1 根の個数と共役
以下では、代数学の基本定理の結論を認めて用います。
定理 1.1 (代数学の基本定理).n≥1とし、a0,a1,…,anを複素数、an=0とする。複素係数多項式
P(x)=anxn+an−1xn−1+⋯+a1x+a0は、複素数の範囲で重複度込みにちょうどn個の根α1,…,αnをもち、
P(x)=anj=1∏n(x−αj)と分解される。
重複度は同じ根が因子に現れる回数である。たとえば(x−1)3の異なる根は1だけであるが、根1の重複度は3である。
この定理の証明は、本記事では扱いません。「位相空間論 I」の§E2.9 定理 6.3と、「複素解析」の§E5.9 系 4.2、§E5.14 系 4.3がそれぞれ証明を与えます。
定理 1.2.Pを実数係数多項式とし、zを複素数とする。P(z)=0ならばP(zˉ)=0であり、zとzˉの重複度は等しい。
証明.P(x)=∑k=0nakxk、ak∈Rとする。任意の複素数wに対して
P(w)=k=0∑nakwk=k=0∑nakwk=P(wˉ)である。P(z)=0の両辺の共役を取るとP(zˉ)=P(z)=0を得る。
zの重複度をmとすると、複素係数多項式Qを用いて
P(x)=(x−z)mQ(x),Q(z)=0と表される。Q∗(x)=Q(xˉ)と置く。Pの係数は実数なので、任意の複素数xに対してP(x)=P(xˉ)である。上の分解へxˉを代入して共役を取ると
P(x)=(x−zˉ)mQ∗(x)となる。さらにQ∗(zˉ)=Q(z)=0であるから、zˉの重複度もmである。▨
定理 1.3. 実数係数の奇数次多項式は、少なくとも一つの実数根をもつ。
証明. 奇数次多項式Pの次数をnとする。定理 1.1により、Pは重複度込みにn個の複素根をもつ。定理 1.2により、非実根は重複度込みに共役な二つずつの組に分かれるので、その個数は偶数である。nは奇数であるから、残る根の個数は零ではない。共役と等しい複素数は実数なので、残る根は実数である。▨
2 実数の範囲での因数分解
共役な二つの根に対応する一次因子を掛けると、実数係数の二次式になります。
定理 2.1.Pを零多項式でない実数係数多項式とする。このとき、0以上の整数s,t、c=0を満たす実数c、実数r1,…,rs、実数p1,…,pt、正の実数q1,…,qtを用いて
P(x)=cj=1∏s(x−rj)k=1∏t((x−pk)2+qk2)と表される。因子は重複度の回数だけ並べる。各二次式は判別式が負であり、実数係数の一次式の積には分解されない。定数多項式では二つの積を空積とする。
証明.定理 1.1により、定数でないPは複素数の範囲で一次因子の積に分解される。実根に対応する因子をx−rjとして取り出す。定理 1.2により、残る非実根は重複度込みにpk+qkiとpk−qkiの組に分けることができる。qk>0となる方を選ぶと、
(x−(pk+qki))(x−(pk−qki))=(x−pk)2+qk2である。右辺の判別式は−4qk2<0なので実根をもたず、実数係数の一次式の積には分解されない。最高次係数をcとすれば、すべての一次因子を実根と共役対に分けた積が主張の分解を与える。定数多項式の場合はcをPの定数値に取ればよい。▨
3 解と係数の関係
一次因子の積を展開すると、任意の次数について解と係数の関係が得られます。
定理 3.1.n≥1とし、an=0を満たす複素係数多項式が、重複度込みの根α1,…,αnを用いて
anxn+an−1xn−1+⋯+a0=anj=1∏n(x−αj)と表されているとする。1≤k≤nに対して
1≤i1<⋯<ik≤n∑αi1⋯αik=(−1)kanan−kが成り立つ。
証明.∏j=1n(x−αj)を展開する。xn−kの項を得るには、n個の因子のうちk個から−αjを選び、残るn−k個からxを選ぶ。したがってxn−kの係数は
(−1)k1≤i1<⋯<ik≤n∑αi1⋯αikである。両辺のxn−kの係数を比較すると
an−k=an(−1)k1≤i1<⋯<ik≤n∑αi1⋯αikを得る。an=0なので、両辺をanで割れば結論が従う。▨
例 3.2.a,b,c,d∈R、a=0とし、ax3+bx2+cx+dの三つの根を重複度込みにα,β,γとする。このとき
α+β+γ=−ab,αβ+βγ+γα=ac,αβγ=−adである。実際、
a(x−α)(x−β)(x−γ)=ax3−a(α+β+γ)x2+a(αβ+βγ+γα)x−aαβγをax3+bx2+cx+dと係数比較すると三つの等式を得る。左辺に現れる根の式は基本対称式であり、「対称式・交代式と基本対称式による表示」の方法を用いると、根を個別に求めずにその値を係数から計算することができる。
閑話休題:なぜ複素数の範囲では必ず解があるのか——閉曲線の巻き数定理 1.1は、実因子分解と一般の解と係数の関係の出発点である。本記事はその結論を認め、証明を「位相空間論 I」と「複素解析」へ委ねる。前者は多項式の絶対値が有界閉集合の上で最小値をとることを用い、後者はリウヴィルの定理と偏角の原理から二通りに導く。
偏角の原理による証明の背景には、閉曲線が原点のまわりを回る回数がある。複素数を平面の点としてみなし、原点を中心とする十分に大きな円の上でzを1周させる。多項式P(z)=anzn+⋯+a0では最高次の項anznが低い次数の項より大きくなり、zの角度がθだけ増えるとanznの角度はnθだけ増える。このためP(z)の描く閉曲線は、原点のまわりをn回まわると考えられる。
円を一点まで連続的に縮めると、P(z)の描く閉曲線も最後には定数項a0へ縮む。原点のまわりをn回まわる閉曲線が原点をまわらない一点へ変わる途中では、曲線が原点を通る必要がある。そのときのzがP(z)=0を満たす。この説明を証明にするには、閉曲線が原点を通らない連続変形では巻き数が変わらないことを示す必要がある。本記事はその位相的・解析的な証明を扱わない。
代数学の基本定理の証明は、形が異なっても実数の連続性に相当する性質を用いる1。代数方程式の根に関する主張が、位相や解析の結果によって支えられている。