1 左不変ベクトル場
定義 1.1.X∈X(G)が左不変 (left-invariant) であるとは、すべてのg∈Gに対して
(Lg)∗X=Xが成り立つことをいう。ここで(Lg)∗は微分同相Lgによる押し出し(§E17.7 定義 2.1)である。同値な形で書くと、すべてのg,h∈Gに対して
d(Lg)h(Xh)=Xghが成り立つことをいう。G上の左不変なC∞ベクトル場の全体をgと書く。
証明. 二つの条件が同値であることを示す。§E17.7 定義 2.1により、q∈Gに対して
((Lg)∗X)q=d(Lg)Lg−1(q)(XLg−1(q))である。§E17.19 命題 3.1によりLg−1=Lg−1であるからLg−1(q)=g−1qである。h=g−1qと置くとq=ghであり、hはqがGを動くときGを動く。したがって(Lg)∗X=Xがすべてのqで成り立つことと、d(Lg)h(Xh)=Xghがすべてのhで成り立つことは同値である。▨
左不変であるという条件は、Xの値が単位元における値によって完全に決まることを含んでいる。実際、h=eと取るとd(Lg)e(Xe)=Xgである。逆に、TeGの元を一つ与えると、この式によって各点の接ベクトルが定まる。問題は、こうして定まる対応がC∞ベクトル場になるかどうかである。次の定理はこれを肯定的に解決する。
定理 1.2.Gを Lie 群とする。写像
ε:g⟶TeG,ε(X)=Xeは線形同型である。その逆写像は、v∈TeGに対して
(Xv)g=d(Lg)e(v)(g∈G)で定まる対応v↦Xvで与えられる。とくにXvはG上のC∞ベクトル場であり、左不変である。したがってdimg=dimTeG=dimGである。
証明の順序は次のとおりである。第一に、gがX(G)の線形部分空間でありεが線形であることを確かめる。第二に、v∈TeGに対して定めた対応Xvが左不変性の式を満たすことを、連鎖律とLg∘Lh=Lghから導く。第三に、XvがC∞であることを示す。ここが証明の中心である。vを通る滑らかな曲線γを取り、Xvfを積の写像μとγの合成のtについての偏導関数として書き直す。μがC∞であることから、この偏導関数はgについてC∞である。第四に、εとv↦Xvが互いに逆であることを確かめる。
証明. gが線形部分空間でありεが線形であること。X,Y∈g、a,b∈Rとすると、d(Lg)hが線形写像であるから
d(Lg)h((aX+bY)h)=ad(Lg)h(Xh)+bd(Lg)h(Yh)=aXgh+bYgh=(aX+bY)ghである。よってaX+bY∈gである。ε(aX+bY)=(aX+bY)e=aXe+bYeであるからεは線形である。
Xvが左不変性の式を満たすこと。g,h∈Gとする。Lg∘Lh=Lghである。実際、すべてのk∈Gに対してLg(Lh(k))=g(hk)=(gh)k=Lgh(k)である。連鎖律(§E17.3 定理 5.3)をeにおいて適用すると
d(Lg)h∘d(Lh)e=d(Lgh)eである(Lh(e)=hに注意する)。したがって
d(Lg)h((Xv)h)=d(Lg)h(d(Lh)e(v))=d(Lgh)e(v)=(Xv)ghである。
XvがC∞であること。XvはGの各点gに接ベクトル(Xv)g∈TgGを対応させる(滑らかさをまだ仮定しない)対応である。§E17.4 命題 5.2により、XvがC∞ベクトル場であることを示すには、Gの一つのアトラスに属する各チャートについて成分がC∞であることを示せば十分である。成分は座標関数への作用として書かれるので、次を示せば足りる。すなわち、Gの任意の開集合Uとf∈C∞(U)に対して、関数
g⟼(Xv)g(f)(g∈U)がU上でC∞であることを示せばよい。ここで§E17.3 注意 1.5の同一視によって、Uの上でだけ定義された関数への接ベクトルの作用を用いている。
§E17.3 命題 4.3により、v∈TeGに対してε0>0と滑らかな曲線γ:(−ε0,ε0)→Gでγ(0)=eかつvγ=v、すなわちすべてのϕ∈C∞(G)に対してv(ϕ)=(ϕ∘γ)′(0)を満たすものが存在する。
g∈Uを固定する。微分の定義(§E17.3 定義 5.1)により
(Xv)g(f)=d(Lg)e(v)(f)=v(f∘Lg)=((f∘Lg)∘γ)′(0)=dtdt=0f(gγ(t))である。ここでf∘LgはLg−1(U)=g−1Uの上で定義されたC∞関数であり、e∈g−1Uである。
写像Θ(g,t)=gγ(t)=μ(g,γ(t))を考える。μ:G×G→Gは§E17.19 定義 1.1によりC∞であり、(g,t)↦(g,γ(t))はC∞写像であるから(積のチャートに関する座標表示が二つのC∞写像を並べたものである)、§E17.1 系 4.3によりΘ:G×(−ε0,ε0)→GはC∞である。
g0∈Uを取る。Θ(g0,0)=g0∈UでありΘは連続であるから、g0の開近傍W⊆Uと0<ε1≤ε0を、Θ(W×(−ε1,ε1))⊆Uとなるように取ることができる。Wの上のチャート(W,φ)をGの可微分構造から取り(必要ならWを縮める)、φの像の座標をxと書くと、
(x,t)⟼f(Θ(φ−1(x),t))はC∞写像の合成としてφ(W)×(−ε1,ε1)の上でC∞である。C∞写像の偏導関数はふたたびC∞であるから、この写像のtについての偏導関数をt=0で評価したもの
x⟼∂t∂t=0f(Θ(φ−1(x),t))はφ(W)の上でC∞である。上の計算により、この関数はx↦(Xv)φ−1(x)(f)に等しい。すなわちg↦(Xv)g(f)はWの上でC∞である。g0∈Uは任意であったから、この関数はUの上でC∞である。
したがって、Gのチャート(U,φ)、φ=(x1,…,xn)を取ると、Xvの成分(Xv)i=Xv(xi)はU上でC∞であり、§E17.4 命題 5.2によりXv∈X(G)である。左不変性は上で示したのでXv∈gである。
二つの対応が互いに逆であること。v∈TeGに対してε(Xv)=(Xv)e=d(Le)e(v)である。Le=idGであるから§E17.3 定理 5.3によりd(Le)e=idTeGであり、ε(Xv)=vである。逆にX∈gを取りv=Xeと置くと、左不変性により各gで(Xv)g=d(Lg)e(Xe)=XgであるからXv=Xである。
v↦Xvが線形であることは、d(Lg)eが線形であることから従う。よってεは線形同型である。§E17.3 定理 3.3によりdimTeG=dimGである。▨
2 括弧積で閉じること
定理 2.1.Gを Lie 群、X,Y∈gとすると[X,Y]∈gである。
証明.g∈Gを任意に取る。§E17.19 命題 3.1によりLgはGの微分同相である。XとYは左不変であるから(Lg)∗X=X、(Lg)∗Y=Yである。§E17.7 定理 2.6の系を微分同相Lgへ適用すると
(Lg)∗[X,Y]=[(Lg)∗X, (Lg)∗Y]=[X,Y]である。[X,Y]は§E17.7 定義 1.2によりG上のC∞ベクトル場である。gは任意であったから定義 1.1により[X,Y]∈gである。▨
定義 2.2.R上の有限次元ベクトル空間Vと、双線形写像[⋅,⋅]:V×V→Vの組が Lie 環 (Lie algebra) であるとは、次の二つが成り立つことをいう。
- すべてのu,w∈Vに対して[u,w]=−[w,u]である。
- すべてのu,w,z∈Vに対して Jacobi 律
[[u,w],z]+[[w,z],u]+[[z,u],w]=0
が成り立つ。
この双線形写像を括弧積 (Lie bracket) という。
定理 2.3.Gを Lie 群とする。
- gは、§E17.7 定義 1.2の括弧積によって Lie 環である。
- u,w∈TeGに対して
[u,w]g=[Xu,Xw]e
と定めると、TeGはこの括弧積によって Lie 環であり、定理 1.2の線形同型εは括弧積を保つ。
TeGにこの構造を与えたものをGの Lie 環という。以後、gとTeGをεによって同一視し、どちらもgと書く。
証明.(1)を示す。定理 1.2によりgはX(G)の有限次元線形部分空間である。定理 2.1により括弧積はgから出ない。双線形性、交代性および Jacobi 律は§E17.7 命題 1.4がX(G)の全体について与えており、部分空間へ制限しても成り立つ。よってgは定義 2.2の意味で Lie 環である。
(2)を示す。εは線形同型であり、その逆写像はv↦Xvである。TeGの括弧積を上の式で定めると、定義から
ε([X,Y])=[X,Y]e=[XXe,XYe]e=[Xe,Ye]g=[ε(X),ε(Y)]gである。ここでXXe=XとXYe=Yを用いた(定理 1.2)。したがってεは括弧積を保つ。双線形性、交代性および Jacobi 律は、εが線形同型で括弧積を保つことから、gの対応する性質へ移して確かめることができる。すなわち、u=ε(X)などと置けば、TeGにおける等式はgにおける等式にεを施したものである。▨
3 行列群における括弧積
以下、Mn(R)を§E17.19 命題 2.1のとおりRn2と同一視し、GLn(R)をその開部分多様体と見る。§E17.19 注意 2.2により各点の接空間はMn(R)と同一視される。Mn(R)の成分を座標関数xij(1≤i,j≤n)として用いる。すなわちxij(A)=Aijである。
補題 3.1.g∈GLn(R)、A∈GLn(R)、H∈Mn(R)とする。§E17.19 注意 2.2の同一視のもとで
d(Lg)A(H)=gHが成り立つ。
証明.LgはGLn(R)の上でLg(B)=gBで与えられる。この写像は、Mn(R)の上の線形写像Λg(B)=gBのGLn(R)への制限である。線形写像の全微分は各点でその写像自身に等しい。実際、Λg(B+tH)=Λg(B)+tΛg(H)であり、tの一次の項の係数はΛg(H)=gHである。§E17.19 注意 2.2の同一視のもとでd(Lg)A(H)=gHである。▨
命題 3.2.A∈Mn(R)=TI(GLn(R))に対して、定理 1.2が定める左不変ベクトル場XAは
(XA)g=gA(g∈GLn(R))で与えられる。座標xijに関する成分は
(XA)ij(g)=(gA)ij=k=1∑ngikAkjであり、gの成分についての一次式である。
証明.定理 1.2により(XA)g=d(Lg)I(A)であり、補題 3.1によりこれはgAである。成分は§E17.3 例 3.4の同一視により(gA)ijである。▨
定理 3.3.nを正の整数とする。
- A,B∈Mn(R)に対して、GLn(R)の Lie 環における括弧積は
[A,B]gl=AB−BA
である。
- G⊆GLn(R)を埋め込み Lie 部分群(§E17.19 定義 1.1)とし、g=TIGを包含写像の微分によってMn(R)の線形部分空間と見る。このときgは行列の交換子で閉じており、Gの Lie 環における括弧積は[A,B]g=AB−BAである。
同じ主張がGLn(C)とその埋め込み Lie 部分群についても、Mn(C)を実ベクトル空間と見て成り立つ。
証明では、まず§E17.7 命題 1.3を命題 3.2の成分へ適用して(1)を計算で得る。次に、包含写像ι:G→GLn(R)についてXAとXAがιに関して関連することをι∘LgG=LgGL∘ιから確かめ、§E17.7 定理 2.6を適用して(2)を得る。
証明.(1)を示す。座標xijに関する偏微分を∂kl=∂/∂xklと書く。命題 3.2により(XB)ij(g)=∑m=1ngimBmjであるから
∂kl(XB)ij=m=1∑n∂gkl∂gimBmj=m=1∑nδikδmlBmj=δikBljである。ここで∂gim/∂gkl=δikδmlを用いた。したがって
k=1∑nl=1∑n(XA)kl∂kl(XB)ij=k=1∑nl=1∑n(gA)klδikBlj=l=1∑n(gA)ilBlj=(gAB)ijである。添字AとBを入れ替えると
k=1∑nl=1∑n(XB)kl∂kl(XA)ij=(gBA)ijである。§E17.7 命題 1.3により
[XA,XB]ij(g)=(gAB)ij−(gBA)ij=(g(AB−BA))ijである。すなわち[XA,XB]g=g(AB−BA)であり、命題 3.2により右辺は(XAB−BA)gに等しい。g=Iと取ると
[A,B]gl=[XA,XB]I=AB−BAである。
(2)を示す。ι:G→GLn(R)を包含写像とする。Gは埋め込み部分多様体であるからιはC∞であり、dιgは単射である(§E17.5 命題 4.2)。TIGをdιIの像と同一視し、g⊆Mn(R)と見る。
A∈gを取る。G上の左不変ベクトル場をYA、GLn(R)上の左不変ベクトル場をXAと書く。YAとXAがιに関して関連することを示す。g∈Gとすると、Gの左移動LgGとGLn(R)の左移動LgGLについてι∘LgG=LgGL∘ιが成り立つ(両辺はh∈Gをghへ写す)。§E17.3 定理 5.3をe=Iにおいて適用すると
dιg∘d(LgG)I=d(LgGL)I∘dιIである。両辺をA∈TIGに施すと、左辺はdιg((YA)g)、右辺はd(LgGL)I(A)=(XA)gである(dιI(A)=Aは同一視による)。よってYAとXAはιに関して関連する(§E17.7 定義 2.3)。
A,B∈gとする。§E17.7 定理 2.6により[YA,YB]と[XA,XB]もιに関して関連する。g=Iで評価すると
dιI([YA,YB]I)=[XA,XB]I=AB−BAである。左辺は、同一視のもとで[A,B]g∈g⊆Mn(R)である。したがって[A,B]g=AB−BAであり、とくにAB−BA∈gである。すなわちgは行列の交換子で閉じている。
複素の場合。Mn(C)をR2n2と同一視すると、GLn(C)はその開部分多様体である(§E17.19 命題 2.1)。実の座標を取って上と同じ計算を行うことができるが、複素の座標xijとその共役を用いても同じ結論に至る。実際、(XB)ij(g)=∑m=1ngimBmjはgの成分について複素線形であり、実部と虚部に分けて偏微分を計算しても、複素数の積の双線形性から上と同じ形の和が得られる。よって[A,B]gln(C)=AB−BAである。埋め込み Lie 部分群についても同じ議論が成り立つ。▨
例 3.4 (古典行列群の Lie 環).§E17.19 注意 4.11に並べた単位元における接空間が、定理 3.3のとおり交換子で閉じていることを直接に確かめる。
直交群。TIO(n)={H∣HT+H=0}である。H,Kをこの条件を満たす行列とすると
(HK−KH)T=KTHT−HTKT=(−K)(−H)−(−H)(−K)=KH−HK=−(HK−KH)である。よってHK−KHも交代行列である。
ユニタリ群。TIU(n)={H∣H∗+H=0}である。(HK−KH)∗=K∗H∗−H∗K∗=KH−HK=−(HK−KH)であるから、歪 Hermite 行列の交換子はふたたび歪 Hermite 行列である。
特殊線形群。TISLn(R)={H∣trH=0}である。トレースについてtr(HK)=tr(KH)が成り立つ。実際、
tr(HK)=i=1∑nk=1∑nHikKki=k=1∑ni=1∑nKkiHik=tr(KH)である。よってtr(HK−KH)=0であり、条件はHとKが満たすかどうかによらず交換子について成り立つ。とくにsln(R)は交換子で閉じている。
斜交群。TISp(2n,R)={H∣HTJ+JH=0}である。HTJ=−JHとKTJ=−JKから
(HK−KH)TJ=(KTHT−HTKT)J=KT(−JH)−HT(−JK)=−(KTJ)H+(HTJ)Kであり、ふたたびKTJ=−JK、HTJ=−JHを用いると
=JKH−JHK=−J(HK−KH)である。よってHK−KHも条件を満たす。
sl2(R)の括弧積の表。§E17.19 例 4.6の基底を
h=(100−1),x=(0010),y=(0100)と書く。直接の計算により
hx=(0010),xh=(00−10),hy=(0−100),yh=(0100)であり、
xy=(1000),yx=(0001)である。したがって
[h,x]=2x,[h,y]=−2y,[x,y]=hである。三つの括弧積はいずれもトレースが0であり、sl2(R)に属する。
4 群の交換子の二次の項
定理 3.3は、行列群の括弧積が交換子AB−BAであることを述べている。この交換子は、群の交換子ghg−1h−1を単位元の近くで二次まで展開したときに現れる。以下ではこれを行列指数関数の展開によって確かめる。ここで用いるのは行列指数関数だけであり、一般の Lie 群の指数写像は用いない。指数写像の一般論は「1パラメータ部分群と指数写像」が扱う。
補題 4.1.Mn(R)に劣乗法的なノルム∥⋅∥を一つ固定する(§E10.10 命題 1.2と同じものである)。A∈Mn(R)とし、
EA(t)=etA−(I+tA+2t2A2)と置く。∣t∣≤1を満たすすべてのtに対して
EA(t)≤∣t∣3e∥A∥が成り立つ。
証明.§E10.10 定義 1.1と§E10.10 命題 1.2により、級数etA=∑k≥0tkAk/k!は絶対収束する。定義から
EA(t)=k=3∑∞k!tkAkである。ノルムの劣乗法性により∥Ak∥≤∥A∥kである。∣t∣≤1かつk≥3ならば∣t∣k≤∣t∣3であるから
EA(t)≤k=3∑∞k!∣t∣k∥A∥k≤∣t∣3k=3∑∞k!∥A∥k≤∣t∣3k=0∑∞k!∥A∥k=∣t∣3e∥A∥である。▨
定理 4.2.A,B∈Mn(R)とし、
Φ(t)=etAetBe−tAe−tB(t∈R)と置く。AとBだけに依存する定数C≥0が存在して、∣t∣≤1を満たすすべてのtに対して
Φ(t)−I−t2(AB−BA)≤C∣t∣3が成り立つ。とくに
t→0limt2Φ(t)−I=AB−BAである。
証明の要は次の二段である。第一に、P(t)=etAetBを二次まで展開するとP(t)=I+tS+t2Q+(三次以上)となる(S=A+B、Q=21A2+AB+21B2)。第二に、e−tAe−tB=P(−t)であるからΦ(t)=P(t)P(−t)であり、tの一次の項が打ち消し合って二次の項は2Q−S2になる。2Q−S2=AB−BAを計算する。
証明. 以下、∣t∣≤1とし、a=∥A∥、b=∥B∥と置く。C1,C2,…はaとbだけに依存する定数を表す。
第一段。P(t)=etAetBを展開する。p(t)=I+tA+2t2A2、q(t)=I+tB+2t2B2と置くと、補題 4.1によりetA=p(t)+EA(t)、etB=q(t)+EB(t)であり∥EA(t)∥≤∣t∣3ea、∥EB(t)∥≤∣t∣3ebである。∣t∣≤1であるから
∥p(t)∥≤1+a+2a2≤ea,∥q(t)∥≤ebである。したがって
P(t)=p(t)q(t)+p(t)EB(t)+EA(t)q(t)+EA(t)EB(t)の右辺の第二項以降のノルムは、劣乗法性により
ea∣t∣3eb+∣t∣3eaeb+∣t∣3ea⋅∣t∣3eb≤3ea+b∣t∣3=C1∣t∣3で抑えられる(∣t∣3≤1を用いた)。
p(t)q(t)を展開する。
p(t)q(t)=I+t(A+B)+t2(2A2+AB+2B2)+t3R1+t4R2であり、
R1=2A2B+2AB2,R2=4A2B2である。実際、p(t)q(t)の展開はti+j(0≤i,j≤2)の項の和であり、t0の項はI、t1の項はA+B、t2の項は2A2+AB+2B2、t3の項は2A2B+A2B2、t4の項は2A2⋅2B2である。∣t∣≤1であるから∥t3R1+t4R2∥≤∣t∣3(∥R1∥+∥R2∥)=C2∣t∣3である。
S=A+B、Q=2A2+AB+2B2と置くと、以上より
P(t)=I+tS+t2Q+Δ(t),∥Δ(t)∥≤C3∣t∣3(1)である(C3=C1+C2)。
第二段。Φ(t)=P(t)P(−t)を計算する。e−tA=e(−t)A、e−tB=e(−t)Bであるからe−tAe−tB=P(−t)であり、Φ(t)=P(t)P(−t)である。(1) をtと−tについて書き
P(t)=I+tS+t2Q+Δ(t),P(−t)=I−tS+t2Q+Δ(−t)とする。u(t)=I+tS+t2Q、v(t)=I−tS+t2Qと置くと、∣t∣≤1に対して∥u(t)∥≤1+∥S∥+∥Q∥=C4、∥v(t)∥≤C4である。
Φ(t)=u(t)v(t)+u(t)Δ(−t)+Δ(t)v(t)+Δ(t)Δ(−t)であり、第二項以降のノルムは2C4C3∣t∣3+C32∣t∣6≤C5∣t∣3で抑えられる。
u(t)v(t)を展開する。
u(t)v(t)=I+t(S−S)+t2(Q+Q−S2)+t3(SQ−QS)+t4Q2である。実際、t0の項はI、t1の項は−S+S=0、t2の項はQ+S⋅(−S)+Q=2Q−S2である。t3の項は、uのt1の項tSとvのt2の項t2Qの積t3SQと、uのt2の項t2Qとvのt1の項−tSの積−t3QSの和であるから、t3(SQ−QS)である。t4の項はt2Q⋅t2Q=t4Q2である。よって
u(t)v(t)=I+t2(2Q−S2)+t3(SQ−QS)+t4Q2であり、∣t∣≤1に対して最後の二項のノルムは∣t∣3(∥SQ−QS∥+∥Q2∥)=C6∣t∣3で抑えられる。
二次の項を計算する。
2Q=A2+2AB+B2,S2=(A+B)2=A2+AB+BA+B2である。ここで(A+B)2=A2+AB+BA+B2は行列の積が結合的で分配的であることによる(ABとBAをまとめてはならない)。したがって
2Q−S2=(A2+2AB+B2)−(A2+AB+BA+B2)=AB−BAである。
以上を合わせると、C=C5+C6と置いて
Φ(t)−I−t2(AB−BA)≤C∣t∣3(∣t∣≤1)を得る。両辺をt2(t=0)で割ると
t2Φ(t)−I−(AB−BA)≤C∣t∣であり、t→0のとき右辺は0へ収束する。▨
例 4.3 (SL2(R)における群の交換子の検算).
A=x=(0010),B=y=(0100)と置く。A2=0、B2=0であるから
etA=I+tA=(10t1),etB=I+tB=(1t01)であり、いずれも行列式が1であるからSL2(R)に属する。積を計算する。
etAetB=(1+t2tt1),e−tAe−tB=(1+t2−t−t1)である。したがって
Φ(t)=(1+t2tt1)(1+t2−t−t1)=((1+t2)2−t2t(1+t2)−t−t(1+t2)+t−t2+1)=(1+t2+t4t3−t31−t2)である。よって
Φ(t)−I=(t2+t4t3−t3−t2)=t2(100−1)+t3(t1−10)であり、t→0のとき(Φ(t)−I)/t2→(100−1)=hである。
一方、例 3.4の計算により[x,y]=xy−yx=hである。二つは一致し、定理 4.2と整合する。
Φ(t)の行列式も確かめる。detΦ(t)=(1+t2+t4)(1−t2)+t6=1−t2+t2−t4+t4−t6+t6=1であり、Φ(t)∈SL2(R)である。これはSL2(R)が群であることと整合する。
5 演習
問題 5.1 (左不変ベクトル場と Lie 環の確認). 次の各問に答えよ。
- 定理 1.2の証明でXvの滑らかさを示した段を再現せよ。とくに、積の写像μがC∞であるという仮定をどこで用いたかを指摘し、この仮定を落とすと議論のどこが止まるかを述べよ。
- 定理 1.2の証明では、vを通る滑らかな曲線γの存在を§E17.3 命題 4.3から得た。その存在証明で用いる構成(チャートを取り、直線の像を取る)を書き下し、γが一意でないことを確かめよ。
- 定理 2.1の証明は§E17.7 定理 2.6の系を用いている。系ではなく本体の主張(関連するベクトル場についての形)を直接用いて同じ結論を導け。XとXがLgに関して関連することを、左不変性から確かめよ。
- 右移動Rgで不変なベクトル場の全体をg′と書く。g′もまたTeGと線形同型であり、括弧積で閉じていることを示せ。さらにGがアーベル群であるときg=g′であることを示せ。
- 定理 3.3 (1)の計算を再現せよ。とくに∂kl(XB)ij=δikBljを導く段で、座標関数xijが互いに独立であることをどこで用いたかを明示せよ。
- 定理 3.3 (2)の証明では、ι∘LgG=LgGL∘ιから関連性を導いた。この等式が成り立つ理由を述べ、GがGLn(R)の部分群でない単なる部分多様体である場合に、この等式が成り立たないことを示せ。
- 定理 4.2の証明で、u(t)v(t)のt3の項がSQ−QSであってQS−SQではないことを、積の順序を追って確かめよ。
- AとBが可換であるとき、定理 4.2のΦ(t)が恒等的にIに等しいことを§E10.10 命題 2.1から導け。この場合に定理の主張がどう読めるかを述べよ。
解答 (演習の解答).
- 滑らかさは、(g,t)↦f(gγ(t))=f(μ(g,γ(t)))がC∞であることから従う。この写像がC∞であることを述べる段でμのC∞性を用いた。μがC∞でなければ、gを動かしたときにgγ(t)がgについてC∞に動くことを述べることができず、tについての偏導関数がgについてC∞であるという結論を導くことができない。すなわちXvが滑らかな切断であることを示すことができない。
- eを含むチャート(U,φ)を取り、φ(e)=0としてよい。v=∑i=1nai∂/∂xi∣eと書き、a=(a1,…,an)と置く。ε0>0を∣t∣<ε0に対してta∈φ(U)となるように取り、γ(t)=φ−1(ta)と定める。γは一意でない。実際、γ2(t)=φ−1(ta+t2c)(c∈Rnは任意)と定めると、(φ∘γ2)′(0)=aであるからγ2も同じ接ベクトルを与えるが、c=0ならばγ=γ2である。
- X∈gとすると、左不変性の第二の形により各hでd(Lg)h(Xh)=Xgh=XLg(h)である。これは§E17.7 定義 2.3の定義そのものであり、XとXがLgに関して関連することを意味する。Yについても同様である。§E17.7 定理 2.6の本体により[X,Y]と[X,Y]はLgに関して関連する。すなわち各hでd(Lg)h([X,Y]h)=[X,Y]ghであり、[X,Y]は左不変である。
- Rg∘Rh=Rhgである(k(hg)=(kh)gによる)。v∈TeGに対して(Zv)g=d(Rg)e(v)と定めると、d(Rg)h((Zv)h)=d(Rg)h(d(Rh)e(v))=d(Rhg)e(v)=(Zv)hgであるから右不変である。滑らかさは定理 1.2の証明と同じ議論による(Θ(g,t)=γ(t)gを取る)。括弧積で閉じることは、Rgが微分同相であることと§E17.7 定理 2.6の系から従う。Gがアーベル群ならばLg=Rgであるから、左不変性と右不変性は同じ条件でありg=g′である。
- (XB)ij(g)=∑m=1ngimBmjである。座標関数xklはMn(R)≅Rn2の標準座標であり、n2個の成分は互いに独立な座標である。したがって∂gim/∂gklは、(i,m)=(k,l)のとき1、それ以外のとき0であり、δikδmlに等しい。この点で座標関数の独立性を用いた。よって∂kl(XB)ij=∑m=1nδikδmlBmj=δikBljである。
- h∈Gに対してι(LgG(h))=ghであり、LgGL(ι(h))=ghである。両者が等しいのは、Gの積がGLn(R)の積の制限であることによる。Gが部分群でなければ、g∈Gとh∈Gに対してghがGに属するとは限らないので、LgGという写像自体をGからGへの写像として定義することができない。すなわち等式の左辺が意味を持たない。
- u(t)=I+tS+t2Q、v(t)=I−tS+t2Qである。積u(t)v(t)におけるt3の項は、uの項とvの項で次数の和が3になる組の積の和である。組は(tS, t2Q)と(t2Q, −tS)の二つであり、順序はuの因子が左、vの因子が右である。したがってt3の項はt⋅t2SQ+t2⋅(−t)QS=t3(SQ−QS)である。順序を逆にすると符号が変わる。
- AとBが可換ならば§E10.10 命題 2.1によりetAetB=etA+tB=etBetAである。したがって
Φ(t)=etAetBe−tAe−tB=etAe−tAetBe−tB=I⋅I=I
である(可換であるからetBとe−tAの順序を入れ替えることができ、§E10.10 定理 2.2によりetAe−tA=Iである)。このときΦ(t)−I=0であり、定理の主張はAB−BA=0を与える。実際、可換であることはAB=BAと同値である。
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6 境界と次
左不変性と右不変性。本記事は左移動に関する不変性だけを扱った。右不変ベクトル場の全体もTeGと線形同型であり括弧積で閉じているが、その括弧積は左不変の場合と符号が異なる。この対応と、両者を結ぶ写像である逆元の写像の微分は、本記事の主張には含まれない。
Lie 環の抽象論へ進まない。本記事は定義 2.2で Lie 環を定義し、定理 2.3でTeGにその構造を与えるところまでを扱った。Lie 環の抽象論、可解性と冪零性、Killing 形式および分類は「Lie 環論」が扱う。Lie 群と Lie 環の対応、すなわち Lie 環の準同型から Lie 群の準同型を作る問題、および随伴表現は「Lie 群論」が扱う。
指数の扱い。定理 4.2は行列指数関数の展開だけを用いており、一般の Lie 群の指数写像を先取りしていない。一般の Lie 群についての対応する主張、すなわち Lie 積公式と群の交換子の極限公式は「閉部分群定理」が供給する。
次の記事。「1パラメータ部分群と指数写像」は、定理 1.2が与える左不変ベクトル場が完備であることを示す。証明は、局所流を左移動で移して定義域を延ばす議論であり、台のコンパクト性を用いない。そこから 1 パラメータ部分群と指数写像を構成する。「閉部分群定理」は、定理 3.3が与える行列群の括弧積の形を、古典行列群が閉部分群として Lie 群になることの確認に用いる。