1 本質的部分加群
定義 1.1.Rを単位元をもつ結合環、Mを左R-加群、N⊆Mを部分加群とする。任意の非零部分加群L⊆Mに対してL∩N=0が成り立つとき、NはMの本質的部分加群 (essential submodule) であるという。
左R-加群の単射i:N→Mの像がMの本質的部分加群であるとき、iを本質拡大 (essential extension) という。さらにiが全射でないとき、iを真の本質拡大という。
命題 1.2.Rを単位元をもつ結合環、Mを左R-加群、N⊆Mを部分加群とする。次の三条件は同値である。
- NはMの本質的部分加群である。
- 任意のx∈M∖{0}に対して、rx∈N∖{0}となるr∈Rが存在する。
- 任意の左R-加群XとR-線形写像f:M→Xに対して、制限f∣Nが単射ならばfも単射である。
証明.条件 (a)⇒(b)を示す。x∈M∖{0}に対して部分加群Rxは非零なので、Rx∩Nの非零元を取ればよい。
条件 (b)⇒(a)を示す。非零部分加群L⊆Mの非零元xを取り、rx∈N∖{0}となるr∈Rを選ぶ。rx∈L∩NなのでL∩N=0である。
条件 (a)⇒(c)を示す。f∣Nが単射ならばkerf∩N=0である。Nの本質性からkerf=0となるので、fは単射である。
条件 (c)⇒(a)を示す。L⊆MがL∩N=0を満たす部分加群ならば、商写像q:M→M/LのNへの制限は単射である。仮定からqは単射なので、L=kerq=0である。▨
命題 1.3.Rを単位元をもつ結合環とする。
- 左R-加群の部分加群列A⊆B⊆Mにおいて、AがBで本質的であり、BがMで本質的であるならば、AはMで本質的である。
- 左R-加群Mの本質的部分加群の有限族(Ni)i∈Iに対して、⋂i∈INiはMで本質的である。空の共通部分はMとする。
- 左R-加群の線形写像f:M→XとXの本質的部分加群Nに対して、f−1(N)はMで本質的である。
- 有限集合Iで添字づけられた左R-加群の族(Mi)i∈Iと本質的部分加群Ni⊆Miに対して、⨁i∈INiは⨁i∈IMiで本質的である。
証明.(1)を示す。非零部分加群L⊆Mに対してL∩B=0であり、Aの本質性から(L∩B)∩A=0となる。A⊆BなのでL∩A=0である。
(2)を示す。N1,N2⊆Mが本質的であり、L⊆Mが非零部分加群ならば、L∩N1=0である。N2の本質性から(L∩N1)∩N2=0となるので、N1∩N2は本質的である。有限族については帰納法で従う。空の共通部分MもMで本質的である。
(3)を示す。非零部分加群L⊆Mを取る。f(L)=0ならばL⊆f−1(N)である。f(L)=0ならば、f(L)∩Nの非零元yと、f(x)=yを満たすx∈Lを取る。xはL∩f−1(N)の非零元である。したがって、どちらの場合もL∩f−1(N)=0となる。
(4)を示す。座標射影をπi:⨁j∈IMj→Miとする。(3)により各πi−1(Ni)は本質的であり、有限族について
i∈I⨁Ni=i∈I⋂πi−1(Ni)が成り立つ。(2)によって結論を得る。I=∅の場合にも両辺は零加群である。▨
例 1.4. 各n≥1に対して、2nZはZの本質的部分加群である。実際、Zの任意の非零部分加群はある非零整数mによってmZと書け、
lcm(∣m∣,2n)Z⊆mZ∩2nZの左辺は非零である。
一方、すべての2nで割り切れる整数は零だけなので、
n≥1⋂2nZ=0である。零部分加群と非零部分加群Zの共通部分は零であるため、零部分加群はZで本質的ではない。したがって、命題 1.3 (2)の有限性を除くことはできない。
補題 1.5.Rを単位元をもつ結合環、Mを左R-加群、A⊆Mを部分加群とする。A∩C=0を満たす部分加群C⊆Mの集合には、包含関係について極大な元が存在する。そのような任意の極大元Cに対して、内部直和A⊕CはMの本質的部分加群である。
証明.C={C⊆M:C は部分加群であり A∩C=0}と置く。0∈Cであり、Cの空でない鎖の和集合は部分加群である。この和集合とAの共通部分の元は、鎖の一つの元とAの共通部分に属するので零である。したがって和集合はCに属する。空の鎖には0が上界となるので、Zorn の補題§E1.20 定理 2.1 (3)により極大元Cが存在する。
L⊆MがL∩(A+C)=0を満たす部分加群であるとする。a=c+ℓ∈A∩(C+L)ならば、ℓ=a−c∈L∩(A+C)なのでℓ=0であり、a=c∈A∩C=0となる。よってC+L∈Cである。Cの極大性からC+L=C、したがってL⊆Cとなる。L∩(A+C)=0と合わせるとL=0である。したがってA+C=A⊕CはMで本質的である。▨
2 入射性と本質拡大
命題 2.1.Rを単位元をもつ結合環、Mを左R-加群とする。次の二条件は同値である。
- Mは入射加群である。
- Mからの任意の本質拡大i:M→Xは同型である。
証明.条件 (a)⇒(b)を示す。本質拡大i:M→Xを取る。§E6.17 命題 1.2 条件 (d)により、X=i(M)⊕Cとなる部分加群Cが存在する。C∩i(M)=0とi(M)の本質性からC=0である。したがってiは同型である。
条件 (b)⇒(a)を示す。Mを部分加群として含む左R-加群Xを取る。補題 1.5によってM∩C=0を満たす極大な部分加群C⊆Xを取り、商写像をq:X→X/Cとする。q∣Mは単射である。
L⊆X/CがL∩q(M)=0を満たす部分加群であるとする。D=q−1(L)と置くとC⊆Dである。m∈D∩Mならばq(m)∈L∩q(M)=0であり、m∈C∩M=0となる。Cの極大性からD=Cとなり、L=q(D)=0を得る。したがってq(M)はX/Cで本質的である。
仮定からq∣M:M→X/Cは同型である。任意のx∈Xに対してq(x)=q(m)となるm∈Mが存在するのでX=M+Cである。M∩C=0だからX=M⊕Cとなる。Xは任意なので、§E6.17 命題 1.2 条件 (d)によってMは入射的である。▨
補題 2.2.Rを単位元をもつ結合環、Iを入射左R-加群、M⊆Iを部分加群とする。M⊆H⊆IであってMがHで本質的となる部分加群の集合において、Hが包含関係について極大ならば、Hは入射加群である。
証明.H⊆Xを本質拡大とする。Iの入射性によって包含写像H→Iをf:X→Iへ延長する。f∣Hは単射なので、命題 1.2 条件 (c)によりfは単射である。命題 1.3 (1)によってMはXで本質的であり、fがM上恒等であることからMはf(X)で本質的である。H⊆f(X)⊆IとHの極大性からf(X)=Hとなる。
x∈Xに対してf(x)∈Hであり、fはH上恒等なのでf(f(x))=f(x)である。fの単射性からx=f(x)∈Hとなり、X=Hを得る。したがってHは真の本質拡大を持たず、命題 2.1により入射的である。▨
3 入射包絡
定義 3.1.Rを単位元をもつ結合環、Mを左R-加群とする。入射左R-加群Eへの本質拡大i:M→EをMの入射包絡 (injective hull) という。入射包絡の終域をE(M)と書くことがある。
定理 3.2.Rを単位元をもつ結合環とする。任意の左R-加群は入射包絡を持つ。
証明. 左R-加群Mを取り、§E6.17 定理 5.4によって入射加群への単射M→Iを取る。Mをその像と同定し、
E={H⊆I:H は部分加群であり、M⊆H は本質拡大である}と置く。M∈Eである。Eの空でない鎖の和集合UはIの部分加群である。x∈U∖{0}はあるH∈Eに属し、命題 1.2 条件 (b)によりrx∈M∖{0}となるr∈Rが存在する。よってMはUで本質的であり、U∈Eとなる。空の鎖にはMが上界となる。Zorn の補題§E1.20 定理 2.1 (3)による極大元H∈Eは補題 2.2によって入射的なので、M→Hは入射包絡である。▨
定理 3.3.Rを単位元をもつ結合環、Mを左R-加群とし、i:M→Eとi′:M→E′を入射包絡とする。このとき、f∘i=i′を満たす左R-加群の同型f:E→E′が存在する。
証明.E′の入射性によってi′をiに沿ってf:E→E′へ延長する。fのi(M)への制限は単射なので、命題 1.2 条件 (c)によりfは単射である。Eは入射的であるから、§E6.17 命題 1.2 条件 (d)によりE′=f(E)⊕Cとなる部分加群Cが存在する。i′(M)⊆f(E)なのでC∩i′(M)=0であり、i′(M)の本質性からC=0となる。よってfは同型である。▨
命題 3.4.Rを単位元をもつ結合環、Eを左R-加群、M⊆Eを部分加群とする。次の三条件は同値である。
- Eは入射的であり、MはEで本質的である。
- Eは入射的であり、M⊆J⊆Eを満たす入射部分加群JはEに限られる。
- MはEで本質的であり、任意の左R-加群Xと単射j:E→Xに対して、j(M)がXで本質的ならばjは同型である。
証明.条件 (a)⇒(b)を示す。M⊆J⊆Eを満たす入射部分加群Jを取る。§E6.17 命題 1.2 条件 (d)によりE=J⊕Cと書くと、C∩M=0である。Mの本質性からC=0となり、J=Eを得る。
条件 (b)⇒(a)を示す。定理 3.2によって入射包絡i:M→Hを取り、Eの入射性によって包含写像M→Eをf:H→Eへ延長する。命題 1.2 条件 (c)によりfは単射なので、f(H)はMを含む入射部分加群である。仮定からf(H)=Eとなる。i(M)はHで本質的なので、同型fによってMはEで本質的である。
条件 (a)⇒(c)を示す。単射j:E→Xに対してj(M)がXで本質的であるとする。j(M)⊆j(E)なのでj(E)もXで本質的であり、jは本質拡大である。Eの入射性と命題 2.1からjは同型である。
条件 (c)⇒(a)を示す。本質拡大j:E→Xを取る。命題 1.3 (1)によりj(M)はXで本質的なので、仮定からjは同型である。命題 2.1によってEは入射的である。▨
4 入射包絡の例
例 4.1.Rを整域、Kをその分数体とする。包含写像R→Kは入射包絡である。実際、Kは§E6.17 命題 3.6によって入射R-加群である。非零元a/b∈Kに対してb(a/b)=a∈R∖{0}なので、命題 1.2 条件 (b)によりRはKで本質的である。
例 4.2. 整数環Zに例 4.1を適用すると、包含写像Z→Qは入射包絡である。したがってE(Z)=Qと取ることができる。
例 4.3.pを素数、n≥1を整数とする。Prüferp-群Z(p∞)=Z[1/p]/Zに対する写像
in:Z/pnZ⟶Z(p∞),a+pnZ⟼a/pn+Zは入射包絡である。
加法群準同型Z→Z(p∞)、a↦a/pn+Zの核はpnZなので、商への因子化§E6.2 命題 4.3によってinは単射準同型として定まる。像は(pn1Z)/Zである。Z(p∞)の任意の非零元をx=a/pk+Z、k≥1、p∤aと書くと、pk−1x=a/p+Zは非零であり、inの像に属する。命題 1.2 条件 (b)によりinは本質拡大である。Z(p∞)は§E6.17 例 3.7によって入射的なので、inは入射包絡である。
例 4.4.例 4.3と同じ素数pと整数n≥1を取り、Z-加群準同型
u:Z(p∞)⟶Z(p∞),x⟼(1+pn)xを考える。1+pnはpと互いに素である。Z(p∞)の各元は位数がpの冪である有限巡回部分群に属し、Bézout の等式により1+pn倍写像はその部分群上で全単射である。したがってuは自己同型である。
任意のa+pnZ∈Z/pnZに対して
u(in(a+pnZ))−in(a+pnZ)=pn(a/pn+Z)=a+Z=0なので、u∘in=inである。一方、
u(1/pn+1+Z)−(1/pn+1+Z)=1/p+Z=0であるから、uは恒等写像ではない。恒等写像とuはいずれもinと両立する。したがって、定理 3.3はもとの加群上で恒等となる同型の存在を述べるが、そのような同型写像の一意性は述べない。
5 極小入射分解と射影被覆
定義 5.1.Rを単位元をもつ結合環、Mを左R-加群とする。左R-加群の完全列
0⟶Md−1I0d0I1d1I2⟶⋯で各Inが入射加群であるものを、Mの入射分解 (injective resolution) という。d−1:M→I0と、各n≥0においてdnが誘導する単射
dn:In/imdn−1⟶In+1がすべて入射包絡であるとき、この入射分解を極小入射分解 (minimal injective resolution) という。
定理 3.2によりMの入射包絡を取り、各段で余核の入射包絡を取って商写像と合成すれば、合成の核が直前の像に等しいので、任意のMは極小入射分解を持つ。
定義 5.2.Rを単位元をもつ結合環、Pを左R-加群とする。部分加群K⊆Pが小部分加群 (small submodule) であるとは、任意の部分加群L⊆Pに対して、K+L=PならばL=Pとなることをいう。射影左R-加群Pから左R-加群Mへの全射π:P→Mであってkerπが小部分加群であるものを、Mの射影被覆 (projective cover) という。
6 演習
問題 6.1. 写像
j:Z/6Z⟶Z(2∞)⊕Z(3∞),a+6Z⟼(a/2+Z,a/3+Z)が入射包絡であることを示せ。
解答.
準同型a↦(a/2+Z,a/3+Z)が零となることは2∣aかつ3∣aと同値であり、さらに6∣aと同値である。したがって商への因子化によってjは単射準同型として定まる。
A=(21Z)/Z、B=(31Z)/Zと置くとj(Z/6Z)⊆A⊕Bである。任意の整数u,vに対してa=3u+4vはa≡u(mod2)、a≡v(mod3)を満たすので、j(a+6Z)=(u/2+Z,v/3+Z)である。よってj(Z/6Z)=A⊕Bとなる。
例 4.3によりAはZ(2∞)で本質的であり、BはZ(3∞)で本質的である。命題 1.3 (4)によってA⊕BはZ(2∞)⊕Z(3∞)で本質的である。二つの Prüfer 群は入射的であり、有限直和は直積に等しいので、§E6.17 命題 1.3 (1)により終域も入射的である。したがってjは入射包絡である。▨