1 鎖複体とホモロジー
定義 1.1.Rを単位元をもつ結合環とする。左R-加群の族(Cn)n∈Zと左R-線形写像の族
dnC:Cn⟶Cn−1(n∈Z)の組が、すべてのn∈Zに対して
dnC∘dn+1C=0を満たすとき、組C=(Cn,dnC)n∈Zを左R-加群の鎖複体 (chain complex) という。写像dnCを微分 (differential) といい、Cnの元の次数をnとする。微分は次数を1下げる。
⋯⟶Cn+1dn+1CCndnCCn−1⟶⋯
定義 1.2. 左R-加群の鎖複体Cと整数nに対して
Zn(C):=kerdnC,Bn(C):=imdn+1Cとおく。Zn(C)の元を次数nのサイクル (cycle)、Bn(C)の元を次数nの境界 (boundary) という。
補題 1.3. 左R-加群の鎖複体Cの各整数次数nにおいて、Zn(C)とBn(C)はCnの左部分加群であり、
Bn(C)⊆Zn(C)が成り立つ。
証明.§E6.2 命題 4.2により、Zn(C)とBn(C)はCnの左部分加群である。任意のx∈Cn+1に対して
dnC(dn+1C(x))=0であるから、dn+1C(x)∈Zn(C)である。したがってBn(C)⊆Zn(C)である。▨
定義 1.4. 左R-加群の鎖複体Cと整数nに対して、商左R-加群
Hn(C):=Zn(C)/Bn(C)をCの第nホモロジー加群 (homology module) という。サイクルz∈Zn(C)の剰余類[z]:=z+Bn(C)をzのホモロジー類 (homology class) という。商写像をqnC:Zn(C)→Hn(C)と書く。
補題 1.3の包含により、この商加群は定まる。サイクルz,z′に対して[z]=[z′]であることは、z−z′=dn+1C(x)を満たすx∈Cn+1が存在することと同値である。特に[z]=0であることとzが境界であることは同値である。
例 1.5. 左Z-加群の鎖複体Cを
C2=Z,C1=Z2,C0=Z,d2C(t)=(2t,0),d1C(x,y)=3yで定め、指定していない次数の加群と微分はすべて零とする。写像d2C,d1CはZ-線形であり、d1C(d2C(t))=0であるため、Cは鎖複体である。
d2Cは単射であるからZ2(C)=0である。次数1では
Z1(C)=Z×{0},B1(C)=2Z×{0}であり、[(x,0)]↦x+2ZはH1(C)からZ/2Zへの同型を与える。この写像は商の普遍性によって定まり、逆写像はx+2Z↦[(x,0)]である。次数0ではd0C=0であるからZ0(C)=Zであり、B0(C)=3Zである。したがって
H1(C)≅Z/2Z,H0(C)=Z/3Z,Hn(C)=0(n=0,1)を得る。サイクル(1,0)は境界ではないが、2(1,0)=d2C(1)は境界である。
例 1.6.Rを単位元をもつ結合環、a∈Rとする。C1=C0=R、d1C(r)=raとおき、指定していない次数の加群と微分を零とする。右乗法r↦raは加法を保ち、r,s∈Rに対して
d1C(sr)=(sr)a=s(ra)=sd1C(r)を満たすため左R-線形である。よってCは左R-加群の鎖複体であり、
H1(C)={r∈R∣ra=0},H0(C)=R/Ra,Hn(C)=0(n=0,1)である。Raは左イデアルであり、R/Raは商左加群として定まる。
2 複体の射と誘導準同型
定義 2.1.C,Dを同じ環R上の左加群の鎖複体とする。左R-線形写像の族f=(fn:Cn→Dn)n∈Zが、すべてのn∈Zに対して
dnD∘fn=fn−1∘dnCを満たすとき、f:C→Dを鎖写像 (chain map) または鎖複体の射という。恒等写像の族(idCn)n∈ZをidCと書く。鎖写像f:C→Dとg:D→Eの合成を(g∘f)n:=gn∘fnで定める。
補題 2.2. 同じ環R上の左加群の鎖複体について、恒等写像の族idCと鎖写像の合成は鎖写像である。合成は結合律と恒等則を満たす。
証明. 各n∈Zに対してdnC∘idCn=idCn−1∘dnCである。鎖写像f:C→Dとg:D→Eに対しては
dnE∘gn∘fn=gn−1∘dnD∘fn=gn−1∘fn−1∘dnCであるため、g∘fも鎖写像である。結合律と恒等則は各次数の写像の合成について成り立つ。▨
補題 2.3. 左R-加群の鎖写像f:C→Dと任意の整数nに対して
fn(Zn(C))⊆Zn(D),fn(Bn(C))⊆Bn(D)が成り立つ。特に制限写像Zn(f):Zn(C)→Zn(D)、z↦fn(z)は左R-線形である。
証明.z∈Zn(C)に対して
dnD(fn(z))=fn−1(dnC(z))=0であるから、fn(z)∈Zn(D)である。また、x∈Cn+1に対して
fn(dn+1C(x))=dn+1D(fn+1(x))∈Bn(D)である。制限写像Zn(f)の左R-線形性はfnの左R-線形性から従う。▨
命題 2.4. 左R-加群の鎖写像f:C→Dと任意の整数nに対して、左R-線形写像
Hn(f):Hn(C)⟶Hn(D)であって
Hn(f)∘qnC=qnD∘Zn(f)を満たすものが一意に存在する。この写像は
Hn(f)([z])=[fn(z)](z∈Zn(C))で与えられる。さらに、左R-加群の鎖写像g:D→Eに対して
Hn(idC)=idHn(C),Hn(g∘f)=Hn(g)∘Hn(f)が成り立つ。
証明. 合成qnD∘Zn(f):Zn(C)→Hn(D)は左R-線形である。補題 2.3によりZn(f)はBn(C)をBn(D)に送るため、qnD∘Zn(f)はBn(C)を零に送る。§E6.2 命題 4.3を適用すると、要求された等式を満たす左R-線形写像Hn(f)が一意に存在する。qnC(z)=[z]であるから、この等式をz∈Zn(C)に適用するとHn(f)([z])=[fn(z)]を得る。
Zn(idC)=idZn(C)であり、idHn(C)∘qnC=qnCである。したがって誘導写像の一意性によりHn(idC)=idHn(C)である。
鎖写像g:D→Eに対して、制限写像はZn(g∘f)=Zn(g)∘Zn(f)を満たす。よって
(Hn(g)∘Hn(f))∘qnC=Hn(g)∘qnD∘Zn(f)=qnE∘Zn(g)∘Zn(f)=qnE∘Zn(g∘f).誘導写像の一意性によりHn(g∘f)=Hn(g)∘Hn(f)である。▨
例 2.5. 正整数mに対して、左Z-加群の鎖複体C(m)を、次数1と0に置いた写像
Z×mZによって定め、ほかの次数の加群と微分を零とする。整数倍写像の核は零、像はmZであるから、H0(C(m))=Z/mZであり、ほかの次数のホモロジーは零である。
f:C(2)→C(4)をf1=idZ、f0=×2で定め、g:C(4)→C(2)をg1=×2、g0=idZで定める。ほかの次数の写像は零とする。次数1の鎖写像の条件はそれぞれ
4t=2(2t),2(2t)=4t(t∈Z)であり、ほかの次数の条件は両辺が零であるため成り立つ。誘導写像は
H0(f):Z/2ZH0(g):Z/4Z⟶Z/4Z,⟶Z/2Z,x+2Zx+4Z⟼2x+4Z,⟼x+2Zとなる。H0(f)は単射であり、H0(g)は全射である。合成g∘fは次数1,0のいずれでも二倍写像であるが、
H0(g∘f)=H0(g)∘H0(f)=0である。一方、H0(f∘g)はZ/4Zの二倍写像であり、1+4Zを非零元2+4Zへ送る。
3 余鎖複体とコホモロジー
定義 3.1.Rを単位元をもつ結合環とする。左R-加群の族(An)n∈Zと左R-線形写像の族δAn:An→An+1が、すべてのn∈Zに対して
δAn+1∘δAn=0を満たすとき、組A=(An,δAn)n∈Zを左R-加群の余鎖複体 (cochain complex) という。微分δAnは次数を1上げる。
⋯⟶An−1δAn−1AnδAnAn+1⟶⋯余鎖複体A,Bに対して、左R-線形写像の族u=(un:An→Bn)n∈ZがδBn∘un=un+1∘δAnを満たすとき、u:A→Bを余鎖写像 (cochain map) または余鎖複体の射という。
Zn(A):=kerδAnの元を次数nのコサイクル (cocycle)、Bn(A):=imδAn−1の元を次数nのコバウンダリ (coboundary) という。両者は左部分加群であり、δAn∘δAn−1=0からBn(A)⊆Zn(A)が成り立つ。商左R-加群
Hn(A):=Zn(A)/Bn(A)を第nコホモロジー加群 (cohomology module) という。z∈Zn(A)の類を[z]、商写像をqAn:Zn(A)→Hn(A)と書く。
命題 3.2. 左R-加群の余鎖複体Aに対して
Cn:=A−n,dnC:=δA−n(n∈Z)とおくと、Cは鎖複体であり、Zn(C)=Z−n(A)、Bn(C)=B−n(A)およびHn(C)=H−n(A)が成り立つ。
余鎖写像u:A→Bは、各整数次数nで左R-線形写像
Hn(u):Hn(A)⟶Hn(B),[z]⟼[un(z)]を誘導する。この写像はHn(u)∘qAn=qBn∘(un∣Zn(A))により一意に定まり、恒等写像と合成を保つ。
証明.dnC=δA−nの値域はA−n+1=Cn−1であり、
dnC∘dn+1C=δA−n∘δA−n−1=0である。よってCは鎖複体である。核と像を取ると
Zn(C)=kerδA−n=Z−n(A),Bn(C)=imδA−n−1=B−n(A)となり、両者の商も一致する。この次数反転では微分そのものを変えず、符号を付け加えない。
Dn=B−n、dnD=δB−n、fn=u−nとおく。余鎖写像の条件から
dnD∘fn=δB−n∘u−n=u−n+1∘δA−n=fn−1∘dnCであるから、f:C→Dは鎖写像である。命題 2.4を次数−nに適用し、Hn(u):=H−n(f)とおけば、要求された表示と一意性を得る。次数反転は恒等写像の各成分を変えず、(v∘u)−n=v−n∘u−nを満たすため、同命題の恒等則と合成則からHn(idA)=idHn(A)およびHn(v∘u)=Hn(v)∘Hn(u)が従う。▨
4 演習
問題 4.1. 各n∈ZについてCn=Z/8Zとし、微分dnCを四倍写像とする。Cが鎖複体であることを示し、各次数のホモロジーを求めよ。また、各次数の二倍写像で定まる鎖写像f:C→Cがホモロジーに誘導する写像を求めよ。
解答.
四倍写像はZ-線形であり、連続する二つの微分の合成は十六倍写像である。16x+8Z=0+8Zであるから、Cは鎖複体である。任意の整数nに対して
Zn(C)={0+8Z,2+8Z,4+8Z,6+8Z},Bn(C)={0+8Z,4+8Z}である。写像
Zn(C)⟶Z/2Z,2k+8Z⟼k+2Zは代表元によらない。実際、2k+8Z=2ℓ+8Zならばk−ℓ∈4Zである。加法と整数倍を保つため、この写像は全射なZ-線形写像である。核はBn(C)に等しい。商の普遍性によって誘導される写像の逆をk+2Z↦[2k+8Z]で定めることができるため、Hn(C)≅Z/2Zである。
二倍写像と四倍写像は可換であるから、fは鎖写像である。サイクル2k+8Zの像は4k+8Z∈Bn(C)であり、Hn(f)=0である。一方、fn(1+8Z)=2+8Z=0であるから、fn自体は零写像ではない。▨
問題 4.2. 左Z-加群の鎖複体CをC1=C0=Z、d1C=×2で定め、ほかの次数の加群と微分を零とする。Dは次数0にだけZを置いた複体、Eは次数1にだけZを置いた複体とし、両複体の微分はすべて零とする。
i:D→Cをi0=idZ、p:C→Eをp1=idZで定め、ほかの次数の写像を零とする。i,pが鎖写像であることを示せ。各inは単射、各pnは全射であるにもかかわらず、H0(i)は単射ではなく、H1(p)は全射ではないことを示せ。
解答.
iの鎖写像の条件のうち次数1の条件はd1C∘i1=i0∘d1D=0であり、ほかの次数でも両辺が零である。pについてはd1E∘p1=p0∘d1C=0であり、ほかの次数でも両辺が零である。したがってi,pは鎖写像である。
i0は恒等写像であり、n=0ではDn=0であるため、各inは単射である。p1は恒等写像であり、n=1ではEn=0であるため、各pnは全射である。
Dの微分がすべて零であるためH0(D)=Zであり、H0(C)=Z/2Zである。誘導写像H0(i)はx↦x+2Zであるから、非零元2を零へ送り、単射ではない。Dの次数0の元2はDでは境界ではないが、その像はCではd1C(1)という境界になる。
二倍写像Z→Zは単射であるためH1(C)=0であり、H1(E)=Zである。よってH1(p)は0→Zという写像であり、全射ではない。E1のサイクル1のp1による逆像はC1の元1だけであり、d1C(1)=2=0であるため、この逆像はサイクルではない。▨