1 ベクトル積と正の向きの正規直交基底
標構の三本目のベクトルを作るためにベクトル積を用いる。以後の記事でも同じ記号を使う。
定義 1.1.u=(u1,u2,u3)、v=(v1,v2,v3)∈R3に対して
u×v=(u2v3−u3v2, u3v1−u1v3, u1v2−u2v1)をuとvのベクトル積 (cross product) という。三つのベクトルu,v,w∈R3を列に並べた3次正方行列の行列式をdet(u,v,w)と書く。
R3の基底(u,v,w)が正の向き (positive orientation) であるとはdet(u,v,w)>0が成り立つことをいう。
補題 1.2.u,v,w∈R3とする。
- ⟨u×v,w⟩=det(u,v,w)が成り立つ。
- u×vはuともvとも直交する。u×vはuとvのそれぞれについて線形であり、u×u=0である。
- (u,v)が正規直交の対であるとき、(u,v,u×v)は正の向きの正規直交基底である。逆に(u,v,w)が正の向きの正規直交基底ならばw=u×vである。
- RをRTR=Iを満たす3次実行列とすると、(Ru)×(Rv)=detR⋅R(u×v)が成り立つ。ここでdetRは1または−1である。
証明.(1)を示す。行列式を第三列について余因子展開すると
det(u,v,w)=w1(u2v3−u3v2)+w2(u3v1−u1v3)+w3(u1v2−u2v1)であり、右辺は⟨u×v,w⟩に等しい。
(2)を示す。(1)でw=uと置くと、同じ列を二つ持つ行列式は零であるから⟨u×v,u⟩=0である。w=vとしても同様である。線形性とu×u=0は定義の式から直ちに従う。
(3)を示す。(u,v)を正規直交の対とする。span(u,v)の直交補空間は1次元であるから、そこに属する単位ベクトルw0を取ることができる。(u,v,w0)は正規直交基底であり、それを列に並べた行列PはPTP=Iを満たすので、§D3.4 定理 9.1により(detP)2=1、すなわちdetP=±1である。必要ならばw0を−w0に取り替えてdet(u,v,w0)=1としてよい。このとき(1)により
⟨u×v,u⟩=0,⟨u×v,v⟩=0,⟨u×v,w0⟩=det(u,v,w0)=1である。(u,v,w0)は正規直交基底であるからu×v=0⋅u+0⋅v+1⋅w0=w0である。よってu×vは単位ベクトルであり、(u,v,u×v)は行列式が1の正規直交基底である。
逆に(u,v,w)が正の向きの正規直交基底であるとする。上と同じ議論により、span(u,v)の直交補空間に属する単位ベクトルは±wの二つであり、そのうちdet(u,v,⋅)=1を満たすほうがu×vである。det(u,v,w)は±1のいずれかであって仮定より正であるからdet(u,v,w)=1であり、w=u×vである。
(4)を示す。RTR=Iから§D3.4 定理 9.1により(detR)2=1であり、detR=±1である。Rは可逆であるから、任意のx∈R3に対してx=Rwとなるwが一意に存在する。ふたたび§D3.4 定理 9.1により
⟨(Ru)×(Rv), Rw⟩=det(Ru,Rv,Rw)=detR⋅det(u,v,w)である。一方、RTR=Iから内積が保たれるので
⟨detR⋅R(u×v), Rw⟩=detR⋅⟨u×v, w⟩=detR⋅det(u,v,w)である。二つの値がすべてのwについて一致し、RwはR3全体を動くから、(Ru)×(Rv)=detR⋅R(u×v)である。▨
2 曲率
定義 2.1.J⊆Rを開区間、β:J→R3を§E19.1 定義 2.1の意味の単位速度曲線とする。T=β′と置き、これを単位接ベクトル場 (unit tangent vector field) という。
κ(s)=∥T′(s)∥=∥β′′(s)∥(s∈J)をβの曲率 (curvature) という。
⟨T,T⟩≡1を微分すると2⟨T′,T⟩=0であるから、T′(s)はつねにT(s)と直交する。曲率はTが方向を変える速さを測る量であり、速さの取り方には依存しない。
命題 2.2.Jを開区間、β:J→R3を単位速度曲線、s0∈Jとする。κ≡0であることと、単位ベクトルvが存在して
β(s)=β(s0)+(s−s0)v(s∈J)が成り立つことは同値である。
証明.κ≡0とする。κ=∥T′∥であるからT′≡0である。Jは凸な開集合であるから、§E4.3 系 2.3によりTは定数写像である。その値をvと書くと∥v∥=1であり、β′≡vである。s↦β(s)−β(s0)−(s−s0)vの導関数は恒等的に零であり、s=s0で値が零であるから、ふたたび§E4.3 系 2.3によりこの写像は恒等的に零である。
逆にβ(s)=β(s0)+(s−s0)vならばβ′≡v、β′′≡0であるからκ≡0である。▨
3 Frenet 標構と Frenet–Serret の公式
定義 3.1.Jを開区間、β:J→R3を単位速度曲線、T=β′、κ=∥T′∥とする。κ(s)>0を満たす点s∈Jにおいて
Nc(s)=κ(s)T′(s),B(s)=T(s)×Nc(s)と定める。Ncを主法線ベクトル (principal normal vector)、Bを従法線ベクトル (binormal vector)、三つ組(T,Nc,B)をFrenet 標構 (Frenet frame) という。
曲線の主法線をNcと書くのは、曲面の単位法線を表す記号Nと区別するためである。κ(s)=0となる点ではNc(s)とB(s)を定義しない。
命題 3.2.β:J→R3を単位速度曲線とし、J+={s∈J∣κ(s)>0}と置く。J+はJの開集合であり、J+の上でκ、Nc、BはC∞である。さらに各s∈J+について(T(s),Nc(s),B(s))はR3の正の向きの正規直交基底である。
証明.κ=∥T′∥=⟨T′,T′⟩であり、⟨T′,T′⟩はC∞である。κは連続であるからJ+=κ−1((0,∞))は開集合である。J+の上では⟨T′,T′⟩>0であり、平方根は(0,∞)の上でC∞であるからκはJ+の上でC∞である。Nc=T′/κはC∞写像の商であって分母が消えないからC∞であり、B=T×Ncは成分が積と差で書くことができるからC∞である。
s∈J+を取る。∥Nc∥=∥T′∥/κ=1であり、⟨T′,T⟩=0から⟨Nc,T⟩=0である。よって(T,Nc)は正規直交の対であり、補題 1.2 (3)により(T,Nc,T×Nc)は正の向きの正規直交基底である。▨
Frenet–Serret の公式を導く方針は次のとおりである。各点で(T,Nc,B)は正規直交基底であるから、T′、Nc′、B′はいずれもこの基底で展開することができ、係数は基底ベクトルとの内積である。九つの内積のうち、対角成分にあたる三つは⟨T,T⟩=⟨Nc,Nc⟩=⟨B,B⟩=1を微分して零になる。非対角成分は、対応する直交関係を微分すると符号を変えて対になる。したがって独立な係数は二つだけであり、一つは曲率の定義からκであり、残る一つを捩率と名づける。
定義 3.3.β:J→R3を単位速度曲線とし、s∈J+(すなわちκ(s)>0)とする。
τ(s)=⟨Nc′(s), B(s)⟩をβの捩率 (torsion) という。捩率を定義するのは曲率が正である点に限る。
定理 3.4 (Frenet–Serret の公式).Jを開区間、β:J→R3を単位速度曲線、J+={s∈J∣κ(s)>0}とし、J+の上で(T,Nc,B)を Frenet 標構、τを捩率とする。J+の各点で
T′=κNc,Nc′=−κT+τB,B′=−τNcが成り立つ。
証明.J+は開集合であるから、以下の微分はすべてJ+の各点で意味を持つ。命題 3.2により各点で(T,Nc,B)は正規直交基底であるから、R3の任意のベクトルxは
x=⟨x,T⟩T+⟨x,Nc⟩Nc+⟨x,B⟩Bと書くことができる。命題 3.2により標構の三成分はJ+の上でC∞であるから、以下に現れる導関数はすべて存在する。この展開の形でT′、Nc′、B′の三つを順に決める。
T′について。Nc=T′/κの定義からT′=κNcである。これが第一の公式である。とくに⟨T′,T⟩=0、⟨T′,B⟩=κ⟨Nc,B⟩=0である。
Nc′について。⟨Nc,Nc⟩≡1を微分すると2⟨Nc′,Nc⟩=0であるから、Nc成分は零である。⟨T,Nc⟩≡0を微分すると
⟨T′,Nc⟩+⟨T,Nc′⟩=0であり、⟨T′,Nc⟩=κ⟨Nc,Nc⟩=κであるから⟨Nc′,T⟩=−κである。B成分は定義 3.3によりτである。よってNc′=−κT+τBである。
B′について。⟨B,B⟩≡1を微分すると⟨B′,B⟩=0であるから、B成分は零である。⟨T,B⟩≡0を微分すると⟨T′,B⟩+⟨T,B′⟩=0であり、上で見たとおり⟨T′,B⟩=0であるから⟨B′,T⟩=0である。⟨Nc,B⟩≡0を微分すると
⟨Nc′,B⟩+⟨Nc,B′⟩=0であり、⟨Nc′,B⟩=τであるから⟨B′,Nc⟩=−τである。よってB′=−τNcである。▨
単位速度でない曲線に対して曲率と捩率を計算するには、いったん単位速度へ直してから定義に戻ればよい。その手続きを一度実行して閉じた式にしておく。
証明.sをγの弧長関数とするとγ=β∘sでありs′=vである。連鎖律により
γ′=vT,γ′′=v′T+v2T′である。ここでT=β′をsの関数と見て、dtdT(s(t))=T′(s(t))v(t)を用いた。補題 1.2 (2)によりT×T=0であるから
γ′×γ′′=vT×(v′T+v2T′)=v3(T×T′)である。T′はTと直交する。T′=0ならば両辺は零であり、主張の等式はκ=0とともに成り立つ。T′=0ならば(T, T′/∥T′∥)は正規直交の対であるから、補題 1.2 (3)によりT×(T′/∥T′∥)は単位ベクトルであり
∥T×T′∥=∥T′∥=κである。よって∥γ′×γ′′∥=v3κである。v>0であるから、κ>0とγ′×γ′′=0は同値である。
以下κ>0とする。T′=κNcであるからT×T′=κ(T×Nc)=κBであり
γ′×γ′′=v3κBである。v3κ>0であるからBの表示を得る。
三階微分を計算する。γ′′=v′T+v2κNcをふたたびtで微分すると、定理 3.4を用いて
γ′′′=v′′T+v′vκNc+dtd(v2κ)Nc+v2κ⋅v(−κT+τB)となる。ここでκ、Nc、Bはいずれもs(t)における値であり、連鎖律によってtについての微分に因子vが付く。Bとの内積を取ると、TとNcの項は消えて
⟨γ′′′,B⟩=v3κτである。したがって
⟨γ′×γ′′, γ′′′⟩=v3κ⟨B,γ′′′⟩=v6κ2τ,∥γ′×γ′′∥2=v6κ2であり、v6κ2>0で割るとτの表示を得る。▨
例 3.6 (常螺旋の曲率と捩率).a>0、b∈R、c=a2+b2とし、§E19.1 例 4.2で求めた常螺旋の単位速度の表示
β(s)=(acoscs, asincs, cbs)を取る。θ=s/cと書く。
T(s)=β′(s)=(−casinθ, cacosθ, cb),T′(s)=(−c2acosθ, −c2asinθ, 0)であるから
κ=∥T′∥=c2a=a2+b2a>0である。よって Frenet 標構が定まり
Nc(s)=(−cosθ, −sinθ, 0)である。従法線を計算すると
B=T×Nc=(cacosθ⋅0−cb⋅(−sinθ), cb⋅(−cosθ)−(−casinθ)⋅0, casin2θ+cacos2θ)すなわち
B(s)=(cbsinθ, −cbcosθ, ca)である。∥B∥2=(b2+a2)/c2=1であり、検算が合う。
捩率は
Nc′(s)=(c1sinθ, −c1cosθ, 0),τ=⟨Nc′,B⟩=c2bsin2θ+c2bcos2θ=a2+b2bである。別の経路としてB′(s)=(c2bcosθ, c2bsinθ, 0)=−c2bNcを計算しても、定理 3.4の第三式から同じτ=b/c2を得る。
b=0の場合は半径aの円であり、κ=1/a、τ=0である。aを固定してb→∞とするとκ→0かつτ→0であり、螺旋は直線に近づく。bの符号を変えるとτの符号が変わり、κは変わらない。
命題 3.7.Jを開区間、β:J→R3を単位速度曲線とし、κ(s)>0がすべてのs∈Jで成り立つとする。τ≡0であることと、単位ベクトルnと実数dが存在して⟨β(s),n⟩=dがすべてのs∈Jで成り立つことは同値である。
証明.τ≡0とする。定理 3.4によりB′=−τNc≡0であるから、§E4.3 系 2.3によりBは定数写像である。その値をnと書くと∥n∥=1である。s↦⟨β(s),n⟩の導関数は⟨T,B⟩=0であるから、この関数は定数である。その値をdとすればよい。
逆に⟨β(s),n⟩≡d(∥n∥=1)とする。両辺を微分して⟨T,n⟩≡0を得る。もう一度微分して⟨T′,n⟩≡0、すなわちκ⟨Nc,n⟩≡0を得る。κ>0であるから⟨Nc,n⟩≡0である。よってnはTともNcとも直交する単位ベクトルであり、命題 3.2によりspan(T,Nc)の直交補空間はBが張る1次元空間であるから、各sで⟨B(s),n⟩∈{1,−1}である。s↦⟨B(s),n⟩は連続であり、区間Jの上で値が二点集合に入るから定数である。したがってBは定数写像±nでありB′≡0である。B′=−τNcと∥Nc∥=1からτ≡0である。▨
4 曲率が零になる点では標構が定まらない
定義 3.1はκ(s)=0の点でNcとBを定義しない。この除外は、記述を簡単にするための便宜ではない。次の例が示すとおり、標構は零点を越えて連続に延長しない。
例 4.1 (曲率が一点で零になる曲線). 「多様体入門」の§E17.2 補題 1.1が与えるC∞関数
h(t)={e−1/t0(t>0)(t≤0)を用いて、α:R→R3を
α(t)=(t, h(t), h(−t))で定める。αはC∞であり、α′(t)=(1, h′(t), −h′(−t))の第一成分が1であるからα′(t)=0であり、αは正則曲線である。
t>0のときh(−t)=0かつh′(−t)=0であるから
α′(t)=(1, h′(t), 0),α′′(t)=(0, h′′(t), 0),α′×α′′=(0, 0, h′′(t))である。t<0のときh(t)=0かつh′(t)=0であるから
α′(t)=(1, 0, −h′(−t)),α′′(t)=(0, 0, h′′(−t)),α′×α′′=(0, −h′′(−t), 0)である。t=0ではhのすべての階数の導関数が消えるのでα′′(0)=0であり、公式 3.5によりκ(0)=0である。
t>0に対してh′(t)=t−2e−1/t、h′′(t)=(t−4−2t−3)e−1/tであるから、0<t<1/2ではh′′(t)>0である。したがって0<t<1/2ではκ(t)>0であり、公式 3.5により
B(t)=h′′(t)(0, 0, h′′(t))=(0, 0, 1)である。同じく−1/2<t<0ではh′′(−t)>0であるからκ(t)>0であり
B(t)=h′′(−t)(0, −h′′(−t), 0)=(0, −1, 0)である。
よってlimt→0+B(t)=(0,0,1)、limt→0−B(t)=(0,−1,0)であり、Bはt=0で連続な延長を持たない。Ncについても同様である。t>0の側ではαはxy平面に含まれ、t<0の側ではxz平面に含まれるので、接触平面がt=0で不連続に切り替わっている。
この例は、κの零点が孤立していても標構が延長しないことを示している。したがって、曲率が零になる点を無視して Frenet 標構を定義することはできない。捩率も同じ理由で、κ>0の点でしか意味を持たない。
5 曲線論の基本定理
証明の方針は次のとおりである。存在については、まず曲線そのものではなく標構を作る。Frenet–Serret の公式は、未知関数を(T,Nc,B)の九つの成分とする一階の線形常微分方程式系であり、係数はκとτだけで書くことができる。連続な係数を持つ線形系は区間全体で一意な解を持つので、初期条件として正の向きの正規直交基底を与えれば標構の候補が得られる。次に、その候補が各点で正規直交であることを示す。ここが要点であり、内積gij=⟨Yi,Yj⟩の満たす方程式もまた線形常微分方程式系であって、定数関数gij=δijがその解であることから、解の一意性によって正規直交性が従う。回転群に値を持つ方程式として扱うのではなく、線形系の解の一意性だけを使う。最後にTを積分して曲線を作り、それが与えたκ、τを持つことを確かめる。
一意性については、二つの曲線の標構を始点で一致させる向きを保つ合同変換を取る。合同変換が曲率と捩率を保つことを先に示しておけば、移した後の二つの標構は同じ線形系の同じ初期値の解になるので一致し、Tが一致することから曲線も一致する。
命題 5.1.RをRTR=IかつdetR=1を満たす3次実行列、b∈R3とし、Φ(x)=Rx+bと置く。β:J→R3を単位速度曲線とすると、β~=Φ∘βも単位速度曲線であり、その曲率はβの曲率に等しい。κ(s)>0となる点では
T~=RT,N~c=RNc,B~=RBが成り立ち、捩率もβの捩率に等しい。
一方、detR=−1の場合には曲率は変わらないが捩率の符号が反転する。
証明.β~′(s)=Rβ′(s)=RT(s)である。Rは内積を保つので∥β~′∥=∥T∥=1であり、β~は単位速度である。T~=RTでありT~′=RT′であるから
κ~=∥RT′∥=∥T′∥=κである。κ>0の点ではN~c=T~′/κ~=RT′/κ=RNcである。補題 1.2 (4)により
B~=T~×N~c=(RT)×(RNc)=detR⋅R(T×Nc)=RBである。最後の等号でdetR=1を用いた。捩率は
τ~=⟨N~c′,B~⟩=⟨RNc′,RB⟩=⟨Nc′,B⟩=τである。
detR=−1の場合もT~=RT、κ~=κ、N~c=RNcは同じである。補題 1.2 (4)により(RT)×(RNc)=detR⋅R(T×Nc)=−RBであるからB~=−RBである。よってτ~=⟨RNc′, −RB⟩=−⟨Nc′,B⟩=−τである。▨
補題 5.2.Iを開区間、κ,τ:I→Rを連続関数とし、
Ω(s)=0−κ(s)0κ(s)0−τ(s)0τ(s)0と置く。C1写像Y1,Y2,Y3:I→R3が
Yi′(s)=j=1∑3Ωij(s)Yj(s)(i=1,2,3)を満たし、あるs0∈Iで(Y1(s0),Y2(s0),Y3(s0))が正の向きの正規直交基底であるとする。このとき、すべてのs∈Iで(Y1(s),Y2(s),Y3(s))は正の向きの正規直交基底である。
証明.gij(s)=⟨Yi(s),Yj(s)⟩と置く。内積の双線形性と積の微分により
gij′=⟨Yi′,Yj⟩+⟨Yi,Yj′⟩=k=1∑3Ωikgkj+k=1∑3Ωjkgikが成り立つ。右辺はg11,…,g33の九つの成分についての一次形式であり、その係数はκ(s)とτ(s)の一次式であるからsについて連続である。したがって(gij)は、R9に値を持つ連続な係数の線形常微分方程式系の解である。
定数関数g^ij≡δij(δは Kronecker の記号)も同じ系の解である。実際
k∑Ωikδkj+k∑Ωjkδik=Ωij+Ωji=0であり、Ωが交代行列であることからこれは零に等しく、g^ij′=0と合う。
仮定よりgij(s0)=δijであるから、(gij)と(g^ij)は同じ初期値を持つ。「常微分方程式」の§E10.7 系 1.2により、連続な係数を持つ線形系の初期値問題の解は区間I全体で一意であるからgij≡δijである。すなわち(Y1,Y2,Y3)は各点で正規直交である。
向きについては、d(s)=det(Y1(s),Y2(s),Y3(s))と置く。dは成分の多項式であるから連続である。各sで(Y1,Y2,Y3)を列に並べた行列P(s)はP(s)TP(s)=Iを満たすから、§D3.4 定理 9.1によりd(s)2=1、すなわちd(s)∈{1,−1}である。Iは区間でありd(s0)=1であるから、中間値の定理によりd≡1である。▨
定理 5.3 (曲線論の基本定理).Iを開区間、κ:I→Rとτ:I→RをC∞関数であって、すべてのs∈Iでκ(s)>0が成り立つものとする。
存在。κを曲率、τを捩率とする単位速度曲線β:I→R3が存在する。
一意性。β1,β2:I→R3がともに単位速度曲線であって曲率がκ、捩率がτであるならば、RTR=IかつdetR=1を満たす3次実行列Rとb∈R3が存在して、すべてのs∈Iで
β2(s)=Rβ1(s)+bが成り立つ。
証明. 存在。s0∈I、p0∈R3を取り、R3の正の向きの正規直交基底(T0,N0,B0)を一つ固定する。補題 5.2のΩを用いて、未知写像Y=(Y1,Y2,Y3):I→R9についての方程式
Y1′=κY2,Y2′=−κY1+τY3,Y3′=−τY2を考える。これはY′=A(s)Yの形の線形系であり、9次正方行列A(s)の成分は0、±κ(s)、±τ(s)のいずれかであるから連続である。§E10.7 系 1.2により、初期条件Y(s0)=(T0,N0,B0)を満たす解がI全体で一意に存在する。
YがC∞であることを示す。Yは解であるからC1である。YがCkであると仮定すると、AがC∞であることからY′=AYの右辺はCkであり、YはCk+1である。k=1から始めて繰り返すと、すべての正の整数kについてYはCkであり、したがってC∞である。
補題 5.2により、(Y1(s),Y2(s),Y3(s))は各sで正の向きの正規直交基底である。
β(s)=p0+∫s0sY1(σ)dσ(s∈I)と定める。成分ごとに§D1.19 定理 1.1を適用するとβ′=Y1であり、Y1がC∞であるからβはC∞である。∥Y1∥=1であるからβは単位速度曲線であり、その単位接ベクトル場はT=Y1である。
βの曲率は∥T′∥=∥κY2∥=κである。仮定よりκ>0であるから Frenet 標構が定まり
Nc=κT′=Y2である。補題 1.2 (3)により、正の向きの正規直交基底(Y1,Y2,Y3)に対してY3=Y1×Y2であるからB=T×Nc=Y3である。捩率は
⟨Nc′,B⟩=⟨−κY1+τY3, Y3⟩=τである。よってβはκを曲率、τを捩率とする単位速度曲線である。
一意性。β1、β2を仮定のとおりとし、それぞれの Frenet 標構を(T1,N1,B1)、(T2,N2,B2)と書く。s0∈Iを取り、(Ti(s0),Ni(s0),Bi(s0))を列に並べた行列をPiと書く。命題 3.2によりPiはPiTPi=IかつdetPi=1を満たす。R=P2P1−1と置くとRTR=Iであり、§D3.4 定理 9.1によりdetR=detP2/detP1=1である。さらにb=β2(s0)−Rβ1(s0)と置き、Φ(x)=Rx+b、β~=Φ∘β1とする。
命題 5.1により、β~は単位速度曲線であり、曲率はκ、捩率はτであって、その Frenet 標構は(RT1,RN1,RB1)である。s=s0ではRの定め方から
(RT1(s0), RN1(s0), RB1(s0))=(T2(s0), N2(s0), B2(s0))であり、bの定め方からβ~(s0)=β2(s0)である。
β~の標構とβ2の標構は、いずれも定理 3.4により同じ線形系Y′=A(s)Yを満たし、s0で同じ値を取る。§E10.7 系 1.2の一意性により、二つの標構はI全体で一致する。とくにβ~′=β2′である。s↦β~(s)−β2(s)の導関数は恒等的に零であり、s0での値が零であるから、§E4.3 系 2.3によりこの写像は恒等的に零である。よってβ2=β~=Rβ1+bである。▨
例 5.4 (曲率と捩率が定数である曲線).κ0>0とτ0∈Rを定数とし、I=Rの上でκ≡κ0、τ≡τ0とする。定理 5.3により、これらを曲率と捩率に持つ単位速度曲線が向きを保つ合同変換を除いて一意に存在する。
具体的な解を一つ書き下す。例 3.6により、a>0、b∈R、c=a2+b2の常螺旋の曲率と捩率は
κ=a2+b2a,τ=a2+b2bである。κ0>0、τ0が与えられたとき、κ02+τ02>0であるから
a=κ02+τ02κ0,b=κ02+τ02τ0と置くとa>0であり、a2+b2=1/(κ02+τ02)であるから
a2+b2a=κ0,a2+b2b=τ0となる。よってこの(a,b)の常螺旋が解である。一意性により、曲率と捩率が定数κ0>0、τ0である単位速度曲線は、この常螺旋を向きを保つ合同変換で移したものに限る。τ0=0の場合はb=0であり、半径1/κ0の円である。
6 演習
問題 6.1 (Frenet 標構と曲線論の基本定理の確認). 次の各問に答えよ。
- 補題 1.2 (3)の証明を再現せよ。とくに、span(u,v)の直交補空間から単位ベクトルを取るときに、符号の選択が必要になる理由を述べよ。
- 定理 3.4の証明を再現せよ。九つの内積のうち、どれが直交関係の微分から得られ、どれが定義から得られるかを表にまとめよ。
- 定理 3.4の証明でκ>0を用いた箇所をすべて挙げよ。κが零になる点でこの証明のどこが成り立たなくなるかを、例 4.1と対応させて述べよ。
- 補題 5.2の証明を再現せよ。Ωが交代行列であることを用いた箇所を明示し、Ωが交代行列でない場合にg^ij≡δijが解にならないことを確かめよ。
- 定理 5.3の存在の証明で、標構の正規直交性を「回転群に値を持つ方程式の解であること」から結論しようとすると何が必要になるかを述べよ。本記事がその経路を採らない理由を、引用することができる上流の主張の範囲から説明せよ。
- 命題 5.1のdetR=−1の場合を再現し、鏡映R=diag(1,1,−1)を例 3.6の常螺旋へ適用して、捩率の符号が反転することを直接の計算で確かめよ。
- γ(t)=(t, t2, t3)について公式 3.5を用い、t=0における曲率と捩率を求めよ。
- 命題 3.7の逆向きの証明で、⟨B(s),n⟩が定数であることを導く議論を再現せよ。Jが区間でないとき、この議論のどこが成り立たなくなるかを述べよ。
解答 (演習の解答).
(1)span(u,v)の直交補空間は1次元であるから、そこに属する単位ベクトルはw0と−w0の二つである。(u,v,w0)を列とする行列PはPTP=Iを満たすのでdetP=±1であり、どちらになるかはw0の符号で決まる。det=1を満たすほうを選ぶ必要があるので、符号の選択が要る。(2)定義から得られるのはT′のNc成分(κ)とNc′のB成分(τ)である。⟨T,T⟩、⟨Nc,Nc⟩、⟨B,B⟩の微分から三つの対角成分が零であること、⟨T,Nc⟩、⟨T,B⟩、⟨Nc,B⟩の微分から残る三対の非対角成分が符号を変えて対になることが得られる。(3)κ>0は、Nc=T′/κが定義されること、κがC∞であること、および(T,Nc,B)が基底になることのすべてに使われる。κが零になる点ではNcが定義されず、例 4.1のとおり片側からの極限も一致しないので、展開の基底そのものが存在しない。(4)本文のとおりである。Ωが交代行列であることはΩij+Ωji=0の形で用いる。Ωが交代行列でなければg^ij′=0とΩij+Ωjiが食い違うので、定数関数δijは解にならない。実際、正規直交性が保たれるのは係数行列が交代行列である場合に限る。(5)標構を回転群SO(3)に値を持つ写像として扱うには、SO(3)の多様体としての構造、交代行列の指数関数、およびそれらに対する常微分方程式の解の存在が必要である。「線形代数 II」はこれらを供給しておらず、「常微分方程式」も回転群に値を持つ方程式を扱っていない。本記事が引用することができるのは、連続な係数を持つ線形系の大域的な一意存在(§E10.7 系 1.2)だけである。そこで、正規直交性を Gram 行列が満たす線形系の解の一意性として導いた。(6)R=diag(1,1,−1)はRTR=Iを満たしdetR=−1である。例 3.6のβに適用するとRβ(s)=(acosθ, asinθ, −bs/c)であり、これはbを−bに取り替えた常螺旋である。ただしパラメータの規格化はcが変わらないので保たれる。よって曲率はa/c2のまま、捩率は−b/c2になり、符号が反転する。(7)γ′=(1,2t,3t2)、γ′′=(0,2,6t)、γ′′′=(0,0,6)である。t=0ではγ′=(1,0,0)、γ′′=(0,2,0)、γ′′′=(0,0,6)であるから
γ′×γ′′=(0,0,2),v=1,κ=12=2であり
τ=22⟨(0,0,2),(0,0,6)⟩=412=3である。(8)nがTともNcとも直交することから、各点でn=±B(s)であり⟨B(s),n⟩∈{1,−1}である。この関数は連続であり、連結なJの連続像は連結であるから、値は一点に限られる。Jが二つの互いに交わらない開区間の合併であれば連結でないので、成分ごとに符号が異なることが起こりうる。そのときはBが定数写像になるとは限らない。▨
7 仮定と後続記事の境界
曲率の正値性は結論を変える仮定である。定義 3.1、定理 3.4、定理 5.3のすべてがκ>0を仮定する。例 4.1は、κの零点が孤立していても標構が延長しないことを示しており、この仮定を弱めることはできない。曲率が恒等的に零である場合は命題 2.2のとおり直線であり、標構を作るまでもなく曲線が決まる。
一意性は向きを保つ合同変換を除いた一意性である。命題 5.1のとおり、detR=−1の合同変換は捩率の符号を反転する。したがって、向きを反転する合同変換まで許すと定理 5.3の一意性は成り立たない。
定義域は開区間に限る。定理 5.3の存在部分は§E10.7 系 1.2を用いるが、その主張は開区間の上で述べられている。閉区間や半開区間へ拡張するには、端点における片側微分を扱う形の主張が別に要る。本記事はそれを主張しない。
曲線の大域的な性質は扱わない。全曲率に関する定理と四頂点定理は本単元の守備範囲の外にある。結び目と絡み目の不変量は「結び目理論」が扱う。
定理 3.4は、発展の記事「曲線と Frenet 標構の実装」が数値積分の対象とする方程式である。そこで観察されるのは有限精度の計算であって、定理 5.3の証明ではない。
曲面の側では、単位法線をNと書く。曲線の主法線Ncと記号が衝突しないように添字を付けているので、曲面上の曲線を扱う記事では両方が同時に現れる。曲面上の曲線については、加速度の接平面成分を測る測地曲率という別の量を「測地線・測地曲率・エネルギーの第一変分」が定義する。本記事のκは三次元空間の中で測った量であり、両者は一致しない。