1 Lie 群の定義
定義 1.1. 集合Gが Lie 群 (Lie group) であるとは、次の三つがすべて成り立つことをいう。
- Gに群の構造が与えられている(§E7.1 定義 1.1)。
- Gに有限次元C∞多様体の構造が与えられている(§E17.1 定義 2.2)。
- 積の写像μ:G×G→G、μ(g,h)=ghと、逆元の写像ι:G→G、ι(g)=g−1が、いずれもC∞である。ここでG×Gには§E17.1 命題 7.3の積多様体の構造を与える。
Gの単位元をeと書く。Gの部分群HがGの埋め込み部分多様体(§E17.5 定義 4.1)であり、その可微分構造のもとでふたたび Lie 群になるとき、HをGの埋め込み Lie 部分群 (embedded Lie subgroup) という。
条件 (c)で逆元の写像のC∞性を別に要求する点について述べる。積の写像がC∞であることだけを仮定して逆元の写像のC∞性を導くことは、陰関数定理を積の写像へ適用することによって可能であるが、その議論には積の微分の形を単位元で調べる段階が要る。本単元は定義の側でこの条件を課し、確かめる対象を明示する立場を取る。以下で構成するすべての例について、逆元の写像がC∞であることを個別に確かめる。
2 一般線形群
命題 2.1.nを正の整数とし、Mn(R)をn次実正方行列の全体とする。成分を並べることによってMn(R)をRn2と同一視し、§E17.1 例 2.4の可微分構造を与える。
GLn(R)={A∈Mn(R)∣detA=0}はMn(R)の開集合であり、§E17.1 命題 7.1によってn2次元C∞多様体になる。この可微分構造と行列の積のもとで、GLn(R)は Lie 群である。
同じ主張がGLn(C)についても成り立つ。Mn(C)をR2n2と同一視すると、GLn(C)は2n2次元C∞多様体であり Lie 群である。
証明.det:Mn(R)→Rは成分の多項式であるから連続である。GLn(R)=det−1(R∖{0})は連続写像による開集合の逆像であるからMn(R)の開集合である。I∈GLn(R)であるから空でない。よって§E17.1 命題 7.1により、GLn(R)はMn(R)と同じn2という次元のC∞多様体である。群であることは§E7.1 命題 3.2による。
積の写像を調べる。GLn(R)×GLn(R)はRn2×Rn2の開集合であり、その上でμ(A,B)=ABの第(i,j)成分は
(AB)ij=l=1∑nAilBljであって、AとBの成分の多項式である。多項式写像はすべての階数の偏導関数を持ち、それらは連続であるからC∞である。恒等写像をチャートに取ると、この座標表示がそのままμの座標表示であるから、§E17.1 命題 4.2によりμはC∞である。
逆元の写像を調べる。「部分多様体・はめ込み・埋め込み」の§E17.5 補題 1.1の証明で確かめたとおり、§E3.21 補題 1.1による随伴行列adj(A)を用いるとA−1=(detA)−1adj(A)である。adj(A)の各成分はAの成分の多項式であり、detAも多項式であってGLn(R)の上で消えない。したがってA−1の各成分はAの成分の有理式であり、分母が定義域の上で消えないのでC∞である。よってιはC∞である。
GLn(C)についても、複素行列A=(Aij)の実部と虚部を並べてMn(C)をR2n2と同一視すればよい。複素数の積は実部と虚部の双線形な式で書かれるから、ABの実部と虚部はAとBの実部と虚部の多項式である。行列式についても、detAの実部と虚部は成分の実部と虚部の多項式であり、∣detA∣2は実数値の多項式である。GLn(C)={A∣∣detA∣2=0}は開集合であり、逆行列の成分は(detA)−1と余因子行列の成分の積として、実部と虚部の有理式で書かれ、分母∣detA∣2は消えない。よって同じ結論を得る。▨
3 左移動と右移動
命題 3.1.Gを Lie 群、g∈Gとする。左移動Lg:G→Gと右移動Rg:G→Gを
Lg(h)=gh,Rg(h)=hgで定める。このときLgとRgはいずれもGの微分同相であり、逆写像はそれぞれLg−1、Rg−1である。とくにd(Lg)h:ThG→TghGとd(Rg)h:ThG→ThgGは線形同型である。
証明.jg:G→G×Gをjg(h)=(g,h)で定める。G×Gの可微分構造は§E17.1 命題 7.3の積のチャートで与えられているから、jgの座標表示は定数写像と恒等写像を並べたものでありC∞である。§E17.1 命題 4.2によりjgはC∞である。Lg=μ∘jgであり、μは定義 1.1によりC∞であるから、§E17.1 系 4.3によりLgはC∞である。
群の結合律と単位元の性質から、すべてのh∈Gに対して
Lg−1(Lg(h))=g−1(gh)=(g−1g)h=h,Lg(Lg−1(h))=g(g−1h)=hが成り立つ。したがってLgは全単射であり、逆写像はLg−1である。g−1∈Gに対して上の議論を適用するとLg−1もC∞である。よってLgは微分同相である(§E17.1 定義 4.1)。
右移動については、jg′(h)=(h,g)と置いて同じ議論を行えばよい。Rg−1が逆写像であることは(hg)g−1=hと(hg−1)g=hによる。
微分が線形同型であることは§E17.3 系 5.4による。▨
系 3.2.Gを Lie 群、g,h∈Gとする。Lhg−1はgをhへ写すGの微分同相である。したがって、Gの任意の二点は微分同相によって移り合う。
証明.命題 3.1によりLhg−1は微分同相であり、Lhg−1(g)=(hg−1)g=hである。▨
命題 3.3.Gを Lie 群、Uを単位元eの開近傍とする。
- 各g∈Gに対してgU=Lg(U)はgの開近傍であり、LgはUからgUへの微分同相である。
- Gが連結ならば、G=⋃k=1∞(U∩U−1)kが成り立つ。ここでU−1={u−1∣u∈U}であり、VkはVの元k個の積の全体を表す。すなわち、単位元の任意の開近傍は連結な Lie 群を生成する。
- HをGの部分群とし、Hがeのある開近傍WについてH∩WがGのk次元スライスチャートの切片になるとする。すなわち、eを含むGのチャート(W,φ)でφ(W∩H)=φ(W)∩(Rk×{0})を満たすものが存在するとする。このときHはGのk次元埋め込み部分多様体である。
証明の要は次の点である。(1)は命題 3.1の直接の帰結である。(2)では、右辺が開かつ閉な部分群であることを示す。(3)では、単位元の周りのスライスチャートを左移動で各点へ運び、§E17.5 定義 4.1の条件を各点で確かめる。左移動がHをHの左剰余類へ写すことから、h∈Hに対してはLhがHをHへ写すことを用いる。
証明.(1)を示す。命題 3.1によりLgは微分同相であり、とくに同相写像であるから、開集合Uの像gUは開集合である。e∈Uであるからg=ge∈gUである。制限Lg∣U:U→gUは全単射であり、UとgUを開部分多様体(§E17.1 命題 7.1)と見ると、Lg∣Uとその逆写像Lg−1∣gUはいずれもC∞写像の制限としてC∞である。よって微分同相である。
(2)を示す。V=U∩U−1と置く。逆元の写像ιは微分同相(ι∘ι=idでありιはC∞である)であるからU−1=ι(U)は開集合であり、e−1=eよりe∈Vである。よってVはeの開近傍であり、V=V−1を満たす。
K=k=1⋃∞Vkと置く。Kは積で閉じており、V=V−1から逆元でも閉じているので、Gの部分群である。
Kが開集合であることを示す。g∈Kとするとg∈Vkとなるkが存在する。gV⊆VkV=Vk+1⊆Kであり、(1)によりgVはgの開近傍である。よってKは開集合である。
Kが閉集合であることを示す。g∈G∖Kとする。gVがKと交わると仮定すると、v∈Vとx∈Kでgv=xとなるものが存在し、g=xv−1∈KV−1=KV⊆Kとなって仮定に反する。よってgV∩K=∅であり、gVはgを含む開集合でG∖Kに含まれる。したがってG∖Kは開集合であり、Kは閉集合である。
Kは空でない(e∈K)開かつ閉な部分集合であるから、Gが連結であること(§E2.43 定義 1.1)によりK=Gである。
(3)を示す。h∈Hを任意に取る。Lhは微分同相であるから、(hW,φ∘Lh−1∣hW)はGのチャートである。実際、Lh−1はhWからWへの微分同相であり((1))、φはWからφ(W)⊆Rmへの同相写像であるから、合成は同相写像である。座標変換がC∞であることは、φがGの可微分構造に属するチャートでありLh−1が微分同相であることから従う(§E17.1 系 7.2と§E17.1 系 4.3)。
ψ=φ∘Lh−1∣hWと置く。Hは部分群であるから、h∈Hに対してLh−1(hW∩H)=W∩h−1H=W∩Hである。ここでh−1H=Hを用いた。したがって
ψ(hW∩H)=φ(W∩H)=φ(W)∩(Rk×{0})=ψ(hW)∩(Rk×{0})である。最後の等号はψ(hW)=φ(W)による。よって(hW,ψ)はhにおけるスライスチャートである。h∈Hは任意であったから、§E17.5 定義 4.1によりHはGのk次元埋め込み部分多様体である。▨
(3)は、単位元の周りで一つスライスチャートを作れば、部分群であることだけから他のすべての点でのスライスチャートが得られることを述べている。「閉部分群定理」はこの形をそのまま用いる。すなわち、そこで実際に構成するのは単位元の周りのスライスチャート一つだけである。
4 正則値の逆像として構成する古典行列群
以下では、行列の集合を適当なC∞写像の正則値の逆像として表し、§E17.5 定理 4.3を適用する。手順は各群について共通であり、次の四段である。第一に、群を定める行列方程式を、値域が対称行列、Hermite 行列、実数、交代行列のいずれかである写像Fの等式F(A)=cとして書く。第二に、FがC∞であることを確かめる。第三に、A∈F−1(c)における微分dFAを計算し、任意の値に対して原像を具体的に構成して全射性を確かめる。第四に、次元を数え、単位元における接空間kerdFIを決定する。
命題 4.2.Gを Lie 群、H⊆Gを部分群であってGの埋め込み部分多様体でもあるものとする。Hに§E17.5 命題 4.2が与える可微分構造を入れると、Hは Lie 群である。すなわちHはGの埋め込み Lie 部分群である。
証明.Hは§E17.5 命題 4.2によりC∞多様体であり、包含写像ιH:H→Gは埋め込みである。群であることは仮定に含まれる。
積の写像μH:H×H→HがC∞であることを示す。μGをGの積の写像とすると、合成
H×H ιH×ιH G×G μG GはC∞写像の合成であるからC∞である(§E17.1 系 4.3。ιH×ιHがC∞であることは、積のチャートに関する座標表示が二つの座標表示を並べたものであることによる)。この合成の像はHに含まれ、μHは像をHと見たものである。
そこで、C∞写像Φ:N→Gの像が埋め込み部分多様体Hに含まれるならば、ΦをN→Hと見たときもC∞であることを示す。q∈Nを取り、p=Φ(q)∈Hとする。pにおけるスライスチャート(U,φ)、φ(U∩H)=φ(U)∩(Rk×{0})を取ると、§E17.5 命題 4.2により(U∩H,πk∘φ∣U∩H)はHのチャートである。Hには部分空間位相を与えているので、Φ:N→Hは連続である(Φ−1(U∩H)=Φ−1(U)が開集合であることによる)。qの周りのチャート(O,χ)をΦ(O)⊆Uとなるように取ると、φ∘Φ∘χ−1はC∞であり、その値はRk×{0}に属する。Hのチャートに関する座標表示はこれに線形写像πkを合成したものであるからC∞である。§E17.1 命題 4.2によりΦ:N→HはC∞である。
この事実をΦ=μG∘(ιH×ιH)へ適用するとμHはC∞である。逆元の写像についても、ιG∘ιH:H→Gの像がHに含まれることから同じ事実を適用すればよい。よってHは Lie 群である。▨
4.1 ユニタリ群
定理 4.3.nを正の整数とし、Mn(C)をn次複素正方行列の全体、
Hermn={S∈Mn(C)∣S∗=S}を Hermite 行列の全体とする。ここでA∗=ATである。Mn(C)をR2n2と、HermnをRn2と同一視して§E17.1 例 2.4の可微分構造を与える。
F:Mn(C)→Hermn,F(A)=A∗AはC∞であり、IはFの正則値である。したがって
U(n)=F−1(I)={A∈Mn(C)∣A∗A=I}はMn(C)のn2次元埋め込み部分多様体であり、命題 4.2により Lie 群である。単位行列における接空間は歪 Hermite 行列の全体
{H∈Mn(C)∣H∗+H=0}に対応する。
証明では次の点を確かめる。まずHermnが実ベクトル空間としてn2次元であることを、対角成分が実数であり対角より上の成分が任意の複素数であることから数える。次にdFA(H)=H∗A+A∗Hを計算し、A∗A=IとS∗=SからH=21ASがdFA(H)=Sを与えることを確かめる。
証明. Hermnの次元を数える。S∈HermnとするとSii=Siiから対角成分は実数である。i<jについてはSji=Sijであるから、対角より上の成分Sij(i<j)を任意の複素数として与えるとSが定まる。よって実ベクトル空間としての次元は
n+2⋅2n(n−1)=n+n(n−1)=n2である。HermnはMn(C)≅R2n2の実部分空間であり、Rn2と線形同型である。
FがC∞であることを示す。F(A)の(i,j)成分は∑l=1nAliAljである。複素数の積と共役は、実部と虚部について双線形または線形であるから、この成分の実部と虚部はAの成分の実部と虚部の多項式である。多項式写像はC∞である。値がHermnに属することはF(A)∗=(A∗A)∗=A∗A=F(A)による。
微分を計算する。H∈Mn(C)、t∈Rに対して
F(A+tH)=(A+tH)∗(A+tH)=A∗A+t(H∗A+A∗H)+t2H∗Hである。Fの座標表示は実の座標についての多項式写像であり、tの一次の項の係数が全微分のHにおける値であるから、注意 2.2の同一視のもとで
dFA(H)=H∗A+A∗Hである。
Iが正則値であることを示す。A∈F−1(I)、すなわちA∗A=Iとし、S∈Hermnを任意に取る。H=21ASと置く。H∗=21S∗A∗=21SA∗であるから
dFA(H)=21SA∗A+21A∗AS=21S+21S=Sである。ここでA∗A=IとS∗=Sを用いた。Sは任意であったからdFAは全射であり、IはFの正則値である。
次元と接空間を求める。I∈U(n)であるからF−1(I)=∅である。§E17.5 定理 4.3によりU(n)は埋め込み部分多様体であり、次元は
2n2−n2=n2である。単位行列における接空間はkerdFIであり、dFI(H)=H∗I+I∗H=H∗+Hであるから、kerdFIはH∗+H=0を満たす行列の全体、すなわち歪 Hermite 行列の全体である。
次元を独立に数えて確かめる。H∗=−HとするとHii=−Hiiであるから対角成分は純虚数であり、実自由度は各iについて1である。i<jについてはHji=−Hijであるから、Hij(i<j)が任意の複素数として与えられ、実自由度は2⋅n(n−1)/2=n(n−1)である。合計はn+n(n−1)=n2であり、上で求めた次元と一致する。
U(n)が群であることは、A∗A=IとB∗B=Iから(AB)∗(AB)=B∗A∗AB=B∗B=Iであり、A∗A=IからA−1=A∗であって(A∗)∗A∗=AA∗=Iであることによる。最後の等式は、A∗A=Iを満たす正方行列Aが可逆でA−1=A∗であることから従う。よってU(n)はGLn(C)の部分群であり、命題 4.2により Lie 群である。▨
例 4.4 (U(1)とU(2)).n=1の場合、U(1)={z∈C∣zˉz=1}={z∣∣z∣=1}である。定理 4.3が与える次元は12=1であり、U(1)が円周であることと整合する。単位元における接空間はhˉ+h=0を満たす複素数の全体、すなわち純虚数の全体であり、実1次元である。
n=2の場合、次元は22=4である。TIU(2)は
H=(ia−zˉzib)(a,b∈R, z∈C)の形の行列の全体であり、実の自由度はa、b、zの実部と虚部の4個である。これは上で求めた次元と一致する。
4.2 特殊線形群
定理 4.5.nを正の整数とする。det:GLn(R)→RはC∞であり、1はdetの正則値である。したがって
SLn(R)={A∈GLn(R)∣detA=1}はGLn(R)のn2−1次元埋め込み部分多様体であり、命題 4.2により Lie 群である。単位行列における接空間はトレースが0である行列の全体
{H∈Mn(R)∣trH=0}に対応する。
証明の要はd(det)A(H)=det(A)tr(A−1H)を導く点である。この式は、det(A+tH)=det(A)det(I+tA−1H)と、det(I+tB)のtの一次の項の係数がtrBであることから従う。後者は、行列式の定義に現れる置換ごとの積のうち、tの一次の項を持つのが恒等置換に対応する項∏i(1+tBii)だけであることによる。
証明. detがC∞であることを示す。detA=∑σ∈Snsgn(σ)∏i=1nAiσ(i)は成分の多項式であるからC∞である。
det(I+tB)の一次の項を求める。上の展開式でA=I+tBと置く。σが恒等置換でないならば、σ(i)=iとなる添字が少なくとも二つ存在するので(一つだけということはない。σが全単射であるからである)、対応する項∏i(I+tB)iσ(i)は少なくとも二つの因子tBiσ(i)を含み、t2で割り切れる。恒等置換に対応する項は
i=1∏n(1+tBii)=1+ti=1∑nBii+(t2 の倍数)である。したがって
det(I+tB)=1+ttrB+(t2 の倍数)(1)である。
微分を計算する。A∈GLn(R)、H∈Mn(R)とする。行列式の乗法性(§E3.15 命題 2.2)により
det(A+tH)=det(A(I+tA−1H))=det(A)det(I+tA−1H)である。(1) をB=A−1Hに適用すると、tの一次の項の係数はdet(A)tr(A−1H)である。detの座標表示は多項式であるから、注意 2.2の同一視のもとで
d(det)A(H)=det(A)tr(A−1H)である。
1が正則値であることを示す。A∈det−1(1)とする。T1RをRと同一視すると、dFAが全射であることはd(det)Aが零写像でないことと同値である。c∈Rを任意に取り、H=ncAと置く。detA=1であるから
d(det)A(H)=1⋅tr(A−1⋅ncA)=nctr(I)=nc⋅n=cである。よってd(det)Aは全射であり、1は正則値である。
次元と接空間を求める。I∈SLn(R)であるから逆像は空でない。§E17.5 定理 4.3によりSLn(R)はGLn(R)のn2−1次元埋め込み部分多様体である。単位行列における接空間はkerd(det)Iであり、d(det)I(H)=det(I)tr(I−1H)=trHであるから、kerd(det)I={H∣trH=0}である。この空間は、n2個の成分に一つの線形条件∑i=1nHii=0を課したものであり、条件は自明でないので次元はn2−1である。求めた次元と一致する。
SLn(R)がGLn(R)の部分群であることは§E7.2 命題 2.2による。したがって命題 4.2により Lie 群である。▨
例 4.6 (SL2(R)).n=2のときSL2(R)の次元は22−1=3である。TISL2(R)はトレースが0である2次実行列の全体であり、基底として
(100−1),(0010),(0100)の三つを取ることができる。三つはいずれもトレースが0であり、一次独立である。トレースが0である2次行列(acb−a)は、第一の行列のa倍、第二の行列のb倍、第三の行列のc倍の和であるから、三つは全体を張る。次元は3であり、上で求めた値と一致する。
4.3 斜交群
定義 4.7.nを正の整数とし、
J=(0−InIn0)∈M2n(R)と定める。R2nの標準斜交形式 (standard symplectic form) をω0(u,w)=uTJwで定める。A∈M2n(R)がω0を保つとは、すべてのu,w∈R2nに対してω0(Au,Aw)=ω0(u,w)が成り立つことをいい、これはATJA=Jと同値である。ω0を保つ行列の全体を
Sp(2n,R)={A∈M2n(R)∣ATJA=J}と書き、斜交群 (symplectic group) という。
証明. 同値性を示す。ω0(Au,Aw)=(Au)TJ(Aw)=uT(ATJA)wである。したがって、ATJA=Jならばすべてのu,wについてω0(Au,Aw)=uTJw=ω0(u,w)である。逆に、すべてのu,wについてuT(ATJA)w=uTJwが成り立つとすると、B=ATJA−JについてuTBw=0がすべてのu,wで成り立つ。標準基底ei、ejを代入するとBij=0であるからB=0である。▨
定理 4.9.nを正の整数とし、Alt2n(R)={S∈M2n(R)∣ST=−S}を2n次交代行列の全体とする。M2n(R)をR4n2と、Alt2n(R)をRn(2n−1)と同一視して§E17.1 例 2.4の可微分構造を与える。
F:M2n(R)→Alt2n(R),F(A)=ATJAはC∞であり、JはFの正則値である。したがって
Sp(2n,R)=F−1(J)はM2n(R)のn(2n+1)次元埋め込み部分多様体であり、命題 4.2により Lie 群である。単位行列における接空間は
sp(2n,R)={H∈M2n(R)∣HTJ+JH=0}に対応する。
証明では、Fの値が交代行列であることをJT=−Jから確かめ、dFA(H)=HTJA+ATJHを計算する。全射性は、交代行列Sに対してH=21AJ−1Sを取ることで得られる。このHの作り方は、直交群の場合のH=21ASにJ−1を挟んだものである。
証明. Alt2n(R)の次元を数える。ST=−Sとすると対角成分はSii=−Siiから0であり、対角より上の2n(2n−1)/2=n(2n−1)個の成分が自由である。よって次元はn(2n−1)である。
Fの値が交代行列であることを示す。注意 4.8によりJT=−Jであるから
F(A)T=(ATJA)T=ATJTA=−ATJA=−F(A)である。F(A)の各成分はAの成分の多項式であるからFはC∞である。
微分を計算する。H∈M2n(R)、t∈Rに対して
F(A+tH)=(A+tH)TJ(A+tH)=ATJA+t(HTJA+ATJH)+t2HTJHである。よって注意 2.2の同一視のもとで
dFA(H)=HTJA+ATJHである。
Jが正則値であることを示す。A∈F−1(J)、すなわちATJA=Jとする。この等式とdetJ=0(注意 4.8)からdet(A)2detJ=detJでありdetA=±1=0であるからAは可逆である。S∈Alt2n(R)を任意に取り、
H=21AJ−1Sと置く。J−1=−JであるからH=−21AJSとも書くことができる。転置を取ると、ST=−SとJT=−Jにより
HT=−21STJTAT=−21(−S)(−J)AT=−21SJATである。したがって
HTJA=−21SJATJA=−21SJ(ATJA)=−21SJJ=−21SJ2=21Sである。ここでATJA=JとJ2=−Iを用いた。また
ATJH=−21ATJAJS=−21JJS=−21J2S=21Sである。ここでもATJA=JとJ2=−Iを用いた。二つを加えて
dFA(H)=21S+21S=Sを得る。Sは任意であったからdFAは全射であり、JはFの正則値である。
次元と接空間を求める。ITJI=JであるからI∈F−1(J)であり、逆像は空でない。§E17.5 定理 4.3によりSp(2n,R)は埋め込み部分多様体であり、次元は
4n2−n(2n−1)=4n2−2n2+n=2n2+n=n(2n+1)である。単位行列における接空間はkerdFIであり、dFI(H)=HTJ+JHであるから、kerdFI={H∣HTJ+JH=0}である。
次元を独立に数えて確かめる。HTJ+JH=0はJH=−HTJ、すなわち(JH)T=HTJT=−HTJ=JHと同値である。よってH∈kerdFIであることとJHが対称行列であることは同値である。H↦JHはJが可逆であることからM2n(R)の線形同型であるから、kerdFIの次元は対称行列の空間の次元2n(2n+1)/2=n(2n+1)に等しい。上で求めた次元と一致する。
Sp(2n,R)が群であることを示す。A,B∈Sp(2n,R)とすると
(AB)TJ(AB)=BT(ATJA)B=BTJB=Jである。A∈Sp(2n,R)は上で見たとおり可逆であり、ATJA=Jの両辺に左から(AT)−1、右からA−1を掛けるとJ=(A−1)TJA−1であるからA−1∈Sp(2n,R)である。I∈Sp(2n,R)であるからSp(2n,R)はGL2n(R)の部分群である(§E7.2 定義 1.1)。よって命題 4.2により Lie 群である。▨
例 4.10 (Sp(2,R)はSL2(R)に等しい).n=1の場合、J=(0−110)である。A=(acbd)に対して
ATJA=(abcd)(0−110)(acbd)=(−c−dab)(acbd)=(0−(ad−bc)ad−bc0)である。したがってATJA=Jであることとad−bc=1であることは同値であり、Sp(2,R)=SL2(R)である。
次元を照合する。定理 4.9が与える次元はn(2n+1)=1⋅3=3であり、定理 4.5がn=2について与える次元22−1=3と一致する。接空間についても、HTJ+JH=0を成分で書くと、H=(prqs)に対して
HTJ+JH=(−r−spq)+(r−ps−q)=(0−(p+s)p+s0)であるから、条件はp+s=0、すなわちtrH=0である。これは定理 4.5が与えるTISL2(R)と一致する。
5 演習
問題 5.1 (Lie 群と古典行列群の確認). 次の各問に答えよ。
- 命題 3.1の証明では、Lg=μ∘jgという分解を用いた。jg(h)=(g,h)がC∞であることを、§E17.1 命題 7.3の積のチャートに関する座標表示を書き下して確かめよ。
- 命題 3.3 (2)の証明で、V=U∩U−1と取り直した理由を述べよ。Vの代わりにUをそのまま用いると、K=⋃kUkについて証明のどの段が成り立たなくなるかを示せ。
- 命題 3.3 (3)の証明で、Lh−1(hW∩H)=W∩Hを導いた。この等式にh∈Hという条件をどこで用いたかを指摘し、h∈/Hのときにこの等式が成り立たないことを示せ。
- 定理 4.3のdFA(H)=Sの計算を再現せよ。さらに、A∗A=Iを満たす正方行列Aが可逆であることを、A∗A=IからAが単射であることを導くことによって示せ。
- 定理 4.5の証明では、det(I+tB)のtの一次の項の係数がtrBであることを用いた。恒等置換でない置換σに対してσ(i)=iとなる添字が少なくとも二つ存在することを示し、対応する項がt2で割り切れることを確かめよ。
- 定理 4.9の証明で取ったH=21AJ−1Sについて、HTJA=21SとATJH=21Sの計算をそれぞれ再現せよ。ATJA=JとJ2=−Iを用いた箇所を明示せよ。
- SO(n)=O(n)∩SLn(R)がO(n)の開部分集合であることを、detがO(n)の上で値±1しか取らないことから示せ。SO(n)の次元がO(n)の次元n(n−1)/2に等しいことを導け。
- SU(n)=U(n)∩{A∣detA=1}の単位元における接空間が{H∣H∗+H=0, trH=0}に含まれることを示し、n=2の場合にその実次元を計算せよ。
解答 (演習の解答).
- h0∈Gを取り、h0の周りのチャート(U0,φ0)とgの周りのチャート(U1,φ1)を取る。U1×U0上のチャートφ1×φ0に関するjgの座標表示は、x∈φ0(U0)に対してx↦(φ1(g),x)である。第一成分は定数、第二成分は恒等写像であるからC∞である。§E17.1 命題 4.2によりjgはC∞である。
- Kが部分群であることを示す段で、逆元で閉じていることをV=V−1から導いた。またKが閉集合であることを示す段で、g=xv−1∈KV−1からKV−1=KV⊆Kを結論した。Uをそのまま用いるとU−1⊆⋃kUkが保証されないので、Kが逆元で閉じているとは限らず、KU−1⊆Kも従わない。したがってKが部分群であるという段と、閉集合であるという段の両方が成り立たなくなる。
- Lh−1(hW∩H)=W∩h−1Hまではhが何であっても成り立つ。h−1H=Hを用いた箇所でh∈Hを使った。実際、Hは部分群であるからh∈Hならばh−1H⊆Hであり、h∈Hをh−1へ適用してhH⊆HからH⊆h−1Hを得るのでh−1H=Hである。h∈/Hのときはh−1HはHの左剰余類であってHと交わらないので、W∩h−1HとW∩Hは一般に一致しない。とくにe∈W∩Hであるがe∈h−1Hはh∈Hと同値であるから、h∈/Hならばe∈/W∩h−1Hである。
- H=21ASとするとH∗=21S∗A∗=21SA∗である。よって
dFA(H)=H∗A+A∗H=21SA∗A+21A∗AS=21S+21S=S
である。可逆性については、Au=0とするとu=Iu=A∗Au=A∗0=0であるからAは単射である。Aは有限次元ベクトル空間の線形写像であるから、単射であれば全単射であり可逆である。
- σが恒等置換でないとするとσ(i)=iとなるiが存在する。j=σ(i)と置くとj=iである。σ(j)=jであるとするとσ(i)=j=σ(j)となりσの単射性からi=jとなって矛盾する。よってσ(j)=jであり、動かされる添字は少なくともiとjの二つである。対応する項∏l(I+tB)lσ(l)は、l=iとl=jの因子がいずれも(I)lσ(l)=0を持つ非対角成分であるからtBlσ(l)の形であり、積はt2で割り切れる。
- H=−21AJSでありHT=−21STJTAT=−21SJATである。したがって
HTJA=−21SJ(ATJA)=−21SJ⋅J=−21SJ2=21S
であり、ATJA=Jを第二の等号で、J2=−Iを第四の等号で用いた。また
ATJH=−21(ATJA)JS=−21J⋅JS=−21J2S=21S
であり、同じ二つの等式を同じ順序で用いた。
- A∈O(n)とするとATA=Iであり、行列式の乗法性(§E3.15 命題 2.2)とdet(AT)=detAから(detA)2=1、すなわちdetA=±1である。detは連続であるからSO(n)=det−1({1})∩O(n)はO(n)の閉集合であり、同時にdet−1((0,∞))∩O(n)にも等しいのでO(n)の開集合である。§E17.1 命題 7.1によりSO(n)はO(n)と同じ次元n(n−1)/2のC∞多様体である。
- SU(n)の単位元における接空間は、U(n)の接空間とSLn(C)に相当する条件の共通部分に含まれる。U(n)側からH∗+H=0が、detの微分d(det)I(H)=trHが0であることからtrH=0が従う。n=2の場合、H∗=−Hを満たす行列は
H=(ia−zˉzib)(a,b∈R, z∈C)
であり、trH=i(a+b)=0はb=−aと同値である。よって自由度はaとzの実部と虚部の3個であり、実次元は3である。
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6 境界と次
逆元の写像のC∞性。定義 1.1は積と逆元の両方のC∞性を要求している。積のC∞性だけから逆元のC∞性を導く議論は本記事では扱わない。本記事で構成したすべての例について、逆元の写像がC∞であることを個別に確かめた。
Rn上の形式と多様体上の計量の区別。注意 1.2のとおり、古典行列群を定めるために用いた標準内積、標準 Hermite 形式および標準斜交形式は、固定したベクトル空間の上の代数的な構造である。これらは多様体O(n)、U(n)、Sp(2n,R)の上の Riemann 計量ではない。本単元は計量を導入せず、長さ、角度、曲率および測地線は「Riemann 幾何 I」が扱う。
閉部分群の判定。本記事は、古典行列群を正則値の逆像として構成した。同じ群は「閉部分群定理」で別の方法によっても得られる。すなわち、GLn(R)の位相で閉じている部分群は、正則値による構成を経由せずに埋め込み Lie 部分群になる。命題 3.3 (3)は、その証明で用いる形である。
本記事が扱わない事項。Lie 群と Lie 環の対応、随伴表現、閉部分群による等質空間の構成、単連結被覆群、および主束の構造群としての Lie 群は「Lie 群論」が扱う。Lie 環の抽象論、可解性と冪零性、Killing 形式および分類は「Lie 環論」が扱う。本単元が扱うのは、Lie 群の定義、古典行列群、左不変ベクトル場、指数写像および閉部分群定理までである。
次の記事。「左不変ベクトル場と Lie 環」は、命題 3.1が与える微分同相Lgを用いて、左移動で不変なベクトル場を定義する。注意 4.11に並べた単位元の接空間が行列の交換子で閉じていることも、同じ記事が示す。