1 左 Noether 環の特徴づけ
左正則加群の部分加群は左イデアルと一致する。この対応により、左イデアルについての四つの有限性条件が一致する。
定義 1.1. 単位元をもつ結合環Rが左 Noether 環 (left Noetherian ring) であるとは、左イデアルの任意の昇鎖
I0⊆I1⊆I2⊆⋯が有限段階で停止することをいう。
定理 1.2. 単位元をもつ結合環Rに対して、次の四条件は同値である。
- Rは定義 1.1の意味で左 Noether 環である。
- 左正則加群RRは Noether 加群である。
- Rの左イデアルからなる空でない任意の族は、包含関係に関する極大元をもつ。
- Rの任意の左イデアルIは有限生成左R加群である。すなわち、あるa1,…,ar∈Iによって
I=Ra1+⋯+Rar
と書くことができる。零イデアルではr=0を許す。
証明.(1)⇔(2)を示す。左正則加群RRの部分加群は、加法部分群I⊆Rであって、すべてのr∈Rとa∈Iに対してra∈Iとなるものであり、この加法部分群の条件は左イデアルの定義そのものである。したがってRRの部分加群の昇鎖は(1)の昇鎖と一致する。
(2)⇔(3)を示す。(3)⇔(4)を示す。また、RRの空でない部分加群族は(3)の左イデアル族であり、部分加群Iがa1,…,arで生成されることはI=Ra1+⋯+Rarと同値である。よって§E6.20 命題 1.2をRRへ適用すると二つの同値が成り立つ。§E6.20 定義 1.1で用いた左 Noether 環の定義も(2)であるため、本記事の昇鎖による定義と一致する。零環では左イデアルが零イデアルだけであり、四条件はすべて成り立つ。▨
2 Bass–Papp の定理
補題 2.1.Rを単位元をもつ結合環、Mを有限生成左R-加群、(Nj)j∈Jを左R-加群の族とする。任意の左R-加群の射
f:M⟶j∈J⨁Njに対して、ある有限部分集合J0⊆Jと左R-加群の射f0:M→⨁j∈J0Njが存在し、fはf0と標準包含⨁j∈J0Nj→⨁j∈JNjの合成に等しい。
証明.Mの有限生成系m1,…,mrを取る。各f(mi)の台は有限であるから、それらの和集合
J0:=i=1⋃rsupp(f(mi))も有限である。M=Rm1+⋯+Rmrとfの線形性により、f(M)は⨁j∈J0Njに含まれる。したがって、fの終域をこの有限部分直和へ制限した射f0が求める因子化を与える。r=0の場合にはM=0であり、J0=∅とすればよい。▨
定理 2.2 (Bass–Papp の定理).Rを単位元をもつ結合環とする。次の条件は同値である。
- Rは左 Noether 環である。
- 任意の集合Jと入射左R-加群の任意の族(Ej)j∈Jに対して、直和⨁j∈JEjは入射加群である。
証明.(1)⇒(2)を示す。Rを左 Noether 環とし、入射左R-加群の族(Ej)j∈Jを取る。左イデアルI⊆Rと左R-加群の射
f:I⟶j∈J⨁Ejを取る。定理 1.2 (4)によりIは有限生成であるから、補題 2.1により、ある有限部分集合J0⊆Jに対してfはf0:I→⨁j∈J0Ejを経由する。有限直和⨁j∈J0Ejは有限直積∏j∈J0Ejと一致し、§E6.17 命題 1.3 (1)により入射加群である。したがってf0は左R-加群の射g0:R→⨁j∈J0Ejへ延長する。g0と標準包含の合成はfの延長である。§E6.17 定理 2.1により⨁j∈JEjは入射加群である。
(2)⇒(1)を示す。左イデアルの昇鎖
I0⊆I1⊆I2⊆⋯を取り、I:=⋃n∈N≥0Inと置く。(In)n∈N≥0は昇鎖なので、IはRの左イデアルである。各n∈N≥0に対して§E6.17 定理 5.4を左R-加群R/Inへ適用し、入射左R-加群Enと単射ιn:R/In→Enを取る。写像
f:I⟶n∈N≥0⨁En,f(a)=(ιn(a+In))n∈N≥0を考える。a∈Iに対してa∈Imとなるm∈N≥0が存在し、n≥mならばa+In=0である。したがってf(a)は有限台をもち、fは直和へ値を取る。各成分a↦ιn(a+In)は左R-線形なので、fも左R-加群の射である。仮定により⨁n∈N≥0Enは入射加群なので、fの延長g:R→⨁n∈N≥0Enが存在する。
g(1)の台は有限であるから、あるN∈N≥0に対してn≥Nならばg(1)の第n成分は零である。任意のa∈Iに対して
f(a)=g(a)=ag(1)であるため、f(a)の第N成分は零である。ιNは単射なのでa+IN=0、すなわちa∈INとなる。したがってI⊆INであり、逆包含はIの定義から成り立つためI=INである。よってn≥NならばIn=INとなり、昇鎖は停止する。定理 1.2 (1)によりRは左 Noether 環である。▨
3 整数環と無限変数多項式環
整数環では零イデアルから非零イデアルへの移行と、その後の正整数の減少を分けると、昇鎖が停止する理由を直接確認することができる。
例 3.1 (整数環のイデアルの昇鎖).Zの任意のイデアルは、ただ一つの非負整数aを用いて(a)と書くことができる。実際、非零イデアルIに含まれる最小の正整数をaとする。任意のz∈Iをz=qa+r、0≤r<aと書くと、r=z−qa∈Iである。aの最小性からr=0であり、I⊆(a)となる。逆包含はa∈Iから従うためI=(a)である。(a)=(b)となる非負整数a,bは互いに割り合うためa=bである。零イデアルは(0)である。
イデアルの真の包含(a)⊊(b)を考える。(a)⊆(b)ならばbはaを割る。a=0かつb>0である真の包含は、零イデアルから非零イデアルへの移行であり、真の昇鎖に高々一回しか現れない。a,b>0ならばa=bqとなる整数qが存在し、真の包含であることからq≥2である。したがって
a>b>0となる。
よってZのイデアルの真の昇鎖では、零イデアルから非零イデアルへの移行が高々一回あり、その後は正の生成元が真に減少する。正整数の真の減少列は無限に続かないため、真の昇鎖は有限である。等号を含む昇鎖が停止しないならば、真の包含が生じる添字を逐次選ぶことで停止しない真の昇鎖が得られるため、そのような昇鎖も存在しない。したがってZは Noether 環である。
有限個の変数という仮定を外すと、Hilbert 基底定理の結論は一般には成り立たない。
例 3.2 (無限変数多項式環は Noether でない). 体k上の可算無限変数多項式環
A:=k[x1,x2,x3,…]を考え、In:=(x1,…,xn)と置く。このとき
I1⊊I2⊊I3⊊⋯である。実際、xn+1∈In+1である。一方、xn+1∈/Inを示すため、xn+1を一変数多項式環k[xn+1]の変数へ送り、それ以外のすべての変数を0へ送る評価準同型
εn:A⟶k[xn+1]を考える。εn(In)=0であるがεn(xn+1)=xn+1=0であるため、xn+1∈/Inである。したがって表示した昇鎖は停止せず、Aは Noether 環でない。
4 部分加群、商加群および有限直和
Noether 性の短完全列に関する定理を標準的な包含、商写像および直和射影へ適用する。
系 4.1. 左R加群の短完全列
0⟶L⟶M⟶N⟶0において、Mが Noether 加群であることと、LとNがともに Noether 加群であることは同値である。したがって、Noether 加群Mの任意の部分加群と任意の商加群は Noether 加群である。また、Noether 左R加群M1,…,Mnの有限直和
i=1⨁nMiは Noether 加群である。n=0の場合には、この直和を零加群とする。
証明.§E6.20 命題 3.1が短完全列についての最初の同値を与える。
部分加群N⊆Mに対して、包含写像i(n)=nと商写像q(m)=m+Nからなる列
0⟶N i M q M/N⟶0は短完全列である。Mが Noether 加群であるため、§E6.20 命題 3.1によりNとM/Nはともに Noether 加群である。任意の商加群はある部分加群Nに対するM/Nの形であるため、最初の主張が従う。
有限直和についてnに関する帰納法を用いる。n=0のとき、零加群の部分加群は零加群だけであるため、零加群は Noether 加群である。n=1の場合は仮定そのものである。n≥2とし、n−1個までの主張を仮定する。標準包含と最終成分への射影からなる列
0⟶i=1⨁n−1Mi j i=1⨁nMi p Mn⟶0,j(m1,…,mn−1)=(m1,…,mn−1,0),p(m1,…,mn)=mnは短完全列である。帰納法の仮定により左端は Noether 加群であり、仮定により右端も Noether 加群である。§E6.20 命題 3.1を適用すると中央も Noether 加群になる。▨
5 Hilbert 基底定理
最高次係数を次数ごとに集めると、係数環の左イデアルの昇鎖が得られる。昇鎖が停止した後は、停止段階の最高次係数を用いて任意の高次数項を左から消去することができる。不定元を中心的と仮定することにより、係数の順序を変えずに次数を移動することができる。
定理 5.1 (Hilbert 基底定理).Rを左 Noether 環とし、xをRのすべての元と可換な中心不定元とする。このとき通常の一変数多項式環R[x]は左 Noether 環である。
証明.Rが零環ならばR[x]も零環であり、左イデアルは零イデアルだけであるから左 Noether 環である。以下ではRを非零環とする。
I⊆R[x]を左イデアルとする。I=0ならばIは空集合で左から生成されるため有限生成である。以下ではI=0とする。各整数d≥0に対して、Iに属する次数がちょうどdの多項式の最高次係数全体へ0を加えた集合を
Ld:={0}∪{lc(f)∣f∈I, degf=d}と定める。
LdがRの左イデアルであることを示す。a,b∈Ldがともに非零ならば、最高次係数がそれぞれa,bである次数dの多項式f,g∈Iを取ることができる。a−b=0ならばf−gは次数dで最高次係数a−bをもつため、a−b∈Ldである。a−b=0の場合には、f−gの次数がdより下がることがあるが、差は定義によって加えた0∈Ldで表される。a=0かつb=0ならばfがa−b=aの証人であり、a=0かつb=0ならば−gがa−b=−bの証人である。a=b=0ならば差も0である。
r∈Rと非零のa∈Ldを取り、対応するfを選ぶ。ra=0ならばrfは次数dで最高次係数raをもつため、ra∈Ldである。ra=0ならば、零因子によってrfの次数が下がる場合もあるが、ra=0∈Ldである。a=0の場合にもra=0∈Ldである。したがってLdは加法部分群であり、Rの左乗法で閉じているため左イデアルである。
非零のa∈Ldに対応するf∈Iを取ると、Iは左イデアルなのでxf∈Iである。xは中心不定元であるため、xfは次数d+1で最高次係数aをもつ。零元も両方に属するため
Ld⊆Ld+1である。Rは左 Noether 環であるから、定理 1.2により昇鎖
L0⊆L1⊆L2⊆⋯は停止する。あるN≥0が存在して
LN=LN+1=LN+2=⋯となる。
各0≤d≤Nについて、同じ特徴づけによりLdは有限生成左R加群である。Ld=0ならばnd:=0とし、空の生成族を用いる。Ld=0ならば、零元を除いた生成元ad,1,…,ad,ndを選び、
Ld=Rad,1+⋯+Rad,ndと書く。各ad,iに対して、次数がdで最高次係数がad,iであるfd,i∈Iを選ぶ。有限集合
F:={fd,i∣0≤d≤N, 1≤i≤nd}が左から生成するR[x]の左イデアルをJとする。F⊆IであるからJ⊆Iである。
I⊆Jを非零多項式の次数に関する強帰納法で示す。f∈Iを非零とし、m:=degf、a:=lc(f)と置く。次数がmより小さいIの多項式はすべてJに属すると仮定する。
最初にm≤Nとする。a∈Lmであるから
a=i=1∑nmriam,iとなるri∈Rが存在する。a=0であるためLm=0であり、nm>0である。そこで
g:=i=1∑nmrifm,i∈Jと置く。gのxmの係数はaである。
次にm>Nとする。鎖の停止からLm=LNであるため
a=i=1∑nNriaN,iとなるri∈Rが存在する。a=0からLN=0かつnN>0である。そこで
g:=i=1∑nN(rixm−N)fN,i∈Jと置く。gのxmの係数もaである。係数環に零因子がある場合には表示した和の個々の項の次数が下がることがあるが、和のxmの係数がaであることには影響しない。
いずれの場合にもf−g∈Iであり、最高次項が消去されるためf−g=0またはdeg(f−g)<mである。前者ならf=g∈Jであり、後者なら帰納法の仮定からf−g∈Jである。したがってf∈Jとなる。以上によりI=Jであり、Iは有限生成左イデアルである。零左イデアルの場合も既に確認したため、R[x]のすべての左イデアルは有限生成である。定理 1.2によりR[x]は左 Noether 環である。▨
系 5.2 (右 Noether 環と右 Hilbert 基底定理). 単位元をもつ結合環Rについて、次が成り立つ。
- Rが右 Noether 環であることとRopが左 Noether 環であることは同値であり、このときRのすべての右イデアルは右から有限生成である。
- Rが右 Noether 環で、xが中心不定元ならば、通常の多項式環R[x]は右 Noether 環である。
- Noether 性の短完全列、部分加群、商加群および有限直和に関する保存則は右加群についても成り立つ。特に、右 Noether 環上の有限生成右加群は Noether 加群であり、そのすべての右部分加群は有限生成である。
証明.(1)を示す。§E6.20 命題 7.1により、右R加群RRの部分加群、昇鎖および有限生成性は、左Rop加群RopRのものと一致する。右部分加群は右イデアルなので、(1)と右イデアルの有限生成性が従う。
(2)を示す。Rが右 Noether ならばRopは左 Noether である。定理 5.1を中心不定元xをもつRop[x]へ適用すると、Rop[x]は左 Noether である。係数を反対環へ移す写像は、xの中心性によって環同型
(R[x])op≅Rop[x]を与える。したがって再び§E6.20 命題 7.1によりR[x]は右 Noether である。
(3)を示す。右加群の部分加群、商、有限直和、短完全列、有限生成性および Noether 性は、対応する左Rop加群の同じデータである。したがって系 4.1をRopへ適用すれば保存則を得る。さらにRが右 Noether でMが有限生成右加群ならば、Ropは左 Noether であり、ある全射左Rop線形写像(Rop)n→Mが存在する。始域は Noether であるから商Mも Noether であり、§E6.20 命題 1.2によりそのすべての部分加群は有限生成である。右R加群へ戻せば(3)を得る。▨
6 有限個の中心不定元と有限生成可換代数
Hilbert 基底定理を中心不定元の個数について繰り返すことができる。係数環が可換ならば、最後に商を取って有限生成可換代数の Noether 性を得る。
系 6.1.Rを左 Noether 環とし、x1,…,xnをRのすべての元および互いと可換する中心不定元とする。このとき任意のn≥0に対して通常の多項式環R[x1,…,xn]は左 Noether 環である。さらにRが可換環ならば、有限個の元で生成される単位的可換R代数Aは Noether 環である。
証明.nに関する帰納法を用いる。n=0のときR[x1,…,xn]=Rであり、仮定から左 Noether 環である。R[x1,…,xn−1]が左 Noether 環ならば、xnはこの係数環の中心不定元なので、定理 5.1を係数環R[x1,…,xn−1]へ適用して
R[x1,…,xn]=R[x1,…,xn−1][xn]も左 Noether 環である。
Rを可換とし、Aが可換R代数としてa1,…,anで生成されるとする。評価準同型
φ:R[x1,…,xn]⟶A,xi⟼aiは全射である。B:=R[x1,…,xn]、K:=kerφと置くと、§E6.3 定理 6.2によりA≅B/Kである。Bは左 Noether 環であり、短完全列
0⟶K⟶B⟶B/K⟶0へ§E6.20 命題 3.1を適用すると、B/KはB加群として Noether である。B→B/Kは全射であるため、B/KのB部分加群と、左B/K加群としての部分加群は一致する。特にB/Kの左イデアルの昇鎖は停止し、B/Kは左 Noether 環である。ここではB/Kは可換なので、単に Noether 環という。同型によってAも Noether 環である。n=0の場合にはAはRの商であり、同じ議論が成り立つ。▨
7 左 Noether 環上の有限生成左加群
有限生成加群を有限階数自由加群の商として表すと、Noether 性を有限直和と商に沿って移すことができる。
命題 7.1.Rを左 Noether 環、Mを有限生成左R加群とする。このときMは Noether 加群であり、Mの任意の左部分加群は有限生成である。
証明.§E6.11 定義 1.1により、あるn≥0と全射
π:Rn↠Mが存在する。左正則加群RRは Noether 加群であり、系 4.1により有限直和Rnも Noether 加群である。n=0の場合にはR0=0であり、全射性からM=0となるため同じ結論が成り立つ。
短完全列
0⟶kerπ⟶Rn π M⟶0へ§E6.20 命題 3.1を適用すると、Mは Noether 加群である。さらに§E6.20 命題 1.2により、Mのすべての部分加群は有限生成である。▨
8 演習
問題 8.1 (Noether 環と有限生成性の確認). 次の各問に答えよ。
- 一般の結合環Rについて、左イデアルの昇鎖条件、左正則加群RRの Noether 性、空でない左イデアル族の極大元条件、およびすべての左イデアルの有限生成性が同値であることを証明せよ。
- N⊆Mに対する短完全列と有限直和に対する短完全列を明示し、Noether 性が部分加群、商加群および有限直和で保たれることを証明せよ。零個の直和を確認し、非零環Rに対して⨁j≥1Rが Noether 加群でないことを示せ。
- 中心不定元をもつ Hilbert 基底定理の証明を、最高次係数左イデアルLdの左イデアル性、昇鎖の停止、Ld=0の空生成族、およびm≤Nとm>Nにおける最高次項の左からの消去に分けて再構成せよ。中心性を使う箇所、ra=0、I=0および零環の場合も確認せよ。
- 有限個の中心不定元をもつ多項式環の左 Noether 性を変数の個数に関する帰納法で証明し、可換の場合には商環の Noether 性から有限生成可換代数の Noether 性を導け。また、有限生成左R加群への全射Rn→Mを用いて、左 Noether 環上の有限生成左加群の全部分加群が有限生成であることを証明せよ。
- Zのイデアルの真の昇鎖について、(0)から非零イデアルへの移行が高々一回であることと、その後に正の生成元が真に減少することを証明せよ。
- 無限変数多項式環のイデアルIn=(x1,…,xn)が真の昇鎖をなすことを、評価準同型を用いて証明せよ。
- 右 Noether 環の特徴づけ、右加群に関する保存則、および中心不定元をもつ右 Hilbert 基底定理を反対環から導け。歪多項式環がこの証明の対象外である理由も述べよ。
解答 (演習の解答).
- 一般の結合環でも、左イデアルは左正則加群RRの部分加群と同じ集合であり、包含関係も同じである。左イデアルIが左加群として有限生成であることはI=Ra1+⋯+Rarと同値である。したがって§E6.20 命題 1.2をRRへ適用すると四条件が同値になり、§E6.20 定義 1.1の定義とも一致する。
- 列0→N→M→M/N→0へ§E6.20 命題 3.1を適用すると、Noether 加群Mの部分加群Nと商加群M/Nは Noether 加群である。有限直和では、零個の場合は部分加群を零加群だけにもつ零加群である。n≥1では列0→⨁i<nMi→⨁i≤nMi→Mn→0と帰納法を用いる。R=0のとき、可算直和では有限部分和⨁j=1nRが停止しない真の昇鎖をなし、en+1が包含の狭義性を示す。
- Ldは、左イデアルIの次数dの元の最高次係数全体へ0を加えた集合である。最高次係数の差が非零なら多項式の差が証人になり、差が零なら定義で加えた零元を用いる。ra=0ならrfが証人になり、ra=0なら積の次数が下がっても零元がLdに属する。Iが左イデアルであることとxの中心性からf↦xfによりLd⊆Ld+1が従い、昇鎖はNで停止する。Ld=0では空生成族を取り、m≤NではLmの生成元を、m>NではLN=Lmの生成元を左係数rixm−Nで掛けて最高次項を消去する。次数に関する強帰納法によってIは有限生成左イデアルになる。I=0は空集合で生成され、零環の多項式環も零環である。
- R[x1,…,xn]=R[x1,…,xn−1][xn]と Hilbert 基底定理を用いる帰納法により、有限個の中心不定元をもつ多項式環は左 Noether である。可換な有限生成R代数Aには全射R[x1,…,xn]→Aがあり、核による商は短完全列から Noether になる。有限生成左加群Mには全射Rn→Mがあり、Rnは有限直和として Noether、Mはその商として Noether である。よってMの全部分加群は有限生成である。
- Zのイデアルを非負の生成元で(a)と一意に書く。真の包含(a)⊊(b)ではb∣aである。a=0<bとなる移行は真の昇鎖に高々一回しかない。a,b>0ならa=bqかつq≥2であるためa>bとなる。したがって非零イデアルへ移った後の正の生成元は真に減少し、鎖は有限段階で停止する。
- xn+1以外のすべての変数を0へ送る準同型k[x1,x2,…]→k[xn+1]はInを零へ送るが、xn+1を非零元xn+1へ送る。よってxn+1∈/Inであり、In⊊In+1である。
- 右R加群は左Rop加群と同じ加法群と部分加群をもつため、右 Noether 性はRopの左 Noether 性と同値であり、保存則も移る。中心不定元なら(R[x])op≅Rop[x]なので、左 Hilbert 基底定理から右版を得る。歪多項式環では不定元と係数の交換則がxr=rxではなく、最高次係数の移動とこの反対環同型を同じ形では使えないため、本記事の定理の対象外である。
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9 仮定と後続範囲の境界
本記事は、一般の左 Noether 環に共通する有限生成性、Bass–Papp の定理、中心不定元をもつ多項式環、有限生成左加群、および反対環による右版までを扱った。歪多項式環R[x;σ,δ]ではxと係数が中心的に可換しないため、本記事の Hilbert 基底定理の主張にも証明にも含めない。可換の場合には有限生成可換代数までを系として扱った。PID、Euclid 整域および UFD の包含関係と分解論は記事「Euclid 整域・PID・UFD」が扱い、PID 上有限生成加群の構造定理は記事「PID 上有限生成加群の構造定理」が扱う。座標環を幾何学的対象と結び付ける議論は後続の代数幾何が扱い、代数体の整数環が Noether 環であることとそのイデアル論は代数的整数論が扱う。一般の Noether 加群・Artin 加群・有限長および Jordan–Hölder の定理は記事「Noether 加群・Artin 加群・有限長加群」が、可換 Artin 環の構造は記事「可換 Artin 環とその加群」が、局所化、素スペクトル、次元および準素分解を含む理論は後続単元「可換環論」がそれぞれ担い、本記事では扱わない。