§E3.30行列関数

最終更新

Jordan 標準形は、自己準同型をスカラー倍と冪零作用素の和へ分ける。二つの項は可換であるため、冪、指数関数、および局所的に定義された関数は、冪零作用素に関する有限和へ帰着する。本記事では、係数体と関数の定義域を区別し、対数と平方根については存在を保証する条件を明示する。

1 Jordan ブロックの冪

命題 1.1.KKを可換体とし、Jm(λ)=λI+NJ_m(\lambda)=\lambda I+Nを大きさmmの Jordan ブロックとする。Nm=0N^m=0である。任意の整数n≥0n\geq 0に対して

Jm(λ)n=∑k=0min⁡(n,m−1)(nk)λ n−kNkJ_m(\lambda)^n =\sum_{k=0}^{\min(n,m-1)} \binom{n}{k}\lambda^{\,n-k}N^k

が成り立つ。

証明方針は、λI\lambda IとNNの可換性を確認して二項定理を適用し、冪零性によって消える項を除くことである。

証明.λI\lambda Iは全ての自己準同型と可換するので、二項定理から

(λI+N)n=∑k=0n(nk)λ n−kNk(\lambda I+N)^n=\sum_{k=0}^n\binom{n}{k}\lambda^{\,n-k}N^k

を得る。k≥mk\geq mならNk=0N^k=0であるため、非零になり得る項の範囲を0≤k≤min⁡(n,m−1)0\leq k\leq\min(n,m-1)に制限することができる。▨

系 1.2.T:V→VT:V\to Vの特性多項式がK[t]K[t]上で一次因子へ分解するとする。Jordan 標準形を[T]B=J1⊕⋯⊕Jr[T]_{\mathcal B}=J_1\oplus\cdots\oplus J_rと書けば、任意のn≥0n\geq0に対して

[Tn]B=J1n⊕⋯⊕Jrn[T^n]_{\mathcal B}=J_1^n\oplus\cdots\oplus J_r^n

であり、各ブロックの冪は命題 1.1で与えられる。

証明. 表現行列を取る操作は積を保つので、[Tn]B=[T]Bn[T^n]_{\mathcal B}=[T]_{\mathcal B}^nである。ブロック対角行列の積は対応するブロックごとの積であるため、右辺の表示を得る。▨

例 1.3 (連立線形漸化式). 係数体をR\mathbb Rとし、

A=(2102)=2I+N,xn+1=Axn,x0=(11)A=\begin{pmatrix}2&1\\0&2\end{pmatrix}=2I+N,\qquad x_{n+1}=Ax_n,\qquad x_0=\binom11

とする。N2=0N^2=0なので、任意の整数n≥0n\geq0に対して

An=2nI+n2n−1N=(2nn2n−102n).A^n=2^nI+n2^{n-1}N =\begin{pmatrix}2^n&n2^{n-1}\\0&2^n\end{pmatrix}.

帰納法からxn=Anx0x_n=A^nx_0であるため、

xn=(2n+n2n−12n)x_n=\binom{2^n+n2^{n-1}}{2^n}

を得る。大きさ22のブロックは、指数項に次数11の多項式が乗ることに対応する。

2 指数関数と微分方程式

K=RK=\mathbb RまたはC\mathbb Cとする。有限次元空間の自己準同型TTに対して

exp⁡(T)=∑n=0∞Tnn!\exp(T)=\sum_{n=0}^{\infty}\frac{T^n}{n!}

と定める。基底を一つ選んで行列の任意のノルムを用いれば、この級数は絶対収束する。有限次元では異なるノルムが同じ収束を定めるため、定義は選んだノルムに依存しない。

命題 2.1.Jm(λ)=λI+NJ_m(\lambda)=\lambda I+Nとし、t∈Rt\in\mathbb Rとする。複素数体の場合にもttは実変数とする。このとき

exp⁡(tJm(λ))=eλt∑k=0m−1tkk!Nk\exp(tJ_m(\lambda)) =e^{\lambda t}\sum_{k=0}^{m-1}\frac{t^k}{k!}N^k

が成り立つ。

証明方針は、可換する二つの作用素に対する指数法則を級数の Cauchy 積から示し、冪零部分の級数を有限和にすることである。

証明. 可換する自己準同型SSとRRに対し、絶対収束する級数の Cauchy 積と二項定理から

exp⁡(S)exp⁡(R)=∑a,b≥0SaRba!b!=∑n≥0(S+R)nn!=exp⁡(S+R)\exp(S)\exp(R) =\sum_{a,b\geq0}\frac{S^aR^b}{a!b!} =\sum_{n\geq0}\frac{(S+R)^n}{n!} =\exp(S+R)

を得る。S=tλIS=t\lambda I、R=tNR=tNとすれば

exp⁡(tJm(λ))=exp⁡(tλI)exp⁡(tN)=eλtI∑k=0m−1tkk!Nk\exp(tJ_m(\lambda)) =\exp(t\lambda I)\exp(tN) =e^{\lambda t}I\sum_{k=0}^{m-1}\frac{t^k}{k!}N^k

となる。最後の等式ではNk=0 (k≥m)N^k=0\ (k\geq m)を用いた。▨

例 2.2 (重根に対応する微分方程式).J=(λ10λ)=λI+NJ=\begin{pmatrix}\lambda&1\\0&\lambda\end{pmatrix}=\lambda I+Nに対して

etJ=eλt(1t01).e^{tJ}=e^{\lambda t} \begin{pmatrix}1&t\\0&1\end{pmatrix}.

したがってx′(t)=Jx(t)x'(t)=Jx(t)、x(0)=(a,b)Tx(0)=(a,b)^{\mathsf T}の解は

x(t)=eλt(a+tbb)x(t)=e^{\lambda t}\binom{a+tb}{b}

である。実際に右辺を微分するとx′(t)=Jx(t)x'(t)=Jx(t)となり、t=0t=0では指定した初期値を取る。

例 2.3 (大きさ 3 のブロック).

J=(210021002)=2I+NJ=\begin{pmatrix}2&1&0\\0&2&1\\0&0&2\end{pmatrix}=2I+N

ではN3=0N^3=0であるから、

etJ=e2t(I+tN+t22N2)=e2t(1tt2/201t001).e^{tJ} =e^{2t}\left(I+tN+\frac{t^2}{2}N^2\right) =e^{2t}\begin{pmatrix}1&t&t^2/2\\0&1&t\\0&0&1\end{pmatrix}.

右辺を微分するとJetJJ e^{tJ}に一致し、t=0t=0では恒等行列になる。

定理 2.4.A∈Mn(C)A\in M_n(\mathbb C)とx0∈Cnx_0\in\mathbb C^nに対し、初期値問題

x′(t)=Ax(t),x(0)=x0x'(t)=Ax(t),\qquad x(0)=x_0

の解はx(t)=etAx0x(t)=e^{tA}x_0であり、一意である。AAとx0x_0が実であれば、この解は実ベクトルに値を取る。

証明方針は、指数級数を項別微分して存在を示し、任意の解にe−tAe^{-tA}を左から掛けた積の導関数が零になることから一意性を示すことである。

証明. 有限区間上では指数級数と項別微分した級数が一様収束するので、

ddtetA=∑n=1∞ntn−1Ann!=A∑n=0∞tnAnn!=AetA\frac{d}{dt}e^{tA} =\sum_{n=1}^{\infty}\frac{nt^{n-1}A^n}{n!} =A\sum_{n=0}^{\infty}\frac{t^nA^n}{n!} =Ae^{tA}

である。またe0A=Ie^{0A}=Iなので、etAx0e^{tA}x_0は初期値問題を満たす。

yyを別の解とすると、指数法則によりe−tAetA=Ie^{-tA}e^{tA}=Iであり、

ddt(e−tAy(t))=−Ae−tAy(t)+e−tAAy(t)=0\frac{d}{dt}\bigl(e^{-tA}y(t)\bigr) =-Ae^{-tA}y(t)+e^{-tA}Ay(t)=0

となる。したがってe−tAy(t)e^{-tA}y(t)は定数で、その値はy(0)=x0y(0)=x_0である。両辺へetAe^{tA}を掛けるとy(t)=etAx0y(t)=e^{tA}x_0を得る。A,x0A,x_0が実なら指数級数の全ての項が実である。▨

3 Jordan 標準形による行列関数

複素自己準同型TTの相異なる固有値をλ1,…,λs\lambda_1,\ldots,\lambda_sとし、λi\lambda_iに属する Jordan ブロックの最大の大きさをmim_iとする。§E3.29 系 2.3により

mT(t)=∏i=1s(t−λi)mi.m_T(t)=\prod_{i=1}^s(t-\lambda_i)^{m_i}.

命題 3.1.VVを有限次元複素線形空間、T∈End⁡C(V)T\in\operatorname{End}_{\mathbb C}(V)とする。λ1,…,λs∈C\lambda_1,\ldots,\lambda_s\in\mathbb Cを相異なる元、m1,…,msm_1,\ldots,m_sを正整数とし、

mT(t)=∏i=1s(t−λi)mim_T(t)=\prod_{i=1}^s(t-\lambda_i)^{m_i}

と仮定する。複素数の族ci,kc_{i,k}(1≤i≤s1\leq i\leq s、0≤k<mi0\leq k<m_i)を任意に与えたとき、条件

p(k)(λi)=ci,k(1≤i≤s, 0≤k<mi)p^{(k)}(\lambda_i)=c_{i,k} \qquad(1\leq i\leq s,\ 0\leq k<m_i)

を満たす多項式p∈C[t]p\in\mathbb C[t]が存在する。二つの多項式が同じ条件を満たすなら、その差はmTm_Tで割り切れる。したがって

p(T)p(T)

は条件を満たすppの選び方によらない。

この命題は、各固有値で指定する有限個の値だけを入力とする代数的な主張であり、関数の解析的な性質を用いない。関数ffが各λi\lambda_iでmi−1m_i-1階まで微分することができる場合にci,k=f(k)(λi)c_{i,k}=f^{(k)}(\lambda_i)と取れば、f(T):=p(T)f(T):=p(T)が定まる。以下ではこの意味でf(T)f(T)と書く。

証明方針は、各点で指定した値を係数とする多項式を、互いに素な多項式(t−λi)mi(t-\lambda_i)^{m_i}に関する Bézout の等式で貼り合わせることである。

証明.qi(t)=∑k=0mi−1ci,kk!(t−λi)kq_i(t)=\sum_{k=0}^{m_i-1}\dfrac{c_{i,k}}{k!}(t-\lambda_i)^kと置く。この多項式はqi(k)(λi)=ci,kq_i^{(k)}(\lambda_i)=c_{i,k}(0≤k<mi0\leq k<m_i)を満たす。多項式ai=(t−λi)mia_i=(t-\lambda_i)^{m_i}は二つずつ互いに素である。Ai=∏j≠iajA_i=\prod_{j\ne i}a_jとすればgcd⁡(Ai,ai)=1\gcd(A_i,a_i)=1なので、Bézout の等式からuiAi+viai=1u_iA_i+v_ia_i=1を満たす多項式ui,viu_i,v_iが存在する。

p=∑i=1sqiuiAip=\sum_{i=1}^s q_i u_iA_i

と置く。aia_iを法として見ると、ii番目以外の項はaia_iで割り切れ、uiAi≡1u_iA_i\equiv1であるからp≡qi(modai)p\equiv q_i\pmod{a_i}となる。この合同は、λi\lambda_iにおけるmi−1m_i-1階までの導関数が一致することと同値である。

ppとp′p'が同じ条件を満たすなら、p−p′p-p'は各aia_iで割り切れる。aia_iは二つずつ互いに素なので、その積mTm_Tで割り切れる。最小多項式の定義から(p−p′)(T)=0(p-p')(T)=0であり、p(T)=p′(T)p(T)=p'(T)を得る。▨

命題 3.2.ffがλ\lambdaでm−1m-1階まで微分することができ、Jm(λ)=λI+NJ_m(\lambda)=\lambda I+Nとする。このとき

f(Jm(λ))=∑k=0m−1f(k)(λ)k!Nk.f(J_m(\lambda)) =\sum_{k=0}^{m-1}\frac{f^{(k)}(\lambda)}{k!}N^k.

証明.命題 3.1の補間多項式をppとする。多項式の Taylor 展開は有限なので

p(λI+N)=∑k≥0p(k)(λ)k!Nk.p(\lambda I+N) =\sum_{k\geq0}\frac{p^{(k)}(\lambda)}{k!}N^k.

Nm=0N^m=0であるためk≥mk\geq mの項は消える。残る係数は補間条件によりp(k)(λ)=f(k)(λ)p^{(k)}(\lambda)=f^{(k)}(\lambda)である。▨

4 対数と平方根

対数と平方根には分枝の選択がある。次の定理は複素数体上の可逆行列について存在を与えるが、一意性は主張しない。

定理 4.1. 複素正方行列AAが可逆なら、

eL=A,R2=Ae^L=A,\qquad R^2=A

を満たす複素行列L,RL,Rが存在する。

証明方針は、各 Jordan ブロックの非零固有値に対して対数または平方根の値を選び、冪零部分について有限 Taylor 多項式を用いることである。

証明.AAの Jordan ブロックJm(λ)=λ(I+X)J_m(\lambda)=\lambda(I+X)を一つ取る。可逆性からλ≠0\lambda\ne0であり、X=N/λX=N/\lambdaはXm=0X^m=0を満たす。

eμ=λe^\mu=\lambdaを満たすμ∈C\mu\in\mathbb Cを一つ選び、

Lλ,m=μI+∑k=1m−1(−1)k+1kXkL_{\lambda,m} =\mu I+\sum_{k=1}^{m-1}\frac{(-1)^{k+1}}{k}X^k

と置く。形式冪級数の恒等式exp⁡(log⁡(1+z))=1+z\exp(\log(1+z))=1+zをzmz^mを法として用いると、Xm=0X^m=0によりeLλ,m=λ(I+X)=Jm(λ)e^{L_{\lambda,m}}=\lambda(I+X)=J_m(\lambda)となる。この形式冪級数の計算は、各係数を次数m−1m-1まで比較する有限個の等式である。

次にν2=λ\nu^2=\lambdaを満たすν∈C\nu\in\mathbb Cを一つ選び、

Rλ,m=ν∑k=0m−1(1/2k)XkR_{\lambda,m} =\nu\sum_{k=0}^{m-1}\binom{1/2}{k}X^k

と置く。形式冪級数の恒等式(∑k≥0(1/2k)zk)2=1+z\bigl(\sum_{k\geq0}\binom{1/2}{k}z^k\bigr)^2=1+zをzmz^mを法として用いると、Rλ,m2=Jm(λ)R_{\lambda,m}^2=J_m(\lambda)を得る。

全 Jordan ブロックについて構成したLλ,mL_{\lambda,m}とRλ,mR_{\lambda,m}をブロック対角に並べ、Jordan 基底から元の基底へ戻せばLLとRRを得る。▨

注意 4.2 (係数体と分枝の条件). 定理の構成では、固有値ごと、さらに同じ固有値の各ブロックごとに対数または平方根の値を選ぶことができる。したがって、得られる行列は一般に一意ではない。

実行列に実行列の対数または平方根が存在するためには、複素上の選択が複素共役と両立し、実基底へ戻ることが必要である。例えば、特性多項式が実数体上で分解し、全ての固有値が正である実行列には、実数の対数と正の平方根の分枝を各ブロックで選ぶことにより、実行列の対数と平方根が存在する。一方、11次実行列(−1)(-1)には実行列の対数も平方根も存在しない。零固有値を含む行列では、平方根が存在する場合も存在しない場合もあり、非零固有値に対する上の構成だけでは判定することができない。

5 演習

問題 5.1 (仮定と計算の確認).J3(λ)=λI+NJ_3(\lambda)=\lambda I+Nとする。

  1. 命題 1.1のN2N^2の係数は(n2)λn−2\binom n2\lambda^{n-2}である。この項はn<2n<2の場合には現れない。
  2. λ≠0\lambda\ne0のとき、J3(λ)J_3(\lambda)の対数は μI+Nλ−N22λ2,eμ=λ\mu I+\frac{N}{\lambda}-\frac{N^2}{2\lambda^2}, \qquad e^\mu=\lambda と取ることができる。指数を形式冪級数として次数22まで展開するとJ3(λ)J_3(\lambda)に戻る。
  3. λ=0\lambda=0では第2項の式は定義されない。この不成立は分枝の選択ではなく、λ\lambdaによる除算を用いたことに由来する。

参考文献

  1. Nicholas J. Higham, Functions of Matrices: Theory and Computation, Society for Industrial and Applied Mathematics, Philadelphia, 2008.Jordan ブロック上の行列関数と、対数・平方根の存在条件を参考にした。
  2. Kenneth Hoffman and Ray Kunze, Linear Algebra, 2nd ed., Prentice Hall, Englewood Cliffs, N.J., 1971.Jordan 標準形による冪と線形漸化式の計算を参考にした。

前提記事