§E3.10多重線形写像

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以下、KKを可換体とする。多重線形写像は、複数の変数のうち一つだけを動かしたときに線形となる写像である。複数の線形写像を順に合成する操作とは異なり、全ての入力を同時に受け取る。順序付き基底を選ぶと、多重線形写像は複数の添字をもつ成分によって一意に表される。基底を変更すると、各入力の添字ごとに基底変換行列が一つずつ現れる。

1 多重線形性

定義 1.1.r≥1r\ge1を整数とし、V1,…,Vr,WV_1,\ldots,V_r,WをKK上の線形空間とする。写像

B:V1×⋯×Vr→WB:V_1\times\cdots\times V_r\to W

が、各jjについて他の引数を固定した写像Vj→WV_j\to Wとして線形であるとき、BBをrr重線形写像 (r-multilinear map) という。r=2r=2の場合を双線形写像 (bilinear map) という。

例 1.2 (双線形写像と合成の違い). 行列の積

Mm,n(K)×Mn,p(K)→Mm,p(K),(A,B)↦ABM_{m,n}(K)\times M_{n,p}(K)\to M_{m,p}(K),\qquad (A,B)\mapsto AB

は、片方の行列を固定すると他方について線形なので双線形写像である。一方、線形写像S:U→VS:U\to VとT:V→WT:V\to Wの合成T∘S:U→WT\circ S:U\to Wは、一つのベクトルだけを入力とする線形写像である。合成を作る操作(T,S)↦T∘S(T,S)\mapsto T\circ Sは写像空間を二つ入力とする双線形写像であるが、個々の合成T∘ST\circ S自体は双線形写像ではない。

命題 1.3.r≥1r\ge1を整数とし、V1,…,Vr,WV_1,\ldots,V_r,WをKK上の線形空間とする。各VjV_jの基底を(eij(j))ij∈Ij(e^{(j)}_{i_j})_{i_j\in I_j}とする。rr重線形写像B:V1×⋯×Vr→WB:V_1\times\cdots\times V_r\to Wは、基底ベクトルの組における値

B(ei1(1),…,eir(r))B(e^{(1)}_{i_1},\ldots,e^{(r)}_{i_r})

によって一意に定まる。逆に、基底ベクトルの各組へWWの元を任意に割り当てると、その割り当てをもつrr重線形写像がただ一つ存在する。

証明.vj=∑ijxij(j)eij(j)v_j=\sum_{i_j}x^{(j)}_{i_j}e^{(j)}_{i_j}と有限一次結合で表す。各変数について線形性を順に用いると

B(v1,…,vr)=∑i1,…,irxi1(1)⋯xir(r)B(ei1(1),…,eir(r))B(v_1,\ldots,v_r) =\sum_{i_1,\ldots,i_r} x^{(1)}_{i_1}\cdots x^{(r)}_{i_r} B(e^{(1)}_{i_1},\ldots,e^{(r)}_{i_r})

となる。したがって基底上の値が全ての値を一意に定める。逆に、右辺を定義式として用いると、各ベクトルの基底表示は一意なので写像は表示に依存せず定まり、各変数について分配法則を適用すれば多重線形性が従う。▨

2 対称性と交代性

定義 2.1.r≥1r\ge1を整数、V,WV,WをKK上の線形空間とする。同じ線形空間VVをrr個入力とする多重線形写像B:Vr→WB:V^r\to Wが、任意の置換σ∈Sr\sigma\in S_rについて

B(vσ(1),…,vσ(r))=B(v1,…,vr)B(v_{\sigma(1)},\ldots,v_{\sigma(r)})=B(v_1,\ldots,v_r)

を満たすとき、BBを対称 (symmetric) という。

定義 2.2.r≥1r\ge1を整数、V,WV,WをKK上の線形空間とする。多重線形写像B:Vr→WB:V^r\to Wが、二つの引数が等しい全ての入力に対して値が零になるとき、BBを交代的 (alternating) という。すなわちi≠ji\ne jかつvi=vjv_i=v_jならB(v1,…,vr)=0B(v_1,\ldots,v_r)=0である。

命題 2.3.r≥1r\ge1を整数、V,WV,WをKK上の線形空間とする。B:Vr→WB:V^r\to Wが交代的なら、隣接する二つの引数を交換すると値は−1-1倍になる。したがって任意の置換σ\sigmaについて

B(vσ(1),…,vσ(r))=sgn⁡(σ)B(v1,…,vr)B(v_{\sigma(1)},\ldots,v_{\sigma(r)}) =\operatorname{sgn}(\sigma)B(v_1,\ldots,v_r)

が成り立つ。逆に、char⁡K≠2\operatorname{char}K\ne2で引数交換による符号則を満たす多重線形写像は交代的である。標数22では逆は一般に成り立たない。

証明. 交換する二つ以外の引数を固定し、その二つをu,vu,vとする。交代性から

0=B(…,u+v,u+v,…)0=B(\ldots,u+v,u+v,\ldots)

である。多重線形性で展開すると、u,uu,uとv,vv,vを含む項は交代性により零なので

B(…,u,v,…)+B(…,v,u,…)=0B(\ldots,u,v,\ldots)+B(\ldots,v,u,\ldots)=0

を得る。したがって交換によって−1-1倍になる。任意の置換は隣接交換の積であり、隣接交換の回数の偶奇がsgn⁡(σ)\operatorname{sgn}(\sigma)を与えるため、置換の式が従う。

逆に符号則を仮定し、二つの引数がuuに等しいとする。その二つを交換しても入力は変わらないのでB(…,u,u,…)=−B(…,u,u,…)B(\ldots,u,u,\ldots)=-B(\ldots,u,u,\ldots)となる。標数が22でなければ22で割ることができ、値は零である。標数22ではこの等式は恒等式となり、零を導かない。▨

例 2.4 (標数 2 における境界例).KKの標数を22とし、B:K2×K2→KB:K^2\times K^2\to KをB(x,y)=x1y1B(x,y)=x_1y_1と定める。BBは双線形であり、標数22では−B(y,x)=B(y,x)=y1x1=B(x,y)-B(y,x)=B(y,x)=y_1x_1=B(x,y)なので引数交換の符号則を満たす。しかしB(e1,e1)=1B(e_1,e_1)=1であるため交代的ではない。したがって標数22では符号則を交代性の定義として用いることはできない。

3 成分と基底変換

定義 3.1.r≥1r\ge1を整数、VVを有限次元KK-線形空間、B=(e1,…,en)\mathcal B=(e_1,\ldots,e_n)を順序付き基底とし、B:Vr→KB:V^r\to Kをrr重線形形式とする。

Bi1⋯ir=B(ei1,…,eir)B_{i_1\cdots i_r}=B(e_{i_1},\ldots,e_{i_r})

をB\mathcal Bに関するBBの成分 (component) という。

命題 3.2.r≥1r\ge1を整数、VVをnn次元KK-線形空間、B:Vr→KB:V^r\to Kをrr重線形形式とし、B=(e1,…,en)\mathcal B=(e_1,\ldots,e_n)を順序付き基底とする。vj=∑ixjieiv_j=\sum_i x_j^ie_iとすると

B(v1,…,vr)=∑i1,…,irBi1⋯irx1i1⋯xrir.B(v_1,\ldots,v_r) =\sum_{i_1,\ldots,i_r} B_{i_1\cdots i_r}x_1^{i_1}\cdots x_r^{i_r}.

別の基底B′=(e1′,…,en′)\mathcal B'=(e'_1,\ldots,e'_n)をea′=∑iPiaeie'_a=\sum_iP_{ia}e_iで定めると、新しい成分は

Ba1⋯ar′=∑i1,…,irPi1a1⋯PirarBi1⋯irB'_{a_1\cdots a_r} =\sum_{i_1,\ldots,i_r} P_{i_1a_1}\cdots P_{i_ra_r}B_{i_1\cdots i_r}

である。

証明. 第一の式は命題 1.3の展開式である。第二の式は

Ba1⋯ar′=B(ea1′,…,ear′)=B(∑i1Pi1a1ei1,…,∑irPirareir)B'_{a_1\cdots a_r} =B(e'_{a_1},\ldots,e'_{a_r}) =B\left(\sum_{i_1}P_{i_1a_1}e_{i_1},\ldots, \sum_{i_r}P_{i_ra_r}e_{i_r}\right)

を各変数について展開して得る。入力がrr個あるため、基底変換行列の成分もrr個の添字それぞれに一つずつ現れる。▨

例 3.3 (交代二重線形形式の成分).V=K2V=K^2とし

ω(x,y)=x1y2−x2y1\omega(x,y)=x_1y_2-x_2y_1

と定める。ω\omegaは双線形であり、ω(x,x)=0\omega(x,x)=0なので交代的である。標準基底に関する成分行列は

(ωij)=(01−10).(\omega_{ij})=\begin{pmatrix}0&1\\-1&0\end{pmatrix}.

標数22では−1=1-1=1となり成分行列は対称になるが、対角成分が零であるため交代性は維持される。

4 演習

問題 4.1 (交代性の証明確認). 交代的な双線形写像についてB(u,v)=−B(v,u)B(u,v)=-B(v,u)を導く際にB(u+v,u+v)B(u+v,u+v)を展開する理由と、標数22でもこの方向の証明が成立する理由を述べよ。

解答.

交代性によりB(u+v,u+v)=0B(u+v,u+v)=0である。双線形性で展開するとB(u,u)+B(u,v)+B(v,u)+B(v,v)=0B(u,u)+B(u,v)+B(v,u)+B(v,v)=0となり、交代性によって対角の二項が零になるのでB(u,v)+B(v,u)=0B(u,v)+B(v,u)=0を得る。この推論は22で割らないため標数22でも成立する。標数22で失敗するのは、符号則からB(u,u)=0B(u,u)=0を逆向きに導く推論である。▨

参考文献

  1. Werner H. Greub, Multilinear Algebra, 2nd ed., Universitext, Springer, New York, 1978.多重線形写像、対称性、交代性、成分の基底変換を参考にした。
  2. Serge Lang, Algebra, revised 3 ed., Graduate Texts in Mathematics, Springer, New York, 2002.任意標数における多重線形写像と交代形式を参考にした。

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