1 分解の存在
定義 1.1 (分解).Rを単位元をもつ結合環、Mを左R-加群とする。左R-加群の完全列
⋯⟶P2d2PP1d1PP0εPM⟶0をMの分解 (resolution) といい、写像εPを添加射 (augmentation) という。すべてのn∈N≥0に対してPnが射影加群である分解を射影分解 (projective resolution)、すべてのPnが自由加群である分解を自由分解 (free resolution) という。
分解に付随する鎖複体P∙は、非負次数にPnを置き、負次数の加群と次数0以下の微分を零とした複体である。分解をP∙εPMとも書く。
命題 1.2.Rを単位元をもつ結合環、P∙εPMを左R-加群Mの分解とする。添加射は同型
H0(P∙)⟶M,[x]⟼εP(x)を誘導し、n=0ではHn(P∙)=0である。
証明. 分解の完全性よりεPは全射であり、kerεP=imd1Pである。したがって商加群H0(P∙)=P0/imd1PからMへの誘導写像は全射であり、その核は零である。正次数ではkerdnP=imdn+1Pであるためホモロジーは零であり、負次数では複体の項が零である。▨
定理 1.3.Rを単位元をもつ結合環とする。任意の左R-加群Mは自由分解をもち、したがって射影分解をもつ。
証明.K−1=Mとおく。§E6.16 系 1.3により、各n∈N≥0について自由左R-加群Fnからの全射qn:Fn→Kn−1を取り、Kn=kerqnとおくことを帰納的に繰り返す。jn:Kn↪Fnを包含とし、
εF=q0,dnF=jn−1∘qn(n≥1)と定める。
qnは全射、jnは単射であるから、imd1F=K0=kerεFであり、n≥1に対して
imdn+1F=jn(Kn)=kerqn=kerdnFが成り立つ。ここではKnをFnの部分加群とみなしている。よって得られた列は完全であり、各項が自由であるから自由分解である。§E6.16 系 1.3により各Fnは射影的でもある。▨
2 比較定理
定義 2.1 (分解の射).Rを単位元をもつ結合環、P∙εPMとQ∙εQNを左R-加群の分解、f:M→Nを左R-線形写像とする。鎖写像φ:P∙→Q∙が
εQ∘φ0=f∘εPを満たすとき、φをfを持ち上げる分解の射 (morphism of resolutions) という。
定理 2.2 (比較定理).Rを単位元をもつ結合環、P∙εPMを左R-加群Mの射影分解、Q∙εQNを左R-加群Nの分解とする。任意の左R-線形写像f:M→Nに対して、次が成り立つ。
- fを持ち上げる分解の射φ:P∙→Q∙が存在する。
- fを持ち上げる二つの分解の射φ,ψは鎖ホモトピックである。すなわち左R-線形写像hn:Pn→Qn+1がn∈N≥0について存在し、
φ0−ψ0=d1Q∘h0,
φn−ψn=dn+1Q∘hn+hn−1∘dnP(n≥1)
が成り立つ。
証明. 全射εQ:Q0→NにP0の射影性を適用し、εQφ0=fεPを満たすφ0:P0→Q0を取る。証明中ではP−1=M、Q−1=N、d0P=εP、d0Q=εQ、φ−1=fとおく。
n≥1とし、φ0,…,φn−1が構成され、0≤k<nでdkQφk=φk−1dkPが成り立つとする。このとき
dn−1Qφn−1dnP=φn−2dn−1PdnP=0である。したがってφn−1dnPはkerdn−1Qに値を取る。Qの完全性より微分が誘導する写像Qn→kerdn−1Qは全射である。Pnの射影性により、dnQφn=φn−1dnPを満たすφnが存在する。帰納法により、すべての非負次数で両立する写像が得られ、(1)が成り立つ。
fを持ち上げる二つの分解の射φ,ψを取り、θn=φn−ψnとおく。εQθ0=0であるから、θ0はkerεQに値を取る。完全性から得られる全射Q1→kerεQにP0の射影性を適用すると、d1Qh0=θ0を満たすh0:P0→Q1が得られる。h−1:M→Q0は零写像とする。
n≥1とし、h0,…,hn−1が構成され、0≤k<nでθk=dk+1Qhk+hk−1dkPが成り立つとする。写像
tn=θn−hn−1dnP:Pn⟶Qnについて、鎖写像の条件と帰納法の仮定から
dnQtn=θn−1dnP−dnQhn−1dnP=(θn−1−dnQhn−1)dnP=hn−2dn−1PdnP=0を得る。全射Qn+1→kerdnQにPnの射影性を適用し、dn+1Qhn=tnを満たすhnを取る。すべてのn∈N≥0について所要の等式が成り立ち、負次数に零写像を置けばP∙とQ∙の鎖ホモトピーとなる。これで(2)は示された。▨
系 2.3.Rを単位元をもつ結合環、P∙εPMとQ∙εQMを左R-加群Mの射影分解とする。idMを持ち上げる分解の射u:P∙→Q∙とv:Q∙→P∙が存在し、
v∘u≃idP∙,u∘v≃idQ∙が成り立つ。したがって二つの射影分解は鎖ホモトピー同値である。
証明.定理 2.2 (1)を両方向に適用してu,vを取る。vuとidP∙はともにidMを持ち上げるため、定理 2.2 (2)により鎖ホモトピックである。uvとidQ∙についても、同じ主張をQ∙からQ∙への射に適用して結論を得る。▨
例 2.4. 正整数mに対し、商写像εm:Z→Z/mZを添加射とする列
0⟶Z×mZεmZ/mZ⟶0は自由分解である。実際、m倍写像は単射であり、その像mZはεmの核に等しい。次数1,0の項をZとし、ほかの項を零とした複体をP(m)∙と書く。
自然な全射f:Z/6Z→Z/2Zの持上げとして、P(6)∙→P(2)∙の射
φ0=×1,φ1=×3,ψ0=×3,ψ1=×9がある。どちらも次数0でfを誘導し、微分との可換性は2⋅3=1⋅6と2⋅9=3⋅6である。写像h0:Z→Zを−1倍写像とし、ほかのhnを零とすると、
φ0−ψ0=×(−2)=d1P(2)h0,φ1−ψ1=×(−6)=h0d1P(6)となる。異なる二つの持上げは鎖ホモトピックである。
3 馬蹄補題
定理 3.1 (馬蹄補題).Rを単位元をもつ結合環とし、左R-加群の短完全列
0⟶AiBpC⟶0と射影分解P∙εPA、Q∙εQCを与える。このとき、Bの射影分解E∙εEBと、i,pをそれぞれ持ち上げる分解の射j:P∙→E∙、r:E∙→Q∙が存在して、
0⟶P∙jE∙rQ∙⟶0は各次数で分裂する短完全列となる。さらに各n∈N≥0で
En=Pn⊕Qn,jn(x)=(x,0),rn(x,y)=yとすることができる。
証明.P∙とQ∙の各微分を、その像である核への全射と包含の合成に分解する。すなわちK−1A=A、K−1C=Cとおき、添加射をa0:P0→K−1A、c0:Q0→K−1Cと書く。n∈N≥0に対し
KnA=keran,KnC=kercn,an+1:Pn+1↠KnA,cn+1:Qn+1↠KnCとし、後二つの写像は微分の終域を制限して得る。完全性により、これらは全射である。
主張 3.1.1. 左R-加群の短完全列0→UαVβW→0、全射a:P→U、c:Q→Wを与え、Qは射影的とする。このとき、次の二つの等式を満たす全射b:P⊕Q→Vが存在する。
b(x,0)=αa(x),βb(x,y)=c(y).このbに対して、標準包含と標準射影の制限による列
0⟶kera⟶kerb⟶kerc⟶0は短完全列である。
証明.Qの射影性により、βℓ=cを満たすℓ:Q→Vを取る。b(x,y)=αa(x)+ℓ(y)と定めると、これは左R-線形写像であり、次の図式は可換である。
図 3.1.1上段は標準包含と標準射影による短完全列である。§E6.9 命題 2.1を適用すると、cokera=cokerc=0であるから
0⟶kera⟶kerb⟶kerc⟶0⟶cokerb⟶0は完全である。よってcokerb=0、すなわちbは全射であり、核の列も短完全列である。▨
K−1B=B、i−1=i、p−1=pとおく。n∈N≥0とし、短完全列
0⟶Kn−1Ain−1Kn−1Bpn−1Kn−1C⟶0が構成されているとする。主張 3.1.1をan,cnに適用して、En=Pn⊕Qnからの全射bn:En→Kn−1Bを取り、KnB=kerbnとおく。標準包含jn:Pn→Enと標準射影rn:En→Qnは核上の写像in,pnを誘導し、
0⟶KnAinKnBpnKnC⟶0は短完全列となる。この操作をn=0から繰り返す。
knA:KnA↪Pn、knB:KnB↪En、knC:KnC↪Qnを包含とし、
εE=b0,dnE=kn−1Bbn(n≥1)と定める。bnの全射性とknBの単射性より
imd1E=kerεE,imdn+1E=KnB=kerdnE(n≥1)である。したがってE∙εEBは分解である。§E6.16 命題 2.1 (1)により各En=Pn⊕Qnは射影的である。
構成によりbnjn=in−1an、pn−1bn=cnrnであり、核への制限から
kn−1Bin−1=jn−1kn−1A,rn−1kn−1B=kn−1Cpn−1(n≥1)である。したがって
dnEjn=kn−1Bin−1an=jn−1dnP,rn−1dnE=kn−1Cpn−1bn=dnQrnとなり、j,rは鎖写像である。次数0の構成はεEj0=iεP、pεE=εQr0を与える。各次数の列は直和の標準的な短完全列であり、y↦(0,y)がrnの切断となる。▨
例 3.2. 左Z-加群の短完全列
0⟶Z/2ZiZ/4ZpZ/2Z⟶0,i(xˉ)=2x,p(yˉ)=yˉに対し、両端の自由分解をZ×2Zとする。中央の自由分解として、
0⟶Z2DZ2εZ/4Z⟶0,D(a,b)=(2a−b,2b),ε(x,y)=2x+yを取ることができる。Dは単射であり、εは全射である。ε(x,y)=0ならばy=2bと書くことができ、x+bは偶数である。a=(x+b)/2とおけば(x,y)=D(a,b)となる。逆にε(D(a,b))=4a=0であるから、列は完全である。
次数1,0のいずれでもj(x)=(x,0)、r(x,y)=yとすれば、Dj(a)=j(2a)、rD(a,b)=2r(a,b)であり、添加射もi,pと両立する。したがって分解の短完全列は次数ごとに分裂する。
一方、pは加群準同型としての切断をもたない。p(s(1ˉ))=1ˉを満たす元s(1ˉ)∈Z/4Zは奇数の剰余類であるため、2s(1ˉ)=2ˉ=0であるが、準同型ならば2s(1ˉ)=s(0ˉ)=0でなければならない。分解の射rに鎖写像としての切断があれば、H0を取ることでpの切断が得られるため、そのような切断も存在しない。ここでは命題 1.2の同型と、ホモロジー誘導写像の合成則§E6.36 命題 2.4を用いた。