この単元は、位相空間から群を取り出す道具を構成する。同相かどうかを直接調べる代わりに、空間に群を対応させ、群が異なれば空間も異なると結論する。基本群は道の連結に関する構造を、ホモロジーは各次元の位相的な構造を記録する。最後にコホモロジーへ積を入れ、群だけでは区別することができない空間を環によって区別する。

この単元では、空間に胞体分割または単体分割を与え、その分割から有限生成鎖複体を構成して境界準同型の核と像を計算する。球面、円環面、実射影空間、閉曲面といった具体的な空間について、不変量を有限な鎖複体から具体的に計算する範囲までを扱う。

前提知識

  • 位相空間論 I: 商位相、積位相、連結性と弧状連結性、コンパクト性、Lebesgue 数および分離公理を用いる。局所弧状連結性と半局所単連結性は本単元で定義する。
  • 群論入門: 自由群、自由積および群の表示を van Kampen の定理に、群作用と軌道と共役をデック変換に、可換化を一次ホモロジーとの比較に用いる。
  • 環論入門: 環と加群を、コホモロジーが次数付き環をなすことの記述に用いる。単項イデアル整域上の有限生成加群の構造定理を、ホモロジー群を自由部分と捩れ部分へ分ける議論に用いる。
  • 線形代数 II: 完全列と分裂、双対空間およびテンソル積を用いる。体上ではすべての短完全列が分裂する一方、整数環上では分裂が特別な状況でしか起きないという対比を、コホモロジーの構成で用いる。

多様体入門は本単元の前提ではない。二つは同じ段に並び、互いに独立である。多様体入門は微分の言葉を、本単元は位相の言葉を用意する。両方を前提とするのは曲線と曲面である。

学ぶ順序とねらい

段階 主題 この段階の到達目標
ホモトピーと基本群・被覆空間 ホモトピー同値、空間の構成、基本群、被覆空間と持ち上げ、円周の基本群、van Kampen の定理、普遍被覆、被覆の分類 空間に群を対応させ、その群を表示によって計算することができる。被覆空間と部分群の対応を通じて、群の言葉で空間の族を記述することができる
単体的・特異・胞体ホモロジー Δ複体、特異ホモロジー、係数、相対ホモロジーと長完全列、重心細分、切除、Mayer–Vietoris、写像度、胞体複体、Euler 標数、基本群の可換化、閉曲面の分類 胞体分割または単体分割から鎖群と境界準同型を構成し、その核と像から各次元の不変量を計算することができる。三つの構成が同じ結果を与えることを証明することができる
コホモロジー・カップ積・交叉形式 特異コホモロジー、胞体コホモロジー、カップ積、単体的な対角近似による環の計算、二次元の Poincaré 双対と交叉形式 群だけでは区別することができない空間を、環の構造によって区別することができる。閉曲面の上で曲線の交わり方を形式の値として読むことができる

記事の学習順序

ホモトピーと基本群・被覆空間

  1. ホモトピーとホモトピー同値
  2. 空間の構成と位相多様体
  3. 基本群
  4. 基本群の関手性とホモトピー不変性
  5. 被覆空間と持ち上げ
  6. 円周の基本群
  7. van Kampen の定理
  8. 普遍被覆の存在
  9. 被覆の分類とデック変換

単体的・特異・胞体ホモロジー

  1. Δ複体と単体的ホモロジー
  2. 特異ホモロジー
  3. 係数を持つ鎖複体とホモロジー
  4. 相対ホモロジーと長完全列
  5. 重心細分と小さい単体の定理
  6. 切除定理と良い対
  7. Mayer–Vietoris 完全列
  8. 球面の写像度
  9. Brouwer の不動点定理と次元不変性
  10. 胞体複体と基本性質
  11. 胞体鎖複体
  12. 胞体ホモロジーと特異ホモロジーの一致
  13. Euler 標数と Betti 数
  14. 一次ホモロジーと基本群の可換化
  15. 閉曲面の分類
  16. 向きと閉曲面の基本類

コホモロジー・カップ積・交叉形式

  1. 特異コホモロジーと完全列
  2. 胞体コホモロジーと計算
  3. カップ積の構成と性質
  4. 単体的カップ積とコホモロジー環の計算
  5. 二次元の Poincaré 双対と交叉形式

この単元の設計について

整数係数から他の係数へ移る比較定理を用いない。普遍係数定理と Künneth の定理は Ext と Tor を要するので、代数的位相幾何が扱う。本単元は、係数ごとに鎖複体を直接作って計算する。この方針でも、捩れが次数を一つ上げてコホモロジーに現れるという現象は、実射影平面の胞体余鎖複体を見れば定理を用いずに読み取ることができる。

コホモロジー環の計算には Δ複体が要る。カップ積は特異余鎖の上で Alexander–Whitney の対角近似によって定義されるが、胞体鎖複体には自然な対角近似が存在しない。したがって胞体分解は群の計算には十分でも、環の計算には足りない。本単元が Δ複体を早い段階で導入するのはこのためである。

この先につながること

  • 曲線と曲面: 同じ段。ここで作った Euler 標数、閉曲面の分類および交叉形式を、三次元空間の曲面について具体的に計算する。
  • 代数的位相幾何: ホモロジー理論を Eilenberg–Steenrod の公理で特徴づけ、異なる構成が同じ理論を与えることを示す。普遍係数定理、Künneth の定理、Lefschetz の不動点定理および de Rham の定理を扱う。
  • 微分位相幾何: 一般次元の Poincaré 双対、Hopf の次数定理、Morse 理論へ進む。
  • ベクトル束と接続: ここで作ったコホモロジー環の上に、束の不変量として特性類を構成する。
  • 結び目理論、3次元多様体論、幾何学的群論: 基本群と被覆空間を、結び目、3次元多様体および群そのものへ適用する。

この単元で扱わないこと

Eilenberg–Steenrod の公理によるホモロジー理論の特徴づけ、公理を満たす理論の一意性、普遍係数定理、Künneth の定理および Lefschetz の不動点定理は代数的位相幾何が扱う。

一般次元の Poincaré 双対は微分位相幾何が扱う。本単元は向きづけられた閉曲面について、双対胞体分解によって二次元の場合を証明し、交叉形式のユニモジュラー性を導く。次数がホモトピー類を決めるという Hopf の次数定理も同単元が扱う。Sard の定理と横断性によって正則値の原像を扱う議論を用いるためである。本単元は写像度を定義し、ホモトピー不変性、合成に対する乗法性、および任意の整数が次数として実現されることまでを証明する。

領域不変性と Jordan–Brouwer の分離定理は扱わない。本単元が局所ホモロジーから導くのは、次元の異なるユークリッド空間の空でない開集合が同相でないという次元不変性である。

アーベル圏、導来関手、Ext および Tor はホモロジー代数が扱う。本単元は鎖複体、鎖ホモトピー、五項補題、および複体の短完全列から長完全列を得る連結準同型を、必要な範囲で手ずから構成する。

高次ホモトピー群、ファイブレーションとホモトピー完全列、Hurewicz の定理、胞体近似定理および Whitehead の定理は、ホモトピー論の入門が扱う。本単元は一次のホモトピー、すなわち基本群と被覆空間、および一次ホモロジーが基本群の可換化であることまでを扱う。胞体複体については、特異ホモロジーとコホモロジーを胞体分解によって計算するために要る位相的な性質までを扱う。

単体圏、単体的集合、Kan 複体および Dold–Kan 対応は単体的集合が扱う。本単元は Δ複体、特異単体および胞体複体を、位相空間から不変量を取り出すための具体的な道具として構成する。

de Rham 複体と de Rham コホモロジーの構成は多様体入門が扱う。それが本単元の特異コホモロジーと同型であるという de Rham の定理は代数的位相幾何が扱う。

結び目と絡み目の不変量は結び目理論が、3次元多様体の分解と幾何化は3次元多様体論が扱う。群を距離空間として扱う議論、Cayley グラフおよび Svarc–Milnor の補題は幾何学的群論が扱う。

コンパクト曲面が三角形分割を持つことは証明しない。この事実は認めて用い、閉曲面の分類は多角形の辺の同一視による表示が与えられたところから始める。