1 逆写像の正則性を持ち上げる
Ck級の写像の和、積および合成がふたたびCk級であることは、「可微分多様体の定義」で§E17.1 補題 1.1として証明した。本節ではそれを繰り返し用いる。
補題 1.1.U⊆Rnを開集合、f:U→RnをCk級(1≤k≤∞)とし、a∈UにおいてDf(a)が可逆であるとする。§E4.7 定理 2.1が与える開近傍U0∋a、V0∋f(a)と逆写像g:V0→U0について、gはCk級である。
証明.§E4.7 定理 2.1によりgはC1級であり、V0の各点yで
Dg(y)=Df(g(y))−1が成り立つ。とくにDf(g(y))はすべてのy∈V0で可逆である。
正則行列に逆行列を対応させる写像がC∞級であることを示す。ここでは行列式と随伴行列に関する「線形代数 II」の結果を用いる。n次正方行列の全体をRn2と同一視する。detは成分の多項式であるから連続であり、
GL={A∣detA=0}は開集合である。§E3.21 補題 1.1により、随伴行列adj(A)についてAadj(A)=(detA)Iが成り立つので、A∈GLに対してA−1=(detA)−1adj(A)である。adj(A)の各成分はAの成分の多項式であり、detAも多項式でGLの上で消えないから、A−1の各成分はAの成分の有理式であって分母が消えない。したがって写像inv:GL→Rn2、inv(A)=A−1はC∞級である。
k=1ならば結論は§E4.7 定理 2.1そのものである。k≥2(k=∞を含む)とする。1≤jかつj≤k−1を満たす整数jについて、gがCj級ならばgがCj+1級であることを示す。DfはCk−1級であるからCj級である。gはCj級であるから、§E17.1 補題 1.1によりDf∘gはCj級である。invはC∞級であるからCj級であり、ふたたび§E17.1 補題 1.1により
Dg=inv∘(Df∘g)はCj級である。よってgはCj+1級である。
j=1から始めてこの手順を繰り返すと、kが有限ならばj=k−1の段でgがCk級であることが得られる。k=∞ならばすべての正の整数jについて繰り返すことができるので、gはC∞級である。▨
以後、C∞級の写像に対して逆関数定理を用いるときは、補題 1.1によって逆写像もC∞級であるとしてよい。とくに、Df(a)が可逆であればfはaの近傍からf(a)の近傍へのC∞微分同相を与える。
2 はめ込み・沈め込み・埋め込み
定義 2.1.F:M→Nを滑らかな写像とする。
- Fがはめ込み (immersion) であるとは、すべてのp∈Mに対してdFp:TpM→TF(p)Nが単射であることをいう。
- Fが沈め込み (submersion) であるとは、すべてのp∈Mに対してdFpが全射であることをいう。
- Fが埋め込み (embedding) であるとは、Fが単射なはめ込みであり、かつ像F(M)にNからの部分空間位相を与えたとき、F:M→F(M)が同相写像であることをいう。
はめ込みであることと沈め込みであることは、§E17.3 命題 5.5により、各チャート表示の Jacobi 行列の階数がそれぞれm、nに等しいことと同値である。一方、埋め込みであるかどうかは階数だけでは決まらない。
例 2.2 (8の字曲線).γ:(−π,π)→R2を
γ(t)=(sin2t, sint)で定める。γは単射なはめ込みであるが、像への同相写像ではない。
滑らかさとはめ込みであること。成分は初等関数でありC∞である。γ′(t)=(2cos2t, cost)であり、γ′(t)=0とするとcost=0すなわちt=±π/2であるが、そのときcos2t=cos(±π)=−1=0である。よってγ′(t)=0がすべてのtで成り立ち、Jacobi 行列の階数は1である。したがってγははめ込みである。
単射性。γ(s)=γ(t)、s,t∈(−π,π)とする。sins=sintからs=t、s=π−t、s=−π−tのいずれかが成り立つ((−π,π)の範囲でこれ以外の解は無い)。s=π−tの場合、s∈(−π,π)よりt∈(0,π)であり、
sin2s=sin(2π−2t)=−sin2tであるからsin2t=−sin2t、すなわちsin2t=0である。2t∈(0,2π)であるから2t=π、t=π/2となりs=π/2=tである。s=−π−tの場合も同様にt=−π/2=sを得る。よってγは単射である。
像。x=sin2t=2sintcost、y=sintであるからx=2ycostであり、x2=4y2cos2t=4y2(1−y2)が成り立つ。逆にx2=4y2(1−y2)を満たす(x,y)を取る。右辺が非負であることから∣y∣≤1である。sint0=yを満たすt0∈[−π/2,π/2]を取るとcost0=1−y2でありsin2t0=2y1−y2である。x=2y1−y2ならばγ(t0)=(x,y)である。x=−2y1−y2かつx=0ならばt0=0であり、t0>0のときt1=π−t0∈[π/2,π)、t0<0のときt1=−π−t0∈(−π,−π/2]と置くと、いずれも(−π,π)に属しsint1=y、cost1=−1−y2であるからγ(t1)=(x,y)である。x=0のときはy=0または∣y∣=1であり、それぞれt=0、t=±π/2が対応する。よって像は{(x,y)∣x2=4y2(1−y2)}に等しい。この集合は連続関数の零点集合であるから閉集合であり、∣x∣≤1、∣y∣≤1から有界であるから、コンパクトである。
像への同相写像でないこと。tk=π−1/k(kは正の整数)と置くとtk∈(−π,π)でありtk→πである。γの成分は連続であるから
γ(tk)⟶(sin2π, sinπ)=(0,0)=γ(0)である。γが像への同相写像であるとすると、逆写像γ−1は像の上で連続であるからtk=γ−1(γ(tk))→γ−1(0,0)=0となるが、tk→πであるから矛盾である。したがってγは埋め込みでない。像がコンパクトで定義域がコンパクトでないことからも同じ結論が得られる。
定義域をRに取ることはできない。γの成分は2πを周期に持つのでγ(0)=γ(2π)となり、単射でなくなるためである。
補題 2.3.e:R→S1をe(s)=(cos2πs, sin2πs)で定めると、eはC∞写像であり、至るところ局所微分同相である。
証明.S1のチャートを§E17.1 命題 5.1の立体射影で取ると、φN(x,y)=x/(1−y)、φS(x,y)=x/(1+y)である。θ=2πsと置くと
φN(e(s))=1−sinθcosθ,φS(e(s))=1+sinθcosθであり、前者はsinθ=1、後者はsinθ=−1の範囲で分母が消えずC∞である。さらに
dθd(1−sinθcosθ)=1−sinθ1,dθd(1+sinθcosθ)=−1+sinθ1であり、それぞれのチャートの定義域で導関数は消えない。二つの定義域はRを覆うので、eはC∞写像であり、補題 1.1により至るところ局所微分同相である。▨
例 2.4 (円環面上の稠密な巻線).e(s)=(cos2πs, sin2πs)∈S1と書き、αを無理数とする。T2=S1×S1(§E17.1 例 7.4)に対して
F:R→T2,F(t)=(e(t), e(αt))と定める。Fは単射なはめ込みであるが、像への同相写像ではない。さらに像はT2で稠密である。
滑らかさとはめ込みであること。補題 2.3によりeはC∞写像であり、その微分は至るところ線形同型である。積多様体への写像は、§E17.1 命題 7.3の積のチャートを取れば各成分の滑らかさから滑らかであるから、FはC∞写像である。さらにFの第一成分はeであるから、dFtが零写像になることはない。したがってdFtの階数はすべてのtで1であり、Fははめ込みである。
単射性。F(s)=F(t)とするとe(s)=e(t)とe(αs)=e(αt)が成り立つ。e(u)=e(v)であることとu−v∈Zであることは同値であるから、s−t=m∈Zかつαm∈Zである。m=0ならばα=(αm)/mが有理数となり仮定に反する。よってm=0、すなわちs=tである。
整数倍の小数部分。実数uに対して、uと最も近い整数との距離を∥u∥Zと書く。任意の正の整数Nに対して、1≤m≤Nを満たす整数mで0<∥αm∥Z<1/Nとなるものが存在する。実際、j=0,1,…,Nに対するαjの小数部分は[0,1)に属し、[0,1)を長さ1/NのN個の区間に分けると、鳩の巣原理により二つのj1<j2が同じ区間に入る。m=j2−j1と置けば1≤m≤Nかつ∥αm∥Z<1/Nであり、αが無理数でm=0であるから∥αm∥Z=0である。
像への同相写像でないこと。上により、各正の整数kに対して整数mk≥1で0<∥αmk∥Z<1/kとなるものを取る。Mを正の整数とすると、1≤m≤Mの範囲で∥αm∥Zの最小値は正の数cMであるから、1/k<cMを満たすkに対してmk>Mである。よってmk→∞である。一方
F(mk)=(e(mk), e(αmk))=(e(0), e(αmk))であり、∥αmk∥Z→0であるからe(αmk)→e(0)である。したがってF(mk)→F(0)である。Fが像への同相写像であるとするとmk→0となるが、mk→∞であるから矛盾である。
像の稠密性。ε>0を取り、0<∥αm∥Z=δ<εを満たす正の整数mを取る。αmの整数倍の小数部分は、kを1ずつ増やすごとにδまたは−δだけ(1を法として)動くので、{{kαm}∣k∈Z}は[0,1)の中で互いの間隔がδ以下になるように並ぶ。よって{{nα}∣n∈Z}は[0,1)で稠密である。T2の任意の点を(e(a),e(b))と書く。t=a+nと取るとF(t)=(e(a), e(αa+αn))であり、{αn}を{b−αa}にいくらでも近く取ることができるので、F(t)は(e(a),e(b))にいくらでも近づく。よって像は稠密である。
例 2.2と例 2.4は、いずれも単射なはめ込みでありながら埋め込みでない。前者は像がコンパクトで定義域がコンパクトでないという形で、後者は像が稠密であるという形で、部分空間位相ともとの位相が食い違う。微分の階数はどちらも最大であるから、階数だけでは埋め込みは定まらない。
3 定数階数定理
定理 3.1 (定数階数定理).F:M→Nを滑らかな写像、p∈Mとし、pのある開近傍の上でrankdFが定数kであるとする。このとき、pを含むMのチャート(U,φ)とF(p)を含むNのチャート(V,ψ)であって、F(U)⊆V、φ(p)=0、ψ(F(p))=0かつ
ψ∘F∘φ−1(x1,…,xm)=(x1,…,xk,0,…,0)を満たすものが存在する。ここで階数が一定であるという仮定は、点pにおける条件ではなく、pのある近傍の上での条件である。
証明の骨子は次のとおりである。座標表示をfとし、Dfの左上のk次小行列が可逆になるように座標の番号を付け替える。始域側でΦ(x′,x′′)=(f′(x′,x′′),x′′)と置くと、DΦ(0)が可逆になるので逆関数定理を用いることができる。これによってf∘Φ−1(u,v)=(u,G(u,v))の形になり、階数がkであることから∂G/∂v=0が従う。したがってGはuだけの関数であり、終域側でy′′からG(y′)を引く微分同相を合成すれば残りの成分が消える。
証明.pを含むチャート(U1,φ1)とF(p)を含むチャート(V1,ψ1)を、φ1(p)=0、ψ1(F(p))=0、F(U1)⊆V1、かつU1が仮定の近傍に含まれるように取る(Fは連続であるからU1を小さく取り直せばよい)。Ω=φ1(U1)と置き、f=ψ1∘F∘φ1−1:Ω→Rnとする。fはC∞でありf(0)=0、§E17.3 命題 5.5によりrankDf=kがΩの各点で成り立つ。
Df(0)の階数がkであるから、k次の小行列で行列式が0でないものが存在する。RmとRnの座標の番号を置換すると(座標の置換は線形微分同相であり、チャートに合成してもチャートである)、左上のk次小行列(∂fa/∂xb)1≤a,b≤kの行列式が0でないとしてよい。行列式は連続であるから、Ωを小さく取り直してこの行列式がΩ全体で0でないとしてよい。
x=(x′,x′′)∈Rk×Rm−k、f=(f′,f′′)(f′はRk値、f′′はRn−k値)と書き、
Φ(x′,x′′)=(f′(x′,x′′), x′′)と定める。ΦはΩ上のC∞写像であり
DΦ=(∂f′/∂x′0∂f′/∂x′′Im−k)であるからdetDΦ=det(∂f′/∂x′)=0である。§E4.7 定理 2.1と補題 1.1により、0を含む開集合Ω0⊆ΩとΦ(0)=0を含む開集合Ω1が存在して、Φ:Ω0→Ω1はC∞微分同相である。逆写像をΨと書き、Ω1の座標を(u,v)∈Rk×Rm−kと書く。
Φ∘Ψ=idの第一成分からf′(Ψ(u,v))=u、第二成分からΨ′′(u,v)=vである。G=f′′∘Ψと置くと
f∘Ψ(u,v)=(u, G(u,v))である。Ψは微分同相であるからDΨは可逆であり、§E4.3 定理 1.1によりD(f∘Ψ)=Df(Ψ)DΨの階数はDfの階数に等しくkである。一方
D(f∘Ψ)=(Ik∂G/∂u0∂G/∂v)である。(∂G/∂v)c,d=0となる添字c,dが存在すると仮定する。第1,…,k行と第k+c行、第1,…,k列と第k+d列から作る(k+1)次小行列式は、第一列から第k列までの形から
det(Ik∗0(∂G/∂v)c,d)=(∂G/∂v)c,d=0となり、階数がk+1以上になって矛盾する。よって∂G/∂v=0がΩ1の各点で成り立つ。
0を含む開球の積W′×W′′⊆Ω1(W′⊆Rk、W′′⊆Rm−k)を取る。u∈W′を固定すると、W′′は凸でありv↦G(u,v)の微分は0であるから、§E4.3 系 2.3によりG(u,v)はvに依らない。そこでg(u)=G(u,0)と置くと、W′×W′′の上でf∘Ψ(u,v)=(u,g(u))である。gはC∞であり、g(0)=G(0,0)=f′′(Ψ(0,0))=f′′(0)=0である。
終域側の写像を
χ:W′×Rn−k⟶W′×Rn−k,χ(y′,y′′)=(y′, y′′−g(y′))で定める。χはC∞であり、(z′,z′′)↦(z′,z′′+g(z′))が逆写像を与えるのでC∞微分同相である。
U=φ1−1(Ψ(W′×W′′))、φ=Φ∘φ1∣Uと置く。Φは微分同相であるから(U,φ)はMのチャートであり、φ(p)=Φ(0)=(f′(0),0)=0である。またV=V1∩ψ1−1(W′×Rn−k)、ψ=χ∘ψ1∣Vと置くと、(V,ψ)はNのチャートでありψ(F(p))=χ(0)=(0,−g(0))=0である。q∈Uに対してψ1(F(q))=f(Ψ(u,v))=(u,g(u))(ここで(u,v)=φ(q))でありu∈W′であるからF(U)⊆Vである。
最後に、φ(U)=W′×W′′の上で
ψ∘F∘φ−1=χ∘ψ1∘F∘φ1−1∘Ψ=χ∘(f∘Ψ)であり、χ(u,g(u))=(u,g(u)−g(u))=(u,0)であるから
ψ∘F∘φ−1(u,v)=(u,0)が成り立つ。これは主張の式である。▨
4 埋め込み部分多様体と正則値
定義 4.1.Mをm次元C∞多様体、S⊆M、kを0≤k≤mを満たす整数とする。Sが k次元埋め込み部分多様体 (k-dimensional embedded submanifold) であるとは、各q∈Sに対してMのチャート(U,φ)でq∈Uかつ
φ(U∩S)=φ(U)∩(Rk×{0})を満たすものが存在することをいう。ここでRk×{0}={x∈Rm∣xk+1=⋯=xm=0}である。このようなチャートを スライスチャート (slice chart) という。
命題 4.2.SをMのk次元埋め込み部分多様体とし、SにMからの部分空間位相を与える。πk:Rm→Rkを最初のk成分への射影とする。スライスチャート(U,φ)に対してφS=πk∘φ∣U∩Sと定めると、これらの全体はSのk次元C∞アトラスであり、Sはk次元C∞多様体になる。この可微分構造のもとで包含写像ι:S→Mは埋め込みである。
証明.Sは Hausdorff 空間の部分空間であるから Hausdorff であり、第二可算空間の部分空間であるから第二可算である。
φSを調べる。φ(U∩S)⊆Rk×{0}であるから、πkのRk×{0}への制限は同相写像Rk×{0}→Rkであり、φSは単射である。像は
φS(U∩S)={u∈Rk∣(u,0)∈φ(U)}であり、これは連続写像u↦(u,0)による開集合φ(U)の逆像であるからRkの開集合である。U∩SはSの開集合であり、φは同相写像であるからφ∣U∩SはU∩Sからφ(U)∩(Rk×{0})(部分空間位相)への同相写像である。πkの制限と合わせてφSは同相写像である。定義域の合併はSに等しい。
座標変換を調べる。(U,φ)、(U′,φ′)をスライスチャートとすると、u∈φS(U∩U′∩S)に対して
φS′∘φS−1(u)=πk(φ′(φ−1(u,0)))である。右辺はC∞写像φ′∘φ−1に、C∞写像u↦(u,0)と線形写像πkを合成したものでありC∞である。定義域はφS(U∩U′∩S)であり、U∩U′∩SがSの開集合であることから開集合である。逆向きも同様であるから、二つのスライスチャートは両立する。
包含写像を調べる。(U∩S,φS)と(U,φ)に関するιの座標表示はu↦φ(φS−1(u))=(u,0)でありC∞である。§E17.1 命題 4.2によりιは滑らかである。この座標表示の Jacobi 行列は、上のk行が単位行列Ik、下のm−k行が零行列であるm×k行列であるから階数はkであり、§E17.3 命題 5.5によりdιqは単射である。よってιははめ込みであり、単射である。Sには部分空間位相を与えているので、ι:S→ι(S)=Sは恒等写像であり同相である。したがってιは埋め込みである。▨
定理 4.3.F:M→Nを滑らかな写像とし、c∈NがFの正則値であるとする。すなわち、F−1(c)のすべての点pでdFp:TpM→TcNが全射であるとする。F−1(c)=∅ならば、S=F−1(c)はMの(m−n)次元埋め込み部分多様体であり、各p∈Sに対して
dιp(TpS)=kerdFpが成り立つ。ここでι:S→Mは包含写像である。
証明.p∈Sを取る。dFpは全射であるからm≥nであり、§E17.3 命題 5.5により、pの周りのチャート表示の Jacobi 行列の階数はnである。階数がnであることはn次の小行列式のいずれかが0でないことと同値であり、小行列式は連続であるから、その小行列式はpのある近傍で0でない。したがってその近傍で階数はn以上であり、行の個数がnであるから階数はちょうどnである。すなわちrankdFはpの近傍で定数nである。
定理 3.1をk=nとして適用すると、pを含むチャート(U,φ)とc=F(p)を含むチャート(V,ψ)で、F(U)⊆V、φ(p)=0、ψ(c)=0かつ
ψ∘F∘φ−1(x1,…,xm)=(x1,…,xn)を満たすものを取ることができる。q∈Uに対してF(q)∈Vであるから、F(q)=cであることとψ(F(q))=0であることは同値である。よって
φ(U∩S)=φ(U)∩{x∈Rm∣x1=⋯=xn=0}である。座標の番号を、xn+1,…,xmを先に、x1,…,xnを後に並べ替える置換と合成すると(線形微分同相であるからチャートである)、条件はφ′(U∩S)=φ′(U)∩(Rm−n×{0})の形になる。p∈Sは任意であったから、Sは(m−n)次元埋め込み部分多様体である。
接空間を調べる。命題 4.2によりSは(m−n)次元多様体であり、ιは埋め込みである。合成F∘ι:S→Nは値が定数cの写像である。定数写像κについては、v∈TpSとg∈C∞(N)に対してg∘κが定数関数であるから、§E17.3 補題 1.2によりdκp(v)(g)=v(g∘κ)=0である。よって§E17.3 定理 5.3により
dFp∘dιp=d(F∘ι)p=0であり、dιp(TpS)⊆kerdFpである。dιpは単射であるからdimdιp(TpS)=dimTpS=m−nである。
dimkerdFp=m−nを示す。上で取ったチャート(U,φ)、(V,ψ)に関してψ∘F∘φ−1(x1,…,xm)=(x1,…,xn)であるから、§E17.3 命題 5.5により、座標基底に関するdFpの表示は
dFp(∂xi∂p)=⎩⎨⎧∂yi∂c0(1≤i≤n)(n+1≤i≤m)である。v=∑i=1mai∂/∂xi∣pに対してdFp(v)=∑i=1nai∂/∂yi∣cであり、§E17.3 定理 3.3の一次独立性により、dFp(v)=0であることとa1=⋯=an=0であることは同値である。したがってkerdFpは{∂/∂xn+1∣p,…,∂/∂xm∣p}が張る部分空間であり、その次元はm−nである。
次元が一致する部分空間の包含は等号であるから、dιp(TpS)=kerdFpである。▨
定義 4.4.SをC∞多様体、ι:S→Mを単射なはめ込みとする。像ι(S)⊆Mに、ι:S→ι(S)が同相写像になるような位相と、ιが微分同相になるような可微分構造を移す。この構造を与えたι(S)を Mのはめ込み部分多様体 (immersed submanifold ofM) という。位相と可微分構造はιによって一意に定まる。
はめ込み部分多様体の位相は、Mからの部分空間位相と一致するとは限らない。例 2.2の8の字曲線の像と例 2.4の巻線の像はいずれもはめ込み部分多様体であるが、部分空間位相とは一致しない。一致するのはιが埋め込みであるとき、かつそのときに限る。
5 直交群
定理 5.2.nを正の整数とし、Mn(R)をn次実正方行列の全体、Symn(R)={S∈Mn(R)∣ST=S}とする。成分を並べることによってMn(R)をRn2と、Symn(R)をRn(n+1)/2と同一視し、それぞれ§E17.1 例 2.4の可微分構造を与える。
F:Mn(R)→Symn(R),F(A)=ATAは滑らかであり、単位行列IはFの正則値である。したがって
O(n)=F−1(I)={A∈Mn(R)∣ATA=I}はMn(R)のn(n−1)/2次元埋め込み部分多様体であり、単位行列における接空間は交代行列の全体
{H∈Mn(R)∣HT+H=0}に対応する。
証明.F(A)の(i,j)成分は∑l=1nAliAljであり、Aの成分の多項式であるからFは滑らかである。F(A)T=ATA=F(A)であるから、値は確かにSymn(R)に属する。
微分を計算する。H∈Mn(R)に対して
F(A+tH)=(A+tH)T(A+tH)=ATA+t(HTA+ATH)+t2HTHである。Fの座標表示は多項式写像であるから、その全微分のHにおける値はtの一次の項の係数に等しい。§E17.3 例 3.4の同一視のもとで
dFA(H)=HTA+ATHである。
Iが正則値であることを示す。A∈F−1(I)、すなわちATA=Iとし、S∈Symn(R)を任意に取る。H=21ASと置くと
dFA(H)=21(AS)TA+21AT(AS)=21STATA+21(ATA)S=21S+21S=Sである。ここでATA=IとST=Sを用いた。よってdFAは全射であり、Iは正則値である。
I∈O(n)であるからF−1(I)=∅である。定理 4.3によりO(n)はMn(R)の埋め込み部分多様体であり、次元は
n2−2n(n+1)=22n2−n2−n=2n(n−1)である。
単位行列における接空間は定理 4.3によりkerdFIである。dFI(H)=HTI+ITH=HT+Hであるから、kerdFIはHT+H=0を満たす行列の全体、すなわち交代行列の全体である。交代行列は対角成分が0であり、対角より上のn(n−1)/2個の成分で決まるから、その次元はn(n−1)/2である。これは上で求めた次元と一致する。▨
6 演習
問題 6.1 (部分多様体と埋め込みの確認). 次の各問に答えよ。
- 補題 1.1の証明において、kが有限のとき帰納の手順をj=k−1で止めなければならない理由を述べよ。j=kの段で何が成り立たなくなるかを、Dfの正則性の階数から説明せよ。
- C1級の逆写像が定める座標では、多様体のC∞極大アトラスのチャートを作ることができない。その理由を、チャートの両立の定義に立ち返って述べよ。
- 例 2.2の単射性の証明を再現せよ。とくにs=π−tの場合にsin2s=−sin2tとなることを加法定理から導け。
- 例 2.4において、αを有理数q/r(rは正の整数、既約)とするとFが単射でなくなることを示せ。Fの像がどのような集合になるかも述べよ。
- 定理 3.1の証明で、∂G/∂v=0を導いた(k+1)次小行列式の議論を再現せよ。また、階数が一定であるという仮定を「点pにおける階数がkである」に弱めると、この議論のどこが成り立たなくなるかを述べよ。
- 定理 4.3の証明で、rankdFがpの近傍で定数であることを導いた議論を再現せよ。小行列式の連続性をどこで用いたかを明示せよ。
- F:R3→R、F(x,y,z)=x2+y2+z2について、1が正則値であることを確かめ、定理 4.3からS2が2次元埋め込み部分多様体であることを導け。0が正則値でない理由も述べよ。
- 定理 5.2のdFA(H)=Sの計算を再現せよ。さらにn=2の場合にO(2)の次元を求め、その接空間kerdFIの基底を具体的に書け。
解答 (演習の解答).
(1)帰納の各段ではDg=inv∘(Df∘g)の右辺がCj級であることを用いる。そのためにはDfがCj級でなければならない。fはCk級であるからDfはCk−1級であり、j≤k−1の範囲でしかこの条件が満たされない。j=kとするとDfがCk級であることが必要になるが、仮定からはそれが従わない。(2)二つのチャートが両立するとは、座標変換とその逆写像がともにC∞級であることをいう。C1級の逆写像が定める座標を使うと、座標変換はC1級であることしか言えないので、C∞両立の条件を確かめることができない。したがって、そのチャートがC∞極大アトラスに属するかどうかが判定できない。(3)sins=sintの解はs=t+2πjまたはs=π−t+2πj(jは整数)であり、s,t∈(−π,π)の範囲ではs=t、s=π−t、s=−π−tに限られる。s=π−tのとき2s=2π−2tであり、加法定理によりsin(2π−2t)=sin2πcos2t−cos2πsin2t=−sin2tである。sin2s=sin2tと合わせてsin2t=0を得る。t∈(0,π)より2t∈(0,2π)であるから2t=πである。(4)α=q/rとするとF(t+r)=(e(t+r),e(αt+q))=(e(t),e(αt))=F(t)であるからFは単射でない。Fは周期rを持ち、像はFの[0,r]への制限の像に等しい。[0,r]はコンパクトであるから像はコンパクトであり、T2の閉じた曲線になる。(5)D(f∘Ψ)は左上にIk、その右に零行列を持つ。(∂G/∂v)c,d=0とすると、第1,…,k行と第k+c行、第1,…,k列と第k+d列から作る(k+1)次小行列は、左上がIk、右上が零、右下が(∂G/∂v)c,dであるから、行列式は(∂G/∂v)c,dに等しく0でない。よって階数はk+1以上となり、階数がkであることに反する。仮定を点pだけの条件に弱めると、階数がkであることがΩ1の各点で言えなくなるので、Ω1全体で∂G/∂v=0を結論することができない。(6)dFpが全射であることから、チャート表示の Jacobi 行列(n×m行列)の階数はnである。階数がnであることは、n次の小行列式のうち少なくとも一つが0でないことと同値である。小行列式は成分の多項式であるから連続であり、φ(p)で0でない値を取るならば、その近傍でも0でない。よって近傍で階数はn以上である。行の個数がnであるから階数はnを超えることができず、近傍で階数はちょうどnである。(7)DF(x,y,z)=(2x,2y,2z)である。F(x,y,z)=1を満たす点では(x,y,z)=(0,0,0)であるからDFは零でなく、1×3行列として階数1、すなわち全射である。よって1は正則値であり、F−1(1)=S2は3−1=2次元埋め込み部分多様体である。0についてはF−1(0)={(0,0,0)}であり、その点でDF=(0,0,0)は全射でないので0は正則値でない。(8)H=21ASとするとHT=21STAT=21SATである。よって
dFA(H)=HTA+ATH=21SATA+21ATAS=21S+21S=Sである。n=2のとき次元は2⋅1/2=1である。kerdFIは2次の交代行列の全体であり、基底として
(0−110)の一つを取ることができる。▨
7 仮定と後続記事の境界
定理 3.1の仮定は、点pにおける階数ではなくpの近傍における階数の一定性である。点ごとの条件に弱めると、∂G/∂v=0を近傍全体で導くことができず、結論は成り立たない。定理 4.3では、全射性が開いた条件であること(小行列式の連続性)から近傍での一定性が自動的に従うので、点ごとの条件で足りている。
補題 1.1は、以後の記事で逆関数定理を用いるときの標準の形である。境界点と内点の区別(「境界を持つ多様体と境界の向き」)、平坦チャートの構成(「可積分分布と Frobenius の定理」)、指数写像が原点で局所微分同相であること(「1パラメータ部分群と指数写像」)は、いずれもこの補題を経由してC∞の結論を得る。
本記事は臨界値の全体が測度零であるという主張、すなわち Sard の定理を扱わない。それを用いる横断性と Morse 関数の存在も扱わない。これらは「微分位相幾何」が扱う。「1の分割の構成」で示したコンパクトな多様体のユークリッド空間への実現について、次元を2n+1まで下げる Whitney の埋め込み定理も同じ単元が扱う。
はめ込み部分多様体(定義 4.4)は、葉層の葉が埋め込み部分多様体になるとは限らないことを述べるために「葉層と葉」で用いる。また、閉部分群定理(「閉部分群定理」)では、閉であるという仮定を外すと例 2.4の巻線が反例になることを扱う。