§E1.12順序環と順序体

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整数では、加法による平行移動は大小関係を保ち、正の整数どうしの積は正になる。同じ条件を一般の環に課すと、順序と二つの演算を一つの構造として扱うことができる。乗法が非可換な環でも、正の元全体が加法と乗法について閉じていれば、左右いずれの乗法についても必要な不等式が従う。

全順序は、二つの元を一つずつ比較する関係として与える代わりに、零より大きい元の集合だけから復元することができる。この正錐による記述は、順序環の公理を集合の閉性へ移す。本記事では、環の演算と両立する全順序を定義して正錐との一対一対応を証明し、符号と乗法についての基本的な性質を導いたうえで、順序体を定義して整数と有理数を例に取る。

1 順序環と正錐

定義 1.1 (順序環).RRを単位元11をもつ零環でない環とし、RRの乗法が可換であるとは仮定しない。RR上の全順序≤\leqが任意のa,b,c∈Ra,b,c\in Rに対して

a≤b⟹a+c≤b+c,a\leq b\Longrightarrow a+c\leq b+c,

および

0<a, 0<b⟹0<ab0<a,\ 0<b\Longrightarrow 0<ab

を満たすとき、≤\leqを環の演算と両立する全順序 (compatible total order) という。演算と両立する全順序を備えた環(R,≤)(R,\leq)を順序環 (ordered ring) という。

命題 1.2.(R,≤)(R,\leq)を順序環とし、a,b,c,x∈Ra,b,c,x\in Rとする。

  1. a<ba<bとa+c<b+ca+c<b+cは同値である。
  2. a<ba<bと0<b−a0<b-aは同値である。
  3. x<0x<0と0<−x0<-xは同値である。

証明.(1)a<ba<bならば、加法との両立からa+c≤b+ca+c\leq b+cであり、a+c=b+ca+c=b+cならば両辺へ−c-cを加えてa=ba=bとなるので、a+c<b+ca+c<b+cである。この含意をa+ca+c、b+cb+cおよび−c-cへ適用すると、a+c<b+ca+c<b+cからa<ba<bが従う。

いま示した同値においてc=−ac=-aと取ると、a<ba<bと0<b−a0<b-aが同値である。さらにこの同値においてa=xa=x、b=0b=0と取ると、x<0x<0と0<−x0<-xが同値である。▨

定義 1.3 (正錐).RRを単位元をもつ零環でない環とする。部分集合P⊆RP\subseteq Rが

P+P⊆P,PP⊆PP+P\subseteq P,\qquad PP\subseteq P

を満たし、さらに

R=P∪˙{0}∪˙(−P)R=P\mathbin{\dot\cup}\{0\}\mathbin{\dot\cup}(-P)

と互いに交わらない和に分解されるとき、PPをRRの正錐 (positive cone) という。ここで−P={−p∣p∈P}-P=\{-p\mid p\in P\}である。

命題 1.4.RRを単位元をもつ零環でない環とする。RRの演算と両立する全順序とRRの正錐は一対一に対応する。対応は

P={x∈R∣0<x},a<b⟺b−a∈PP=\{x\in R\mid 0<x\}, \qquad a<b\Longleftrightarrow b-a\in P

によって与えられる。

証明. 演算と両立する全順序が与えられたとし、P={x∈R∣0<x}P=\{x\in R\mid 0<x\}とおく。x,y∈Px,y\in Pならば、命題 1.2 (1)により0<x0<xの両辺へyyを加えてy<x+yy<x+yを得る。0<y0<yと推移律から0<x+y0<x+yである。また、乗法との両立から0<xy0<xyである。x∈−Px\in-Pは−x∈P-x\in P、すなわち0<−x0<-xと同値であり、命題 1.2 (3)によりこれはx<0x<0と同値である。§E1.8 命題 1.7により、各x∈Rx\in Rに対して0<x0<x、x=0x=0、x<0x<0のちょうど一つが成り立つので、RRはPP、{0}\{0\}、−P-Pの交わらない和に分解される。よってPPは正錐である。

逆に、正錐PPが与えられたとし、a<ba<bをb−a∈Pb-a\in Pによって定める。0∉P0\notin Pなのでa<aa<aは成り立たない。a<ba<bかつb<cb<cならば

c−a=(c−b)+(b−a)∈Pc-a=(c-b)+(b-a)\in P

であるからa<ca<cである。a≠ba\neq bのときb−a≠0b-a\neq0であり、b−ab-aはPPまたは−P-Pのちょうど一方に属する。b−a∈−Pb-a\in-Pはa−b∈Pa-b\in Pと同値であるから、a<ba<bまたはb<ab<aのちょうど一方が成り立つ。

そこでa≤ba\leq bをa=ba=bまたはa<ba<bによって定める。反射律は定義から従う。a≤ba\leq bかつb≤ab\leq aでa≠ba\neq bとするとa<ba<bかつb<ab<aとなり、いま示した推移律からa<aa<aとなって非反射性に反するので、a=ba=bである。a≤ba\leq bかつb≤cb\leq cのとき、a=ba=bまたはb=cb=cならば残る一方がa≤ca\leq cを与え、a<ba<bかつb<cb<cならばa<ca<cである。よって≤\leqは半順序であり、異なる二元が比較可能であることとあわせて全順序である。

a<ba<bならば

(b+c)−(a+c)=b−a∈P(b+c)-(a+c)=b-a\in P

なのでa+c<b+ca+c<b+cである。また、0<a0<aかつ0<b0<bならばa,b∈Pa,b\in Pであり、PP⊆PPP\subseteq Pから0<ab0<abである。よって得られた全順序は環の演算と両立する。

最初の構成に続けて二番目の構成を行うと、命題 1.2 (2)によりa<ba<bと0<b−a0<b-aが同値であるから元の順序へ戻る。逆の順序で構成すると、0<x0<xとx∈Px\in Pが同値なので元の正錐へ戻る。二つの構成は互いに逆である。▨

2 符号と乗法

命題 2.1. 順序環(R,≤)(R,\leq)では0<10<1である。また、任意のx∈R∖{0}x\in R\setminus\{0\}に対して0<x20<x^2が成り立つ。さらに、a<ba<bかつ0<c0<cならば

ac<bc,ca<cbac<bc,\qquad ca<cb

である。

証明.1≠01\neq0なので、§E1.8 命題 1.7により0<10<1または1<01<0の一方が成り立ち、命題 1.2 (3)により後者は0<−10<-1と同値である。0<−10<-1と仮定すると、正の元どうしの積が正であることと§E1.5 命題 2.7から

0<(−1)(−1)=10<(-1)(-1)=1

も成り立つ。一方、命題 1.2 (1)により0<−10<-1の両辺に11を加えると1<01<0となる。0<10<1と1<01<0は同時には成り立たないので、仮定0<−10<-1は棄却される。したがって0<10<1である。

x≠0x\neq0とする。0<x0<xの場合には、正の元どうしの積から0<x20<x^2を得る。x<0x<0の場合には命題 1.2 (3)により0<−x0<-xであるから、

0<(−x)(−x)=x20<(-x)(-x)=x^2

を得る。

a<ba<bと0<c0<cを仮定する。命題 1.2 (2)により0<b−a0<b-aであるから、正の元どうしの積について

0<(b−a)c=bc−ac,0<c(b−a)=cb−ca0<(b-a)c=bc-ac, \qquad 0<c(b-a)=cb-ca

となる。ふたたび命題 1.2 (2)によりac<bcac<bcかつca<cbca<cbである。▨

命題 2.2. 順序環(R,≤)(R,\leq)は零因子をもたない。すなわち、a,b∈Ra,b\in Rがともに00と異なるならばab≠0ab\neq0である。とくにRRの乗法が可換ならば、RRは§E1.5 整域である。

証明.P={x∈R∣0<x}P=\{x\in R\mid 0<x\}とおくと、命題 1.4によりPPはRRの正錐である。a≠0a\neq0ならばa∈Pa\in Pまたは−a∈P-a\in Pであり、bbについても同様である。§E1.5 命題 2.7により

a(−b)=−(ab)=(−a)b,(−a)(−b)=aba(-b)=-(ab)=(-a)b,\qquad (-a)(-b)=ab

であるから、PP⊆PPP\subseteq Pとあわせて、四つの場合のいずれでもab∈Pab\in Pまたは−(ab)∈P-(ab)\in Pが成り立つ。0∉P0\notin Pかつ−0=0-0=0であるからab≠0ab\neq0である。

RRの乗法が可換であるとする。RRは零環でないので0≠10\neq1であり、いま示したことから零因子をもたない。したがってRRは整域である。▨

3 順序体と標準的な埋め込み

定義 3.1 (順序体). 体KKとKK上の全順序≤\leqに対し、(K,≤)(K,\leq)が順序環であるとき、(K,≤)(K,\leq)を順序体 (ordered field) という。

命題 3.2. 順序体(K,≤)(K,\leq)の元aaが0<a0<aを満たすならば、0<a−10<a^{-1}である。

証明.a≠0a\neq0なのでa−1a^{-1}が存在し、aa−1=1≠0aa^{-1}=1\neq0からa−1≠0a^{-1}\neq0である。a−1<0a^{-1}<0と仮定すると命題 1.2 (3)により0<−a−10<-a^{-1}であり、正の元どうしの積は正であるから

0<a(−a−1)=−(aa−1)=−10<a(-a^{-1})=-(aa^{-1})=-1

となる。ふたたび命題 1.2 (3)により1<01<0を得るが、これは命題 2.1の0<10<1と同時には成り立たない。したがってa−1<0a^{-1}<0は棄却され、a−1≠0a^{-1}\neq0と§E1.8 命題 1.7とあわせて0<a−10<a^{-1}である。▨

以下では、整数と有理数を既知の環および体として扱う。集合としての構成は本単元の後続の記事で行う。

例 3.3 (整数と有理数). 整数の通常の順序について、正の整数全体は加法と乗法で閉じ、各整数は正、零、負のいずれか一つに属する。したがって命題 1.4によりZ\mathbb Zは順序環である。Z\mathbb Zは体ではないため、順序体ではない。

同様に、正の有理数全体は加法と乗法で閉じ、各有理数は正、零、負のいずれか一つに属する。したがってQ\mathbb Qは順序体である。標準的な包含Z↪Q\mathbb Z\hookrightarrow\mathbb Qは環の演算と順序をともに保つ。

例 3.4 (双対順序を入れた整数).Z\mathbb Zの通常の順序≤\leqに対し、その双対順序≤op\leq^{\mathrm{op}}(§E1.8 定義 3.3)を考える。§E1.8 命題 3.4により≤op\leq^{\mathrm{op}}は全順序であり、x≤opyx\leq^{\mathrm{op}}yならばy≤xy\leq xからy+z≤x+zy+z\leq x+z、すなわちx+z≤opy+zx+z\leq^{\mathrm{op}}y+zが従うので、加法との両立も成り立つ。一方、≤op\leq^{\mathrm{op}}に付随する狭義順序を<op<^{\mathrm{op}}と書くと、0<opx0<^{\mathrm{op}}xはx<0x<0と同値であるから、{x∈Z∣0<opx}\{x\in\mathbb Z\mid 0<^{\mathrm{op}}x\}は負の整数全体である。この集合は−1-1を含むが、(−1)(−1)=1(-1)(-1)=1を含まない。よって乗法との両立は成り立たず、(Z,≤op)(\mathbb Z,\leq^{\mathrm{op}})は順序環ではない。順序環の二つの条件のうち、乗法についての条件は加法についての条件から従わない。

問題 3.5.Q\mathbb Q上の全順序⪯\preceqが環の演算と両立するならば、⪯\preceqはQ\mathbb Qの通常の大小関係に一致することを証明せよ。

解答.

≺\precを⪯\preceqに付随する狭義順序とし、P={x∈Q∣0≺x}P=\{x\in\mathbb Q\mid 0\prec x\}とおくと、命題 1.4によりPPはQ\mathbb Qの正錐である。Q\mathbb Qは体であるから(Q,⪯)(\mathbb Q,\preceq)は順序体である。命題 2.1により0≺10\prec1、すなわち1∈P1\in Pである。P+P⊆PP+P\subseteq Pと帰納法により、すべての正の整数nnに対してn∈Pn\in Pである。命題 3.2によりn−1∈Pn^{-1}\in Pであるから、PP⊆PPP\subseteq Pとあわせて、正の整数m,nm,nに対してmn−1∈Pmn^{-1}\in Pである。すなわち通常の意味で正である有理数はすべてPPに属する。

逆にq∈Pq\in Pとする。0∉P0\notin Pからq≠0q\neq0である。qqが通常の意味で負ならば−q-qは通常の意味で正であるから−q∈P-q\in P、すなわちq∈−Pq\in-Pとなり、PPと−P-Pが交わらないことに反する。よってPPは通常の意味で正である有理数全体に一致する。命題 1.4の対応によりa≺ba\prec bはb−a∈Pb-a\in Pと同値であり、これはa<ba<bと同値である。⪯\preceqと≤\leqはそれぞれ≺\precと<<から等号を加えて得られるので、⪯\preceqは通常の大小関係に一致する。▨

参考文献

  1. 松坂和夫『代数系入門』新装版, 岩波書店, 2018.
  2. Serge Lang, Algebra, revised 3 ed., Graduate Texts in Mathematics, Springer, New York, 2002.

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