この単元は、座標のとり方に依らない対象として多様体を定義し、その上で微分と積分を行う言葉を作る。実解析 II で座標を固定して扱った微分と積分を、座標変換のもとで意味が変わらない形へ書き直し、一般化された Stokes の定理で古典的な積分定理を一つの定理にまとめる。さらに、群構造と可微分構造が両立する対象として Lie 群を扱い、離散群の作用による商として新しい多様体を作る。

この単元は Riemann 計量を導入しない。長さ・角度・曲率は計量を選んで初めて定まる量であり、可微分構造だけからは決まらない。ここで作るのは、計量を入れる前の段階で意味を持つ言葉である。三次元空間の曲面に誘導される計量とその具体的な計算は曲線と曲面が、一般の Riemann 多様体の理論はRiemann 幾何 Iが扱う。

前提知識

  • 実解析 II(実解析 II): 逆関数定理と陰関数定理を、局所座標の存在と部分多様体の判定に用いる。重積分と変数変換の公式を、多様体上の積分の定義に用いる。
  • 位相空間論 I(位相空間論 I): 多様体の定義に Hausdorff 性と第二可算性を課す。1の分割の構成では、局所コンパクト性とシグマコンパクト性からコンパクト枯渇列を作る。商多様体では商位相を用いる。
  • 線形代数 II(線形代数 II): 双対空間、多重線形写像、テンソル積、外積代数および行列式を、余接空間・テンソル場・微分形式の定義に用いる。
  • 常微分方程式(常微分方程式): 解の局所存在と一意性、最大解の延長、および初期値に対する連続依存性を、ベクトル場の流れの構成に用いる。同じ道具を Frobenius の定理の証明でも用いる。流れが初期点について滑らかであることは、線形系の解の大域的な存在を用いて本単元が証明する。
  • 群論入門(群論入門): 群、部分群、群作用および商を、Lie 群と離散群の作用による商多様体に用いる。

学ぶ順序とねらい

段階 主題 この段階で新たにできること
可微分構造と接空間 多様体の定義、1の分割、接空間と微分写像、接束・余接束とテンソル場、部分多様体 座標のとり方に依らない対象として多様体と写像を定義し、テンソルの型によって引き戻しがいつ定義できるかを区別することができる
ベクトル場・流れ・可積分性 ベクトル場と流れ、Lie 微分と括弧積の自然性、可積分分布と Frobenius の定理、葉層 括弧積が流れの非可換性を測る量であることを示し、分布が積分多様体を持つ条件を判定することができる
微分形式と積分 微分形式、外微分、内部積と Cartan の公式、境界を持つ多様体、積分、Stokes の定理、de Rham コホモロジー 積分の対象が関数ではなく最高次形式である理由を説明し、古典的な積分定理が一般化された Stokes の定理の特別な場合になることを示すことができる
Lie 群と商多様体 Lie 群と古典行列群、左不変ベクトル場と Lie 環、指数写像、閉部分群定理、離散群の作用による商 群構造から接空間に Lie 環の構造を導き、閉じているという仮定だけから部分群が多様体になることを証明することができる

各記事の内容

次の一覧は学習順に並んでいる。全23記事が必修であり、展望の区分は置かない。「公開中」は、読者ページで本文を読むことができる記事を表す。

可微分構造・接空間・テンソル場

  1. 可微分多様体の定義(公開中)チャート、アトラスと両立性を定義し、極大アトラスとして可微分構造を定める。Hausdorff 性を外した原点を二つ持つ直線と、第二可算性を外した非可算個の直線の直和により、両仮定の独立性を示す。滑らかな写像と微分同相を座標表示で定義し、座標によらないことを示す。球面、実射影空間、開部分集合、積を構成する。
  2. 1の分割の構成(公開中)原点近傍で1、指定近傍外で0となる滑らかな関数を構成する。局所コンパクト性、シグマコンパクト性、第二可算性からコンパクト枯渇列と座標球の可算局所有限細分を得て、任意の開被覆に滑らかな1の分割を従属させ、連続な分割では足りないことを示す。閉集合の近傍での滑らかな関数を大域延長し、任意の閉集合を零点集合として表示し、1の分割と有限チャートからコンパクト多様体を実座標空間へ埋め込む。
  3. 接空間と微分写像(公開中)接ベクトルを点における導分として定義する。導分が局所的であること、すなわち点の近傍で消える関数に対する値が0であることを、第2項で構成した関数によって証明する。曲線の同値類による定義と一致することを示し、座標が定める基底を取って次元が多様体の次元に等しいことを証明する。滑らかな写像の微分を線形写像として定義し、連鎖律を導く。
  4. 接束・余接束とテンソル場(公開中)接空間を各点で束ね、座標変換による貼り合わせで接束を構成する。余接束、テンソル束、外冪束も同じ手続きで構成する。ベクトル場とテンソル場を切断として定義し、座標表示を与える。共変テンソル場は任意の滑らかな写像で標準的に引き戻せることを示す。反変成分を含むテンソル場は微分同相による移送だけを定義し、一般の滑らかな写像では点ごとの規則が終域上の場を定めるとは限らないことを例示する。
  5. 部分多様体・はめ込み・埋め込み(公開中)微分の階数ではめ込みと沈め込みを定義し、埋め込みを像への同相写像となる単射なはめ込みとして定義する。階数だけでは埋め込みが定まらないことを、8の字曲線と円環面の稠密な巻線で示す。定数階数定理を逆関数定理から導き、正則値の逆像が埋め込み部分多様体となることを証明する。はめ込み部分多様体を単射なはめ込みの像に定義域の位相と可微分構造を移して定め、直交群を正則値の逆像として構成する。

ベクトル場・流れ・可積分性

  1. ベクトル場と流れ(公開中)ベクトル場を関数環上の導分として作用させ、座標表示が定める常微分方程式の解として積分曲線を構成する。解の局所存在と一意性から局所流を得て、初期点への滑らかな依存を確かめる。完備性を定義し、台がコンパクトなベクトル場が完備であることを証明する。完備なベクトル場と1パラメータ変換群が対応することを示す。
  2. Lie 微分と括弧積の自然性(公開中)括弧積を導分の交換子と定め、双線形性、交代性、Jacobi 律を証明する。微分同相による押し出しを定義する。一般の滑らかな写像について関連するベクトル場を定め、存在と一意性が個別条件であることを例示する。関連性が括弧積で保たれることから、押し出しと括弧積の可換性を導く。流れで Lie 微分を定め、括弧積との一致と、括弧積の消滅が流れの可換性と同値であることを証明する。
  3. 可積分分布と Frobenius の定理(公開中)分布を、局所的な滑らかなベクトル場の枠が張る階数一定の接部分空間の族として定義し、各点の部分空間だけでは対合性を述べることができないことを示す。積分多様体と可積分性を定義し、分布に属するベクトル場の括弧積が分布に属する対合性と可積分性との同値性を証明する。局所的に括弧積が消える枠を取り、流れの可換性と押し出しの自然性から平坦チャートを構成する。
  4. 葉層と葉(公開中)平坦チャートで葉層を定義し、葉を極大な連結積分多様体として構成する。各葉が平坦チャートと高々可算個の板でしか交わらないことを第二可算性から示し、葉の位相と可微分構造の一意性を証明する。葉が埋め込み部分多様体とは限らず、はめ込み部分多様体にとどまることを、円環面上の無理数傾きの線形葉層で示す。充実トーラス上の Reeb 成分を構成し、コンパクトな葉を持つ例とする。

微分形式と積分

  1. 微分形式と外積・引き戻し(公開中)外冪束の切断として微分形式を定義し、交代テンソル場としての位置づけを与える。外積を定義し、結合性と次数付き交換性を証明する。滑らかな写像による引き戻しを定義し、外積と可換であることを示す。座標表示と、座標変換に対する成分の変換則を書き下す。
  2. 外微分と不変表示(公開中)外微分を、関数の微分を延長し、次数付き Leibniz 則を満たし、二回合成すると消える作用素として特徴づけ、その存在と一意性を証明する。引き戻しが外微分と可換であることを示す。1形式に対する不変表示を証明し、一般の次数へ拡張する。この表示によって、外微分が括弧積を通じてベクトル場の非可換性を測っていることを確かめる。閉形式と完全形式を定義する。
  3. 内部積・Cartan の公式・Poincaré の補題(公開中)ベクトル場による内部積を定義し、次数付き Leibniz 則と二回合成すると消えることを示す。微分形式とテンソル場の Lie 微分を流れによる引き戻しの微分として定義し、外微分と内部積で表す Cartan の公式を証明する。Cartan の公式から鎖ホモトピー作用素を構成し、星型の開集合上で閉形式が完全であるという Poincaré の補題を証明する。
  4. Frobenius の定理の微分形式による定式化(公開中)分布を、一次独立な1形式の共通の零点集合として与える。分布が可積分であることと、これらの1形式が生成する外積イデアルが外微分で閉じていることが同値であることを、外微分の不変表示によってベクトル場版と結びつけて証明する。全微分方程式の可解性を可積分条件から特徴づけ、行列に値を持つ1形式に対する可積分条件を書き下す。
  5. 境界を持つ多様体と境界の向き(公開中)半空間チャートで境界を持つ多様体を定義し、逆関数定理により境界点と内点の区別が微分同相で保たれると示す。境界が余次元1の多様体となり、境界点の接空間が多様体と同次元であることを証明する。向きを最高次外冪の消えない切断として定義し、円環面、実射影平面、Möbius の帯で向きづけ可能性を対比する。外向きのベクトルを先に置く規約で境界の向きと Stokes の定理の符号を定める。
  6. 向きと多様体上の積分(公開中)向きづけられた多様体上で、コンパクトな台を持つ最高次微分形式の積分を、チャート上の重積分と1の分割で定義する。座標変換により最高次形式の成分は Jacobi 行列式の倍、重積分は Jacobi 行列式の絶対値の倍となるため、向きを保つ場合には変換則が一致することを示す。変換則の一致から積分がアトラスと1の分割に依らないことを証明し、関数でなく最高次形式を積分する理由を述べる。
  7. Stokes の定理(公開中)向きづけられた境界付き多様体上で、台がコンパクトな微分形式について Stokes の定理を証明する。1の分割で半空間上へ帰着し、累次積分と微積分学の基本定理を用いる。三次元の標準内積と体積形式によるベクトル場と微分形式の対応のもとで、Green・発散・古典的 Stokes の三定理が特別な場合になることを示す。この対応が内積に依存し、一般の多様体で計量の選択を要することを示す。
  8. de Rham 複体とホモトピー不変性(公開中)外微分を微分とする複体として de Rham 複体を定め、そのコホモロジーを定義する。滑らかな写像が引き戻しによって準同型を誘導すること、および合成が準同型の合成に対応することを示す。滑らかにホモトピックな二つの写像が同じ準同型を誘導することを、積多様体上で内部積から鎖ホモトピー作用素を構成して証明する。この帰結として、可縮な多様体のコホモロジーを決定する。
  9. Mayer–Vietoris と計算例(公開中)二つの開集合による被覆から微分形式の複体の短完全列を作り、全射性を被覆に従属する1の分割から導く。連結準同型を構成し、代表元に依らないことと長完全列の完全性を証明する。Mayer–Vietoris 完全列で球面と円環面の de Rham コホモロジーを計算する。Stokes の定理から、コンパクトで向きづけられた境界のない連結多様体の最高次コホモロジーが消えないことを導く。

Lie 群と商多様体

  1. Lie 群と古典行列群(公開中)群構造と可微分構造が両立する対象として Lie 群を定義し、積と逆元が滑らかであることを要求する。一般線形群を行列全体の開部分多様体として構成し、ユニタリ群、特殊線形群および斜交群を正則値の逆像として構成する。左移動と右移動が微分同相であることを示し、Lie 群の局所的な性質が単位元の近傍によって決まることを確かめる。
  2. 左不変ベクトル場と Lie 環(公開中)左不変ベクトル場を定義し、左不変ベクトル場全体が単位元の接空間と線形同型であることを証明する。押し出しと括弧積の可換性から、左不変ベクトル場の括弧積も左不変であることを導き、接空間に Lie 環の構造を与える。行列群では括弧積が行列の交換子に一致し、交換子が群の交換子の二次項として現れることを行列指数関数の展開で確かめる。
  3. 1パラメータ部分群と指数写像(公開中)左不変ベクトル場の局所流を左移動で移して定義域を延長し、完備性と、局所流が1パラメータ部分群を与えることを証明する。単位元の接ベクトルと1パラメータ部分群との全単射から指数写像を定義し、逆関数定理により原点で局所微分同相となることを示す。行列群では行列指数関数と一致することを証明する。行列式が負の行列を用いて、一般の Lie 群では全射とは限らないことを示す。
  4. 閉部分群定理(公開中) Lie 群の閉部分群が埋め込み部分多様体かつ Lie 群になることを証明する。閉部分群の1パラメータ部分群の接ベクトル全体が、Lie 積公式と交換子公式により和と括弧積で閉じる部分 Lie 環であることを示す。単位元へ収束する元から接ベクトルを取り出し、指数写像の局所微分同相性から局所形を得る。閉性を外した反例として円環面の稠密な1パラメータ部分群を示し、古典行列群へ適用する。
  5. 離散群の固有不連続な作用と商多様体(公開中)作用の自由性と、各コンパクト集合がその像と交わる群元が有限個となる真性を定義する。両条件から Hausdorff な商多様体、局所同相な商写像、一様被覆近傍を構成する。各点が非自明な群元による像と交わらない近傍を持つ条件だけでは足りないことを、整数群が原点を除く平面の両成分を2倍・半分にする作用で示す。格子商の円環面、対蹠商の実射影空間を構成し、非自由作用の反例も挙げる。

この先につながること

  • 曲線と曲面: ここで作った言葉を使い、三次元空間の曲面について誘導計量・接続・測地線・ホロノミーを具体的に計算する。
  • Riemann 幾何 I: 計量を導入し、接続と曲率テンソルの理論として展開する。
  • 微分位相幾何: Sard の定理と横断性から、埋め込みの次元を下げる Whitney の埋め込み定理と Morse 理論へ進む。葉層の発展的内容もここで扱う。
  • Lie 群論: 閉部分群定理の先で、Lie 対応、随伴表現、等質空間および単連結被覆群を扱う。
  • 位相幾何入門: 特異ホモロジー、基本群および被覆空間の一般論を扱う。
  • 代数的位相幾何: de Rham コホモロジーと特異コホモロジーの同型を証明する。

この単元で扱わないこと

Riemann 計量、Levi-Civita 接続、共変微分、曲率テンソルおよび測地線の一般論は扱わない。これらは計量を選んで初めて定まる。

Sard の定理、横断性および Morse 理論は微分位相幾何が扱う。本単元は、正則値の逆像が部分多様体になることを逆関数定理から示すところまでを扱い、臨界値の全体が測度零であるという主張は扱わない。Sard の定理は基礎的な定理であるが、それを用いる横断性と Morse 関数の存在は、いずれも微分位相幾何の主題である。定理をその用途から切り離さずに読むことができるよう、まとめてそちらに置いている。

埋め込みについても同じ分け方をする。コンパクトな多様体があるユークリッド空間へ埋め込めることは、1の分割の応用として本単元で示す。埋め込みの次元を 2n+1 まで下げる Whitney の埋め込み定理は、割線の方向と接方向を避ける射影を選ぶために、次元の小さい多様体からの像が測度零であることを用いるので、微分位相幾何が扱う。

葉層については、定義、線形葉層および充実トーラス上の Reeb 成分までを扱う。葉層の分類、Reeb の安定性定理および葉層のホロノミーは微分位相幾何が扱う。

Lie 群については、定義、古典行列群、左不変ベクトル場、指数写像および閉部分群定理までを扱う。Lie 対応、随伴表現、閉部分群による等質空間、単連結被覆群の構成および主束の構造群としての Lie 群はLie 群論が扱う。Lie 環の抽象論、可解性と冪零性、Killing 形式および分類はLie 環論が扱う。

ベクトル束と主束の一般論、接続および曲率形式はベクトル束と接続が扱う。本単元は接束、余接束、テンソル束および外冪束を、多様体に付随する具体的な対象として個別に構成する。

特異ホモロジー、基本群および被覆空間の一般論は位相幾何入門が扱う。

de Rham の定理は代数的位相幾何が扱う。本単元は de Rham コホモロジーを滑らかなホモトピーに関する不変量として定義し、Mayer–Vietoris 完全列で低次元の例を計算するところまでを扱い、de Rham コホモロジーと特異コホモロジーの同型は証明しない。アーベル圏、導来関手、Ext および Tor はホモロジー代数が扱い、本単元は微分形式の複体に限って連結準同型を構成する。

複素多様体、正則構造および Dolbeault コホモロジーは複素多様体論が扱う。無限次元多様体、Banach 多様体および軌道体は扱わない。多様体は有限次元とし、境界を持つ場合を含めるが、角を持つ多様体は扱わない。