§E3.25代数閉体と固有値

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自己準同型の固有値が係数体に存在するとは限らない。例えば、実行列の特性多項式がt2+1t^2+1である場合、実数体上には固有値がない。しかし、係数を複素数体まで拡大すれば二つの固有値が現れる。本記事では、体を拡大しても特性多項式と最小多項式そのものは変わらず、新しい係数体に属する根だけが増えることを証明する。

1 分解体と代数閉体

定義 1.1.p(t)∈K[t]p(t)\in K[t]を次数が正である多項式とする。体の拡大L/KL/Kがppの分解体 (splitting field) であるとは、次の二条件を満たすことをいう。

  1. ppはL[t]L[t]で一次式の積へ分解する。
  2. LLはKKとppの全ての根によって体として生成される。

条件 (a)だけを用いるときは、ppがLL上で分解する (split) という。

定義 1.2. 体KKが代数閉体 (algebraically closed field) であるとは、次数が正である全てのp(t)∈K[t]p(t)\in K[t]がKK上で一次式の積へ分解することをいう。

命題 1.3. 体KKが代数閉体であるための必要十分条件は、次数が正である全てのp(t)∈K[t]p(t)\in K[t]がKKに根をもつことである。

証明.KKが代数閉体なら、一次因子のいずれかが与える元はppの根である。逆に、次数が正である全ての多項式がKKに根をもつと仮定する。deg⁡p\deg pについて帰納法を用いる。deg⁡p=1\deg p=1なら、p(t)=a(t−λ)p(t)=a(t-\lambda)と表される。ただしa∈K×a\in K^\times、λ∈K\lambda\in Kである。deg⁡p≥2\deg p\ge2なら、根λ∈K\lambda\in Kが存在し、因数定理によって

p(t)=(t−λ)q(t),deg⁡q=deg⁡p−1p(t)=(t-\lambda)q(t),\qquad \deg q=\deg p-1

と書くことができる。帰納法によりqqは一次式の積へ分解するので、ppも一次式の積へ分解する。▨

系 1.4.KKを代数閉体とし、0<dim⁡KV<∞0<\dim_KV<\inftyとする。全ての自己準同型T:V→VT:V\to VはKKに固有値をもつ。

証明. 特性多項式χT(t)\chi_T(t)は次数dim⁡KV>0\dim_KV>0の多項式である。命題 1.3により根λ∈K\lambda\in Kが存在する。χT(λ)=det⁡(λI−T)=0\chi_T(\lambda)=\det(\lambda I-T)=0なのでλI−T\lambda I-Tは可逆でなく、その核に零でないベクトルが存在する。このベクトルは固有値λ\lambdaの固有ベクトルである。▨

2 係数拡大後の多項式

L/KL/Kを体の拡大とし、VL=L⊗KVV_L=L\otimes_KVと書く。自己準同型T:V→VT:V\to Vから

TL=1L⊗T:VL→VLT_L=1_L\otimes T:V_L\to V_L

が定まる。

定理 2.1.VVを有限次元KK-線形空間とする。任意の体の拡大L/KL/Kについて

χTL(t)=χT(t),mTL(t)=mT(t)\chi_{T_L}(t)=\chi_T(t),\qquad m_{T_L}(t)=m_T(t)

がL[t]L[t]の等式として成り立つ。

証明.VVのKK-基底を一つ取ると、対応するVLV_LのLL-基底に関するTLT_Lの表現行列は、TTの表現行列A∈Mn(K)A\in M_n(K)と同じ成分をもつ。したがって

χTL(t)=det⁡(tI−A)=χT(t)\chi_{T_L}(t)=\det(tI-A)=\chi_T(t)

である。

d=deg⁡mTd=\deg m_Tとする。mT(TL)=0m_T(T_L)=0なので、mTL∣mTm_{T_L}\mid m_Tである。逆向きの次数を比較するため、

I,T,…,Td−1I,T,\ldots,T^{d-1}

がKK上で一次独立であることを用いる。一次従属なら次数dd未満の非零多項式がTTを零化し、mTm_Tの最小性に反する。この有限個の作用素を含むEnd⁡K(V)\operatorname{End}_K(V)の部分空間で基底を延長すると、その基底は係数拡大後にもLL上の基底になる。したがって

I,TL,…,TLd−1I,T_L,\ldots,T_L^{d-1}

もLL上で一次独立であり、TLT_Lを零化する非零多項式の次数はdd以上である。よってdeg⁡mTL≥d\deg m_{T_L}\ge dである。一方、mTL∣mTm_{T_L}\mid m_Tなのでdeg⁡mTL≤d\deg m_{T_L}\le dであり、両者は等しい。モニックな割り切り関係と次数の一致からmTL=mTm_{T_L}=m_Tを得る。▨

命題 2.2.L/KL/Kを体の拡大とする。TLT_LのLLにおける固有値は、χT(t)\chi_T(t)のLLにおける根に一致する。特に、LL上でχT\chi_Tが

χT(t)=∏i=1r(t−λi)ai\chi_T(t)=\prod_{i=1}^r(t-\lambda_i)^{a_i}

と分解すると、λ1,…,λr\lambda_1,\ldots,\lambda_rがTLT_Lの相異なる固有値であり、aia_iが各固有値の代数的重複度である。

証明.λ∈L\lambda\in Lに対し、λ\lambdaがTLT_Lの固有値であることはker⁡(λI−TL)≠0\ker(\lambda I-T_L)\ne0と同値であり、有限次元性から

det⁡(λI−TL)=0\det(\lambda I-T_L)=0

と同値である。定理 2.1により、この行列式はχT(λ)\chi_T(\lambda)である。したがって固有値と根は一致し、分解表示における指数が根の重複度、すなわち代数的重複度になる。▨

係数拡大は特性多項式や最小多項式を変更しない。係数体に属する根を増やし、従来は一次因子でなかった因子を固有値ごとの因子へ分ける。

3 実行列と複素共役

命題 3.1.A∈Mn(R)A\in M_n(\mathbb R)とする。λ∈C\lambda\in\mathbb CがAAの固有値なら、λ‾\overline{\lambda}も固有値であり、両者の代数的重複度は等しい。さらに、Av=λvAv=\lambda vを満たすv∈Cn∖{0}v\in\mathbb C^n\setminus\{0\}に対して

Av‾=λ‾ v‾A\overline v=\overline\lambda\,\overline v

が成り立つ。

証明.AAの成分は実数なので、Av=λvAv=\lambda vの両辺を複素共役にするとAv‾=λ‾ v‾A\overline v=\overline\lambda\,\overline vを得る。したがって共役な数も固有値である。また、χA(t)∈R[t]\chi_A(t)\in\mathbb R[t]であるから

χA(λ)‾=χA(λ‾)\overline{\chi_A(\lambda)}=\chi_A(\overline\lambda)

である。(t−λ)a(t-\lambda)^aがC[t]\mathbb C[t]でχA\chi_Aを割ることと(t−λ‾)a(t-\overline\lambda)^aがχA\chi_Aを割ることは、係数を複素共役にすることで同値になる。最大の指数も一致するため、代数的重複度は等しい。▨

例 3.2 (平面の回転). 実行列

Rθ=(cos⁡θ−sin⁡θsin⁡θcos⁡θ)R_\theta= \begin{pmatrix} \cos\theta&-\sin\theta\\ \sin\theta&\cos\theta \end{pmatrix}

の特性多項式は

t2−2(cos⁡θ)t+1t^2-2(\cos\theta)t+1

である。sin⁡θ≠0\sin\theta\ne0の場合、この多項式はC[t]\mathbb C[t]で

(t−eiθ)(t−e−iθ)(t-e^{i\theta})(t-e^{-i\theta})

と分解する。二つの固有値は複素共役の対であるが、R\mathbb R上には固有値がない。

4 扱う範囲の境界

分解体を選ぶと特性多項式を一次因子へ分解することができ、後続の記事では一般固有空間や Jordan 標準形を構成することができる。一方、分解体の存在と一意性を証明し、その自己同型群と中間体を調べる理論は Galois 理論に属する。また、任意の体を含む代数閉体の存在証明も本記事の範囲外である。本記事以降で必要になるのは、指定した拡大体上で対象の多項式が実際に分解するという仮定だけである。

ただし一つだけ例外がある。複素数体が代数閉体であること、すなわち複素数を係数とする次数が正の多項式が複素数の根をもつことは、代数学の基本定理と呼ばれ、本単元では証明しない。この主張は体の代数的な公理だけからは従わず、実数の連続性を用いる議論を必要とするためである。後続の記事のうち、系 1.4をK=CK=\mathbb Cに適用する箇所は、この定理を証明せずに認めて用いる。証明の所在は公開シラバスに記す。

5 演習

問題 5.1 (係数拡大後の固有値).K=QK=\mathbb Qとし、

A=(0−210)A=\begin{pmatrix}0&-2\\1&0\end{pmatrix}

とする。χA(t)=mA(t)=t2+2\chi_A(t)=m_A(t)=t^2+2である。L=Q(−2)L=\mathbb Q(\sqrt{-2})へ係数を拡大しても二つの多項式はt2+2t^2+2のままであるが、L[t]L[t]では

t2+2=(t−−2)(t+−2)t^2+2=(t-\sqrt{-2})(t+\sqrt{-2})

と分解する。したがってALA_Lの固有値は−2\sqrt{-2}と−−2-\sqrt{-2}である。

参考文献

  1. Serge Lang, Linear Algebra, 3rd ed., Springer, New York, 1987.係数拡大、特性多項式、固有値の関係を参考にした。
  2. Steven Roman, Advanced Linear Algebra, 3rd ed., Graduate Texts in Mathematics, Springer, New York, 2008.分解体上の作用素と最小多項式の扱いを参考にした。

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