^{-1}(x^{-1}x)y=1_R

であるから、xyxyは単元である。単元xxの逆元x−1x^{-1}も単元であり、その逆元はxxである。結合律はRRの結合律から従うため、R×R^\timesは群をなす。

e2=ee^2=eならば、分配律と命題 1.2から

(1R−e)2=1R−e−e+e2=1R−e(1_R-e)^2=1_R-e-e+e^2=1_R-e

である。また

e(1R−e)=e−e2=0R,(1R−e)e=e−e2=0Re(1_R-e)=e-e^2=0_R,\qquad (1_R-e)e=e-e^2=0_R

である。▨

例 5.3 (直積環と行列環の単元・冪等元). 直積環R×SR\times Sの元(r,s)(r,s)が単元であることは、r∈R×r\in R^\timesかつs∈S×s\in S^\timesであることと同値である。実際、(r,s)(r′,s′)=(1R,1S)(r,s)(r',s')=(1_R,1_S)と(r′,s′)(r,s)=(1R,1S)(r',s')(r,s)=(1_R,1_S)は、各座標で逆元の等式が成り立つことと同値である。

また(1R,0S)(1_R,0_S)は冪等元である。RRとSSがともに零環でなければ、(1R,0S)(1_R,0_S)は直積環の零元とも単位元とも異なる。n≥2n\ge 2のとき、Mn(R)M_n(R)の対角行列

e=diag⁡(1R,0R,…,0R)e=\operatorname{diag}(1_R,0_R,\ldots,0_R)

もe2=ee^2=eを満たす。RRが零環でなければ、この対角行列はMn(R)M_n(R)の零行列とも単位行列とも異なる。

6 群環と斜体

群環は、群の積を線形結合へ分配して得られる環である。

定義 6.1.AAを可換環、GGを群とする。GGからAAへの有限台の写像、すなわち

A[G]:={f ⁣:G→A∣{g∈G∣f(g)≠0A} は有限集合}A[G]:=\{f\colon G\to A\mid \{g\in G\mid f(g)\ne0_A\}\text{ は有限集合}\}

を考える。f∈A[G]f\in A[G]を形式和∑g∈Gf(g)g\sum_{g\in G}f(g)gとも書く。加法を成分ごとに定め、乗法を

(f∗h)(x):=∑uv=xf(u)h(v)(f\ast h)(x):=\sum_{uv=x}f(u)h(v)

で定める。右辺ではf(u)h(v)≠0Af(u)h(v)\ne0_Aとなり得る有限個の組だけを加える。この環をAA上の群環 (group ring) という。

命題 6.2. 可換環AAと群GGに対してA[G]A[G]は環である。単位元は、群の単位元eGe_Gにおける値が1A1_Aで、他の元における値が0A0_Aである写像である。GGがアーベル群ならばA[G]A[G]は可換環である。

証明.f,h∈A[G]f,h\in A[G]の台をそれぞれF,HF,Hとする。f∗hf\ast hの台は有限集合FH={uv∣u∈F, v∈H}FH=\{uv\mid u\in F,\ v\in H\}に含まれるため、畳み込み積はA[G]A[G]の元として定まる。加法がアーベル群をなすことと分配律は、AAの対応する公理を各係数へ適用することによって従う。

f,h,k∈A[G]f,h,k\in A[G]とx∈Gx\in Gに対して、有限和の添字を組み替えると

((f∗h)∗k)(x)=∑uv=x(f∗h)(u)k(v)=∑abc=xf(a)h(b)k(c)=∑aw=xf(a)(h∗k)(w)=(f∗(h∗k))(x)\begin{aligned} \bigl((f\ast h)\ast k\bigr)(x) &=\sum_{uv=x}(f\ast h)(u)k(v) =\sum_{abc=x}f(a)h(b)k(c)\\ &=\sum_{aw=x}f(a)(h\ast k)(w) =\bigl(f\ast(h\ast k)\bigr)(x) \end{aligned}

となる。したがって乗法は結合的である。eGe_Gに集中する写像を1A[G]1_{A[G]}と書くと、群の単位元の性質から1A[G]∗f=f∗1A[G]=f1_{A[G]}\ast f=f\ast1_{A[G]}=fである。GGがアーベル群ならば、uv=xuv=xとvu=xvu=xの添字対応およびAAの可換性からf∗h=h∗ff\ast h=h\ast fを得る。▨

群GGが非可換ならば、群の元を一点に集中する写像と同一視することにより、A[G]A[G]も一般には非可換になる。例えばg,h∈Gg,h\in Gがgh≠hggh\ne hgを満たし、AAが零環でなければ、群環の形式基底元についてもgh≠hggh\ne hgである。

定義 6.3. 零環でない環DDが斜体 (division ring) であるとは、任意の0≠d∈D0\ne d\in Dが単元であることをいう。可換な斜体を体 (field) という。

例 6.4 (斜体の例). 有理数体Q\mathbb Q、実数体R\mathbb R、複素数体C\mathbb Cは可換な斜体である。非可換な例として、Hamilton の四元数環を行列環M2(C)M_2(\mathbb C)の部分集合

H={(zw−w‾z‾)|z,w∈C}\mathbb H= \left\{ \begin{pmatrix}z&w\\-\overline w&\overline z\end{pmatrix} \mathrel{\middle|}z,w\in\mathbb C \right\}

として構成する。二つの元をH(z,w)H(z,w)、H(u,v)H(u,v)と書くと

H(z,w)+H(u,v)=H(z+u,w+v),−H(z,w)=H(−z,−w)H(z,w)+H(u,v)=H(z+u,w+v),\qquad -H(z,w)=H(-z,-w)

である。また

H(z,w)H(u,v)=H(zu−wv‾, zv+wu‾)H(z,w)H(u,v)=H\bigl(zu-w\overline v,\ zv+w\overline u\bigr)

であるから、H\mathbb Hは加法、加法逆元および乗法について閉じている。零行列はH(0,0)H(0,0)、単位行列はH(1,0)H(1,0)であり、行列環の結合律と分配律を継承するため、H\mathbb Hは環である。

H(z,w)≠0H(z,w)\ne0に対して∣z∣2+∣w∣2>0|z|^2+|w|^2>0であり、

H(z,w)H(z‾,−w)=H(z‾,−w)H(z,w)=(∣z∣2+∣w∣2)I2H(z,w)H(\overline z,-w) =H(\overline z,-w)H(z,w) =(|z|^2+|w|^2)I_2

が成り立つ。したがって

H(z,w)−1=1∣z∣2+∣w∣2H(z‾,−w)H(z,w)^{-1}=\frac{1}{|z|^2+|w|^2}H(\overline z,-w)

である。右辺は

H(z‾∣z∣2+∣w∣2,−w∣z∣2+∣w∣2)H\left(\frac{\overline z}{|z|^2+|w|^2}, \frac{-w}{|z|^2+|w|^2}\right)

に等しいため、H\mathbb Hに属する。したがってH\mathbb Hは斜体である。一方、i=H(i,0)i=H(i,0)、j=H(0,1)j=H(0,1)とおくと

ij=H(0,i),ji=H(0,−i)ij=H(0,i),\qquad ji=H(0,-i)

であり、二つの行列は異なる。したがってH\mathbb Hは可換ではない。

7 一変数多項式環

可換環上の多項式を、有限個を除いて零である係数列として構成する。

定義 7.1.AAを可換環とする。集合

A[X]:={(an)n≥0∈∏n≥0A | an≠0A となる n は有限個}A[X]:=\left\{(a_n)_{n\ge0}\in\prod_{n\ge0}A\ \middle|\ a_n\ne0_A\text{ となる }n\text{ は有限個}\right\}

を考える。a=(an)a=(a_n)とc=(cn)c=(c_n)に対して

(a+c)n=an+cn,(ac)n=∑i+j=naicj(a+c)_n=a_n+c_n,\qquad (ac)_n=\sum_{i+j=n}a_ic_j

で加法と乗法を定める。この集合と演算を一変数多項式環 (polynomial ring in one variable) と呼ぶ。a=(an)a=(a_n)を形式和∑n≥0anXn\sum_{n\ge0}a_nX^nと書く。特に、XXはa1=1Aa_1=1_Aであり、n≠1n\ne1に対してan=0Aa_n=0_Aである係数列を表す。

以下の構成定理と普遍性定理は、次の順序で証明する。まず、係数列の和と畳み込み積が有限台を保つことを示し、環公理を各次数の係数に関する有限和の等式へ帰着する。次に、係数の環準同型と不定元の像を用いる評価式によって写像を構成する。不定元の像が係数の像を中心化するという条件から、この写像の乗法性を導く。最後に、任意の多項式が係数と不定元の有限和として表示されることから、所定の条件を満たす準同型の一意性を示す。

定理 7.2. 可換環AAに対して、定義 7.1の演算はA[X]A[X]を可換環にする。単位元は定数多項式1A1_Aである。写像

ι ⁣:A⟶A[X],a⟼aX0\iota\colon A\longrightarrow A[X],\qquad a\longmapsto aX^0

は環準同型であり、XXはι(A)\iota(A)の各元と可換である。

証明. 有限台の二つの列の和は有限台である。aaとccの台をそれぞれ有限集合F,C⊆Z≥0F,C\subseteq\mathbb Z_{\ge0}とすると、積acacの台は有限集合F+C={i+j∣i∈F, j∈C}F+C=\{i+j\mid i\in F,\ j\in C\}に含まれる。したがって二つの演算はA[X]A[X]上で閉じている。

成分ごとの加法によってA[X]A[X]はアーベル群をなす。分配律は各次数の有限和とAAの分配律から従う。a,c,d∈A[X]a,c,d\in A[X]とn≥0n\ge0に対して

((ac)d)n=∑p+k=n(∑i+j=paicj)dk=∑i+j+k=naicjdk=∑i+q=nai(∑j+k=qcjdk)=(a(cd))n\begin{aligned} \bigl((ac)d\bigr)_n &=\sum_{p+k=n}\left(\sum_{i+j=p}a_ic_j\right)d_k =\sum_{i+j+k=n}a_ic_jd_k\\ &=\sum_{i+q=n}a_i\left(\sum_{j+k=q}c_jd_k\right) =\bigl(a(cd)\bigr)_n \end{aligned}

であるから、乗法は結合的である。AAの乗法が可換であるため

(ac)n=∑i+j=naicj=∑j+i=ncjai=(ca)n(ac)_n=\sum_{i+j=n}a_ic_j=\sum_{j+i=n}c_ja_i=(ca)_n

であり、乗法は可換である。定数多項式1A1_Aとの畳み込みでは各次数の係数が変わらないため、1A1_Aは単位元である。

ι\iotaが加法と乗法および単位元を保つことは、次数00の係数を計算すると得られる。A[X]A[X]は可換環であるため、XXは特にι(A)\iota(A)の各元と可換である。▨

構成した環は、係数の写像と不定元の像を指定する性質によって特徴づけられる。

定理 7.3.AAを可換環、BBを環、φ ⁣:A→B\varphi\colon A\to Bを環準同型とする。元b∈Bb\in Bが

∀a∈A,bφ(a)=φ(a)b\forall a\in A,\quad b\varphi(a)=\varphi(a)b

を満たすと仮定する。このとき、

Φ∘ι=φ,Φ(X)=b\Phi\circ\iota=\varphi,\qquad \Phi(X)=b

を満たす環準同型Φ ⁣:A[X]→B\Phi\colon A[X]\to Bがただ一つ存在する。具体的には

Φ(∑n≥0anXn)=∑n≥0φ(an)bn\Phi\left(\sum_{n\ge0}a_nX^n\right)=\sum_{n\ge0}\varphi(a_n)b^n

である。

証明. 多項式の係数列は有限台であるため、右辺はBBの有限和として定まる。Φ\Phiが加法を保つこととΦ(1A)=1B\Phi(1_A)=1_Bは、φ\varphiの加法性と単位元の保存から従う。

f=∑iaiXif=\sum_i a_iX^iとg=∑jcjXjg=\sum_j c_jX^jに対して、bbがφ(A)\varphi(A)の各元と可換であることを用いると

Φ(f)Φ(g)=∑i,jφ(ai)biφ(cj)bj=∑i,jφ(ai)φ(cj)bi+j=∑nφ(∑i+j=naicj)bn=Φ(fg)\begin{aligned} \Phi(f)\Phi(g) &=\sum_{i,j}\varphi(a_i)b^i\varphi(c_j)b^j =\sum_{i,j}\varphi(a_i)\varphi(c_j)b^{i+j}\\ &=\sum_n\varphi\left(\sum_{i+j=n}a_ic_j\right)b^n =\Phi(fg) \end{aligned}

である。したがってΦ\Phiは環準同型である。定数多項式に対してΦ(ι(a))=φ(a)\Phi(\iota(a))=\varphi(a)であり、XXに対してΦ(X)=b\Phi(X)=bである。

一意性を示す。Ψ ⁣:A[X]→B\Psi\colon A[X]\to Bが同じ二条件を満たす環準同型であるとする。任意の多項式f=∑nanXnf=\sum_n a_nX^nに対して

Ψ(f)=∑nΨ(ι(an))Ψ(X)n=∑nφ(an)bn=Φ(f)\Psi(f)=\sum_n\Psi(\iota(a_n))\Psi(X)^n =\sum_n\varphi(a_n)b^n=\Phi(f)

である。したがってΨ=Φ\Psi=\Phiであり、Φ\Phiは一意である。▨

例 7.4 (行列への多項式代入). 整数環からM2(Z)M_2(\mathbb Z)への写像n↦nI2n\mapsto nI_2は環準同型であり、その像は中心に含まれる。したがって任意のB∈M2(Z)B\in M_2(\mathbb Z)に対して、定理 7.3は一意な環準同型

ev⁡B ⁣:Z[X]⟶M2(Z),f⟼f(B)\operatorname{ev}_B\colon\mathbb Z[X]\longrightarrow M_2(\mathbb Z), \qquad f\longmapsto f(B)

を与える。例えば

B=(0100)B=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}

ならばB2=0B^2=0であるから、f(X)=a0+a1X+⋯+amXmf(X)=a_0+a_1X+\cdots+a_mX^mに対して

f(B)=a0I2+a1Bf(B)=a_0I_2+a_1B

である。値域の環が非可換であっても、BBが係数の像と可換であれば評価準同型が定まる。

8 演習

問題 8.1 (環の構成と可換性の判定). 次の各問に答えよ。

  1. 環RRに対して、写像τ ⁣:R→Rop\tau\colon R\to R^{\mathrm{op}}を台集合上の恒等写像で定める。τ\tauが環準同型になるための必要十分条件を求めよ。
  2. M2(Z)M_2(\mathbb Z)の行列e=diag⁡(1,0)e=\operatorname{diag}(1,0)について、eeとI2−eI_2-eが冪等元であり、積が両方の順序で零行列になることを確認せよ。
  3. B=(0100)B=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}とする。普遍性によるev⁡B ⁣:Z[X]→M2(Z)\operatorname{ev}_B\colon\mathbb Z[X]\to M_2(\mathbb Z)について、ev⁡B((X+1)3)\operatorname{ev}_B((X+1)^3)を計算せよ。
  4. 環準同型φ ⁣:Z→R\varphi\colon\mathbb Z\to Rがφ(n)=n⋅1R\varphi(n)=n\cdot1_Rを満たすことを、環準同型の三つの条件のうちどれを用いるかを明示して示せ。また、この一意性が「整数環が環の圏の始対象である」という主張に一致する理由を述べよ。
  5. 非空な族(Ri)i∈I(R_i)_{i\in I}の直積環について、ker⁡χ∏iRi=⋂i∈Iker⁡χRi\ker\chi_{\prod_iR_i}=\bigcap_{i\in I}\ker\chi_{R_i}が成り立つことを、直積環の演算が成分ごとであることから示せ。これを用いてchar⁡(Z/6Z×Z/10Z)\operatorname{char}(\mathbb Z/6\mathbb Z\times\mathbb Z/10\mathbb Z)を求めよ。
解答 (演習の解答).
  1. τ(ab)=ab\tau(ab)=abである一方、RopR^{\mathrm{op}}におけるτ(a)τ(b)\tau(a)\tau(b)はbabaである。したがってτ\tauが乗法を保つことは、任意のa,b∈Ra,b\in Rに対してab=baab=baが成り立つことと同値である。必要十分条件はRRが可換環であることである。
  2. e2=ee^2=eかつ(I2−e)2=I2−e(I_2-e)^2=I_2-eである。またe(I2−e)=(I2−e)e=0e(I_2-e)=(I_2-e)e=0である。
  3. B2=0B^2=0であるため、(B+I2)3=I2+3B(B+I_2)^3=I_2+3Bである。したがって ev⁡B((X+1)3)=(1301).\operatorname{ev}_B((X+1)^3)=\begin{pmatrix}1&3\\0&1\end{pmatrix}.
  4. 用いるのは、単位元の保存φ(1Z)=1R\varphi(1_{\Z})=1_Rと加法の保存の二つである。加法の保存によりφ\varphiは加法群の準同型であり、補題 3.1によりφ(n)=φ(n⋅1)=n⋅φ(1)\varphi(n)=\varphi(n\cdot1)=n\cdot\varphi(1)となる。ここへ単位元の保存を代入するとφ(n)=n⋅1R\varphi(n)=n\cdot1_Rを得る。乗法の保存は用いない。この計算による一意性と命題 3.2の存在を合わせると、Z\Zから任意の環への環準同型の全体はちょうど一つの元からなる。環を対象、単位元を保つ環準同型を射とする圏では、これがZ\Zが始対象であるという主張にあたる(注意 3.3)。
  5. 直積環の演算は成分ごとであり、単位元は(1Ri)i(1_{R_i})_iであるから、命題 3.2のχ\chiはχ∏iRi(n)=(n⋅1Ri)i\chi_{\prod_iR_i}(n)=(n\cdot1_{R_i})_iを満たす。族が零であることは各成分が零であることと同値であるから、ker⁡χ∏iRi=⋂i∈Iker⁡χRi\ker\chi_{\prod_iR_i}=\bigcap_{i\in I}\ker\chi_{R_i}である。Z/6Z\mathbb Z/6\mathbb ZとZ/10Z\mathbb Z/10\mathbb Zの場合は6Z∩10Z=30Z6\mathbb Z\cap10\mathbb Z=30\mathbb Zであるから、標数は3030である。

▨

9 後続記事との関係

本記事は環そのものの演算と基本構成までを扱う。左・右・両側イデアル、商環および環の準同型定理は次の「イデアル」が扱う。標数については、本記事で定義と基本性質までを示す。整域や体の標数が取りうる値は後続の記事で調べる。また、Z/char⁡R Z\mathbb Z/\operatorname{char}R\,\mathbb ZをRRの部分環として同定することは、「イデアル」が扱う環の準同型定理を用いて後続の記事で行う。多項式の次数、除法、既約性および因数分解は「多項式環と既約性」が扱う。有限次元結合代数としての群代数と中心単純代数は「有限次元結合代数と中心単純代数」が扱う。

次の記事「加群」では、環RRからアーベル群の自己準同型環への環準同型によって左作用を記述し、反対環RopR^{\mathrm{op}}によって右作用を左作用へ読み替える。

参考文献

  1. Michael Artin, Algebra, 2nd ed., Pearson, Boston, 2011.環、準同型、多項式環および行列環の基本構成を参考にした。
  2. David S. Dummit and Richard M. Foote, Abstract Algebra, 3rd ed., Wiley, 2004.環、単元、中心、群環および多項式環を参考にした。
  3. Serge Lang, Algebra, revised 3 ed., Graduate Texts in Mathematics, Springer, New York, 2002.環と多項式環の構成および普遍性を参考にした。

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