1 Jordan ブロックの冪
命題 1.1.Kを可換体とし、Jm(λ)=λI+Nを大きさmの Jordan ブロックとする。Nm=0である。任意の整数n≥0に対して
Jm(λ)n=k=0∑min(n,m−1)(kn)λn−kNkが成り立つ。
証明方針は、λIとNの可換性を確認して二項定理を適用し、冪零性によって消える項を除くことである。
証明.λIは全ての自己準同型と可換するので、二項定理から
(λI+N)n=k=0∑n(kn)λn−kNkを得る。k≥mならNk=0であるため、非零になり得る項の範囲を0≤k≤min(n,m−1)に制限することができる。▨
証明. 表現行列を取る操作は積を保つので、[Tn]B=[T]Bnである。ブロック対角行列の積は対応するブロックごとの積であるため、右辺の表示を得る。▨
例 1.3 (連立線形漸化式). 係数体をRとし、
A=(2012)=2I+N,xn+1=Axn,x0=(11)とする。N2=0なので、任意の整数n≥0に対して
An=2nI+n2n−1N=(2n0n2n−12n).帰納法からxn=Anx0であるため、
xn=(2n2n+n2n−1)を得る。大きさ2のブロックは、指数項に次数1の多項式が乗ることに対応する。
2 指数関数と微分方程式
K=RまたはCとする。有限次元空間の自己準同型Tに対して
exp(T)=n=0∑∞n!Tn
と定める。基底を一つ選んで行列の任意のノルムを用いれば、この級数は絶対収束する。有限次元では異なるノルムが同じ収束を定めるため、定義は選んだノルムに依存しない。
命題 2.1.Jm(λ)=λI+Nとし、t∈Rとする。複素数体の場合にもtは実変数とする。このとき
exp(tJm(λ))=eλtk=0∑m−1k!tkNkが成り立つ。
証明方針は、可換する二つの作用素に対する指数法則を級数の Cauchy 積から示し、冪零部分の級数を有限和にすることである。
証明. 可換する自己準同型SとRに対し、絶対収束する級数の Cauchy 積と二項定理から
exp(S)exp(R)=a,b≥0∑a!b!SaRb=n≥0∑n!(S+R)n=exp(S+R)を得る。S=tλI、R=tNとすれば
exp(tJm(λ))=exp(tλI)exp(tN)=eλtIk=0∑m−1k!tkNkとなる。最後の等式ではNk=0 (k≥m)を用いた。▨
例 2.2 (重根に対応する微分方程式).J=(λ01λ)=λI+Nに対して
etJ=eλt(10t1).したがってx′(t)=Jx(t)、x(0)=(a,b)Tの解は
x(t)=eλt(ba+tb)である。実際に右辺を微分するとx′(t)=Jx(t)となり、t=0では指定した初期値を取る。
例 2.3 (大きさ 3 のブロック).
J=200120012=2I+NではN3=0であるから、
etJ=e2t(I+tN+2t2N2)=e2t100t10t2/2t1.右辺を微分するとJetJに一致し、t=0では恒等行列になる。
定理 2.4.A∈Mn(C)とx0∈Cnに対し、初期値問題
x′(t)=Ax(t),x(0)=x0の解はx(t)=etAx0であり、一意である。Aとx0が実であれば、この解は実ベクトルに値を取る。
証明方針は、指数級数を項別微分して存在を示し、任意の解にe−tAを左から掛けた積の導関数が零になることから一意性を示すことである。
証明. 有限区間上では指数級数と項別微分した級数が一様収束するので、
dtdetA=n=1∑∞n!ntn−1An=An=0∑∞n!tnAn=AetAである。またe0A=Iなので、etAx0は初期値問題を満たす。
yを別の解とすると、指数法則によりe−tAetA=Iであり、
dtd(e−tAy(t))=−Ae−tAy(t)+e−tAAy(t)=0となる。したがってe−tAy(t)は定数で、その値はy(0)=x0である。両辺へetAを掛けるとy(t)=etAx0を得る。A,x0が実なら指数級数の全ての項が実である。▨
3 Jordan 標準形による行列関数
複素自己準同型Tの相異なる固有値をλ1,…,λsとし、λiに属する Jordan
ブロックの最大の大きさをmiとする。§E3.29 系 2.3により
mT(t)=i=1∏s(t−λi)mi.
命題 3.1.Vを有限次元複素線形空間、T∈EndC(V)とする。λ1,…,λs∈Cを相異なる元、m1,…,msを正整数とし、
mT(t)=i=1∏s(t−λi)miと仮定する。複素数の族ci,k(1≤i≤s、0≤k<mi)を任意に与えたとき、条件
p(k)(λi)=ci,k(1≤i≤s, 0≤k<mi)を満たす多項式p∈C[t]が存在する。二つの多項式が同じ条件を満たすなら、その差はmTで割り切れる。したがって
p(T)は条件を満たすpの選び方によらない。
この命題は、各固有値で指定する有限個の値だけを入力とする代数的な主張であり、関数の解析的な性質を用いない。関数fが各λiでmi−1階まで微分することができる場合にci,k=f(k)(λi)と取れば、f(T):=p(T)が定まる。以下ではこの意味でf(T)と書く。
証明方針は、各点で指定した値を係数とする多項式を、互いに素な多項式(t−λi)miに関する Bézout の等式で貼り合わせることである。
証明.qi(t)=∑k=0mi−1k!ci,k(t−λi)kと置く。この多項式はqi(k)(λi)=ci,k(0≤k<mi)を満たす。多項式ai=(t−λi)miは二つずつ互いに素である。Ai=∏j=iajとすればgcd(Ai,ai)=1なので、Bézout の等式からuiAi+viai=1を満たす多項式ui,viが存在する。
p=i=1∑sqiuiAiと置く。aiを法として見ると、i番目以外の項はaiで割り切れ、uiAi≡1であるからp≡qi(modai)となる。この合同は、λiにおけるmi−1階までの導関数が一致することと同値である。
pとp′が同じ条件を満たすなら、p−p′は各aiで割り切れる。aiは二つずつ互いに素なので、その積mTで割り切れる。最小多項式の定義から(p−p′)(T)=0であり、p(T)=p′(T)を得る。▨
命題 3.2.fがλでm−1階まで微分することができ、Jm(λ)=λI+Nとする。このとき
f(Jm(λ))=k=0∑m−1k!f(k)(λ)Nk.
証明.命題 3.1の補間多項式をpとする。多項式の Taylor 展開は有限なので
p(λI+N)=k≥0∑k!p(k)(λ)Nk.Nm=0であるためk≥mの項は消える。残る係数は補間条件によりp(k)(λ)=f(k)(λ)である。▨
4 対数と平方根
対数と平方根には分枝の選択がある。次の定理は複素数体上の可逆行列について存在を与えるが、一意性は主張しない。
定理 4.1. 複素正方行列Aが可逆なら、
eL=A,R2=Aを満たす複素行列L,Rが存在する。
証明方針は、各 Jordan ブロックの非零固有値に対して対数または平方根の値を選び、冪零部分について有限 Taylor 多項式を用いることである。
証明.Aの Jordan ブロックJm(λ)=λ(I+X)を一つ取る。可逆性からλ=0であり、X=N/λはXm=0を満たす。
eμ=λを満たすμ∈Cを一つ選び、
Lλ,m=μI+k=1∑m−1k(−1)k+1Xkと置く。形式冪級数の恒等式exp(log(1+z))=1+zをzmを法として用いると、Xm=0によりeLλ,m=λ(I+X)=Jm(λ)となる。この形式冪級数の計算は、各係数を次数m−1まで比較する有限個の等式である。
次にν2=λを満たすν∈Cを一つ選び、
Rλ,m=νk=0∑m−1(k1/2)Xkと置く。形式冪級数の恒等式(∑k≥0(k1/2)zk)2=1+zをzmを法として用いると、Rλ,m2=Jm(λ)を得る。
全 Jordan ブロックについて構成したLλ,mとRλ,mをブロック対角に並べ、Jordan
基底から元の基底へ戻せばLとRを得る。▨
5 演習
問題 5.1 (仮定と計算の確認).J3(λ)=λI+Nとする。
- 命題 1.1のN2の係数は(2n)λn−2である。この項はn<2の場合には現れない。
- λ=0のとき、J3(λ)の対数は
μI+λN−2λ2N2,eμ=λ
と取ることができる。指数を形式冪級数として次数2まで展開するとJ3(λ)に戻る。
- λ=0では第2項の式は定義されない。この不成立は分枝の選択ではなく、λによる除算を用いたことに由来する。