1 対合と C* 環
定義 1.1. 複素 Banach 環A(§E12.14 定義 1.1)上の写像a↦a∗:A→Aが
- 任意のα,β∈Cとa,b∈Aに対して(αa+βb)∗=αˉa∗+βˉb∗である。
- 任意のa,b∈Aに対して(ab)∗=b∗a∗である。
- 任意のa∈Aに対してa∗∗=aである。
を満たすとき、この写像をA上の対合 (involution) といい、対合を備えた複素 Banach 環をBanach *-環 (Banach star-algebra) という。
定義 1.2. Banach *-環Aが、任意のa∈Aに対して
∥a∗a∥=∥a∥2(C* 恒等式 (C*-identity))を満たすとき、AをC* 環 (C*-algebra) という。
例 1.3.Kを空でないコンパクト Hausdorff 空間とし、C(K)に各点ごとの積、複素共役f∗(x):=f(x)による対合、上限ノルムを入れる。加法・積・対合の各公理は各点ごとのC上の演算の性質から直ちに従い、§E12.1 定理 3.3により(C(K),∥⋅∥∞)は Banach 空間である。任意のf∈C(K)に対して
∥f∗f∥∞=x∈Ksup∣f(x)∣2=(x∈Ksup∣f(x)∣)2=∥f∥∞2であるから、C(K)は可換 C* 環である。
複素 Hilbert 空間H上の有界線形作用素の全体B(H)(§E12.2 定義 1.1)に、作用素の合成を積、⟨Tx,y⟩=⟨x,T∗y⟩(x,y∈H)で定まる共役作用素T↦T∗を対合、作用素ノルムを入れると、B(H)は C* 環になる。この主張は本記事では証明せず、有界作用素論の標準的な結果として参考文献の Murphy, C*-Algebras and Operator Theory へ委ねる。この対合のもとで、T∈B(H)が§E12.12 定義 1.1の意味で自己共役作用素であること、すなわち⟨Tx,y⟩=⟨x,Ty⟩(x,y∈H)が成り立つことは、共役作用素の定義式により⟨x,T∗y⟩=⟨x,Ty⟩(x,y∈H)と書き直せるので、内積の正定値性からT=T∗であることと同値である。H=C2(標準的な内積)の場合、S:=(0010)の共役作用素はS∗=(0100)であり、
SS∗=(1000),S∗S=(0001)は互いに異なるから、B(H)は可換であるとは限らない。可換であるとは限らない C* 環の元の表現論は本単元では扱わない。
補題 1.4. C* 環Aの任意の元aに対して∥a∗∥=∥a∥である。
証明.a=0のときは両辺が0であるから成り立つ。a=0とする。C* 恒等式とノルムの劣乗法性から
∥a∥2=∥a∗a∥≤∥a∗∥∥a∥であり、∥a∥>0で両辺を割ると∥a∥≤∥a∗∥を得る。この不等式をa∗に適用すると、∥a∗∥≤∥a∗∗∥=∥a∥を得る。したがって∥a∥=∥a∗∥である。▨
定義 1.5.AとBを Banach *-環(定義 1.1)とする。写像π:A→Bが線形かつ乗法的であり、さらに任意のa∈Aに対して
π(a∗)=π(a)∗を満たすとき、πを*-準同型 (*-homomorphism) という。この最後の等式が成り立つことを、πが対合を保つという。全単射な *-準同型を*-同型 (*-isomorphism) という。
AとBがそれぞれ単位元をもち、πがAの単位元をBの単位元へ写すとき、πは単位元を保つという。任意のa∈Aに対して∥π(a)∥=∥a∥が成り立つとき、πは等長であるという。これらは *-準同型であることに加えて課す条件であり、単位元を保つ *-準同型、等長な *-準同型と呼び分ける。
2 元の分類
定義 2.1. Banach *-環Aの元aについて、
- a=a∗を満たすとき、aを自己共役元 (self-adjoint element) という。
- a∗a=aa∗を満たすとき、aを正規元 (normal element) という。
Aが単位的であるとき、元u∈Aがu∗u=uu∗=1を満たすならば、uをユニタリ元 (unitary element) という。
補題 2.2. 単位的 Banach *-環Aの単位元1は自己共役である。
証明. 任意のa∈Aに対して1a=a=a1であるから、対合をとるとa∗1∗=a∗=1∗a∗を得る。対合∗:A→Aはa∗∗=aより全単射であるから、aがA全体を動くときa∗もA全体を動く。したがって、任意のb∈Aに対してb1∗=b=1∗bが成り立ち、1∗はAの単位元である。単位元の一意性から1∗=1である。▨
補題 2.3. Banach *-環Aの任意の元xに対して、x∗xは自己共役である。
証明.(x∗x)∗=x∗x∗∗=x∗xである。▨
3 正規元のスペクトル半径
定理 3.1.Aを単位的 C* 環とする。a∈Aが正規元ならば、
r(a)=∥a∥である。
証明. 正規元c∈Aについて、c2は正規である。実際、正規性c∗c=cc∗から
(c2)∗c2=c∗2c2=c∗(c∗c)c=c∗(cc∗)c=(c∗c)(c∗c)であり、同様に
c2(c2)∗=c2c∗2=c(cc∗)c∗=c(c∗c)c∗=(cc∗)(cc∗)=(c∗c)(c∗c)であるから、(c2)∗c2=c2(c2)∗となる。したがってaが正規ならば、a2n(n≥0)は帰納的にすべて正規である。
正規元c∈Aについて∥c2∥=∥c∥2が成り立つ。実際、C* 恒等式をc2に適用すると∥c2∥2=∥(c2)∗c2∥であり、上の計算により(c2)∗c2=(c∗c)2である。補題 2.3によりc∗cは自己共役であるから、C* 恒等式を元c∗cに適用すると
∥(c∗c)2∥=∥(c∗c)∗(c∗c)∥=∥c∗c∥2であり、さらに C* 恒等式をcに適用すると∥c∗c∥=∥c∥2である。以上を合わせると∥c2∥2=∥(c∗c)2∥=∥c∗c∥2=∥c∥4となるので、両辺の非負平方根をとると∥c2∥=∥c∥2を得る。
aを正規元とする。a2nは各n≥0について正規であるから、上の等式をc=a2nに繰り返し適用すると、各n≥0について
∥a2n+1∥=∥(a2n)2∥=∥a2n∥2が成り立ち、帰納的に∥a2n∥=∥a∥2nを得る。§E12.14 定理 3.3により極限r(a)=limk→∞∥ak∥1/kが存在するので、部分列k=2nに沿った極限もこれに一致し、
r(a)=n→∞lim∥a2n∥1/2n=n→∞lim(∥a∥2n)1/2n=∥a∥である。▨
系 3.2.Bを単位元をもつ複素 *-多元環とする。Bを C* 環にするノルム、すなわち劣乗法的で C* 恒等式∥x∗x∥=∥x∥2を満たしBを完備にするノルムは、存在すれば一つしかない。
証明.B={0}のときB上のノルムは零写像に限られるので、主張は自明である。以下B={0}とする。∥⋅∥1と∥⋅∥2をBを C* 環にするノルムとし、i=1,2とする。Bの単位元1について1∗1=1∗であるから、C* 恒等式により∥1∥i2=∥1∗1∥i=∥1∗∥iであり、補題 1.4により∥1∗∥i=∥1∥iである。B={0}から1=0であり∥1∥i>0であるので、∥1∥i=1である。したがって(B,∥⋅∥i)は単位的な C* 環である。
x∈Bをとりy:=x∗xとおく。複素数μに対してμ1−yが可逆であるかどうかは環Bの乗法構造だけで定まり、ノルムには依存しない(§E12.14 定義 2.1)。したがってσ(y)は∥⋅∥1、∥⋅∥2のどちらの C* 環構造で計算しても同じ部分集合であり、§E12.14 定理 3.3のr(y)=max{∣μ∣:μ∈σ(y)}によりr(y)の値も共通である。
補題 2.3によりyは自己共役であり、したがって正規元である。定理 3.1を(B,∥⋅∥1)と(B,∥⋅∥2)のそれぞれへ適用すると
∥y∥1=r(y)=∥y∥2である。C* 恒等式を∥⋅∥1と∥⋅∥2のそれぞれへ適用すると∥x∥12=∥y∥1と∥x∥22=∥y∥2であるから、
∥x∥12=∥y∥1=∥y∥2=∥x∥22であり、両辺は非負であるから∥x∥1=∥x∥2である。x∈Bは任意であったから、∥⋅∥1=∥⋅∥2である。▨
4 可換 C* 環の指標
定理 4.1.Aを単位的可換 C* 環とする。a∈Aが自己共役元ならば、σ(a)⊆Rである。
証明.λ=α+iβ∈σ(a)(α,β∈R)をとる。t∈Rを任意にとる。複素数zに対して
z1−(a+it1)=(z−it)1−aであるから、z∈σ(a+it1)であることとz−it∈σ(a)であることは同値である。z=α+i(β+t)とおくとz−it=λ∈σ(a)であるから、α+i(β+t)∈σ(a+it1)である。
§E12.14 定理 2.5によりσ(a+it1)⊆{μ∈C:∣μ∣≤∥a+it1∥}であるから、
α2+(β+t)2=∣α+i(β+t)∣2≤∥a+it1∥2である。aは自己共役であり、補題 2.2により1∗=1であるから(a+it1)∗=a∗−it1∗=a−it1であり、C* 恒等式から
∥a+it1∥2=∥(a+it1)∗(a+it1)∥=∥(a−it1)(a+it1)∥=∥a2+t21∥である。三角不等式と∥1∥=1から∥a2+t21∥≤∥a2∥+t2であり、aが自己共役であることから C* 恒等式により∥a2∥=∥a∗a∥=∥a∥2である。したがって
∥a+it1∥2≤∥a∥2+t2である。
以上を合わせると、任意のt∈Rについて
α2+β2+2βt+t2≤∥a∥2+t2,すなわちα2+β2+2βt≤∥a∥2である。β=0と仮定すると、β>0のときt→+∞で、β<0のときt→−∞で左辺α2+β2+2βtは+∞に発散し、右辺の有界性に反する。したがってβ=0という仮定は誤りであり、β=0である。よってλ=α∈Rであり、σ(a)⊆Rである。▨
定理 4.2.Aを単位的可換 C* 環とする。Aの零でない指標φは、任意のa∈Aに対して
φ(a∗)=φ(a)を満たす。
証明.h:=2a+a∗、k:=2ia−a∗とおく。共役線形性(λx)∗=λˉx∗と対合性a∗∗=aから
h∗=(2a+a∗)∗=2a∗+a=h,k∗=(2i1(a−a∗))∗=−2i1(a∗−a)=2i1(a−a∗)=kであるから、h,kはいずれも自己共役元である。またh+ik=2a+a∗+2a−a∗=aであり、h−ik=2a+a∗−2a−a∗=a∗である。
Aは単位的可換 C* 環であるから、定理 4.1によりσ(h)⊆Rかつσ(k)⊆Rである。§E12.14 系 4.7 (2)によりφ(h)∈σ(h)かつφ(k)∈σ(k)であるから、φ(h),φ(k)∈Rである。
φの線形性からφ(a)=φ(h)+iφ(k)であり、
φ(a∗)=φ(h−ik)=φ(h)−iφ(k)=φ(h)+iφ(k)=φ(a)である。ここで最後から二番目の等号はφ(h),φ(k)∈Rによる。▨
5 演習
問題 5.1.Aを単位的 C* 環とし、u∈Aをユニタリ元とする。σ(u)⊆{λ∈C:∣λ∣=1}であることを証明せよ。
解答.
u∗u=1であるから、C* 恒等式より∥u∥2=∥u∗u∥=∥1∥=1であり∥u∥=1である。u∗u=uu∗=1よりuは正規元であるから、定理 3.1によりr(u)=∥u∥=1である。したがって任意のλ∈σ(u)について∣λ∣≤1である。
u∗u=uu∗=1よりu∗=u−1であり、u−1もユニタリ元であるから同じ議論によりr(u−1)=1である。λ∈σ(u)とする。uは可逆であるからλ=0である。等式
u−1(λ1−u)=λu−1−1=−λ(λ−11−u−1)において、λ−11−u−1が可逆であると仮定すると、右辺は可逆なスカラー−λと可逆元λ−11−u−1の積として可逆であり、左辺u−1(λ1−u)も可逆である。u−1が可逆であることからλ1−u=u⋅u−1(λ1−u)も可逆元の積として可逆になり、λ∈σ(u)に反する。したがってλ−11−u−1は可逆でなく、λ−1∈σ(u−1)である。よって∣λ−1∣≤r(u−1)=1、すなわち∣λ∣≥1である。
以上により∣λ∣≤1かつ∣λ∣≥1であるから∣λ∣=1である。▨
問題 5.2.Aを単位的可換 C* 環とし、θ:A→Aを *-同型(定義 1.5)、すなわち全単射であって線形、乗法的、対合を保つ写像とする。任意のa∈Aについて∥θ(a)∥=∥a∥であること、すなわちθが等長であることを証明せよ。
解答.
a∈Aに対して∥a∥′:=∥θ(a)∥とおく。θが線形かつ全単射であることから、∥⋅∥′はA上のノルムの公理を満たす。θが乗法的であることから
∥ab∥′=∥θ(a)θ(b)∥≤∥θ(a)∥∥θ(b)∥=∥a∥′∥b∥′であり、対合を保つことから
∥a∗a∥′=∥θ(a∗a)∥=∥θ(a)∗θ(a)∥=∥θ(a)∥2=∥a∥′2であるから∥⋅∥′は C* 恒等式を満たす。θは環の自己同型であるから、任意のa∈Aについてθ(1)θ(a)=θ(1⋅a)=θ(a)であり、θの全射性からθ(1)はAの単位元として作用し、単位元の一意性からθ(1)=1である。したがって∥1∥′=∥θ(1)∥=∥1∥=1である。
(A,∥⋅∥′)の Cauchy 列(an)をとる。∥an−am∥′=∥θ(an)−θ(am)∥→0であるから(θ(an))は(A,∥⋅∥)の Cauchy 列であり、その極限をbとする。θの全単射性からa:=θ−1(b)が定まり、∥an−a∥′=∥θ(an)−b∥→0である。したがって(A,∥⋅∥′)は完備であり、∥⋅∥′はAを単位的可換 C* 環にするノルムである。
系 3.2により∥⋅∥′=∥⋅∥であるから、任意のa∈Aについて∥θ(a)∥=∥a∥′=∥a∥である。▨
問題 5.3.Kを空でないコンパクト Hausdorff 空間とし、C(K)を例 1.3の可換 C* 環とする。f∈C(K)について、次を証明せよ。
- fが自己共役元であることと、fが実数値であることは同値である。
- C(K)の元はすべて正規元である。
- fがユニタリ元であることと、fがKの各点で絶対値1の値をとることは同値である。
解答.
(1)を示す。fが自己共役であるとはf∗=fであること、すなわち任意のx∈Kについてf(x)=f(x)であることであり、これは任意のx∈Kについてf(x)∈Rであることと同値である。
(2)を示す。C(K)の積は各点ごとの積であり、Cの乗法は可換であるから、任意のf,g∈C(K)についてfg=gfである。とくに任意のf∈C(K)についてf∗f=ff∗が成り立ち、fは正規元である。
(3)を示す。fがユニタリ元であるとはf∗f=ff∗=1(1は定数関数1)であることであり、各点で評価すると任意のx∈Kについてf(x)f(x)=1、すなわち∣f(x)∣2=1となる。これは任意のx∈Kについて∣f(x)∣=1であることと同値である。▨