§E12.3Hahn–Banach の定理

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部分空間の上でだけ定義された有界線形汎関数を、その大きさの評価を保ったまま全空間へ延長することができるか。これが本記事の問いである。線形性だけを保つ延長であれば、部分空間の基底を全空間の基底へ延長し、付け加えた基底ベクトルにおける値を任意に定めることで得られる。この構成が保証するのは線形性だけであり、もとの汎関数が満たしていた不等式について何も述べない。値をまだ定めていない方向へ一つの値を選ぶたびに、その不等式はどこかで壊れうる。

不等式による支配を保ったまま延長を与えるのが Hahn–Banach の定理である。支配の条件は劣線形汎関数によって述べ、ノルムはその特別な場合にあたる。この定理からは、一点と閉線形部分空間を分離する汎関数、双対空間によるノルムの表示、および二重双対への標準写像が等長であることが従う。本記事は、実ベクトル空間に対する劣線形版を証明し、ノルムによる支配の場合を実数体と複素数体の双方について扱う。

1 実 Hahn–Banach の定理

定義 1.1.XXを実ベクトル空間とする。写像p:X→Rp:X\to\mathbb Rが劣線形 (sublinear) であるとは、任意のx,y∈Xx,y\in Xとt≥0t\geq0に対して

p(x+y)≤p(x)+p(y),p(tx)=tp(x)p(x+y)\leq p(x)+p(y),\qquad p(tx)=t p(x)

が成り立つことをいう。

ノルムは劣線形であるが、一般の劣線形汎関数はp(−x)=p(x)p(-x)=p(x)を満たすとは限らない。

定理 1.2 (Hahn–Banach の定理:実劣線形版).XXを実ベクトル空間、M⊂XM\subset Xを線形部分空間、p:X→Rp:X\to\mathbb Rを劣線形汎関数とする。実線形汎関数f:M→Rf:M\to\mathbb Rが

f(m)≤p(m)(m∈M)f(m)\leq p(m)\qquad(m\in M)

を満たすならば、実線形汎関数F:X→RF:X\to\mathbb Rが存在し、F∣M=fF|_M=fかつ

F(x)≤p(x)(x∈X)F(x)\leq p(x)\qquad(x\in X)

が成り立つ。

証明.M≠XM\neq Xとし、x0∈X∖Mx_0\in X\setminus Mをとって一段拡張を構成する。M1=M⊕Rx0M_1=M\oplus\mathbb R x_0上の線形延長は、F1(x0)=αF_1(x_0)=\alphaを定めると

F1(m+tx0)=f(m)+tαF_1(m+t x_0)=f(m)+t\alpha

によって一意に定まる。F1≤pF_1\leq pが成り立つための必要十分条件は

sup⁡m∈M(f(m)−p(m−x0))≤α≤inf⁡m∈M(p(m+x0)−f(m))(1)\sup_{m\in M}\bigl(f(m)-p(m-x_0)\bigr) \leq\alpha\leq \inf_{m\in M}\bigl(p(m+x_0)-f(m)\bigr) \tag{1}

である。実際、t>0t>0の場合はm/tm/tを用いて右側の不等式へ帰着し、t<0t<0の場合は−m/t-m/tを用いて左側の不等式へ帰着する。t=0t=0の場合はf≤pf\leq pである。

区間 (1) が空でないことを示す。任意のm1,m2∈Mm_1,m_2\in Mに対して

f(m1)+f(m2)=f(m1+m2)≤p(m1+m2)≤p(m1−x0)+p(m2+x0)\begin{aligned} f(m_1)+f(m_2) &=f(m_1+m_2)\\ &\leq p(m_1+m_2)\\ &\leq p(m_1-x_0)+p(m_2+x_0) \end{aligned}

である。したがって

f(m1)−p(m1−x0)≤p(m2+x0)−f(m2)f(m_1)-p(m_1-x_0)\leq p(m_2+x_0)-f(m_2)

である。m1m_1について上限をとり、m2m_2について下限をとると、(1) の左端は右端以下である。よって一段拡張が存在する。

次に、ffの延長の対(N,g)(N,g)で、M⊂N⊂XM\subset N\subset X、g:N→Rg:N\to\mathbb Rが線形、g∣M=fg|_M=f、g≤p∣Ng\leq p|_Nを満たすもの全体をE\mathcal Eとする。(N1,g1)⪯(N2,g2)(N_1,g_1)\preceq(N_2,g_2)をN1⊂N2N_1\subset N_2かつg2∣N1=g1g_2|_{N_1}=g_1によって定める。

C⊂E\mathcal C\subset\mathcal Eを鎖とする。C\mathcal Cが空ならば、(M,f)∈E(M,f)\in\mathcal EがC\mathcal Cの上界である。以下ではC\mathcal Cが空でないとし、NC:=⋃(N,g)∈CNN_{\mathcal C}:=\bigcup_{(N,g)\in\mathcal C}Nとおく。鎖の任意の二つの元は包含関係で比較することができるため、各x∈NCx\in N_{\mathcal C}に対して、その元を含むNN上のg(x)g(x)を値とする写像gCg_{\mathcal C}は矛盾なく定まる。同じ比較可能性からNCN_{\mathcal C}は線形部分空間であり、gCg_{\mathcal C}は線形で、gC≤pg_{\mathcal C}\leq pである。したがって(NC,gC)(N_{\mathcal C},g_{\mathcal C})は鎖C\mathcal Cの上界である。

§E1.20 定理 2.1が証明する Zorn の補題をE\mathcal Eに適用すると、極大元(N∗,g∗)(N_*,g_*)が存在する。N∗≠XN_*\neq Xならば、前半の一段拡張によってg∗g_*を真に大きい部分空間へ延長することができ、極大性に反する。よってN∗=XN_*=Xであり、F=g∗F=g_*が求める延長である。▨

例 1.3 (一段拡張の許容区間).X=R2X=\mathbb R^2にp(x,y)=max⁡{∣x∣,∣y∣}p(x,y)=\max\{|x|,|y|\}を入れる。M=span⁡{(1,1)}M=\operatorname{span}\{(1,1)\}上でf(t,t)=tf(t,t)=tと定める。x0=(0,1)x_0=(0,1)とすると、定理 1.2の証明で許されるα=F(x0)\alpha=F(x_0)の範囲は

sup⁡t∈R(t−p(t,t−1))≤α≤inf⁡t∈R(p(t,t+1)−t)\sup_{t\in\mathbb R}\bigl(t-p(t,t-1)\bigr) \leq\alpha\leq \inf_{t\in\mathbb R}\bigl(p(t,t+1)-t\bigr)

である。

t−p(t,t−1)t-p(t,t-1)はt≤1/2t\leq1/2で2t−12t-1、t≥1/2t\geq1/2で00なので、左端は00である。p(t,t+1)−tp(t,t+1)-tはt≤−1/2t\leq-1/2で−2t-2t、t≥−1/2t\geq-1/2で11なので、右端は11である。したがって0≤α≤10\leq\alpha\leq1である。

α=1/2\alpha=1/2を選ぶと、延長は

F(x,y)=x+y2F(x,y)=\frac{x+y}{2}

となる。実際、

∣F(x,y)∣≤∣x∣+∣y∣2≤max⁡{∣x∣,∣y∣}=p(x,y)|F(x,y)|\leq\frac{|x|+|y|}{2}\leq\max\{|x|,|y|\}=p(x,y)

であり、F(t,t)=tF(t,t)=tである。よってFFはノルムを保つ延長である。

2 ノルムを保つ実・複素延長

系 2.1 (ノルムを保つ実 Hahn–Banach).XXを実ノルム空間、M⊂XM\subset Xを線形部分空間、f∈M∗f\in M^*とする。このとき、あるF∈X∗F\in X^*が存在し、F∣M=fF|_M=fかつ∥F∥=∥f∥\|F\|=\|f\|である。

証明.p(x)=∥f∥ ∥x∥p(x)=\|f\|\,\|x\|とおく。定理 1.2による延長FFはF(x)≤∥f∥ ∥x∥F(x)\leq\|f\|\,\|x\|を満たす。−F(x)=F(−x)≤∥f∥ ∥−x∥-F(x)=F(-x)\leq\|f\|\,\|-x\|でもあるため、∣F(x)∣≤∥f∥ ∥x∥|F(x)|\leq\|f\|\,\|x\|であり、∥F∥≤∥f∥\|F\|\leq\|f\|である。一方、FFはffの延長なので∥F∥≥∥f∥\|F\|\geq\|f\|である。したがって等号が成り立つ。▨

定理 2.2 (ノルムを保つ複素 Hahn–Banach).XXを複素ノルム空間、M⊂XM\subset Xを複素線形部分空間、f∈M∗f\in M^*とする。このとき、ある複素線形汎関数F∈X∗F\in X^*が存在し、F∣M=fF|_M=fかつ∥F∥=∥f∥\|F\|=\|f\|である。

証明.u=Re⁡fu=\operatorname{Re}fとおく。m∈Mm\in Mに対して∣u(m)∣≤∣f(m)∣≤∥f∥ ∥m∥|u(m)|\leq|f(m)|\leq\|f\|\,\|m\|なので、実 Hahn–Banach により、実線形汎関数U:X→RU:X\to\mathbb Rが存在し、U∣M=uU|_M=uかつ∣U(x)∣≤∥f∥ ∥x∥|U(x)|\leq\|f\|\,\|x\|となる。

F(x):=U(x)−iU(ix)F(x):=U(x)-iU(ix)と定める。UUの実線形性からFFは加法的であり、実数倍を保つ。また、

F(ix)=U(ix)−iU(−x)=U(ix)+iU(x)=iF(x)F(ix)=U(ix)-iU(-x)=U(ix)+iU(x)=iF(x)

なので、FFは複素線形である。m∈Mm\in Mに対してU(im)=Re⁡f(im)=−Im⁡f(m)U(im)=\operatorname{Re}f(im)=-\operatorname{Im}f(m)であるため、

F(m)=Re⁡f(m)+iIm⁡f(m)=f(m).F(m)=\operatorname{Re}f(m)+i\operatorname{Im}f(m)=f(m).

F(x)≠0F(x)\neq0のとき、λ∈C\lambda\in\mathbb Cを∣λ∣=1|\lambda|=1かつλF(x)=∣F(x)∣\lambda F(x)=|F(x)|となるようにとる。FFの複素線形性とRe⁡F(z)=U(z)\operatorname{Re}F(z)=U(z)から

∣F(x)∣=Re⁡F(λx)=U(λx)≤∥f∥ ∥λx∥=∥f∥ ∥x∥|F(x)|=\operatorname{Re}F(\lambda x)=U(\lambda x) \leq\|f\|\,\|\lambda x\|=\|f\|\,\|x\|

を得る。F(x)=0F(x)=0の場合も同じ評価が成り立つ。よって∥F∥≤∥f∥\|F\|\leq\|f\|であり、制限から逆向きの不等式も成り立つため∥F∥=∥f∥\|F\|=\|f\|である。▨

3 双対空間による分離とノルム表示

系 3.1.XXを実または複素ノルム空間とする。任意のx∈X∖{0}x\in X\setminus\{0\}に対して、あるf∈X∗f\in X^*が存在し、

∥f∥=1,f(x)=∥x∥\|f\|=1, \qquad f(x)=\|x\|

が成り立つ。したがって、x≠yx\neq yならば、あるf∈X∗f\in X^*が存在してf(x)≠f(y)f(x)\neq f(y)となる。

証明.M=KxM=\mathbb Kxとし、f0(αx)=α∥x∥f_0(\alpha x)=\alpha\|x\|と定める。f0f_0は線形であり、∣f0(αx)∣=∥αx∥|f_0(\alpha x)|=\|\alpha x\|なので∥f0∥=1\|f_0\|=1である。実または複素 Hahn–Banach によってf0f_0をノルムを保ってXXへ延長する。x≠yx\neq yの場合はx−y≠0x-y\neq0に同じ主張を適用する。▨

系 3.2. 任意のx∈Xx\in Xに対して

∥x∥=sup⁡{∣f(x)∣:f∈X∗, ∥f∥≤1}\|x\|=\sup\{|f(x)|:f\in X^*,\ \|f\|\leq1\}

が成り立つ。

証明.∥f∥≤1\|f\|\leq1なら∣f(x)∣≤∥x∥|f(x)|\leq\|x\|なので、右辺は∥x∥\|x\|以下である。x≠0x\neq0なら系 3.1が等号を達成するffを与える。x=0x=0の場合は両辺が00である。▨

定理 3.3.J:X→X∗∗J:X\to X^{**}を

(Jx)(f):=f(x)(x∈X, f∈X∗)(Jx)(f):=f(x)\qquad(x\in X,\ f\in X^*)

によって定めると、JJは線形等長写像である。特にJJは単射である。

証明.JJの線形性は定義から従う。任意のf∈X∗f\in X^*に対して∣(Jx)(f)∣=∣f(x)∣≤∥f∥ ∥x∥|(Jx)(f)|=|f(x)|\leq\|f\|\,\|x\|なのでJx∈X∗∗Jx\in X^{**}かつ∥Jx∥≤∥x∥\|Jx\|\leq\|x\|である。一方、系 3.1により、x≠0x\neq0に対して∥f∥=1\|f\|=1かつf(x)=∥x∥f(x)=\|x\|となるffが存在する。したがって∥Jx∥≥∥x∥\|Jx\|\geq\|x\|である。x=0x=0の場合も含めて∥Jx∥=∥x∥\|Jx\|=\|x\|となり、JJは等長である。等長写像の核は{0}\{0\}なのでJJは単射である。▨

4 点と閉部分空間の分離

定理 4.1.MMをノルム空間XXの閉線形部分空間とし、x0∉Mx_0\notin Mとする。d:=dist⁡(x0,M)d:=\operatorname{dist}(x_0,M)とおくとd>0d>0であり、あるf∈X∗f\in X^*が存在して

f∣M=0,f(x0)=1,∥f∥=1df|_M=0,\qquad f(x_0)=1,\qquad \|f\|=\frac1d

が成り立つ。

証明.d=0d=0ならば、各nnに対してmn∈Mm_n\in Mを∥x0−mn∥<1/n\|x_0-m_n\|<1/nとなるようにとることができる。このときmn→x0m_n\to x_0であり、MMの閉性からx0∈Mx_0\in Mとなるので矛盾する。よってd>0d>0である。

N=M⊕Kx0N=M\oplus\mathbb Kx_0上でf0(m+αx0)=αf_0(m+\alpha x_0)=\alphaと定める。α≠0\alpha\neq0ならば

∥m+αx0∥=∣α∣ ∥x0+α−1m∥≥∣α∣d\|m+\alpha x_0\| =|\alpha|\,\|x_0+\alpha^{-1}m\| \geq |\alpha|d

なので、∣f0(m+αx0)∣≤d−1∥m+αx0∥|f_0(m+\alpha x_0)|\leq d^{-1}\|m+\alpha x_0\|である。α=0\alpha=0の場合も同じ評価が成り立つため∥f0∥≤1/d\|f_0\|\leq1/dである。

任意のε>0\varepsilon>0に対してm∈Mm\in Mを∥x0−m∥<d+ε\|x_0-m\|<d+\varepsilonとなるようにとると、f0(x0−m)=1f_0(x_0-m)=1なので∥f0∥≥1/(d+ε)\|f_0\|\geq1/(d+\varepsilon)である。ε↓0\varepsilon\downarrow0とすると∥f0∥=1/d\|f_0\|=1/dを得る。実または複素 Hahn–Banach によってf0f_0をノルムを保ってXXへ延長すれば、主張するffを得る。▨

例 4.2 (分離超平面の具体例).X=R2X=\mathbb R^2に Euclid ノルムを入れ、M={(s,0):s∈R}M=\{(s,0):s\in\mathbb R\}、x0=(0,2)x_0=(0,2)とする。dist⁡(x0,M)=2\operatorname{dist}(x_0,M)=2である。汎関数f(s,t)=t/2f(s,t)=t/2は

f∣M=0,f(x0)=1,∥f∥=12f|_M=0,\qquad f(x_0)=1,\qquad \|f\|=\frac12

を満たす。集合{f=0}=M\{f=0\}=Mはx0x_0とMMを分離する超平面である。

5 演習

問題 5.1 (一段拡張の許容区間の導出).定理 1.2の一段拡張で、t>0t>0とt<0t<0の場合から式 (1) を導け。不等号を負数で割る箇所を明示せよ。

問題 5.2 (実部からの複素線形性の復元). 複素 Hahn–Banach の証明でF(ix)=iF(x)F(ix)=iF(x)を用いて複素線形性を導き、Re⁡F=U\operatorname{Re}F=Uを確認せよ。

問題 5.3 (閉でない部分空間への距離).定理 4.1のMMが閉じていない場合、x0∉Mx_0\notin Mであってもdist⁡(x0,M)=0\operatorname{dist}(x_0,M)=0となる例をc00⊂c0c_{00}\subset c_0から構成せよ。

問題 5.4 (標準写像の像の閉性).J:X→X∗∗J:X\to X^{**}の像が閉じていることを、定理 3.3と§E12.1 命題 1.4を用いて、XXが Banach 空間である場合に証明せよ。

参考文献

  1. Walter Rudin, Functional Analysis, 2nd ed., International Series in Pure and Applied Mathematics, McGraw Hill, 1991.実および複素 Hahn–Banach の定理と標準的な帰結を参考にした。
  2. John B. Conway, A Course in Functional Analysis, 2nd ed., Graduate Texts in Mathematics, Springer, New York, 1990.Hahn–Banach の定理、双対によるノルム表示、および標準埋め込みを参考にした。
  3. Lawrence Narici and Edward Beckenstein, Topological Vector Spaces, 2nd ed., Chapman & Hall/CRC Pure and Applied Mathematics, CRC Press, Boca Raton, 2010.一段拡張と複素線形汎関数の復元公式を参考にした。

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