1 Δ複体と境界作用素
定義 1.1. 位相空間Xの Δ 複体構造 (Delta complex structure) とは、各n≥0に対する標準単体からの写像
σα:Δn⟶Xの族で、次の条件を満たすものをいう。
- 各σαはΔ˚n上で単射であり、開単体σα(Δ˚n)は互いに交わらず、その和集合がXである。
- σαを任意の面へ制限すると、頂点順序を保つ標準的な同一視を通じて、族に属する一つの写像σβになる。
- 部分集合U⊂Xが開であることと、すべてのαについてσα−1(U)がΔnで開であることが同値である。
CnΔ(X)をXのn次元開単体を基底とする自由アーベル群とする。頂点順序を[v0,…,vn]で表し、面の向きを誘導された順序で定めるとき、境界作用素を
∂n[v0,…,vn]=i=0∑n(−1)i[v0,…,vi,…,vn]で定める。貼り合わせによって同じ面になる項は、同じ基底元として符号を付けてまとめる。
定理 1.3. 任意の Δ 複体Xと任意のn≥2について
∂n−1∂n=0が成り立つ。
証明では、二つの頂点を除く順序だけが異なる二項を対応させる。
証明.[v0,…,vn]を一つの向きづけられたn単体とする。i<jを満たす二頂点vi,vjを除いた面は、先にviを除いてから、添字が一つ下がったvjを除く項と、先にvjを除いてからviを除く項の二回現れる。前者の符号は
(−1)i(−1)j−1=(−1)i+j−1であり、後者の符号は
(−1)j(−1)i=(−1)i+jである。二つの係数の和は零である。すべての二頂点の組について同じ相殺が起こるため、∂n−1∂n[v0,…,vn]=0である。線形性により鎖群全体でも結論が成り立つ。▨
定義 1.4.定理 1.3によりim∂n+1⊂ker∂nである。商群
HnΔ(X):=ker∂n/im∂n+1をXの第n単体的ホモロジー群 (simplicial homology group) という。
2 円環面
正方形の向かい合う辺を同じ向きに貼り、対角線を一本加える。商では頂点は一つになり、二つの辺a,bと対角線c、二つの二単体U,Lが残る。向きを選ぶと
∂2U=c−a−b,∂2L=a+b−c,∂1a=∂1b=∂1c=0
となる。
命題 2.1. 円環面T2について
H0Δ(T2)≅Z,H1Δ(T2)≅Z2,H2Δ(T2)≅Zであり、それ以外の次数では零である。
証明. 基底を(a,b,c)と(U,L)の順に取ると、∂2の行列は
−1−1111−1であり、階数は一である。核はU+Lが生成するためH2Δ(T2)≅Zである。∂1=0なので
H1Δ(T2)=Z⟨a,b,c⟩/⟨c−a−b⟩≅Z⟨a,b⟩となる。頂点が一つなのでH0Δ(T2)≅Zである。▨
3 Klein の壺
Klein の壺では、正方形の一組の向かい合う辺を同じ向きに、もう一組を反対向きに貼る。対角線を加えた Δ 複体は一頂点、三辺a,b,c、二つの二単体U,Lをもち、向きを
∂2U=c−a−b,∂2L=c−a+b
となるように選ぶことができる。すべての辺は同じ頂点を始点と終点にもつので∂1=0である。
命題 3.1. Klein の壺Kについて
H0Δ(K)≅Z,H1Δ(K)≅Z⊕Z/2Z,H2Δ(K)=0である。
証明.∂2U=0と∂2L=0を同時に満たす二鎖xU+yLを考える。bの係数から−x+y=0、cの係数からx+y=0を得るのでx=y=0である。したがってH2Δ(K)=0である。一次ホモロジーでは二つの関係
c=a+b,c=a−bが課される。第一の関係でcを消去すると第二の関係は2b=0となるため
H1Δ(K)≅Z⟨a⟩⊕(Z/2Z)⟨b⟩である。H0Δ(K)は一頂点からZになる。▨
4 実射影平面
円板の境界上の対蹠点を同一視する表示を、二つの三角形へ分ける。得られる Δ 複体には二頂点v0,v1、三辺a,b,c、二つの二単体U,Lがある。a,bをv0からv1へ向け、cをループとして向きづけると
∂1a=∂1b=v1−v0,∂1c=0,
∂2U=a−b+c,∂2L=a−b−c
となる。二つの境界がker∂1に属することは直接確かめることができる。
命題 4.1. 実射影平面について
H0Δ(RP2)≅Z,H1Δ(RP2)≅Z/2Z,H2Δ(RP2)=0である。
証明.im∂1はv1−v0が生成するのでH0Δ≅Zである。ker∂1は
p:=a−b,q:=cを基底とする自由アーベル群である。この基底で
∂2U=p+q,∂2L=p−qとなる。二つの列は一次独立なのでH2Δ=0である。また、商ではp=−qとp=qが同時に成り立つため2q=0であり、
H1Δ(RP2)=Z⟨p,q⟩/⟨p+q,p−q⟩≅Z/2Zを得る。▨
三例の計算は、貼り合わせの向きを境界行列の符号へ変換する手順を示している。単体的集合では退化単体も構造に含めるが、本記事の Δ 複体には退化作用素を導入していない。
5 演習
問題 5.1.
- 円環面の二単体の向きを一方だけ反転した場合に、境界行列とホモロジー群がどのように変わるかを求めよ。
- 実射影平面の計算で、∂2の像がker∂1の指数二の部分群であることを、行列式によって確認せよ。
解答。 第一問では、対応する列全体の符号が反転する。核と像は変わらないため、ホモロジー群は変わらない。第二問では、ker∂1の基底(p,q)に関する∂2の行列は
(111−1)
である。その行列式の絶対値は二なので、像の指数は二である。