1 ノルムと全微分
定義 1.1.n,m∈N≥1とし、RnとRmにそれぞれノルムを固定して、どちらも∥⋅∥と書く。線形写像A:Rn→Rmに対して
∥A∥:=sup{∥Ah∥∣h∈Rn, ∥h∥=1}を、固定した二つのノルムに関するAの 作用素ノルム (operator norm induced by norms) という。
補題 1.2.n,m∈N≥1とし、RnとRmにそれぞれノルムを固定して、どちらも∥⋅∥と書く。
- 任意の線形写像A:Rn→Rmに対して∥A∥は有限であり、任意のh∈Rnに対して∥Ah∥≤∥A∥∥h∥が成り立つ。さらに∥v∥=1かつ∥Av∥=∥A∥を満たすv∈Rnが存在する。
- U⊂Rnを開集合、x∈Uとする。実数ρ>0が存在して、∥h∥<ρを満たす任意のh∈Rnに対してx+h∈Uが成り立つ。
- U⊂Rnを開集合、F:U→Rmを写像、x∈U、A:Rn→Rmを線形写像とする。Fがxで全微分可能でありDF(x)=Aであることと、任意のε>0に対して実数ρ>0が存在し、∥h∥<ρを満たす任意のh∈Rnに対してx+h∈Uかつ∥F(x+h)−F(x)−Ah∥≤ε∥h∥が成り立つことは同値である。
2 前進誤差と後退誤差
定義 2.1.n,m∈N≥1とし、RnとRmにそれぞれノルムを固定して、どちらも∥⋅∥と書く。U⊂Rnを開集合、F:U→Rmを写像とし、x∈Uを入力、F(x)を出力と呼ぶ。x∈Uとy^∈Rmに対して次のように定める。
- ∥y^−F(x)∥をy^の 絶対前進誤差 (absolute forward error) という。F(x)=0のとき、∥y^−F(x)∥/∥F(x)∥をy^の 相対前進誤差 (relative forward error) という。F(x)=0のときは相対前進誤差を定めず、絶対前進誤差を用いる。
- P⊂Rnを部分集合とし、Pの元を許容する摂動と呼ぶ。
EP(x,y^):={Δx∈P∣x+Δx∈U, F(x+Δx)=y^}
と置き、ηP(x,y^):=inf{∥Δx∥∣Δx∈EP(x,y^)}をy^の 絶対後退誤差 (absolute backward error) という。ただしEP(x,y^)=∅のときηP(x,y^):=+∞とする。x=0のとき、ηP(x,y^)/∥x∥をy^の 相対後退誤差 (relative backward error) という。x=0のときは相対後退誤差を定めず、絶対後退誤差を用いる。P=Rnのとき添字Pを省く。
例 2.2.a=0とbを実数とし、Rのノルムを絶対値とする。一次方程式ax=bの解を、入力bの写像g(b)=b/a(g:R→R)と見る。近似値x^∈Rに対してg(b+Δb)=x^となるΔbはax^−bだけであるから、絶対後退誤差は∣ax^−b∣、絶対前進誤差は∣x^−b/a∣=∣ax^−b∣/∣a∣である。b=0ならば、相対後退誤差と相対前進誤差はどちらも∣ax^−b∣/∣b∣である。b=0ならば出力は0であり、相対前進誤差は定めない。
同じ方程式を、入力(a,b)の写像S(a,b)=b/a(S:{(a,b)∈R2∣a=0}→R)と見て、R2に∥(a,b)∥∞=max{∣a∣,∣b∣}を入れ、許容する摂動をP=R×{0}(aだけの摂動)とする。EP((a,b),x^)はa+Δa=0かつ(a+Δa)x^=bを満たす(Δa,0)の全体である。b=0、x^=0ならばEP((a,b),x^)={(b/x^−a,0)}であり、絶対後退誤差は∣b/x^−a∣である。b=0、x^=0ならば、およびb=0、x^=0ならば、条件を満たすa+Δa=0は存在せず、絶対後退誤差は+∞である。b=0、x^=0ならば(0,0)∈EP((a,b),x^)であり、絶対後退誤差は0である。
3 条件数
定義 3.1.n,m∈N≥1とし、RnとRmにそれぞれノルムを固定して、どちらも∥⋅∥と書く。U⊂Rnを開集合、F:U→Rmを写像、x∈Uとする。δ>0に対して
s(δ):=sup{∥Δx∥∥F(x+Δx)−F(x)∥ Δx∈Rn, 0<∥Δx∥≤δ, x+Δx∈U}∈[0,+∞]と置く。補題 1.2 (2)により上限をとる集合は空でなく、sはδについて単調非減少であるから、極限κabs(F,x):=limδ→+0s(δ)=infδ>0s(δ)∈[0,+∞]が定まる。κabs(F,x)をFのxにおける 絶対条件数 (absolute condition number) という。x=0かつF(x)=0のとき、
κrel(F,x):=δ→+0limsup{∥Δx∥/∥x∥∥F(x+Δx)−F(x)∥/∥F(x)∥ Δx∈Rn, 0<∥Δx∥≤δ∥x∥, x+Δx∈U}をFのxにおける 相対条件数 (relative condition number) という。x=0またはF(x)=0のときは相対条件数を定めず、絶対条件数を用いる。κrel(F,x)が大きいときFはxで 悪条件 (ill-conditioned) であるといい、小さいとき 良条件 (well-conditioned) であるという。この二語は条件数の値の大小を比較して述べる語であり、閾値を定めない。
命題 3.2.n,m∈N≥1とし、RnとRmにそれぞれノルムを固定して、どちらも∥⋅∥と書く。U⊂Rnを開集合、F:U→Rmを写像、x∈Uとする。
- x=0かつF(x)=0ならば、κrel(F,x)=κabs(F,x)∥x∥/∥F(x)∥が成り立つ。
- Fがxで全微分可能ならば、κabs(F,x)=∥DF(x)∥が成り立つ。したがって、さらにx=0かつF(x)=0ならば、κrel(F,x)=∥DF(x)∥∥x∥/∥F(x)∥が成り立つ。
証明.(1)を示す。0<∥Δx∥を満たすΔxについて、κrel(F,x)の定義の商は(∥x∥/∥F(x)∥)⋅∥F(x+Δx)−F(x)∥/∥Δx∥に等しい。条件0<∥Δx∥≤δ∥x∥のもとでの上限は(∥x∥/∥F(x)∥)s(δ∥x∥)であり、δ→+0として主張を得る。
(2)を示す。A:=DF(x)と置き、ε>0をとる。補題 1.2 (3)により、ρ>0が存在して、∥h∥<ρならばx+h∈Uかつ∥F(x+h)−F(x)−Ah∥≤ε∥h∥である。0<δ<ρとする。0<∥Δx∥≤δならば、補題 1.2 (1)により
∥F(x+Δx)−F(x)∥≤∥AΔx∥+ε∥Δx∥≤(∥A∥+ε)∥Δx∥であるから、s(δ)≤∥A∥+εである。補題 1.2 (1)により∥v∥=1かつ∥Av∥=∥A∥を満たすvをとる。Δx:=δvはx+Δx∈Uを満たし、
∥F(x+Δx)−F(x)∥≥δ∥Av∥−εδ=(∥A∥−ε)∥Δx∥であるから、s(δ)≥∥A∥−εである。したがって0<δ<ρに対して∣s(δ)−∥A∥∣≤εであり、κabs(F,x)=∥A∥が成り立つ。後半は(1)から従う。▨
系 3.3.I⊂Rを開集合、f:I→Rを関数とし、Rのノルムを絶対値とする。fがx∈Iで微分可能ならばκabs(f,x)=∣f′(x)∣であり、さらにx=0かつf(x)=0ならば
κrel(f,x)=f(x)xf′(x)である。
証明. 微分係数の定義により∣f(x+h)−f(x)−f′(x)h∣/∣h∣→0(h→0)であるから、fはxで全微分可能であり、Df(x)はh↦f′(x)hである。その作用素ノルムは∣f′(x)∣であり、命題 3.2 (2)により主張が成り立つ。▨
例 3.4.Rのノルムを絶対値とする。
- f(x)=x(x>0)はf′(x)=1/(2x)を満たし、系 3.3により任意のx>0でκrel(f,x)=1/2である。
- f(x)=logx(x>0)はf′(x)=1/xを満たし、x=1ならばκrel(f,x)=1/∣logx∣である。x=1+10−6ではκrel(f,x)=1000000.49999…である。x=1では出力が0であり、絶対条件数κabs(f,1)=1を用いる。
- a∈Rを固定し、f(x)=x−aとする。x=0かつx=aならばκrel(f,x)=∣x∣/∣x−a∣であり、a=0ならばx→aのとき+∞に発散する。x=aでは出力が0であり、κabs(f,a)=1を用いる。
- g(t)=log(1+t)(t>−1)はg′(t)=1/(1+t)を満たし、t=0ならば
κrel(g,t)=(1+t)∣log(1+t)∣∣t∣
である。t=10−6ではκrel(g,t)=0.99999950…であり、入力x=1+tに対するlogxの相対条件数1000000.49999…とは異なる。τ(t)=1+tと置くとg=log∘τであり、(3)をa=−1としてκrel(τ,t)=∣t∣/∣1+t∣、したがってκrel(g,t)=κrel(τ,t)κrel(log,1+t)が成り立つ。
定理 3.5.n∈N≥1とし、定義域と値域のRnにそれぞれノルムを固定して、どちらも∥⋅∥と書く。F:Rn→Rnを可逆な線形写像とする。
- 任意のx=0に対してκrel(F,x)=∥F∥∥x∥/∥Fx∥が成り立つ。
- 任意のx=0に対してκrel(F,x)≤∥F∥∥F−1∥が成り立ち、等号が成り立つことと∥Fx∥=∥x∥/∥F−1∥であることは同値である。等号を満たすx=0が存在する。したがってmaxx=0κrel(F,x)=∥F∥∥F−1∥である。
証明.F(x+h)−F(x)−Fh=0であるから、Fは各点で全微分可能でありDF(x)=Fである。x=0ならばFの単射性によりFx=0であるから、命題 3.2 (2)により(1)が成り立つ。
(2)を示す。x=0とし、y:=Fx=0と置く。補題 1.2 (1)により
∥Fx∥∥x∥=∥y∥∥F−1y∥≤∥F−1∥であり、(1)によりκrel(F,x)≤∥F∥∥F−1∥である。∥F∥>0であるから、等号は∥x∥/∥Fx∥=∥F−1∥と同値であり、∥F−1∥>0により∥Fx∥=∥x∥/∥F−1∥と同値である。補題 1.2 (1)により∥y0∥=1かつ∥F−1y0∥=∥F−1∥を満たすy0をとり、x0:=F−1y0=0と置くと、∥x0∥/∥Fx0∥=∥F−1∥である。▨
例 3.6.0<σ<1とし、R2の定義域と値域に∥(h1,h2)∥∞=max{∣h1∣,∣h2∣}を入れ、F(h1,h2)=(h1,σh2)と置く。∥F(h1,h2)∥∞=max{∣h1∣,σ∣h2∣}≤∥(h1,h2)∥∞であり∥Fe1∥∞=1であるから∥F∥=1である。F−1(h1,h2)=(h1,h2/σ)について同様に∥F−1∥=1/σであり、∥F−1e2∥∞=1/σである。定理 3.5 (1)によりκrel(F,e1)=1、κrel(F,e2)=1/σ=∥F∥∥F−1∥である。入力e2をte1(t>0)だけ摂動すると、出力の相対変化は∥F(te1)∥∞/∥Fe2∥∞=t/σであり、入力の相対変化tの1/σ倍である。入力e2をte2だけ摂動すると、出力の相対変化はσt/σ=tであり、入力の相対変化の1倍である。
4 有限の摂動
命題 4.1.n,m∈N≥1とし、RnとRmにそれぞれノルムを固定して、どちらも∥⋅∥と書く。U⊂Rnを開集合、F:U→Rmを写像、x∈U、Δx∈Rn、L≥0を実数とし、任意のt∈[0,1]に対してx+tΔx∈Uであり、Fがx+tΔxで全微分可能であって∥DF(x+tΔx)∥≤Lを満たすとする。このとき
∥F(x+Δx)−F(x)∥≤L∥Δx∥が成り立つ。特にx=0かつF(x)=0ならば、∥F(x+Δx)−F(x)∥/∥F(x)∥≤(L∥x∥/∥F(x)∥)⋅∥Δx∥/∥x∥である。
証明.Δx=0ならば両辺は0である。Δx=0とし、g(t):=F(x+tΔx)(t∈[0,1])と置き、ε>0をとる。t∈[0,1]とy:=x+tΔxについて、補題 1.2 (3)をε=1として適用するとρt>0が存在し、t′∈[0,1]が∣t′−t∣∥Δx∥<ρtを満たせば、補題 1.2 (1)により∥g(t′)−g(t)∥≤(∥DF(y)∥+1)∣t′−t∣∥Δx∥である。したがってgは[0,1]上で連続であり、φ(t):=∥g(t)−g(0)∥−(L∥Δx∥+ε)tも[0,1]上で連続であって、T:={t∈[0,1]∣φ(t)≤0}は0を含む閉集合である。c:=supTと置くとc∈Tである。c<1と仮定する。y:=x+cΔxとすると、補題 1.2 (3)によりρ>0が存在して、∥h∥<ρならば∥F(y+h)−F(y)−DF(y)h∥≤(ε/∥Δx∥)∥h∥である。0<σ<min{1−c, ρ/∥Δx∥}を満たすσをとり、h:=σΔxとすると、補題 1.2 (1)により
∥g(c+σ)−g(c)∥≤∥DF(y)∥σ∥Δx∥+εσ≤(L∥Δx∥+ε)σである。c∈Tであるから
∥g(c+σ)−g(0)∥≤∥g(c+σ)−g(c)∥+∥g(c)−g(0)∥≤(L∥Δx∥+ε)(c+σ)であり、c+σ∈Tとなってc=supTに反する。したがってc=1であり、∥F(x+Δx)−F(x)∥=∥g(1)−g(0)∥≤L∥Δx∥+εである。ε>0は任意であるから主張が成り立つ。▨
例 4.2.a=0とb=0を実数とし、ψ(α)=b/α(α=0)を一次方程式αx=bの解を係数αの関数と見た写像とする。系 3.3によりκrel(ψ,a)=∣a⋅(−b/a2)/(b/a)∣=1である。−1<θ<0とし、係数をaからa(1+θ)へ摂動する。出力の相対変化は
∣ψ(a)∣∣ψ(a(1+θ))−ψ(a)∣=1+θ1−1=1+θ∣θ∣であり、一次の予測κrel(ψ,a)∣θ∣=∣θ∣より大きい。aとa(1+θ)を結ぶ線分上で∣ψ′(α)∣=∣b∣/α2≤∣b∣/(a2(1+θ)2)=:Lであるから、命題 4.1により出力の相対変化はL∣aθ∣/∣b/a∣=∣θ∣/(1+θ)2以下である。θ=−1/2では、出力の相対変化は1、一次の予測は1/2、有限近傍の評価は2である。
5 後退誤差から前進誤差へ
定理 5.1.n,m∈N≥1とし、RnとRmにそれぞれノルムを固定して、どちらも∥⋅∥と書く。U⊂Rnを開集合、F:U→Rmを写像、x∈Uとし、x=0かつF(x)=0を仮定する。P⊂Rnとy^∈Rmに対して、η:=ηP(x,y^)/∥x∥をy^の相対後退誤差とする。
- κrel(F,x)<+∞とする。任意のε>0に対してη0>0が存在し、η<η0を満たす任意のPとy^について
∥F(x)∥∥y^−F(x)∥≤(κrel(F,x)+ε)η
が成り立つ。Fがxで全微分可能ならばκrel(F,x)=∥DF(x)∥∥x∥/∥F(x)∥<+∞である。
- ρ>0とL≥0を実数とし、B:={z∈Rn∣∥z−x∥<ρ∥x∥}がB⊂Uを満たし、FがBの各点で全微分可能であって、任意のz∈Bに対して∥DF(z)∥≤Lであるとする。η<ρを満たす任意のPとy^について
∥F(x)∥∥y^−F(x)∥≤∥F(x)∥L∥x∥η
が成り立つ。
- Fがxで全微分可能であるとする。∥v∥=1を満たす任意のv∈Rnに対して
t→+0limt/∥x∥∥F(x+tv)−F(x)∥/∥F(x)∥=∥F(x)∥∥DF(x)v∥∥x∥≤κrel(F,x)
が成り立ち、右の不等式が等号となることと∥DF(x)v∥=∥DF(x)∥は同値である。等号を満たすvが存在する。n=1ならば、∥v∥=1を満たす任意のvで等号が成り立つ。
証明.(1)を示す。κ:=κrel(F,x)と置き、δ>0に対してκの定義の上限をS(δ)と書く。S(δ)→κ(δ→+0)であるから、S(η0)≤κ+εを満たすη0>0がある。η<η0とし、η<η′≤η0を満たすη′をとる。ηP(x,y^)<η′∥x∥であるから、下限の定義により∥Δx∥<η′∥x∥を満たすΔx∈EP(x,y^)が存在する。Δx=0ならばy^=F(x)である。Δx=0ならば0<∥Δx∥≤η0∥x∥、x+Δx∈U、F(x+Δx)=y^であるから
∥F(x)∥∥y^−F(x)∥≤S(η0)∥x∥∥Δx∥≤(κ+ε)η′である。η′→η+0として主張の不等式を得る。後半は命題 3.2 (2)と補題 1.2 (1)による。
(2)を示す。η<η′<ρを満たすη′をとり、∥Δx∥<η′∥x∥を満たすΔx∈EP(x,y^)をとる。t∈[0,1]に対して∥(x+tΔx)−x∥≤∥Δx∥<ρ∥x∥であるからx+tΔx∈Bであり、命題 4.1により∥y^−F(x)∥=∥F(x+Δx)−F(x)∥≤L∥Δx∥≤Lη′∥x∥である。両辺を∥F(x)∥で割り、η′→η+0として主張を得る。
(3)を示す。A:=DF(x)、r(h):=F(x+h)−F(x)−Ahと置く。補題 1.2 (3)により∥r(tv)∥/t→0(t→+0)であり、
t∥F(x+tv)−F(x)∥−∥Av∥≤t∥r(tv)∥であるから、∥F(x+tv)−F(x)∥/t→∥Av∥である。両辺に∥x∥/∥F(x)∥を掛けて極限の等式を得る。補題 1.2 (1)により∥Av∥≤∥A∥であり、命題 3.2 (2)により∥A∥∥x∥/∥F(x)∥=κrel(F,x)であるから、不等式と等号の条件が成り立つ。等号を満たすvは補題 1.2 (1)により存在する。n=1ならば、∥h∥=∣h∣∥1∥であり、∥v∥=1を満たすvは±1/∥1∥である。∥Av∥=∥A1∥/∥1∥であり、∥A∥=sup∣h∣=1/∥1∥∣h∣∥A1∥=∥A1∥/∥1∥であるから、∥Av∥=∥A∥である。▨
定義 5.2.n,m∈N≥1とし、RnとRmにそれぞれノルムを固定して、どちらも∥⋅∥と書く。U⊂Rnを開集合、F:U→Rmを写像とする。Sを浮動小数点数系からなる空でない集合とし、Φ∈Sの単位丸め誤差をuΦと書く。各Φ∈Sに対して、集合DΦ⊂U∖{0}と写像F^Φ:DΦ→Rmが与えられているとする(F^Φ(x)は、Φの演算を用いる算法が入力xに対して返す値を表す)。
- 実数c≥0が存在して、任意のΦ∈Sとx∈DΦに対してF^Φ(x)の相対後退誤差がcuΦ以下であるとき、(F^Φ)Φ∈Sは定数cで 後退安定 (backward stable) であるという。
- n、m、ノルム、U、F、S、DΦ、F^Φが正の整数N(入力の次元や演算回数など、問題の規模を表す整数)を添字にもつ族として与えられ、各Nについて定数cNで後退安定であるとき、この族は定数(cN)Nで後退安定であるという。定数cNはNに依存してよく、Φとxには依存しない。
定義 5.4.n∈N≥1とし、Rnにノルム∥δ∥∞=maxi∣δi∣、Rに絶対値を入れる。U⊂Rnを開集合、f:U→Rを写像、x∈Uとする。δ∈Rnに対してx∘δ:=(x1δ1,…,xnδn)と置く。Ux:={δ∈Rn∣x+x∘δ∈U}は連続写像δ↦x+x∘δによるUの逆像であるから、0を含む開集合である。Gx:Ux→RをGx(δ):=f(x+x∘δ)で定める。
- f(x)=0のとき、Gxの0における絶対条件数(定義 3.1)を用いてκcomp(f,x):=κabs(Gx,0)/∣f(x)∣と置き、これをfのxにおける 成分ごとの相対条件数 (componentwise relative condition number) という。f(x)=0のときは成分ごとの相対条件数を定めない。
- y^∈Rに対して、Gxの入力0におけるy^の絶対後退誤差(定義 2.1 (2))
ηcomp(f,x,y^):=inf{∥δ∥∞∣δ∈Ux, f(x+x∘δ)=y^}
をy^の 成分ごとの相対後退誤差 (componentwise relative backward error) という。
命題 5.5.Φを基数β、仮数桁数pの浮動小数点数系、uをその単位丸め誤差、Nmaxをその最大元、flをΦの最近接丸めとする。a,b∈Φが∣ab∣≤Nmaxを満たし、ab=0であるかabが正規範囲にあるとする。このとき、実数a~,b~が存在して
fl(ab)=a~b~,∣a~−a∣≤u∣a∣,∣b~−b∣≤u∣b∣が成り立つ。特に、R2に∥(a,b)∥∞=max{∣a∣,∣b∣}を入れ、M(a,b)=abと置くと、(a,b)=(0,0)ならばfl(ab)のMに関する相対後退誤差はu以下である。また、ηcomp(M,(a,b),fl(ab))≤uである。
証明.ab=0ならば、§E20.1 系 3.2 (1)によりfl(ab)=0=abであり、a~:=a、b~:=bとする。abが正規範囲にあるならば、§E20.1 系 3.2 (2)によりfl(ab)=ab(1+δ)、∣δ∣≤uを満たすδがある。u=β1−p/2≤1/2であるから1+δ>0であり、a~:=a1+δ、b~:=b1+δと置くとa~b~=ab(1+δ)=fl(ab)である。
∣a~−a∣=∣a∣∣1+δ−1∣=∣a∣1+1+δ∣δ∣≤u∣a∣であり、b~についても同様である。Δ:=(a~−a,b~−b)はM((a,b)+Δ)=fl(ab)と∥Δ∥∞≤u∥(a,b)∥∞を満たすから、Δ∈E((a,b),fl(ab))であり、相対後退誤差はu以下である。a=0のときξ1:=(a~−a)/a、a=0のときξ1:=0と置き、ξ2をb、b~から同様に定めると、∣a~−a∣≤u∣a∣と∣b~−b∣≤u∣b∣からξ:=(ξ1,ξ2)∈R2は(a,b)∘ξ=(a~−a,b~−b)と∥ξ∥∞≤uを満たし、M((a,b)+(a,b)∘ξ)=fl(ab)であるから、ηcomp(M,(a,b),fl(ab))≤uである。▨
例 5.6.N≥2を整数とし、RNに∥x∥∞=maxi∣xi∣、Rに絶対値を入れ、FN(x)=x1⋯xNと置く。SNを(N−1)uΦ<1を満たす浮動小数点数系Φの全体とする。Φ∈SNに対し、DΦをx∈ΦNであって、p^1:=x1、p^j:=fl(p^j−1xj)(j=2,…,N)の各段の厳密な積p^j−1xjが正規範囲にあるものの全体とし、F^Φ(x):=p^Nと置く。x∈DΦとすると、n=Nとx1,…,xNは(N−1)uΦ<1と各段の厳密な積が正規範囲にあることを満たすから、§E20.1 例 4.2によりp^N=x1⋯xN∏j=2N(1+δj)、∣δj∣≤uΦである。x~1:=x1、x~j:=xj(1+δj)(j=2,…,N)と置くと、FN(x~)=p^Nと∥x~−x∥∞=max2≤j≤N∣δjxj∣≤uΦ∥x∥∞が成り立つ。したがってこの族は定数cN=1で後退安定である。
6 残差と求根
命題 6.1.I⊂Rを区間、f:I→RをI上で連続かつIの内部で微分可能な関数とし、r,x∈Iがf(r)=0を満たすとする。実数m>0が存在して、rとxの間にある任意のt(min{r,x}<t<max{r,x})に対して∣f′(t)∣≥mが成り立つならば、
∣x−r∣≤m∣f(x)∣である。
証明.x=rならば両辺は0である。x=rとし、a:=min{r,x}、b:=max{r,x}と置く。[a,b]⊂Iであり、(a,b)はIの内部に含まれるから、§D1.14 定理 3.1によりf(b)−f(a)=f′(c)(b−a)を満たすc∈(a,b)がある。f(r)=0であるから∣f(x)∣=∣f′(c)∣∣x−r∣≥m∣x−r∣である。▨
例 6.2.a>0とし、f(t)=a(t−1)の零点r=1を近似値x=2で近似する。残差は∣f(x)∣=a、誤差は∣x−r∣=1である。∣f′∣=aであるから命題 6.1をm=aで適用することができ、評価∣x−r∣≤∣f(x)∣/a=1は等号で成り立つ。a=1でもa=10−12でも誤差は1であり、残差は1と10−12である。xは定数項を摂動した関数f−f(x)の零点であり、定数項に対する絶対後退誤差は残差∣f(x)∣に等しい。定数項γを入力としf−γの零点1+γ/aを出力とする写像の絶対条件数は1/aであり、a=10−12では残差10−12が誤差1へ1012倍に拡大される。
例 6.3.r>0とし、ε∈Cが0<∣ε∣<r2を満たすとする。p(z)=z2、q(z)=−εと置き、Γを中心0、半径rの反時計回りの円周とする。p,qはCの上の正則関数、ΓはCの内部で零ホモローグなサイクルであり、∣Γ∣の上で∣q(z)∣=∣ε∣<r2=∣p(z)∣であるから、§E5.14 定理 4.1をD=Cとして適用し、§E5.5 命題 5.6 (1)により∣a∣<rでn(Γ,a)=1、∣a∣>rでn(Γ,a)=0であることを用いると、z2−εはpと同じく∣z∣<rに重複度込みで二つの零点をもつ。ε=∣ε∣eiϑと書き、w:=∣ε∣1/2eiϑ/2と置くとw2=εであり、z2−ε=(z−w)(z+w)から零点は±w、移動量は∣w∣=∣ε∣1/2である。∣ε∣1/2/∣ε∣=∣ε∣−1/2はε→0で有界でなく、零点の移動量はC∣ε∣の形で抑えられない。ε=10−12、r=10−2では零点は±10−6であり、移動量は106εである。実数ε>0について、p−εの零点εとx=0の間ではinf∣(p−ε)′(t)∣=inf0<t<ε2t=0であり、命題 6.1の仮定は満たされない。実数εが∣ε∣<1を満たすとき、z2−1−εの零点1+εとx=1の間で∣2t∣≥2min{1,1+ε}であるから、命題 6.1により∣1+ε−1∣≤∣ε∣/(2min{1,1+ε})であり、移動量は∣ε∣の一次で抑えられる。ε↦1+εの0における絶対条件数は系 3.3により1/2=1/∣p1′(1)∣(p1(z)=z2−1)である。
7 演習
解答.
∥⋅∥2を Euclid ノルムとする。§E12.1 命題 2.2により、定数c1,C1,c2,C2>0が存在して、任意のh∈Rnとk∈Rmに対してc1∥h∥2≤∥h∥≤C1∥h∥2、c2∥k∥2≤∥k∥≤C2∥k∥2が成り立つ。
補題 1.2 (1)を示す。§E4.2 命題 1.4により、∥Ah∥≤C2∥Ah∥2≤C2∥A∥op∥h∥2≤(C2∥A∥op/c1)∥h∥であり、∥A∥は有限である。h=0ならばh/∥h∥は∥⋅∥の単位ベクトルであるから∥Ah∥≤∥A∥∥h∥であり、h=0でも成り立つ。K:={h∈Rn∣∥h∥=1}と置く。∣∥h∥−∥h′∥∣≤∥h−h′∥≤C1∥h−h′∥2であるからh↦∥h∥は Euclid 距離について連続であり、Kは閉集合{1}の逆像として閉である。Kの元は∥h∥2≤1/c1を満たすのでKは有界である。§E2.9 定理 4.3によりKはコンパクトであり、n≥1であるからKは空でない。∣∥Ah∥−∥Ah′∥∣≤∥A∥C1∥h−h′∥2であるからh↦∥Ah∥はK上で連続であり、§E4.1 定理 5.1によりK上で最大値suph∈K∥Ah∥=∥A∥をとる点vが存在する。
補題 1.2 (2)を示す。Uは開集合であるから、r>0が存在して∥h∥2<rならばx+h∈Uである。ρ:=c1rと置くと、∥h∥<ρならば∥h∥2≤∥h∥/c1<rである。
補題 1.2 (3)を示す。R(h):=F(x+h)−F(x)−Ahと置く。h=0に対して
∥h∥∥R(h)∥≤c1C2∥h∥2∥R(h)∥2,∥h∥2∥R(h)∥2≤c2C1∥h∥∥R(h)∥であり、c1∥h∥2≤∥h∥≤C1∥h∥2から∥h∥→0と∥h∥2→0は同値である。Fがxで全微分可能でDF(x)=Aならば、§E4.2 定義 1.2により∥R(h)∥2/∥h∥2→0(h→0)であり、左の不等式から∥R(h)∥/∥h∥→0(∥h∥→0)である。ε>0に対して、ρ>0を補題 1.2 (2)の値以下で、0<∥h∥<ρならば∥R(h)∥≤ε∥h∥となるようにとる。R(0)=0であるから主張の条件が成り立つ。逆に主張の条件が成り立つならば∥R(h)∥/∥h∥→0であり、右の不等式から∥R(h)∥2/∥h∥2→0である。§E4.2 定義 1.2によりFはxで全微分可能であってAは全微分の定義を満たし、§E4.2 命題 1.5 (1)によりA=DF(x)である。▨
問題 7.2.U:={(a,b)∈R2∣a=0}とし、R2に∥(a,b)∥∞=max{∣a∣,∣b∣}、Rに絶対値を入れ、S(a,b)=b/aと置く。b=0ならば
κrel(S,(a,b))=∣a∣∣b∣(∣a∣+∣b∣)max{∣a∣,∣b∣}であることを示せ。また、この値が2以上であり、∣a∣=∣b∣のときに限り2に等しいことを示せ。
解答.
(h,k)∈R2が∣h∣<∣a∣を満たすとき(a+h,b+k)∈Uであり、A(h,k):=−bh/a2+k/aと置くと
S(a+h,b+k)−S(a,b)−A(h,k)=a(a+h)ka−bh−a2ka−bh=−a2(a+h)h(ka−bh)である。∣ka−bh∣≤(∣a∣+∣b∣)∥(h,k)∥∞と∣h∣≤∥(h,k)∥∞から、∥(h,k)∥∞≤∣a∣/2ならば∣a+h∣≥∣a∣/2であり、右辺の絶対値は2(∣a∣+∣b∣)∥(h,k)∥∞2/∣a∣3以下である。ε>0に対してρ:=min{∣a∣/2, ε∣a∣3/(2(∣a∣+∣b∣))}と置けば、∥(h,k)∥∞<ρのとき(a+h,b+k)∈Uかつ剰余の絶対値はε∥(h,k)∥∞以下である。補題 1.2 (3)によりSは(a,b)で全微分可能であり、DS(a,b)=Aである。∥(h,k)∥∞=1ならば∣A(h,k)∣≤∣b∣/a2+1/∣a∣であり、h=−sgnb、k=sgnaで等号が成り立つので、∥A∥=(∣a∣+∣b∣)/a2である。命題 3.2 (2)により
κrel(S,(a,b))=a2∣a∣+∣b∣⋅∣b∣/∣a∣max{∣a∣,∣b∣}=∣a∣∣b∣(∣a∣+∣b∣)max{∣a∣,∣b∣}である。∣a∣+∣b∣≥2min{∣a∣,∣b∣}とmax{∣a∣,∣b∣}min{∣a∣,∣b∣}=∣a∣∣b∣から値は2min{∣a∣,∣b∣}max{∣a∣,∣b∣}/(∣a∣∣b∣)=2以上であり、等号は∣a∣+∣b∣=2min{∣a∣,∣b∣}、すなわち∣a∣=∣b∣のときに限り成り立つ。▨