1 延長性と分裂
定義 1.1 (入射加群).Rを単位元をもつ結合環とする。左R-加群Eが入射加群 (injective left module) であるとは、任意の左R-加群の単射i:A→Bと任意のR-線形写像f:A→Eに対して、g∘i=fを満たすR-線形写像g:B→Eが存在することをいう。写像gをiに沿ったfの延長 (extension) という。
命題 1.2.Rを単位元をもつ結合環、Eを左R-加群とする。次の四条件は同値である。
- Eは入射加群である。
- 任意の左R-加群の短完全列0→AiBpC→0に対して、アーベル群の列
0⟶HomR(C,E)p∗HomR(B,E)i∗HomR(A,E)⟶0
は完全である。ここでp∗(h)=h∘p、i∗(g)=g∘iとする。
- 任意の左R-加群の単射j:E→Xに対して、r∘j=idEを満たすR-線形写像r:X→Eが存在する。
- 左R-加群XがEを部分加群として含むとき、ある部分加群Y⊆Xに対してX=E⊕Yとなる。
証明.条件 (a)⇔(b)を示す。§E6.13 命題 4.1 (2)により、表示した列の右端以外は常に完全である。右端の完全性はi∗の全射性、すなわちiに沿う延長の存在である。任意の単射i:A→Bは短完全列0→A→B→B/i(A)→0の左の射になるので、両条件は同値である。
条件 (a)⇒(c)を示す。単射j:E→Xに沿ってidEを延長すれば、r∘j=idEを満たすr:X→Eを得る。
条件 (c)⇔(d)を示す。単射j:E→Xに対する短完全列0→E→X→X/j(E)→0に分裂補題§E6.9 命題 3.2を適用すると、jのレトラクションの存在と、j(E)がXの直和因子であることは同値である。jが誘導する同型E≅j(E)によって、両条件が同値であることを得る。
条件 (c)⇒(a)を示す。部分加群A⊆BとR-線形写像f:A→Eを取り、
L={(f(a),−a):a∈A}⊆E⊕B,X=(E⊕B)/Lと置く。Lは線形写像a↦(f(a),−a)の像なので部分加群である。商写像と標準包含の合成をj:E→X、k:B→Xとすると、j∘f=k∣Aである。j(e)=0ならば(e,0)=(f(a),−a)となるa∈Aが存在し、a=0、e=0となる。したがってjは単射であり、仮定からレトラクションr:X→Eが存在する。合成r∘kはfの延長である。一般の単射i:A→Bには、部分加群i(A)上の写像f∘i−1にこの構成を適用する。▨
命題 1.3.Rを単位元をもつ結合環とする。
- 集合Jで添字づけられた入射左R-加群の族(Ej)j∈Jの直積∏j∈JEjは入射加群である。
- 入射左R-加群の直和因子は入射加群である。
証明.(1)を示す。単射i:A→Bとf:A→∏jEjを取る。各成分写像fj:A→Ejに対して延長gj:B→Ejを選ぶ。写像g(b)=(gj(b))j∈Jは線形であり、各成分でgj∘i=fjなのでg∘i=fである。J=∅では直積は零加群であり、零写像が延長を与える。
(2)を示す。入射加群Eの直和因子Dの包含をu:D→E、射影をv:E→Dとする。単射i:A→Bとf:A→Dに対し、u∘fの延長h:B→Eを取ると、v∘hはfの延長である。▨
命題 1.4.Rを単位元をもつ結合環とする。右R-加群Eに右線形写像の延長性を課して定義した入射性は、作用rope=erによってEを左Rop-加群としたときの入射性と同値である。
証明. 右R-加群の射と左Rop-加群の射は同じ加法写像である。単射であることも合成の等式も変わらないので、両方の延長性は同じ条件である。▨
2 Baer の判定法
定理 2.1 (Baer の判定法).Rを単位元をもつ結合環、Eを左R-加群とする。任意の左イデアルI⊆Rと任意のR-線形写像f:I→Eに対してfの延長R→Eが存在することは、Eが入射加群であるための必要十分条件である。
証明. 必要性を示す。Eが入射加群ならば、左イデアルの包含I↪Rに沿って任意のf:I→Eを延長することができる。
十分性を示す。部分加群A⊆BとR-線形写像f:A→Eを取る。A⊆A′⊆Bを満たす部分加群A′と、f′∣A=fを満たす線形写像f′:A′→Eの対の集合を考える。
(A′,f′)≤(A′′,f′′)⟺A′⊆A′′ かつ f′′∣A′=f′と定めると半順序になる。この集合は(A,f)を含む。空でない鎖の定義域の和集合は部分加群であり、鎖に属する写像は共通の定義域で一致するので、和集合上に線形写像を定める。この対は鎖の上界である。空の鎖は(A,f)を上界にもつ。Zorn の補題§E1.20 定理 2.1 (3)により極大な対(A′,f′)が存在する。
A′=Bと仮定し、x∈B∖A′を取る。
I={r∈R:rx∈A′}は、加法と左からの乗法で閉じた左イデアルである。写像h:I→E、h(r)=f′(rx)は左R-線形なので、仮定から線形写像h:R→Eへ延長する。二つの線形写像
q:A′⊕R→B,q(a,r)=a+rx,t:A′⊕R→E,t(a,r)=f′(a)+h(r)を考える。(a,r)∈kerqならばrx=−a∈A′であるからr∈Iであり、
t(a,r)=f′(a)+h(r)=f′(a+rx)=0となる。したがってkerq⊆kertであり、商の普遍性からtはqの像A′+Rx上の線形写像を誘導する。この写像はf′を延長する。x∈/A′なのでA′⊊A′+Rxとなり、(A′,f′)の極大性に反する。よってA′=Bである。一般の単射i:A→Bにはi(A)上の写像f∘i−1を延長すればよい。▨
例 2.2. 体k上の任意の線形空間Vは入射k-加群である。体のイデアルは0とkだけであり、0→Vは零写像でkに延長し、k→Vはそれ自身が延長である。したがって定理 2.1を適用することができる。
3 可除加群
定義 3.1 (可除加群).Rを整域とする。R-加群Dが可除 (divisible) であるとは、任意のr∈R∖{0}とd∈Dに対してre=dを満たすe∈Dが存在することをいう。アーベル群の可除性とはZ-加群としての可除性をいう。
命題 3.2. 整域R上の入射加群は可除である。
証明. 入射R-加群E、r=0およびd∈Eを取る。整域なのでrR→E、ra↦adは線形写像として定まる。入射性によって延長g:R→Eが存在し、rg(1)=g(r)=dとなる。▨
命題 3.3. アーベル群が入射Z-加群であることと、可除であることは同値である。
証明. 入射ならば命題 3.2により可除である。逆に可除アーベル群DとイデアルI⊆Zからの準同型f:I→Dを取る。I=0ならば零写像が延長になる。I=0ならばI=nZとなる正整数nを取り、nd=f(n)を満たすd∈Dを選ぶ。写像g:Z→D、g(a)=adはfの延長である。したがって定理 2.1によりDは入射的である。▨
命題 3.5. 整域R上の可除加群Dと部分加群N⊆Dに対して、D/Nは可除である。
証明.r=0とd+N∈D/Nを取り、re=dとなるe∈Dを選ぶ。r(e+N)=d+Nであるから、D/Nは可除である。▨
命題 3.6.Rを整域とする。可除R-加群Dが、任意のr∈R∖{0}とd∈Dに対してrd=0ならばd=0を満たすとき、Dは入射加群である。特にRの分数体は入射R-加群である。
証明. 左イデアルI⊆Rと線形写像f:I→Dを取る。I=0の場合は零写像で延長する。I=0の場合はa∈I∖{0}を固定し、可除性によってad=f(a)を満たすd∈Dを取る。任意のb∈Iに対し、可換性と線形性から
a(f(b)−bd)=f(ab)−bf(a)=0となる。仮定よりf(b)=bdであり、r↦rdはfの延長である。定理 2.1によりDは入射的である。分数体では非零元による乗法が可逆なので、可除性と零化に関する仮定の両方が成り立つ。▨
例 3.7.Zは入射Z-加群ではない。写像2Z→Z、2a↦aの延長g:Z→Zが存在すれば、2g(1)=1となるためである。一方、Qは可除であり、その商Q/Zも命題 3.5により可除なので、両者は命題 3.3により入射的である。
素数pに対して
Z(p∞)=Z[1/p]/Z⊆Q/Z,Z[1/p]={a/pn:a∈Z, n∈N≥0}を Prüferp-群という。x∈Q/Zがこの部分群に属することと、あるn∈N≥0に対してpnx=0となることは同値である。実際、pn(q+Z)=0はpnq∈Zを意味する。
x=a/pn+Zと正整数mを取り、m=ptu、p∤uと書く。uとpn+tは互いに素なので、uv≡1(modpn+t)を満たす整数vが存在する。y=va/pn+t+Zと置けばmy=xである。負整数による除法はyの符号を変えて得られる。よってZ(p∞)も可除であり、入射Z-加群である。
4 指標加群
定義 4.1 (指標加群).Rを単位元をもつ結合環、Mを左R-加群とする。アーベル群
M+=HomZ(M,Q/Z)に右作用(χr)(m)=χ(rm)を入れた右R-加群を、Mの指標加群 (character module) という。右R-加群Aに対してはA+=HomZ(A,Q/Z)に左作用(rχ)(a)=χ(ar)を入れる。
左作用から得る右作用は
((χr)s)(m)=χ(r(sm))=χ((rs)m)=(χ(rs))(m)を満たし、右作用から得る左作用は
(r(sχ))(a)=χ((ar)s)=χ(a(rs))=((rs)χ)(a)を満たす。加法との両立と単位元の作用は式から従う。線形写像f:M→Nに対してf+:N+→M+をf+(χ)=χ∘fと定めると、左右それぞれの作用に関して線形であり、(g∘f)+=f+∘g+となる。
命題 4.2.Rを単位元をもつ結合環とする。左R-加群の短完全列
0⟶AiBpC⟶0に対して、右R-加群の列
0⟶C+p+B+i+A+⟶0は完全である。右加群の短完全列からは左加群の短完全列を得る。
証明.Q/Zは例 3.7により入射Z-加群である。もとの短完全列をアーベル群の列とみなし、命題 1.2 条件 (b)を適用すると、指標の列は完全である。右加群の短完全列にも同じ結果を適用する。▨
命題 4.3.Rを単位元をもつ結合環とする。
- 左または右R-加群Mとm∈M∖{0}に対して、χ(m)=0となるχ∈M+が存在する。特にM=0とM+=0は同値である。
- 左R-加群の射の列AfBgCがBで完全であることと、C+g+B+f+A+がB+で完全であることは同値である。右加群でも同じ主張が成り立つ。
証明.(1)を示す。加法群としての巡回部分群Zm⊆Mを取る。mの位数が有限のn≥2ならばm↦1/n+ZはZm→Q/Zの準同型を定める。位数が無限ならばm↦1/2+Zが準同型を定める。いずれもmの像は非零であり、Q/Zの入射性によってM全体への加法群準同型χに延長することができる。
(2)を示す。もとの列が完全ならばg∘f=0なのでimg+⊆kerf+である。χ∈kerf+を取ると、χはimf=kerg上で零になる。したがってχはB/kerg≅img上の指標を誘導する。この指標をCへ延長したものをψとすれば、χ=ψ∘g=g+(ψ)である。
逆に指標の列が完全であると仮定する。f+∘g+=0なので、任意のa∈Aとψ∈C+についてψ(g(f(a)))=0となる。(1)によってg(f(a))=0であり、imf⊆kergを得る。もしb∈kerg∖imfが存在すれば、商アーベル群B/imfの非零元b+imfを零にしない指標が存在する。この指標と商写像との合成をχ∈B+とすると、f+(χ)=0かつχ(b)=0である。一方、指標の列の完全性によりχ=ψ∘gとなるψ∈C+が存在し、g(b)=0からχ(b)=0となる。よってそのようなbは存在せず、kerg=imfである。右加群に対しても、同じ加法群の議論を適用する。▨
5 十分な入射加群の存在
命題 5.1.Rを単位元をもつ結合環、Aを右R-加群、Dをアーベル群とする。H=HomZ(A,D)に左作用(rh)(a)=h(ar)を入れる。任意の左R-加群Fに対して、アーベル群の同型
ΦF:HomZ(A⊗RF,D) ≅ HomR(F,H),ΦF(λ)(x)(a)=λ(a⊗x)が成り立つ。この同型はFについて自然である。すなわちR-線形写像u:F→F′とλ:A⊗RF′→Dに対して、
ΦF(λ∘(1A⊗u))=ΦF′(λ)∘uが成り立つ。
証明.r,s∈Rとh∈Hに対して(r(sh))(a)=h((ar)s)=((rs)h)(a)である。加法と単位元についても作用の公理を満たすので、Hは左R-加群である。
加法群準同型λ:A⊗RF→Dを取る。a↦λ(a⊗x)は加法的であり、
ΦF(λ)(rx)(a)=λ(a⊗rx)=λ(ar⊗x)=(rΦF(λ)(x))(a)なので、ΦF(λ)はR-線形である。逆にv:F→HがR-線形ならば、b(a,x)=v(x)(a)は二変数で加法的であり、
b(ar,x)=v(x)(ar)=(rv(x))(a)=v(rx)(a)=b(a,rx)を満たす。普遍性§E6.14 命題 5.4により、λ(a⊗x)=v(x)(a)を満たす加法群準同型λが一意に存在する。両構成はこの等式と普遍性の一意性によって互いに逆であり、加法を保つ。
自然性の等式の両辺をx∈Fとa∈Aで評価すると、いずれもλ(a⊗u(x))となる。したがって等式が成り立つ。▨
命題 5.2.Rを単位元をもつ結合環、Dを可除アーベル群とする。左作用
(r⋅h)(s)=h(sr)を入れたHomZ(R,D)は入射左R-加群である。
証明.命題 5.1を右正則加群A=Rに適用し、単位同型§E6.14 命題 7.1 (2)と合成すると、左R-加群Fについて自然な同型
HomR(F,HomZ(R,D))≅HomZ(F,D)を得る。この対応はv↦(x↦v(x)(1))であり、その逆はλ↦(x↦(s↦λ(sx)))である。可除性と命題 3.3によりDは入射アーベル群なので、単射i:A→Bに沿う右辺の制限写像は全射である。自然性によって左辺の制限写像も全射になる。よってHomZ(R,D)は入射左R-加群である。▨
補題 5.3. 任意のアーベル群は可除アーベル群へ単射する。
証明. アーベル群Mの指標の集合J=HomZ(M,Q/Z)を取り、
j:M⟶D=(Q/Z)J,j(m)=(χ(m))χ∈Jと定める。jは加法群準同型であり、命題 4.3 (1)によって単射である。Q/Zの入射性と命題 1.3 (1)によりDは入射アーベル群であり、命題 3.2によって可除である。▨
定理 5.4.Rを単位元をもつ結合環とする。任意の左R-加群Mに対して、入射左R-加群Eと単射ι:M→Eが存在する。
証明.補題 5.3によって、Mの加法群から可除アーベル群への単射j:M→Dを取る。E=HomZ(R,D)と置く。命題 5.1を右正則加群A=Rと左R-加群F=Mに適用し、§E6.14 命題 7.1 (2)と合成して得られる同型のもとで、jに対応する線形写像をι:M→Eとする。具体的には
ι(m)(r)=j(rm)である。ι(m)=0ならばj(m)=ι(m)(1)=0となり、jの単射性からm=0を得る。Eは命題 5.2により入射的である。▨
6 演習
問題 6.1.n≥2を整数とする。(Z/nZ)+を具体的に求め、評価写像
ev:Z/nZ⟶((Z/nZ)+)+,ev(x)(χ)=χ(x)が同型であることを示せ。
解答.
指標χ:Z/nZ→Q/Zはχ(1+nZ)によって一意に決まり、その値はn倍で零になる。q+Zのn倍が零であることはnq∈Zと同値なので、そのような値の全体は(n1Z)/Zである。したがって
Z/nZ⟶(Z/nZ)+,a+nZ⟼χa,χa(b+nZ)=ab/n+Zは同型である。評価写像は加法的であり、命題 4.3 (1)により単射である。計算した同型を二回適用すると始域と終域はともにn個の元をもつため、評価写像は全射でもある。▨
問題 6.2.n≥2とする。Q/Zは入射的であるが、その部分群(n1Z)/Zは入射的でないことを示せ。
解答.
Q/Zの入射性は例 3.7による。部分群D=(n1Z)/Zでは任意のd∈Dについてnd=0である。一方、1/n+Zは非零なので、方程式nd=1/n+ZはDの中に解をもたない。したがってDは可除でなく、命題 3.3により入射的でない。▨