§E6.4整域・体・被約環・単純環

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環に条件を加える方法には、元の積を調べる方法とイデアルを調べる方法がある。整域、体および被約環は、可換環の元の乗法に条件を課す。素イデアルと極大イデアルは、可換環の商環が整域または体になる条件を記述する。一方、単純環は、一般の環が非自明な両側イデアルをもたないことを表す。

本記事を通じて、環と環準同型には§E6.1 定義 1.1と§E6.1 定義 1.3の規約を用いる。イデアルと商環には§E6.3 定義 1.1と§E6.3 命題 5.1の規約を用いる。可換性を仮定する範囲は、各節の冒頭で明示する。

1 整域

本節ではRRを可換環とする。零因子が存在しない非零可換環を整域という。

定義 1.1.a∈Ra\in Rが零因子 (zero divisor) であるとは、a≠0a\ne0であり、あるb≠0b\ne0に対してab=0ab=0となることをいう。

RRが整域 (integral domain) であるとは、R≠{0}R\ne\{0\}であり、任意のa,b∈Ra,b\in Rに対して

ab=0⟹a=0 または b=0ab=0\quad\Longrightarrow\quad a=0\ \text{または}\ b=0

が成り立つことをいう。同値に、整域は零因子をもたない非零可換環である。

整域では、零でない因子を等式の両辺から簡約することができる。

命題 1.2.RRを整域とし、a,b,c∈Ra,b,c\in Rとする。c≠0c\ne0かつac=bcac=bcならばa=ba=bである。

証明.ac=bcac=bcから

(a−b)c=0(a-b)c=0

を得る。RRは整域でありc≠0c\ne0であるから、整域の定義によってa−b=0a-b=0である。したがってa=ba=bとなる。▨

前記事で行列環の中に構成した Gauss 整数環について、整域性を直接確認する。

例 1.3 (Gauss 整数環は整域である).§E6.3 例 9.1では、

J=(0−110),Z[i]={aI2+bJ∣a,b∈Z}J= \begin{pmatrix} 0&-1\\ 1&0 \end{pmatrix}, \qquad \mathbb Z[i]=\{aI_2+bJ\mid a,b\in\mathbb Z\}

と置き、各元の表示aI2+bJaI_2+bJが一意であることを示した。z=aI2+bJz=aI_2+bJに対して

N(z):=a2+b2N(z):=a^2+b^2

と定める。w=cI2+dJw=cI_2+dJとすると、J2=−I2J^2=-I_2により

zw=(ac−bd)I2+(ad+bc)Jzw=(ac-bd)I_2+(ad+bc)J

であり、整数の計算から

N(zw)=(ac−bd)2+(ad+bc)2=(a2+b2)(c2+d2)=N(z)N(w)\begin{aligned} N(zw) &=(ac-bd)^2+(ad+bc)^2\\ &=(a^2+b^2)(c^2+d^2) =N(z)N(w) \end{aligned}

を得る。また、N(z)=0N(z)=0とa=b=0a=b=0は同値であり、表示の一意性から、条件a=b=0a=b=0はz=0z=0と同値である。

zw=0zw=0と仮定すると、

0=N(zw)=N(z)N(w)0=N(zw)=N(z)N(w)

である。N(z)N(z)とN(w)N(w)は非負整数であるから、N(z)=0N(z)=0またはN(w)=0N(w)=0である。したがってz=0z=0またはw=0w=0となる。さらに、積の表示はzzとwwを交換しても変わらないためZ[i]\mathbb Z[i]は可換であり、I2≠0I_2\ne0である。よってZ[i]\mathbb Z[i]は整域である。

2 体

本節でも環は可換とする。線形代数で公理によって定義した可換体§E3.1 定義 1.1は、環の言葉では次のように記述される。

定義 2.1. 可換環KKが体 (field) であるとは、K≠{0}K\ne\{0\}であり、任意のa∈K∖{0}a\in K\setminus\{0\}に対して

ab=ba=1Kab=ba=1_K

を満たすb∈Kb\in Kが存在することをいう。このbbをa−1a^{-1}と書く。

可換環ではab=baab=baであるため、逆元の等式の一方を確認すれば他方も従う。体は零因子をもたない。

命題 2.2. 任意の体は整域である。

証明.KKを体とし、a,b∈Ka,b\in Kがab=0ab=0を満たすとする。a=0a=0ならば結論を得る。a≠0a\ne0ならばa−1a^{-1}が存在するため、等式の左からa−1a^{-1}を掛けると

b=(a−1a)b=a−1(ab)=a−10=0b=(a^{-1}a)b=a^{-1}(ab)=a^{-1}0=0

となる。したがってab=0ab=0ならばa=0a=0またはb=0b=0であり、K≠{0}K\ne\{0\}であるからKKは整域である。▨

整域は一般には体ではないが、元の個数が有限であれば体になる。この証明では、単射と全射に§E1.1 定義 3.1の定義を用いる。

定理 2.3. 有限個の元からなる整域は体である。

証明.RRを有限整域とし、a∈R∖{0}a\in R\setminus\{0\}を任意に取る。写像

μa ⁣:R⟶R,x⟼ax\mu_a\colon R\longrightarrow R, \qquad x\longmapsto ax

を考える。μa(x)=μa(y)\mu_a(x)=\mu_a(y)ならばax=ayax=ayであり、命題 1.2を適用するとx=yx=yとなる。したがってμa\mu_aは単射である。

RRは有限集合である。単射μa\mu_aはRRと像μa(R)\mu_a(R)の間の全単射を与えるため、∣μa(R)∣=∣R∣|\mu_a(R)|=|R|である。有限集合RRの部分集合μa(R)\mu_a(R)がRRと同じ個数の元をもつので、μa(R)=R\mu_a(R)=Rである。よってμa\mu_aは全射である。

特に1R∈R1_R\in Rは像に属するから、あるb∈Rb\in Rが存在してab=1Rab=1_Rとなる。RRは可換であるためba=1Rba=1_Rでもあり、aaは可逆である。非零元aaは任意であったから、RRは体である。▨

3 素イデアルと極大イデアル

本節ではRRを可換環とする。素イデアルと極大イデアルは、いずれも真のイデアルに対して定義する。

定義 3.1.RRを可換環とする。

真のイデアルp⊊R\mathfrak p\subsetneq Rが素イデアル (prime ideal) であるとは、任意のa,b∈Ra,b\in Rに対して

ab∈p⟹a∈p または b∈pab\in\mathfrak p \quad\Longrightarrow\quad a\in\mathfrak p\ \text{または}\ b\in\mathfrak p

が成り立つことをいう。

真のイデアルm⊊R\mathfrak m\subsetneq Rが極大イデアル (maximal ideal) であるとは、任意のイデアルJJに対して

m⊆J⊆R⟹J=m または J=R\mathfrak m\subseteq J\subseteq R \quad\Longrightarrow\quad J=\mathfrak m\ \text{または}\ J=R

が成り立つことをいう。

商環の零元はII自身であり、a+I=0+Ia+I=0+Iとa∈Ia\in Iは同値である。この対応によって、素性は商環の零因子の不存在へ、極大性は商環の非零元の可逆性へ移る。

命題 3.2.RRを可換環とし、I⊊RI\subsetneq Rをイデアルとする。このとき、次の二つが成り立つ。

  1. IIが素イデアルであることと、R/IR/Iが整域であることは同値である。
  2. IIが極大イデアルであることと、R/IR/Iが体であることは同値である。

証明では、(1)について剰余類の積が零となる条件を直接読み替える。(2)の極大性から体を導く向きではIIと一元aaが生成するイデアルI+(a)I+(a)を用い、逆向きでは商環におけるa+Ia+Iの逆元を元の環へ持ち上げる。

証明.(1)を示す。IIが素イデアルであると仮定する。商環で

(a+I)(b+I)=0+I(a+I)(b+I)=0+I

ならばab∈Iab\in Iである。素性からa∈Ia\in Iまたはb∈Ib\in Iとなるため、a+I=0+Ia+I=0+Iまたはb+I=0+Ib+I=0+Iである。また、I⊊RI\subsetneq Rであるから1R+I≠0+I1_R+I\ne0+Iであり、R/IR/Iは非零環である。よってR/IR/Iは整域である。

逆に、R/IR/Iが整域であると仮定する。ab∈Iab\in Iならば(a+I)(b+I)=0+I(a+I)(b+I)=0+Iである。整域には零因子がないからa+I=0+Ia+I=0+Iまたはb+I=0+Ib+I=0+I、すなわちa∈Ia\in Iまたはb∈Ib\in Iとなる。したがってIIは素イデアルである。

(2)を示す。IIが極大イデアルであると仮定し、a+I≠0+Ia+I\ne0+Iを取る。この条件はa∉Ia\notin Iを意味する。§E6.3 命題 3.1の生成イデアルを用いると、I+(a)I+(a)はIIを真に含む。極大性からI+(a)=RI+(a)=Rであるため、あるi∈Ii\in Iとr∈Rr\in Rが存在して

1R=i+ra1_R=i+ra

となる。商環では

(r+I)(a+I)=ra+I=1R+I(r+I)(a+I)=ra+I=1_R+I

である。R/IR/Iは可換環なのでr+Ir+Iはa+Ia+Iの逆元である。したがってR/IR/Iの任意の非零元は可逆であり、R/IR/Iは体である。

逆に、R/IR/Iが体であると仮定する。I⊆J⊆RI\subseteq J\subseteq Rを満たすイデアルJJを取る。J=IJ=Iでなければ、あるa∈J∖Ia\in J\setminus Iが存在する。a+Ia+IはR/IR/Iの非零元なので、あるb∈Rb\in Rが存在して

(a+I)(b+I)=1R+I(a+I)(b+I)=1_R+I

となる。したがってab−1R∈I⊆Jab-1_R\in I\subseteq Jである。一方、a∈Ja\in Jとイデアルの吸収性からab∈Jab\in Jであるため、

1R=ab−(ab−1R)∈J1_R=ab-(ab-1_R)\in J

となる。よってJ=RJ=Rである。したがってIIは極大イデアルである。▨

命題 3.3.RRを可換環とし、m\mathfrak mをRRの極大イデアルとする。このとき、m\mathfrak mは素イデアルである。

証明.命題 3.2 (2)によりR/mR/\mathfrak mは体であり、命題 2.2によりR/mR/\mathfrak mは整域である。再び命題 3.2 (1)を適用すると、m\mathfrak mは素イデアルである。▨

例 3.4 (整数環の素イデアルと極大イデアル).Z\mathbb Zの三つのイデアル(0)(0)、(2)(2)および(6)(6)を比較する。

  • Z/(0)≅Z\mathbb Z/(0)\cong\mathbb Zは整域であるから、(0)(0)は素イデアルである。一方、(0)⊊(2)⊊Z(0)\subsetneq(2)\subsetneq\mathbb Zであるから、(0)(0)は極大イデアルではない。
  • Z/(2)\mathbb Z/(2)の元は0+(2)0+(2)と1+(2)1+(2)であり、唯一の非零元1+(2)1+(2)は自分自身を逆元にもつ。したがってZ/(2)\mathbb Z/(2)は体であり、(2)(2)は極大イデアルである。よって(2)(2)は素イデアルでもある。
  • 2⋅3∈(6)2\cdot3\in(6)であるが2∉(6)2\notin(6)かつ3∉(6)3\notin(6)であるから、(6)(6)は素イデアルではない。また、(6)⊊(2)⊊Z(6)\subsetneq(2)\subsetneq\mathbb Zであるから、(6)(6)は極大イデアルでもない。

これらの判定は、一般のZ\mathbb Zのイデアルを分類せず、定義と商環の特徴付けだけから得られる。

4 被約環

本節では、再びRRを可換環とする。零因子が存在しても、冪を取って零になる非零元が存在しない場合がある。

定義 4.1.RRを可換環とする。

x∈Rx\in Rが冪零元 (nilpotent element) であるとは、ある整数n≥1n\ge1が存在してxn=0x^n=0となることをいう。

RRが被約環 (reduced ring) であるとは、任意の冪零元が零であること、すなわち任意のx∈Rx\in Rとn≥1n\ge1に対して

xn=0⟹x=0x^n=0\quad\Longrightarrow\quad x=0

が成り立つことをいう。この定義では零環も被約環である。

命題 4.2. 任意の整域は被約環である。

証明.RRを整域とし、x∈Rx\in Rが冪零元であるとする。xn=0x^n=0を満たす整数n≥1n\ge1のうち最小のものを取る。n=1n=1ならばx=0x=0である。

n>1n>1かつx≠0x\ne0と仮定すると、

x xn−1=xn=0x\,x^{n-1}=x^n=0

である。RRは整域でx≠0x\ne0だから、xn−1=0x^{n-1}=0となる。等式xn−1=0x^{n-1}=0はnnの最小性に反する。したがってx=0x=0であり、RRは被約環である。▨

例 4.3 (被約環と被約でない環).Z\mathbb Zは整域であるから、命題 4.2により被約環である。

直積環Z×Z\mathbb Z\times\mathbb Zも被約環である。実際、(a,b)n=(0,0)(a,b)^n=(0,0)ならば

(an,bn)=(0,0)(a^n,b^n)=(0,0)

であるため、an=0a^n=0かつbn=0b^n=0となる。Z\mathbb Zは被約環なのでa=b=0a=b=0であり、(a,b)=(0,0)(a,b)=(0,0)である。一方、(1,0)(1,0)と(0,1)(0,1)はいずれも非零であるが

(1,0)(0,1)=(0,0)(1,0)(0,1)=(0,0)

となる。したがってZ×Z\mathbb Z\times\mathbb Zは被約環であるが整域ではない。

一方、Z/(4)\mathbb Z/(4)では2+(4)≠0+(4)2+(4)\ne0+(4)であるが、

(2+(4))2=4+(4)=0+(4)\bigl(2+(4)\bigr)^2=4+(4)=0+(4)

となる。したがって2+(4)2+(4)は非零冪零元であり、Z/(4)\mathbb Z/(4)は被約環ではない。

5 単純環

本節ではRRを一般の単位的結合環とし、乗法の可換性を仮定しない。したがって、単純性は片側イデアルではなく両側イデアルによって定義する。

定義 5.1. 環RRが単純環 (simple ring) であるとは、R≠{0}R\ne\{0\}であり、RRの両側イデアルが{0}\{0\}とRRだけであることをいう。

斜体上の全行列環は、一般には可換でないが単純である。証明では、非零の両側イデアルに属する行列の一つの非零成分を行列単位で切り出す。その成分を斜体の逆元で正規化してすべての行列単位を得た後、任意の行列がその有限和であることを用いる。

定理 5.2.DDを斜体とし、n≥1n\ge1とする。このとき、全行列環Mn(D)M_n(D)は単純環である。

証明. 斜体の規約には§E6.1 定義 6.3を用いる。D≠{0}D\ne\{0\}であるからMn(D)≠{0}M_n(D)\ne\{0\}である。

IIをMn(D)M_n(D)の非零両側イデアルとする。非零行列A=(aij)∈IA=(a_{ij})\in Iを取り、apq≠0a_{pq}\ne0となる添字p,qp,qを選ぶ。EijE_{ij}を(i,j)(i,j)成分が1D1_Dで他の成分が零である行列単位とする。任意の1≤k,ℓ≤n1\le k,\ell\le nに対して、行列積を成分ごとに計算すると

EkpAEqℓ=apqEkℓE_{kp}AE_{q\ell}=a_{pq}E_{k\ell}

となる。IIは両側イデアルであるため、右辺はIIに属する。

apqa_{pq}は斜体DDの非零元なので逆元apq−1a_{pq}^{-1}をもつ。IIの左イデアル性を用いると、

(apq−1Ekk)(apqEkℓ)=Ekℓ∈I(a_{pq}^{-1}E_{kk})(a_{pq}E_{k\ell})=E_{k\ell}\in I

を得る。したがって、すべての行列単位EkℓE_{k\ell}がIIに属する。

任意の行列B=(bkℓ)∈Mn(D)B=(b_{k\ell})\in M_n(D)は

B=∑k,ℓ=1nbkℓEkℓB=\sum_{k,\ell=1}^n b_{k\ell}E_{k\ell}

と書くことができる。各項について

bkℓEkℓ=(bkℓEkk)Ekℓ∈Ib_{k\ell}E_{k\ell}=(b_{k\ell}E_{kk})E_{k\ell}\in I

であるから、加法についての閉性によりB∈IB\in Iである。よってI=Mn(D)I=M_n(D)である。非零両側イデアルは環全体に限られるため、Mn(D)M_n(D)は単純環である。▨

全行列環を上三角行列環へ置き換えると、単純性は失われる。

命題 5.3.DDを斜体とし、n≥2n\ge2とする。Tn(D)T_n(D)をDD成分の上三角行列全体の環とする。このときTn(D)T_n(D)は単純環ではない。

証明.Tn(D)T_n(D)がMn(D)M_n(D)の単位的部分環であることを確認する。上三角行列は加法と加法逆元について閉じ、単位行列InI_nを含む。また、上三角行列A=(aij)A=(a_{ij})とB=(bij)B=(b_{ij})に対してi>ji>jとすると、積ABABの(i,j)(i,j)成分の各項airbrja_{ir}b_{rj}が非零となるにはi≤r≤ji\le r\le jが必要である。この条件を満たすrrは存在しないため、ABABも上三角行列である。

NNを狭義上三角行列全体、すなわち

N:={X=(xij)∈Tn(D)∣xij=0(1≤j≤i≤n)}N:=\{X=(x_{ij})\in T_n(D)\mid x_{ij}=0\quad(1\le j\le i\le n)\}

と置く。NNは成分ごとの加法と加法逆元について閉じるため、Tn(D)T_n(D)の加法部分群である。

A=(aij)∈Tn(D)A=(a_{ij})\in T_n(D)とX=(xij)∈NX=(x_{ij})\in Nを取る。i≥ji\ge jのとき、積AXAXの(i,j)(i,j)成分の各項airxrja_{ir}x_{rj}が非零となるには、上三角性からi≤ri\le r、狭義上三角性からr<jr<jが同時に必要である。しかしi≥ji\ge jのもとでは、この二条件を同時に満たすrrは存在しない。したがって(AX)ij=0(AX)_{ij}=0であり、AX∈NAX\in Nである。

同様に、積XAXAの(i,j)(i,j)成分の各項xirarjx_{ir}a_{rj}が非零となるにはi<ri<rとr≤jr\le jが同時に必要である。i≥ji\ge jのとき、この二条件を同時に満たすrrは存在しない。よってXA∈NXA\in Nである。したがってNNはTn(D)T_n(D)の両側イデアルである。

n≥2n\ge2であるからE12∈NE_{12}\in NかつE12≠0E_{12}\ne0である。一方、単位行列InI_nはNNに属さない。よって

{0}⊊N⊊Tn(D)\{0\}\subsetneq N\subsetneq T_n(D)

であり、Tn(D)T_n(D)は単純環ではない。▨

定理 5.2と命題 5.3の差は、乗法の可換性ではなく、非零成分からすべての行列単位を生成することができるかどうかにある。全行列環では左右から任意の行列単位を掛けることができるが、上三角行列環では狭義上三角部分が両側からの乗法で保存される。

6 演習

問題 6.1 (定義と証明の確認). 次の各問に答えよ。

  1. 整域RRとc≠0c\ne0に対して、ac=bcac=bcからa=ba=bが従う箇所で、c≠0c\ne0が必要である理由を述べよ。
  2. 有限整域RRとa≠0a\ne0に対してμa(x)=ax\mu_a(x)=axと置く。μa\mu_aが単射であることと全射であることを順に示し、aaの逆元を構成せよ。
  3. Z\mathbb Zのイデアル(0)(0)、(2)(2)および(6)(6)が素イデアルまたは極大イデアルであるかを、命題 3.2と定義から判定せよ。
  4. RRを可換環、I⊊RI\subsetneq Rを素イデアルとする。R/IR/Iが整域であることを、剰余類の積から証明せよ。証明の中で、IIが真であることからR/IR/Iが非零環であることも回収せよ。
  5. Z/(4)\mathbb Z/(4)が被約環でないことを示せ。また、この事実がZ/(4)\mathbb Z/(4)に零因子が存在することより強い情報を与えている点を説明せよ。
  6. 定理 5.2の証明で、apq≠0a_{pq}\ne0である成分から任意の行列単位EkℓE_{k\ell}を得る二段階の積を書け。また、同じ議論がTn(D)T_n(D)では成立しないことを、狭義上三角行列の両側イデアルを用いて説明せよ。
解答 (演習の解答).
  1. ac=bcac=bcから(a−b)c=0(a-b)c=0を得る。整域の定義が与えるのはa−b=0a-b=0またはc=0c=0である。c≠0c\ne0を仮定することによって後者を除き、a−b=0a-b=0、すなわちa=ba=bを得る。c=0c=0ならばac=bcac=bcは任意のa,ba,bについて成立するため、簡約することはできない。
  2. μa(x)=μa(y)\mu_a(x)=\mu_a(y)ならばax=ayax=ayであり、a≠0a\ne0と簡約律からx=yx=yとなる。よってμa\mu_aは単射である。有限集合RRの単射な自己写像の像はRRと同じ個数の元をもつため、像はRR全体であり、μa\mu_aは全射である。したがって、あるb∈Rb\in Rが存在してμa(b)=1R\mu_a(b)=1_R、すなわちab=1Rab=1_Rとなる。可換性からba=1Rba=1_Rでもあり、b=a−1b=a^{-1}である。
  3. Z/(0)≅Z\mathbb Z/(0)\cong\mathbb Zは整域であるため(0)(0)は素イデアルであるが、(0)⊊(2)⊊Z(0)\subsetneq(2)\subsetneq\mathbb Zなので極大イデアルではない。Z/(2)\mathbb Z/(2)は体であるため(2)(2)は極大イデアルであり、素イデアルでもある。2⋅3∈(6)2\cdot3\in(6)であるが2,3∉(6)2,3\notin(6)なので(6)(6)は素イデアルではなく、(6)⊊(2)⊊Z(6)\subsetneq(2)\subsetneq\mathbb Zなので極大イデアルでもない。
  4. (a+I)(b+I)=0+I(a+I)(b+I)=0+Iと仮定するとab∈Iab\in Iである。IIは素イデアルなのでa∈Ia\in Iまたはb∈Ib\in Iとなり、a+I=0+Ia+I=0+Iまたはb+I=0+Ib+I=0+Iである。したがってR/IR/Iは零因子をもたない。また、I⊊RI\subsetneq Rであるから1R∉I1_R\notin Iであり、1R+I≠0+I1_R+I\ne0+Iとなる。よってR/IR/Iは非零可換環であり、整域である。
  5. x=2+(4)x=2+(4)と置くとx≠0x\ne0であるがx2=4+(4)=0x^2=4+(4)=0である。よってxxは非零冪零元であり、Z/(4)\mathbb Z/(4)は被約環ではない。一般に、非零冪零元yyに対してyn=0y^n=0となる最小のnnを取ると、yn−1≠0y^{n-1}\ne0かつy yn−1=0y\,y^{n-1}=0であるから、yyは零因子である。しかし、一般の零因子は冪零とは限らない。例えばZ/(6)\mathbb Z/(6)の2+(6)2+(6)は3+(6)3+(6)との積が零になるため零因子であるが、その正の冪は2+(6)2+(6)と4+(6)4+(6)を交互に取り、零にならない。したがって、被約性は零因子の不存在ではなく、零因子のうち冪零になる元の不存在を表す。
  6. 非零行列A=(aij)A=(a_{ij})のapq≠0a_{pq}\ne0に対して EkpAEqℓ=apqEkℓ,(apq−1Ekk)(apqEkℓ)=EkℓE_{kp}AE_{q\ell}=a_{pq}E_{k\ell}, \qquad (a_{pq}^{-1}E_{kk})(a_{pq}E_{k\ell})=E_{k\ell} である。両側イデアル性により、最初の積とその正規化はともに同じ両側イデアルに属する。Tn(D)T_n(D)では利用する行列単位のすべてが環に属するわけではなく、狭義上三角行列全体NNはTn(D)T_n(D)の左右からの乗法で保存される。0⊊N⊊Tn(D)0\subsetneq N\subsetneq T_n(D)であるため、非零元から環全体を生成する同じ議論は成立しない。

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7 後続記事との関係

本記事では、可換環について整域、体、素イデアル、極大イデアルおよび被約環を扱い、一般環について単純環を扱った。被約環を商によって構成する方法、積閉集合を用いる環構成、整域を体へ埋め込む構成および多項式環の整域性は、後続記事で扱う。

参考文献

  1. M. F. Atiyah and I. G. Macdonald, Introduction to Commutative Algebra, CRC Press, 2018, originally published 1969.整域、素イデアル、極大イデアルおよび被約環の定義と基本的な特徴付けを参考にした。
  2. David S. Dummit and Richard M. Foote, Abstract Algebra, 3rd ed., Wiley, 2004.整域、体、有限整域および商環によるイデアルの特徴付けを参考にした。
  3. T. Y. Lam, A First Course in Noncommutative Rings, 2nd ed., Graduate Texts in Mathematics, Springer, New York, 2001.単純環、行列環および両側イデアルの規約を参考にした。

前提記事