1 離散群の作用
定義 1.1.Γを群(§E7.1 定義 1.1)、MをC∞多様体とする。写像Γ×M→M、(γ,p)↦γpが ΓのMへの微分同相による作用 (action by diffeomorphisms) であるとは、次の三つがすべて成り立つことをいう。
- Γの単位元ϵに対して、すべてのp∈Mでϵp=pである。
- すべてのγ,δ∈Γとすべてのp∈Mに対して(γδ)p=γ(δp)である。
- 各γ∈Γに対して、写像θγ:M→M、θγ(p)=γpはMの微分同相である。
条件 (a)と条件 (b)は「群論入門」が定めた群作用の条件(§E7.10 定義 2.1)である。条件 (c)のうちθγが全単射であることは条件 (a)と条件 (b)から従う(θγ−1が逆写像である)ので、実質的な要求は各θγがC∞であることである。このとき逆写像θγ−1もC∞であるから、θγは微分同相である。
作用が自由 (free action) であるとは、γ∈Γとp∈Mがγp=pを満たすならばγ=ϵであることをいう。
p∈Mの軌道 (orbit) をΓp={γp∣γ∈Γ}と書く(§E7.10 定義 3.1)。§E7.10 命題 3.2により、軌道の全体はMを分割する。軌道の全体からなる集合をM/Γと書き、π:M→M/Γ、π(p)=Γpを商写像 (quotient map) という。M/Γには§E2.12 定義 8.7の商位相を与える。
本記事では、群Γが離散群 (discrete group) であること、すなわちΓに位相を与えるときは離散位相を与えることを前提とする。以下の議論でΓの位相そのものは用いず、Γを集合と群構造だけで扱う。
定義 1.2.定義 1.1の意味で離散群ΓがMへ微分同相によって作用しているとする。この作用が真性不連続 (properly discontinuous) であるとは、Mの任意のコンパクト集合Kに対して
ΓK={γ∈Γ γK∩K=∅}が有限集合であることをいう。
微分同相による作用であるという仮定を落としてはならない。位相同相による作用しか仮定しないと、下の定理 3.1の証明において、商の上に作るチャートどうしの座標変換がθγの座標表示になる段で、その座標表示がC∞であることを言うことができない。したがって商は位相多様体にはなるが、誘導チャートがC∞アトラスをなすこと、および商写像を局所微分同相にするC∞構造が存在することは一般には保証されない。実際、商写像πを局所微分同相にする構造が存在すると仮定すると、各p∈Mの十分小さい開近傍Uの上でθγ∣U=(π∣θγ(U))−1∘π∣Uと書くことができるため、各θγは局所的にC∞でなければならない。
2 商空間の基本性質
補題 2.1.定義 1.1の状況で、商写像π:M→M/Γは連続な全射であり、開写像である。したがってM/Γは第二可算である。
証明.πが連続な全射であることは商位相の定義(§E2.12 定義 8.7)による。
U⊆Mを開集合とする。
π−1(π(U))=γ∈Γ⋃γUを示す。p∈π−1(π(U))とするとπ(p)=π(q)を満たすq∈Uが存在し、これはp=γqを満たすγ∈Γが存在することを意味する。よってp∈γUである。逆にp=γq(q∈U)ならばπ(p)=π(q)∈π(U)である。
各γU=θγ(U)は、θγが微分同相、とくに同相写像であるからMの開集合である。よってπ−1(π(U))は開集合の合併として開集合であり、§E2.12 定義 8.7によりπ(U)はM/Γの開集合である。
Mは第二可算であり(§E17.1 定義 2.2)、πは連続な開全射であるから、§E17.1 補題 3.1によりM/Γは第二可算である。▨
命題 2.2.ΓがMへ微分同相によって自由かつ真性不連続に作用しているとする。このとき各p∈Mに対して、pの開近傍Uで、γ=ϵを満たすすべてのγ∈Γに対してγU∩U=∅となるものが存在する。とくにπ∣U:U→π(U)は単射である。
証明の骨子は次のとおりである。pのコンパクトな近傍Kを取ると、真性不連続性によりγKがKと交わるγは有限個である。Kの外へ出るγについては、U⊆Kと取れば自動的にγU∩U=∅である。残る有限個のγについては、自由性からγp=pであるから Hausdorff 性で分離することができ、有限個の交わりを取ることができる。
証明.§E17.2 補題 2.3 (4)をO=Mに適用して、p∈BかつBがコンパクトである正則座標球Bを取る(§E17.2 補題 2.1によりMは局所コンパクトである)。K=Bと置く。Kはコンパクトでありp∈B⊆Kである。
定義 1.2によりΓK={γ∣γK∩K=∅}は有限集合である。ϵ∈ΓKである(K=∅による)。
γ∈ΓK∖{ϵ}を取る。作用は自由であるからγp=pである。Mは Hausdorff であるから(§E17.1 定義 2.2、§E2.15 定義 1.2)、交わらない開集合Aγ∋pとCγ∋γpが存在する。
Wγ=Aγ∩θγ−1(Cγ)と置く。θγは連続であるからθγ−1(Cγ)は開集合であり、θγ(p)=γp∈Cγであるからp∈Wγである。Wγはpの開近傍である。q∈Wγに対してγq∈Cγであり、Wγ⊆AγかつAγ∩Cγ=∅であるからγq∈/Wγである。よってγWγ∩Wγ=∅である。
U=B∩γ∈ΓK∖{ϵ}⋂Wγと置く。ΓKは有限集合であるから右辺は有限個の開集合の交わりであり、Uはpの開近傍である。
γ=ϵとする。γ∈ΓKならばU⊆WγであるからγU∩U⊆γWγ∩Wγ=∅である。γ∈/ΓKならばγK∩K=∅であり、U⊆B⊆KであるからγU∩U⊆γK∩K=∅である。
最後にπ∣Uの単射性を示す。q1,q2∈Uがπ(q1)=π(q2)を満たすとすると、q2=γq1を満たすγ∈Γが存在する。q2∈γU∩Uであるから、上の結論によりγ=ϵでなければならない。よってq1=q2である。▨
命題 2.3.ΓがMへ微分同相によって真性不連続に作用しているとする。このときM/Γは Hausdorff である。
証明.π(p)=π(q)とする。すなわちq∈/Γpである。
§E17.2 補題 2.3 (4)により、p∈Bp、q∈Bqを満たす正則座標球でBp、Bqがコンパクトであるものを取る。K=Bp∪Bqと置くと、Kは二つのコンパクト集合の合併としてコンパクトである(§E2.19 補題 2.8)。ΓKは定義 1.2により有限集合である。
γ∈ΓKを取る。q∈/Γpであるからγp=qである。Mは Hausdorff であるから、交わらない開集合Cγ∋γpとDγ∋qが存在する。
A=Bp∩γ∈ΓK⋂θγ−1(Cγ),D=Bq∩γ∈ΓK⋂Dγと置く。ΓKは有限集合であるからAはpの開近傍、Dはqの開近傍である。
ΓA∩D=∅を示す。ここでΓA=⋃γγAである。γa=d(a∈A、d∈D、γ∈Γ)と仮定する。a∈A⊆Bp⊆Kであり、d∈D⊆Bq⊆KであるからγK∩K=∅、すなわちγ∈ΓKである。するとa∈θγ−1(Cγ)よりγa∈Cγであり、d∈Dγである。Cγ∩Dγ=∅であるからγa=dとなり矛盾する。
補題 2.1によりπ(A)とπ(D)はM/Γの開集合であり、それぞれπ(p)、π(q)を含む。両者が交わると仮定すると、a∈A、d∈Dでπ(a)=π(d)、すなわちd=γaを満たすγ∈Γが存在する。これはΓA∩D=∅に反する。よってπ(A)∩π(D)=∅であり、M/Γは Hausdorff である。▨
3 商多様体定理
定理 3.1.Mをn次元C∞多様体、Γを離散群とし、ΓがMへ微分同相によって、自由かつ真性不連続に作用しているとする(定義 1.1、定義 1.2)。このとき次が成り立つ。
- 商位相を与えたM/Γは Hausdorff かつ第二可算である。
- M/Γにn次元C∞多様体の構造が入り、商写像π:M→M/Γは局所微分同相である。すなわち各p∈Mに対してpの開近傍Uが存在し、π(U)は開集合であってπ∣U:U→π(U)は微分同相である。
- πを局所微分同相にするM/ΓのC∞構造は、この一つに限る。
- 各pˉ∈M/Γは開近傍Uˉを持ち、π−1(Uˉ)は互いに交わらない開集合の合併
π−1(Uˉ)=γ∈Γ⋃γU
として書かれ、各γUに対するπの制限はγUからUˉへの微分同相である。この性質を、Uˉが一様に被覆されるという。
証明の中心は(2)の座標変換の計算である。Mの二つの開集合U1、U2を命題 2.2のように取り、π∣Uiの逆写像をσiと書くと、二つのチャートの座標変換はσ2∘π∣U1を経由する。この合成が局所的にθγ0に一致することを示すのが要であり、そこで作用が微分同相によるものであるという仮定を用いる。
証明.(1)を示す。命題 2.3と補題 2.1による。
(2)を示す。p∈Mを取る。命題 2.2により、pの開近傍U0でγU0∩U0=∅(γ=ϵ)となるものが存在する。§E17.2 補題 2.3 (4)をO=U0に適用して、p∈U⊆U0を満たす正則座標球Uを取る。U⊆U0であるから、γ=ϵに対してγU∩U⊆γU0∩U0=∅である。§E17.2 補題 2.3 (2)により(U,φ)はMの可微分構造に属するチャートである(φは外側のチャートの制限である)。
補題 2.1によりπ(U)は開集合であり、命題 2.2によりπ∣Uは単射である。π∣Uは連続かつ開写像であるから、Uからπ(U)への同相写像である。逆写像をσU:π(U)→Uと書く。
φˉ=φ∘σU:π(U)⟶φ(U)⊆Rnと定めると、φˉは同相写像の合成として同相写像であり、像φ(U)はRnの開集合である。よって(π(U),φˉ)はM/Γのn次元チャートである。このようなチャートの全体をAと書く。pは任意であったから、Aの定義域の合併はM/Γに等しい。
座標変換を計算する。(π(U1),φˉ1)、(π(U2),φˉ2)をAの二つのチャートとし、π(U1)∩π(U2)=∅とする。xˉ∈π(U1)∩π(U2)を取り、y0=σU1(xˉ)∈U1と置く。xˉ∈π(U2)であるから、γ0y0∈U2を満たすγ0∈Γが存在する。
N=U1∩θγ0−1(U2)と置く。θγ0は連続であるからNは開集合であり、y0∈Nである。y∈Nに対してγ0y∈U2でありπ(γ0y)=π(y)であるから、σU2の定義(U2の中でπの値がπ(y)である唯一の点)により
σU2(π(y))=γ0y=θγ0(y)(y∈N)である。したがってφ1(N)の上で
φˉ2∘φˉ1−1=φ2∘σU2∘π∘σU1∘φˉ1−1=φ2∘θγ0∘φ1−1が成り立つ。ここでσU1∘φˉ1−1=φ1−1を用いた。右辺は、θγ0がMの微分同相であることと§E17.1 系 7.2により、C∞写像の合成であってC∞である。φ1(N)はφˉ1(xˉ)=φ1(y0)を含む開集合である。
xˉはπ(U1)∩π(U2)の任意の点であったから、φˉ2∘φˉ1−1は定義域の各点の近傍でC∞であり、したがって定義域全体でC∞である。添字1と2を入れ替えれば逆向きの座標変換のC∞性も従う。よってAはn次元C∞アトラスである。
(2)の証明を完成させる。(1)と合わせて、M/Γは§E17.1 定義 2.2の意味でn次元C∞多様体である(可微分構造は§E17.1 命題 2.3によりAから一意に定まる)。πが局所微分同相であることを示す。上で取ったUに対して、チャート(U,φ)と(π(U),φˉ)に関するπ∣Uの座標表示は
φˉ∘π∘φ−1=φ∘σU∘π∘φ−1=φ∘φ−1=idであり、恒等写像はC∞である。逆写像σUの座標表示も恒等写像である。§E17.1 命題 4.2によりπ∣UとσUはともにC∞であり、π∣U:U→π(U)は微分同相である。
(3)を示す。Bを、M/Γの同じ位相の上のC∞構造であってπを局所微分同相にするものとする。A∗を(2)で得た可微分構造とし、恒等写像
id:(M/Γ,A∗)⟶(M/Γ,B)が微分同相であることを示せば、二つの極大アトラスが一致することが従う(微分同相であれば、一方のチャートは他方のチャートと両立する)。
pˉ∈M/Γを取り、p∈π−1(pˉ)を取る。A∗についてπが局所微分同相であることから、pの開近傍U1でπ∣U1:U1→π(U1)がA∗に関する微分同相であるものが存在する。同様にBについてpの開近傍U2が存在する。U=U1∩U2と置くと、π∣Uはπ(U)への微分同相である(A∗についてもBについても、微分同相の開集合への制限であり、補題 2.1により像は開集合である)。π(U)の上で
id=(π∣U)B∘((π∣U)A∗)−1であり、右辺はC∞写像の合成である。ここで下付きの記号は、写像の終域にどちらの構造を与えるかを表す。よってidはpˉの近傍でC∞である。pˉは任意であるから§E17.1 命題 4.2によりidはC∞である。A∗とBの役割を入れ替えると逆写像もC∞であるから、idは微分同相である。したがってB=A∗である。
(4)を示す。pˉ∈M/Γを取り、p∈π−1(pˉ)と、(2)で取ったU(γU∩U=∅(γ=ϵ)を満たすpの開近傍)を取る。Uˉ=π(U)と置く。補題 2.1の証明で示したとおり
π−1(Uˉ)=γ∈Γ⋃γUである。各γUは開集合である。
互いに交わらないことを示す。γU∩δU=∅とすると、θδ−1を施して(δ−1γ)U∩U=∅を得る。Uのとり方によりδ−1γ=ϵ、すなわちγ=δである。
π∣γUが微分同相であることを示す。π∘θγ=πであるからπ∣γU=π∣U∘θγ−1∣γUである。θγ−1はγUからUへの微分同相であり、π∣UはUからUˉへの微分同相であるから、合成はγUからUˉへの微分同相である。▨
4 真性不連続性を弱めることができないこと
定理 4.1.M=R2∖{0}とし、R2の開部分多様体(§E17.1 命題 7.1)と見る。Γ=Z(加法群)とし、
n⋅(x,y)=(2nx, 2−ny)(n∈Z, (x,y)∈M)と定める。このとき次が成り立つ。
- これは定義 1.1の意味でZのMへの微分同相による作用であり、自由である。
- 各点p∈Mは開近傍Uを持ち、n=0を満たすすべてのn∈Zに対して(n⋅U)∩U=∅である。
- この作用は真性不連続でない。実際、K={(x,y)∈R2∣1≤x2+y2≤4}はMのコンパクト集合であり、ΓKは無限集合である。
- M/Γは Hausdorff でない。p=(1,0)の軌道とq=(0,1)の軌道は、M/Γにおいて開集合で分離することができない。
証明.(1)を示す。(x,y)=(0,0)ならば(2nx,2−ny)=(0,0)であるから、値はMに属する。0⋅(x,y)=(x,y)であり、
m⋅(n⋅(x,y))=m⋅(2nx,2−ny)=(2m+nx,2−m−ny)=(m+n)⋅(x,y)であるから群作用である。θn(x,y)=(2nx,2−ny)はR2の線形同型のMへの制限であり、MをMへ写す。線形写像はC∞であり、逆写像θ−nもC∞であるからθnはMの微分同相である。
自由性を示す。n⋅(x,y)=(x,y)とする。x=0ならば2nx=xから2n=1、すなわちn=0である。x=0ならば(x,y)∈Mよりy=0であり、2−ny=yから2−n=1、すなわちn=0である。
(2)を示す。p=(x0,y0)∈Mとする。x0=0の場合、
U={(x,y)∈M 21∣x0∣<∣x∣<2∣x0∣}と置く。(x,y)↦∣x∣は連続であるからUは開集合であり、p∈Uである。(x,y)∈Uかつn⋅(x,y)∈Uとすると∣x∣と2n∣x∣がともに区間(∣x0∣/2, 2∣x0∣)に属する。この区間の右端と左端の比は2であるから
21<∣x∣2n∣x∣=2n<2であり、n=0である。よってn=0ならば(n⋅U)∩U=∅である。
x0=0の場合はy0=0であり、U={(x,y)∈M∣∣y0∣/2<∣y∣<2∣y0∣}と置くと、同じ議論で2−n∈(1/2,2)、すなわちn=0を得る。
(3)を示す。KはR2の有界閉集合であるから§E2.9 定理 4.3によりコンパクトであり、0∈/KであるからK⊆Mである。Mの部分集合としてもコンパクトである。
nを正の整数とし、qn=(2−n,1)と置く。qnのノルムの平方は4−n+1であり、1≤4−n+1≤2≤4であるからqn∈Kである。また
n⋅qn=(2n⋅2−n, 2−n⋅1)=(1, 2−n)であり、ノルムの平方は1+4−nであるから同じ理由でn⋅qn∈Kである。よって(n⋅K)∩K=∅であり、n∈ΓKである。nはすべての正の整数を動くのでΓKは無限集合である。したがってこの作用は真性不連続でない。
(4)を示す。p=(1,0)、q=(0,1)と置く。軌道は
Γp={(2n,0)∣n∈Z},Γq={(0,2−n)∣n∈Z}である。Γpの元はすべて第二成分が0、Γqの元はすべて第一成分が0であり、Mの点は(0,0)でないから、二つの軌道は交わらない。よってπ(p)=π(q)である。
Aˉをπ(p)を含むM/Γの開集合、Dˉをπ(q)を含むM/Γの開集合とする。A=π−1(Aˉ)、D=π−1(Dˉ)と置くと、Aはpを含むMの開集合、Dはqを含むMの開集合である。
um=(1,2−m)(mは正の整数)と置く。m→∞のときum→(1,0)=pであるから、Aがpの開近傍であることにより、ある正の整数m1が存在してm≥m1ならばum∈Aである。一方
(−m)⋅um=(2−m⋅1, 2m⋅2−m)=(2−m, 1)であり、m→∞のとき(2−m,1)→(0,1)=qであるから、ある正の整数m2が存在してm≥m2ならば(−m)⋅um∈Dである。
m=max{m1,m2}と取ると、um∈Aかつ(−m)⋅um∈Dである。π(um)=π((−m)⋅um)であるから、この点はAˉ∩Dˉに属する。よってAˉ∩Dˉ=∅である。
Aˉ、Dˉは任意であったから、π(p)とπ(q)を交わらない開集合で分離することはできない。したがってM/Γは Hausdorff でない。▨
5 平坦な円環面
定義 5.1.v1,v2∈R2を一次独立とする。
Λ={mv1+lv2 m,l∈Z}をv1,v2が生成する格子 (lattice) という。ΛはR2の加法についての部分群である。ΛはR2へ平行移動によって作用する。すなわちλ⋅z=z+λ(λ∈Λ、z∈R2)と定める。
命題 5.2.定義 5.1のΛの作用について、次が成り立つ。
- この作用は定義 1.1の意味で微分同相による作用であり、自由かつ真性不連続である。したがって定理 3.1によりR2/Λは 2 次元C∞多様体である。
- Λ=Z2の場合、R2/Z2は円環面T2=S1×S1(§E17.1 例 7.4)と微分同相である。
- 一般のΛについてもR2/ΛはT2と微分同相である。
証明.(1)を示す。λ⋅(μ⋅z)=z+μ+λ=(λ+μ)⋅zであり0⋅z=zであるから群作用である。θλ(z)=z+λはR2の平行移動であり、C∞で逆写像θ−λもC∞であるから微分同相である。z+λ=zからλ=0であるから自由である。
真性不連続性を示す。T:R2→R2をT(m,l)=mv1+lv2で定めると、v1,v2が一次独立であるからTは線形同型であり、Λ=T(Z2)である。T−1は線形写像であるから、定数C>0が存在して∥T−1w∥≤C∥w∥がすべてのwで成り立つ(成分で書くと右辺は有限個の項の和である)。
K⊆R2をコンパクト集合とする。Kは有界である(§E2.9 系 4.1)から、R>0をK⊆B(0,R)となるように取る。λ∈Λが(λ+K)∩K=∅を満たすとすると、z1,z2∈Kでz1+λ=z2となるものが存在し、∥λ∥=∥z2−z1∥≤2Rである。λ=T(m,l)と書くと∥(m,l)∥=∥T−1λ∥≤2CRである。∣m∣≤2CRかつ∣l∣≤2CRを満たす整数の組は有限個であるから、ΛKは有限集合である。
(2)を示す。E:R→S1をE(u)=(cos2πu,sin2πu)で定め、Π:R2→T2をΠ(u,v)=(E(u),E(v))で定める。§E17.5 補題 2.3により、EはC∞であり、至るところ局所微分同相である。積のチャートに関するΠの座標表示は二つの局所微分同相を並べたものであるから、ΠもC∞であり局所微分同相である。
Πは全射であり、Π(u,v)=Π(u′,v′)であることと(u−u′,v−v′)∈Z2であることは同値である(§E17.9 補題 4.1による)。したがってΠは軌道の上で一定であり、全単射
Π:R2/Z2⟶T2,Π(π(u,v))=Π(u,v)を誘導する。Π∘π=Πが連続であるから、§E2.12 定理 8.10によりΠは連続である。
ΠがC∞であることを示す。zˉ∈R2/Z2を取り、z∈π−1(zˉ)を取る。定理 3.1 (2)により、zの開近傍Uでπ∣Uがπ(U)への微分同相であるものが存在する。π(U)の上でΠ=Π∘(π∣U)−1であり、右辺はC∞写像の合成である。よってΠはzˉの近傍でC∞であり、§E17.1 命題 4.2によりC∞である。
Π−1がC∞であることを示す。w∈T2を取り、z∈Π−1(w)を取る。Πは局所微分同相であるから、zの開近傍O1でΠ∣O1が開集合Π(O1)への微分同相であるものが存在する。定理 3.1 (2)によりzの開近傍O2でπ∣O2が微分同相であるものが存在する。O=O1∩O2と置くと、Π∣Oとπ∣Oはいずれも像への微分同相であり、像は開集合である。Π(O)の上で
Π−1=π∣O∘(Π∣O)−1である。実際、w′∈Π(O)に対してz′=(Π∣O)−1(w′)と置くとΠ(π(z′))=Π(z′)=w′である。右辺はC∞写像の合成であるからΠ−1はwの近傍でC∞である。よってΠは微分同相である。
(3)を示す。(1)のTはR2の線形同型でありT(Z2)=Λである。TはR2の微分同相であり、T(z+(m,l))=T(z)+T(m,l)であるから、軌道を軌道へ写す。したがって全単射
T:R2/Z2⟶R2/Λを誘導する。(2)の証明と同じ議論、すなわちπとπ′(Λについての商写像)が局所微分同相であることを用いると、Tとその逆写像がともにC∞であることが従う。(2)と合わせてR2/ΛはT2と微分同相である。▨
命題 5.3.定義 5.1のΛについて、R2/Λは§E17.19 定義 1.1の意味で 2 次元 Lie 群である。群の演算はπ(z)+π(w)=π(z+w)で定まる。
証明.R2は加法について可換群であり、Λはその部分群である。可換群のすべての部分群は正規部分群であるから(z+λ−z=λ∈Λである。§E7.7 定義 1.1)、§E7.7 定理 2.1により商群R2/Λが定まる。剰余類z+ΛはΛの作用によるzの軌道に等しいから、商群の台集合は本記事の商空間の台集合に一致する。命題 5.2 (1)によりこれは 2 次元C∞多様体である。
積の写像αˉ(π(z),π(w))=π(z+w)がC∞であることを示す。(zˉ0,wˉ0)を取り、z0∈π−1(zˉ0)、w0∈π−1(wˉ0)を取る。定理 3.1 (2)により、z0+w0の開近傍Wでπ∣Wが微分同相であるものを取る。加法α(z,w)=z+wは連続であるから、z0の開近傍Uとw0の開近傍Vを、π∣Uとπ∣Vがともに微分同相であり、かつα(U×V)⊆Wとなるように取ることができる。π(U)×π(V)の上で
αˉ=π∣W∘α∘((π∣U)−1×(π∣V)−1)であり、右辺はC∞写像の合成である。§E17.1 命題 4.2によりαˉはC∞である。
逆元の写像νˉ(π(z))=π(−z)についても同様である。z0の開近傍U1と−z0の開近傍U2を、π∣U1とπ∣U2がともに微分同相であるように取り、U=U1∩(−U2)と置くと−U⊆U2である。π(U)の上でνˉ=π∣U2∘(−id)∘(π∣U)−1であり、右辺はC∞写像の合成である。よってR2/Λは Lie 群である。▨
6 実射影空間
命題 6.1.nを正の整数とし、Snに§E17.1 命題 5.1の可微分構造を与える。Γ={1,−1}(乗法についての群)とし、ΓのSnへの作用を(±1)⋅x=±xで定める。このとき次が成り立つ。
- この作用は定義 1.1の意味で微分同相による作用であり、自由かつ真性不連続である。したがって定理 3.1によりSn/Γはn次元C∞多様体である。
- Sn/Γは、§E17.1 命題 6.1が与えた可微分構造を持つRPnと微分同相である。
すなわち、対蹠写像によるSnの商は、RPnに第一の記事で与えたC∞構造と同じものを与える。
§E17.1 命題 6.1がRPnの可微分構造を与える一次の場所である。本記事が示すのは、二つの構成が同じ構造を与えるという点だけである。
証明.(1)を示す。1⋅x=xと(±1)⋅((±1)⋅x)の確認は明らかである。a(x)=−xはRn+1の線形同型のSnへの制限であり、SnをSnへ写す。aがSnの微分同相であることを確かめる。φN、φSを§E17.1 命題 5.1の立体射影とする。x∈UNならばx=Nであるから−x=S、すなわち−x∈USである。したがって次の座標表示が定義される。
φS(−x)=1+(−xn+1)1(−x1,…,−xn)=−1−xn+11(x1,…,xn)=−φN(x)である。ここで−x=S(x=Nによる)であるから−x∈USである。したがってφS∘a∘φN−1はRn上の写像u↦−uでありC∞である。同様にφN∘a∘φS−1(u)=−uである。二つのチャートはSnを覆うので、§E17.1 命題 4.2によりaはC∞である。a∘a=idであるからaは微分同相である。
自由性を示す。−x=xとするとx=0であるが0∈/Snである。よって(−1)⋅x=xとなるxは存在せず、作用は自由である。
真性不連続性はΓが有限集合であることから直ちに従う。任意のコンパクト集合Kに対してΓK⊆Γであり、Γは 2 元集合であるからΓKは有限である。
(2)を示す。π:Sn→Sn/Γを商写像、πP:Rn+1∖{0}→RPnを§E17.1 命題 6.1の商写像とする。
次の三つの写像がC∞であることを確かめる。
第一に、包含写像ι:Sn→Rn+1∖{0}である。§E17.1 命題 5.1の証明によりι∘φN−1(u)=Φ(u)=r+11(2u1,…,2un,r−1)(r=∥u∥2)であり、各成分は分母r+1≥1が消えない有理式であるからC∞である。φS側も同様である。Φ(u)∈SnであるからΦ(u)=0であり、値は開集合Rn+1∖{0}に属する。よって§E17.1 命題 4.2と§E17.1 命題 7.1によりιはC∞である。
第二に、πPである。{x∣xi=0}の上でチャートφi(§E17.1 命題 6.1)に関する座標表示は
x⟼(xix1,…,xixi−1,xixi+1,…,xixn+1)であり、分母が消えない有理式であるからC∞である。定義域はRn+1∖{0}を覆うのでπPはC∞である。
第三に、正規化N:Rn+1∖{0}→Sn、N(x)=x/∥x∥である。∥x∥=(∑i=1n+1(xi)2)1/2はx=0でC∞である(平方根は正の実数の上でC∞である)。N(x)=Nとなるxに対して
φN(N(x))=1−xn+1/∥x∥1⋅∥x∥(x1,…,xn)=∥x∥−xn+1(x1,…,xn)であり、分母はN(x)=Nの条件のもとで消えないからC∞である。φS側も同様である。よってNはC∞である。
誘導される写像。r=πP∘ι:Sn→RPnと置く。x,y∈Snに対してr(x)=r(y)であることは、y=λxと書くことができるλ=0が存在することであり、∥x∥=∥y∥=1からλ=±1である。すなわちr(x)=r(y)であることとy=±xであることは同値である。rは全射である([x]∈RPnに対してN(x)∈Snがr(N(x))=[x]を満たす)。よってrは軌道の上で一定であり、全単射
rˉ:Sn/Γ⟶RPn,rˉ(π(x))=r(x)を誘導する。
一方、π∘N:Rn+1∖{0}→Sn/ΓはπPの同値関係の上で一定である。実際、N(λx)=λx/∣λ∣∥x∥=±N(x)であり、πは符号の違いを潰す。よって写像
qˉ:RPn⟶Sn/Γ,qˉ(πP(x))=π(N(x))が定まる。
互いに逆であること。x∈Snに対してqˉ(rˉ(π(x)))=qˉ(πP(x))=π(N(x))=π(x)である(∥x∥=1による)。x∈Rn+1∖{0}に対してrˉ(qˉ(πP(x)))=rˉ(π(N(x)))=πP(N(x))=πP(x)である(N(x)はxの正の実数倍である)。よってqˉ=rˉ−1である。
rˉがC∞であること。xˉ∈Sn/Γを取り、x∈π−1(xˉ)を取る。定理 3.1 (2)により、xの開近傍Uでπ∣Uがπ(U)への微分同相であるものが存在する。π(U)の上でrˉ=r∘(π∣U)−1であり、右辺はC∞写像の合成である。§E17.1 命題 4.2によりrˉはC∞である。
qˉがC∞であること。§E17.1 命題 6.1の記号でsi:Rn→Rn+1、si(u)=(u1,…,ui−1,1,ui,…,un)とすると、si(u)の第i成分は1であるからsi(u)=0であり、siはRnからRn+1∖{0}へのアフィン写像としてC∞である。§E17.1 命題 6.1の証明によりπP∘si=φi−1である。したがってUiの上で
qˉ=qˉ∘πP∘si∘φi=π∘N∘si∘φiである(第一の等号はπP∘si∘φi=φi−1∘φi=idUiによる)。右辺はC∞写像の合成である(φiは§E17.1 系 7.2によりC∞である)。{Ui}はRPnを覆うので、§E17.1 命題 4.2によりqˉはC∞である。
rˉは全単射であり、rˉとrˉ−1=qˉがともにC∞であるから、rˉは微分同相である。▨
例 6.2 (実射影平面の二つの構成の照合).n=2の場合を確かめる。§E17.1 命題 6.1はRP2を 3 枚の斉次座標近傍によるアトラスで与え、命題 6.1はS2/{±1}として与える。二つは微分同相である。
商としての側から次元を確かめる。定理 3.1によりdim(S2/Γ)=dimS2=2であり、§E17.1 命題 6.1が与える次元2と一致する。
一様に被覆される近傍を書き下す。x0∈S2を取り、U={x∈S2∣x⋅x0>0}(x⋅x0=∑i=13xix0i)と置く。ここで用いているR3の標準的な双線形形式は、S2をR3の部分集合として見たときの条件を書くための代数的な補助であり、S2の上に計量を与えたものではない。Uは開集合でありx0∈Uである。x∈Uならば(−x)⋅x0=−x⋅x0<0であるから−x∈/U、すなわち(−1)⋅U∩U=∅である。よって定理 3.1 (4)の意味でπ(U)は一様に被覆され、π−1(π(U))=U∪(−U)は交わらない二つの開集合の合併である。
S2はコンパクトであるから、πが連続な全射であることによりRP2もコンパクトである(§E2.19 定理 4.2)。これは§E17.1 例 7.5に述べたことと整合する。
7 作用が自由でない場合
定理 7.1.M=Rとし、Γ={1,−1}がRへ(±1)⋅x=±xで作用するとする。Q=R/Γ、π:R→Qを商写像とする。このとき次が成り立つ。
- この作用は微分同相による作用であり真性不連続であるが、自由でない((−1)⋅0=0である)。
- QにC∞多様体の構造を与えてπを局所微分同相にすることはできない。
- Qは[0,∞)(Rからの部分空間位相)と同相であり、1 次元位相多様体ではない。
証明.(1)を示す。θ−1(x)=−xはRの線形同型であり微分同相である。群作用の条件は明らかである。Γは有限集合であるから、任意のコンパクト集合Kに対してΓK⊆Γは有限であり、作用は真性不連続である。(−1)⋅0=0かつ−1=1であるから自由でない。
(2)を示す。QにC∞多様体の構造が入りπが局所微分同相であると仮定する。するとπは点0のある開近傍Vの上で単射である(局所微分同相はとくに局所的に単射である)。Vは0を含むRの開集合であるから、ε>0で(−ε,ε)⊆Vとなるものが存在する。x=ε/2と置くとx∈V、−x∈V、x=−xであるがπ(x)=π(−x)である。これはπ∣Vの単射性に反する。よってそのような構造は存在しない。
(3)を示す。f:R→[0,∞)をf(x)=∣x∣で定めると、fは連続な全射でありf(x)=f(y)であることとy=±xであることは同値である。よってfは全単射fˉ:Q→[0,∞)を誘導し、fˉ∘π=fが連続であるから§E2.12 定理 8.10によりfˉは連続である。逆写像はfˉ−1(t)=π(t)であり、これは包含写像[0,∞)→Rとπの合成であるから連続である。よってfˉは同相写像である。
[0,∞)が 1 次元位相多様体でないことを示す。そうであると仮定すると、0の開近傍V0と、Rの開集合Wへの同相写像h:V0→Wが存在する。a>0を[0,a)⊆V0となるように取る。h([0,a))はWの開集合、したがってRの開集合であり、h∣[0,a)は[0,a)からW′=h([0,a))への同相写像である。w0=h(0)と置く。
[0,a)∖{0}=(0,a)は連結である(§E2.43 定義 1.1)。同相写像は連結性を保つからW′∖{w0}は連結である。W′はRの開集合でw0を含むから、δ>0で(w0−δ,w0+δ)⊆W′となるものが存在する。
P=W′∩(−∞,w0),N1=W′∩(w0,∞)と置くと、PとN1は交わらない開集合であり、合併はW′∖{w0}である。w0−δ/2∈P、w0+δ/2∈N1であるからいずれも空でない。これはW′∖{w0}が連結であることに反する。よって[0,∞)は 1 次元位相多様体でない。▨
8 演習
問題 8.1 (商多様体の確認). 次の各問に答えよ。
- 補題 2.1の証明でπ−1(π(U))=⋃γγUを示した。この等式の二つの包含をそれぞれ書き下し、θγが同相写像であることをどこで用いたかを述べよ。
- 命題 2.2の証明では、ΓKの元を「ϵでないもの」と「ΓKに属さないもの」に分けて扱った。後者についてγU∩U=∅が従う理由を述べ、U⊆Kをどこで用いたかを示せ。
- 定理 3.1の座標変換の計算で、σU2(π(y))=θγ0(y)がNの上で成り立つことを示した。γ0がyによらず一つに固定されることが、なぜ座標変換のC∞性に必要かを述べよ。
- 定理 3.1の証明で、作用が微分同相によるものであるという仮定を用いた箇所をすべて挙げよ。位相同相による作用しか仮定しない場合に、証明のどの段までが成り立ち、どこから成り立たなくなるかを述べよ。
- 定理 4.1 (2)で取った近傍Uが、定理 4.1 (3)のコンパクト集合Kに含まれないことを確かめよ。弱い条件と真性不連続性の違いが、この点にどのように現れるかを述べよ。
- 定理 4.1 (4)の議論を、p=(1,0)とq=(0,1)を入れ替えて書き直せ。umにあたる点をqの近くに取り、それがpの近くへ移ることを確かめよ。
- 命題 5.2 (1)で真性不連続性を示すために、線形同型Tの逆写像の有界性を用いた。v1,v2が一次従属である場合に、Λがどのような集合になり、なぜ真性不連続性の議論が成り立たなくなるかを述べよ。
- 命題 6.1の証明で、qˉのC∞性をπPの局所切断si∘φiによって示した。この局所切断がπP∘(si∘φi)=idUiを満たすことを確かめよ。
解答 (演習の解答).
- p∈π−1(π(U))とするとπ(p)∈π(U)であるからπ(p)=π(q)を満たすq∈Uが存在し、これはpとqが同じ軌道に属すること、すなわちp=γqを満たすγ∈Γが存在することを意味する。よってp∈γUである。逆にp∈γUならばp=γq(q∈U)でありπ(p)=π(q)∈π(U)である。θγが同相写像であることは、γU=θγ(U)が開集合であることを述べる段で用いた。この段が無ければ右辺が開集合であることを言えず、π(U)が開集合であるという結論が得られない。
- γ∈/ΓKならば、定義によりγK∩K=∅である。U⊆B⊆KであるからγU⊆γKかつU⊆Kであり、γU∩U⊆γK∩K=∅である。U⊆Kは、UをBとの交わりとして定義した箇所で保証されている。
- 座標変換のC∞性は、それがφ2∘θγ0∘φ1−1という一つのC∞写像に一致することから従う。γ0が点ごとに変わると、σU2∘πはC∞写像の族から点ごとに選んだ値を並べたものになり、その滑らかさを主張することができない。Nの上でγ0が一定であることを示す段が、この問題を解いている。
- 用いた箇所は二つである。第一に、補題 2.1でγUが開集合であることを示す段であるが、ここで必要なのはθγが同相写像であることだけである。第二に、座標変換がφ2∘θγ0∘φ1−1に等しく、これがC∞であることを述べる段である。位相同相による作用しか仮定しない場合、補題 2.1、命題 2.2、命題 2.3、および商が位相多様体であることまでは成り立つ。成り立たなくなるのは、誘導した座標変換がC∞であるという段からである。したがって、この仮定だけでは誘導チャートがC∞アトラスをなすことも、商写像を局所微分同相にするC∞構造が存在することも保証されない。
- 定理 4.1 (2)のUは∣x∣または∣y∣の範囲だけを制限しており、もう一方の成分は制限していない。したがってUは有界でなく、有界集合Kに含まれない。弱い条件は各点ごとに一つの近傍を与えれば足り、その近傍は点ごとに異なってよい。真性不連続性は、一つの固定されたコンパクト集合Kに対して、Kと交わる像を持つγが有限個であることを要求する。定理 4.1 (3)のqnはnとともにKの中を動く点であり、各点ごとの近傍の議論では捉えることができない。
- q=(0,1)、p=(1,0)とする。wm=(2−m,1)と置くとwm→(0,1)=qであるから、qの任意の開近傍Dに対して、mが十分大きければwm∈Dである。m⋅wm=(2m⋅2−m, 2−m⋅1)=(1,2−m)であり、m→∞のとき(1,2−m)→(1,0)=pであるから、pの任意の開近傍Aに対して、mが十分大きければm⋅wm∈Aである。二つの条件を同時に満たすmを取るとπ(wm)∈π(D)∩π(A)である。
- v1,v2が一次従属であるとする。両者が同時に0でなければ、v2=cv1の形(またはv1=cv2)であり、Λ⊆Rv1は一つの直線に含まれる。この場合、Tは線形同型でなくT−1が存在しないので、∥λ∥≤2Rから(m,l)の有界性を導く議論が成り立たない。実際、cが無理数であればΛ={(m+lc)v1}は直線Rv1の中で稠密であり、任意のR>0に対して∥λ∥≤2Rを満たすλ∈Λは無限個ある。したがって作用は真性不連続でない。
- φi:Ui→Rnは§E17.1 命題 6.1のチャートであり、同命題の証明によりφi−1=πP∘siである。したがってu∈Uiに対して
πP(si(φi(u)))=(πP∘si)(φi(u))=φi−1(φi(u))=u
である。よってsi∘φiはUiの上でのπPの切断である。
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9 境界と次
三つの仮定はいずれも外すことができない。定理 3.1は、作用が微分同相によるものであること、自由であること、真性不連続であることの三つを仮定している。第一の仮定を位相同相による作用へ弱めると、誘導した座標変換のC∞性と、商写像を局所微分同相にする構造の存在を一般には保証することができない(定義 1.2と解答 (4))。第二の仮定を外すと、商写像を局所微分同相にする構造が存在しなくなる(定理 7.1)。第三の仮定を弱い条件へ置き換えると商が Hausdorff にならない(定理 4.1)。
離散群でない群の作用。本記事は離散群の作用だけを扱った。Lie 群が多様体へ滑らかに作用する場合、商が多様体になるための条件は別の形になり、軌道の次元と安定化群の構造が関わる。閉部分群Hによる Lie 群Gの商G/Hの構成は「Lie 群論」が扱う。
被覆空間の一般論。定理 3.1 (4)が与えるのは、商写像の局所的な形だけである。被覆の分類、被覆変換群、持ち上げの定理、基本群との対応、および普遍被覆の構成は「位相幾何入門」が扱う。
平坦であるという呼び名。注意 5.4のとおり、R2/Λを平坦な円環面と呼ぶ根拠は計量にある。本単元は計量を導入せず、商多様体としての構成にとどめる。計量、曲率および平坦であることの意味は「曲線と曲面」と「Riemann 幾何 I」が扱う。
本単元の終わり。本記事は本単元の最後の項目である。本単元は、座標のとり方に依らない対象として多様体を定義し、接空間とテンソル場、ベクトル場と流れ、微分形式と積分、de Rham コホモロジー、Lie 群と商多様体を扱った。ここで作った言葉の上に、計量を入れる「曲線と曲面」と「Riemann 幾何 I」、臨界点と横断性を扱う「微分位相幾何」、および Lie 対応から先へ進む「Lie 群論」が続く。