1 自己共役性
定義 1.1.Hを実 Hilbert 空間または複素 Hilbert 空間とする。有界線形作用素T:H→Hが
⟨Tx,y⟩=⟨x,Ty⟩(x,y∈H)を満たすとき、Tを自己共役作用素 (self-adjoint operator) という。
命題 1.2.Tを自己共役作用素とする。Tの固有値は実数である。また、相異なる固有値に対応する固有空間は互いに直交する。
証明.Tx=λx、x=0とする。複素 Hilbert 空間では
λ∥x∥2=⟨Tx,x⟩=⟨x,Tx⟩=λ∥x∥2であるからλ∈Rである。実 Hilbert 空間では固有値は初めから実数である。
Tx=λx、Ty=μy、λ=μとする。上で示した実性と自己共役性により
λ⟨x,y⟩=⟨Tx,y⟩=⟨x,Ty⟩=μ⟨x,y⟩.したがって⟨x,y⟩=0である。▨
2 Rayleigh 商と非零固有値
補題 2.1.Tを Hilbert 空間H上の有界自己共役作用素とする。このとき
∥T∥=∥x∥≤1sup∣⟨Tx,x⟩∣が成り立つ。
さらにH={0}ならば
∥T∥=∥x∥=1sup∣⟨Tx,x⟩∣も成り立つ。
証明.M=sup∥x∥≤1∣⟨Tx,x⟩∣とおく。閉単位球は0を含むので、Mは非負の実数として存在する。
Cauchy–Schwarz の不等式からM≤∥T∥である。z=0ならばz/∥z∥は閉単位球に属するから∣⟨Tz,z⟩∣≤M∥z∥2であり、z=0の場合にも同じ評価が成り立つ。
∥x∥,∥y∥≤1とする。自己共役性から
⟨T(x+y),x+y⟩−⟨T(x−y),x−y⟩=4Re⟨Tx,y⟩.したがって平行四辺形公式により
4∣Re⟨Tx,y⟩∣≤M(∥x+y∥2+∥x−y∥2)=2M(∥x∥2+∥y∥2)≤4M.Tx=0の場合にy=Tx/∥Tx∥とおくとRe⟨Tx,y⟩=∥Tx∥であるから∥Tx∥≤Mとなる。Tx=0の場合にも同じ評価が成り立つ。閉単位球上でxに関する上限をとると∥T∥≤Mを得る。
H={0}とし、N=sup∥x∥=1∣⟨Tx,x⟩∣とおく。単位球面は空でなく、閉単位球に含まれるのでN≤Mである。0<∥x∥≤1ならば
∣⟨Tx,x⟩∣=∥x∥2⟨T∥x∥x,∥x∥x⟩≤N,であり、x=0の場合にも∣⟨Tx,x⟩∣=0≤Nである。ゆえにM≤Nであり、球面上の表示も従う。▨
補題 2.2.Tを Hilbert 空間H上の非零コンパクト自己共役作用素とする。このとき、λ∈{∥T∥,−∥T∥}の少なくとも一方がTの固有値である。
証明.M=∥T∥>0とする。このときH={0}であるから、補題 2.1の単位球面上の表示により、単位ベクトル列(xn)で∣⟨Txn,xn⟩∣→Mとなるものをとる。対角値は実数である。部分列をとることにより、あるε∈{1,−1}に対してε⟨Txn,xn⟩→Mとしてよい。
∥Txn−εMxn∥2=∥Txn∥2−2εM⟨Txn,xn⟩+M2≤2M(M−ε⟨Txn,xn⟩)⟶0.Tはコンパクトなので、さらに部分列をとってTxn→yとしてよい。上の収束からxn→x=εy/Mとなり、∥x∥=1である。Tの連続性により
Tx=nlimTxn=εMx.したがってεMは非零固有値である。正の側と負の側のいずれを選ぶかは、Rayleigh 商の符号によって決まる。▨
3 スペクトル分解
定理 3.1 (コンパクト自己共役作用素のスペクトル定理).Tを Hilbert 空間H上のコンパクト自己共役作用素とし、ΛをTの非零固有値全体とする。このとき次が成り立つ。
- Λ⊂Rは高々可算であり、各固有空間Eλ=ker(λI−T)は有限次元である。Λが無限集合なら、その集積点は0に限られる。
- 相異なるλ,μ∈Λに対してEλ⊥Eμであり、
H=kerT ⊕ λ∈Λ⨁Eλ
という閉じた直交和分解が成り立つ。
- 各Eλの正規直交基底を(eλ,j)1≤j≤dλとする。任意のx∈Hに対して
Tx=λ∈Λ∑j=1∑dλλ⟨x,eλ,j⟩eλ,j
がノルム収束の意味で成り立つ。
複素 Hilbert 空間ではΛ=σ(T)∖{0}である。実 Hilbert 空間では、スペクトルを複素化した作用素のスペクトルとして定めると同じ等式が成り立つ。
証明.(1)を示す。命題 1.2により固有値は実数で、相異なる固有空間は直交する。複素 Hilbert 空間では§E12.11 定理 3.5により、非零スペクトル点は固有値であり、各一般固有空間は有限次元、非零固有値は高々可算で零以外に集積しない。特に各Eλは有限次元である。
実 Hilbert 空間では§E12.11 定義 4.1によってTCを複素化する。HC=H⊕Hには
⟨(x,y),(u,v)⟩C=⟨x,u⟩+⟨y,v⟩+i(⟨y,u⟩−⟨x,v⟩)という複素内積を入れる。この内積のノルムは直積ノルムと同値なので、§E12.11 命題 4.2によりTCはコンパクトである。定義を展開するとTCはこの内積について自己共役である。したがってTCの固有値は実数である。TC(x,y)=λ(x,y)ならTx=λx、Ty=λyであり、(x,y)=0なのでx,yの少なくとも一方が実固有ベクトルである。したがって複素化に新しい非零固有値は生じず、§E12.11 定理 3.5から実の場合にも(1)が従う。
(2)を示す。M=⨁λ∈ΛEλとおく。各EλはTで不変であり、Tの連続性からMもTで不変である。またx∈M⊥とy∈Eλに対して
⟨Tx,y⟩=⟨x,Ty⟩=λ⟨x,y⟩=0であるから、M⊥もTで不変である。制限T∣M⊥はコンパクト自己共役作用素である。この制限が零でなければ、補題 2.2によってM⊥に非零固有ベクトルが存在する。このベクトルは定義によりMにも属するため矛盾する。よってT∣M⊥=0であり、M⊥⊆kerTである。
逆にx∈kerTとy∈Eλに対して
0=⟨Tx,y⟩=⟨x,Ty⟩=λ⟨x,y⟩でありλ=0なので、x⊥Eλである。したがってkerT⊆M⊥であり、kerT=M⊥を得る。§E12.8 定理 2.2によりH=M⊕M⊥なので(2)が従う。
(3)を示す。各Eλは有限次元であり、Λは高々可算なので、(eλ,j)は有限または可算な正規直交系である。これはMで完全である。§E12.8 定理 3.3により、PMxは
PMx=λ,j∑⟨x,eλ,j⟩eλ,jとノルム収束する。有限部分和へTを適用し、Tの連続性とTeλ,j=λeλ,jを用いると
TPMx=λ,j∑λ⟨x,eλ,j⟩eλ,jを得る。x−PMx∈kerTなのでTx=TPMxである。これが(3)である。▨
4 具体例
例 4.1 (階数1の自己共役積分作用素).H=L2([0,1])とし、
(Tf)(x)=x∫01yf(y)dyとおく。核K(x,y)=xyは二乗可積分で対称であるから、Tはコンパクト自己共役作用素である。e(x)=3xは単位ベクトルでありTe=e/3である。また
kerT={f∈L2([0,1]):∫01yf(y)dy=0}={e}⊥.したがって定理 3.1の分解はL2([0,1])=kerT⊕span{e}となり、Tf=(1/3)⟨f,e⟩eである。
例 4.2 (膜の振動との境界上の接続). 膜の振動に現れる Laplace 作用素は非有界作用素であり、本記事の定理を直接適用することはできない。後続単元で境界条件、定義域、および逆作用素の存在を整備し、その逆作用素がコンパクト自己共役であることを証明した場合に限り、逆作用素へ定理 3.1を適用して固有関数展開を得ることができる。
5 演習
問題 5.1 (実部だけによるノルムの評価).補題 2.1の証明で、複素数⟨Tx,y⟩の虚部を評価せずに∥Tx∥を得ることができる理由を、y=Tx/∥Tx∥の選択から説明せよ。
解答.
Tx=0とする。y=Tx/∥Tx∥は単位ベクトルであり、内積が第1変数について線形であることから
⟨Tx,y⟩=∥Tx∥⟨Tx,Tx⟩=∥Tx∥∈[0,∞)である。したがって、このyに対する実部の評価は∥Tx∥自身の評価であり、虚部を別に評価する必要はない。Tx=0の場合には∥Tx∥=0であるから、yを選ばなくても所要の評価が成り立つ。▨
問題 5.2 (Rayleigh 商の符号の固定).補題 2.2で絶対値を外すために符号εを固定する部分を補い、正と負の Rayleigh 商が混在する場合にも部分列を選ぶことができることを示せ。
解答.
an=⟨Txn,xn⟩とおく。自己共役性によりan∈Rであり、∣an∣→M>0である。十分大きいnについて∣an∣>M/2であるから、その範囲ではan=0である。したがって{n:an>0}と{n:an<0}の少なくとも一方は無限集合である。前者が無限ならば、その元からなる狭義単調増加列(nk)をとってε=1とおく。後者が無限ならば、同様に(nk)をとってε=−1とおく。いずれの場合にも
εank=∣ank∣⟶Mとなる。正の項と負の項がともに無限個ある場合にも、いずれか一方の符号の部分列を選べばよい。▨
問題 5.3 (固有空間の閉線形包の直交補空間).Mを全ての非零固有空間の閉線形包としたとき、M⊥がTで不変であることを証明せよ。
解答.
x∈M⊥とし、y∈Eλとする。固有値λは実数であるから、自己共役性により
⟨Tx,y⟩=⟨x,Ty⟩=λ⟨x,y⟩=0である。したがってTxは各Eλに直交し、その有限線形結合にも直交する。内積の連続性によりTxはそれらの閉線形包Mの全ての元に直交するので、Tx∈M⊥である。非零固有値が存在しない場合にはM={0}であり、この場合にもM⊥=HはTで不変である。▨
問題 5.4 (階数1の積分作用素の作用素ノルム).例 4.1について、自己共役性を内積の定義から直接確認し、作用素ノルムが1/3であることを示せ。
解答.
af=∫01tf(t)dtとおく。Cauchy–Schwarz の不等式により
∣af∣≤(∫01t2dt)1/2∥f∥2=3∥f∥2であるから、afはすべてのf∈L2([0,1])に対して定まる。Tf(t)=tafであり、内積を第1変数について線形とすると
⟨Tf,g⟩=afag=⟨f,Tg⟩である。したがってTは自己共役である。また、∥t∥2=1/3なので
∥Tf∥2=∣af∣∥t∥2≤31∥f∥2であり、∥T∥≤1/3である。一方、e(t)=3tは単位ベクトルであり、Te=e/3なので∥T∥≥∥Te∥2=1/3である。ゆえに∥T∥=1/3である。▨
問題 5.5 (符号が交代する対角作用素).ℓ2上のTen=(−1)nen/nを考える。正の固有値と負の固有値を列挙し、定理の級数表示を任意のx∈ℓ2について書け。
解答.
dn=(−1)n/nとおく。(dn)は実数列で∣dn∣≤1であるから、Tは有界自己共役作用素である。またdn→0なので、§E12.11 例 5.1の対角切断による議論からTはコンパクトである。Tx=λxを満たすx=0に対し、xn=0となる添字nをとると、成分ごとの等式からλ=dnである。(dn)の各項は相異なるので、その固有空間はspan{en}である。したがって正の固有値と負の固有値は、それぞれ
2k1,−2k−11(k≥1)であり、kerT={0}である。任意のx∈ℓ2に対して、定理の級数表示は
Tx=k=1∑∞2k1⟨x,e2k⟩e2k−k=1∑∞2k−11⟨x,e2k−1⟩e2k−1となる。実際、x=∑n=1∞xnenと書けば、N項までの部分和の誤差は
n>N∑∣dnxn∣2≤n>N∑∣xn∣2⟶0を満たすので、この級数はノルム収束する。▨
6 一般の作用素と Banach 環
一般の有界自己共役作用素では、固有空間の直交和だけでは作用素を記述することができず、スペクトル測度が必要になる。コンパクト性と自己共役性をともに仮定しない一般の有界作用素では、有限次元と同じ形の分解は成り立たない。後続の「Banach 環と指標」は、作用素のスペクトルの基本性質を、積とノルムを備えた環へ一般化する。