1 随伴行列恒等式
補題 1.1.Rを§E3.1 定義 1.2の意味で単位元をもつ可換環とし、MをR成分のn×n行列とする。各成分の余因子を転置して並べた随伴行列をadj(M)とすると
Madj(M)=adj(M)M=(detM)Inが成り立つ。
証明.Madj(M)の(i,j)成分は、j行目をi行目で置き換えた行列をj行に沿って余因子展開した値である。i=jなら元の行列の行列式detMになり、i=jなら同じ行を二つもつ行列の行列式なので零になる。したがってMadj(M)=(detM)Iである。列について同じ議論を行うとadj(M)M=(detM)Iを得る。余因子展開は加法と乗法が可換であれば成立するので、Rが体である必要はない。▨
2 定理の証明
定理 2.1 (Cayley–Hamilton の定理).Vを有限次元、T:V→Vを自己準同型とする。このとき
χT(T)=0が成り立つ。
証明.n=dimVとし、n=0の場合は零空間上の等式なので成立する。n≥1とする。基底を一つ選び、Tの表現行列をAとする。上で確認したとおり、K[t]は単位元をもつ可換環であり、tI−A∈Mn(K[t])である。したがって補題 1.1をtI−Aに適用すると
(tI−A)adj(tI−A)=χT(t)Iを得る。随伴行列の各成分は(n−1)×(n−1)小行列式なので、tについて高々n−1次である。したがって定数行列B0,…,Bn−1を用いて
adj(tI−A)=B0+B1t+⋯+Bn−1tn−1と書くことができる。また
χT(t)=c0+c1t+⋯+cntn,cn=1と書く。B−1=Bn=0と約束する。
多項式行列の等式でtmの係数を比較すると、0≤m≤nについて
Bm−1−ABm=cmIを得る。この等式の左からAmを掛け、m=0,…,nについて加えると
m=0∑n(AmBm−1−Am+1Bm)=m=0∑ncmAm.左辺では、m番目の第二項−Am+1Bmとm+1番目の第一項Am+1Bmが打ち消し合う。端の項もB−1=Bn=0によって零なので、左辺全体は零である。したがって
0=m=0∑ncmAm=χT(A).最後の等号は、cm∈Kを係数とするスカラー係数多項式に§E3.18 定理 1.2を適用したものである。これは選んだ基底に関するχT(T)の表現行列が零であることを意味するためχT(T)=0である。▨
証明では、行列係数多項式adj(tI−A)=∑BmtmへAを代入していない。係数比較で得た各行列等式へ左からAmを掛けて足しただけである。AとBmの可換性も仮定していないため、行列係数をスカラー係数のように扱う誤りは生じない。これは、冒頭で示した行列係数多項式の形式的な評価が一般には環準同型でないことを回避している。
例 2.2 (随伴行列の係数比較).
A=(acbd)とする。
tI−A=(t−a−c−bt−d),adj(tI−A)=(t−dcbt−a)=tI+B0,ただしB0=(−dcb−a)である。特性多項式は
χA(t)=t2−(a+d)t+(ad−bc)である。係数比較は
B1=I,B0−AB1=−(a+d)I,−AB0=(ad−bc)Iを与える。中央の式へ左からAを掛け、最後の式と加えると
A2−(a+d)A+(ad−bc)I=0を得る。これは二次の場合の Cayley–Hamilton の等式である。
3 逆行列と高い冪
系 3.1.n=dimV≥1とし、χT(t)=tn+cn−1tn−1+⋯+c0とする。任意のp∈K[t]に対し、χTによる多項式の除法の剰余としてdegr<nを満たすただ一つのrが存在し、このrは
p(T)=r(T)となる。
証明. 多項式の除法によりp=qχT+r、degr<nとただ一通り書くことができる。定理 2.1と作用素多項式の積の性質から
p(T)=q(T)χT(T)+r(T)=r(T)である。▨
証明. Cayley–Hamilton の等式を
T(Tn−1+cn−1Tn−2+⋯+c2T+c1I)=−c0Iと因数分解する。c0=0なので右辺の括弧へ−c0−1を掛けた自己準同型はTの右逆である。有限次元では右逆をもつ自己準同型は全射であり、したがって同型である。その右逆は逆写像T−1に一致する。▨
例 3.3 (二次行列の冪と逆行列).
A=(2112)ではχA(t)=t2−4t+3なので
A2=4A−3I.この式からA3=4A2−3A=13A−12Iを得る。またc0=3なので
A−1=−31(A−4I)=31(2−1−12).直接掛けるとAA−1=Iとなり、公式を確認することができる。
4 演習
問題 4.1 (Cayley–Hamilton の証明監査). 証明の望遠鏡和でAとBmの可換性を用いていないことを、打ち消し合う二項をその順序のまま示して説明せよ。
解答.
m番目の式から生じる第二項は−Am+1Bmであり、m+1番目の式から生じる第一項はAm+1Bmである。二項では因子の順序が完全に同じなので、そのまま打ち消し合う。BmAm+1へ並べ替える操作は行っておらず、ABm=BmAを仮定していない。▨