§A1.20競技数学:不等式

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競技数学の不等式では、式を見てすぐに公式を当てはめるのではなく、同次性、対称性、等号が成り立つ点、変数の順序を先に調べます。等号が成り立つ点を予想すると、そこで00になる量が見つかり、示すべき非負量が決まります。本記事は、この逆算の進め方と、道具の選択の判断を扱います。

扱う数の範囲は例ごとに異なるので、各例の冒頭で明示します。平方和への分解と分数の形のコーシー・シュワルツの不等式を扱う例ではa,b,c>0a,b,c>0とし、同次式の正規化、等号からの逆算、シュールの不等式、発展問題ではa,b,c≥0a,b,c\ge0とします。

記号については、∑cyc\sum_{\mathrm{cyc}}はa→b→c→aa\to b\to c\to aという文字の巡回による3項の和を表し、∑sym\sum_{\mathrm{sym}}は3文字のすべての入れ替えによる6項の和を表します。たとえば

∑syma2b=a2b+a2c+b2a+b2c+c2a+c2b\sum_{\mathrm{sym}}a^{2}b=a^{2}b+a^{2}c+b^{2}a+b^{2}c+c^{2}a+c^{2}b

です。

本記事が用いる道具のうち、2つの数についての相加平均と相乗平均の関係は不等式の証明 が証明しています。分数の形のコーシー・シュワルツの不等式は不等式の発展的手法 が証明しています。本記事は、この2つを証明済みのものとして引用し、どの場面でどれを選ぶかという判断に絞ります。

1 方針を選ぶ順序

問題を読んだ直後に確かめる項目を、確かめる順に並べます。

  1. 各変数の範囲を読みます。正の実数か非負の実数かによって、使うことができる道具と等号条件が変わります。
  2. 同次式かどうかを調べます。同次式であれば、a+b+c=1a+b+c=1のような条件を課して変数を減らすことができます。
  3. 等号が成り立つ点を予想します。a=b=ca=b=cで等号が成り立つなら、対称な評価を優先します。 1つの変数だけが極端な値になる点で等号が成り立つなら、並べ替えや端点での評価を疑います。
  4. 式の形から道具を選びます。次の対応が目安になります。
式の形 選ぶ道具
左辺と右辺の差が対称な2次式 差の平方の和へ分解する
分母が正である分数の和 分子を平方にして、分数の形のコーシー・シュワルツの不等式を当てる
3次の対称式で、境界(1つの変数が00)でも等号が起こりうる シュールの不等式を疑う
変数に大小の順序を仮定してよい対称式 大小を仮定したうえで差を因数分解する
  1. 評価を何段つなぐかを決めます。二段階以上つなぐ場合は、各段階の等号条件が同時に成り立つかどうかを、結論を書く前に確かめます。

不等式を一方向へ変形するときは、どの条件を使ったかを書きます。負の量を掛ける、分母の符号を確かめずに払う、平方根を同値性の確認なしに外す、といった操作は不等号の向きを保ちません。

2 平方和へ分解する

正の実数a,b,ca,b,cに対して

a2+b2+c2≥ab+bc+caa^{2}+b^{2}+c^{2}\ge ab+bc+ca

を示します。差を2倍すると

2(a2+b2+c2−ab−bc−ca)=(a−b)2+(b−c)2+(c−a)2≥02\left(a^{2}+b^{2}+c^{2}-ab-bc-ca\right)=(a-b)^{2}+(b-c)^{2}+(c-a)^{2}\ge0

となります。左辺が00になるには3つの平方がすべて00になる必要があるので、等号が成り立つ条件はa=b=ca=b=cです。なお、この変形ではa,b,ca,b,cの符号を使っていないので、主張は実数a,b,ca,b,cに対してそのまま成り立ちます。

差が対称な2次式である場合、この分解が最初に試す手です。証明の途中で等号が成り立つ条件まで確定させておくと、次の例のように複数の評価をつなぐときに役立ちます。

3 分数の形のコーシー・シュワルツで評価をつなぐ

正の実数a,b,ca,b,cに対して

ab+c+bc+a+ca+b≥32\frac{a}{b+c}+\frac{b}{c+a}+\frac{c}{a+b}\ge\frac32

を示します。分母を通分して展開する方法もありますが、ここでは分子を平方にして分数の形のコーシー・シュワルツの不等式を当て、評価を二段階に分けます。

第1段(分数の形を当てる)。各項の分子と分母に同じ文字を掛けて分子を平方にすると

∑cycab+c=∑cyca2a(b+c) ≥ (a+b+c)2a(b+c)+b(c+a)+c(a+b)=(a+b+c)22(ab+bc+ca)\sum_{\mathrm{cyc}}\frac{a}{b+c}=\sum_{\mathrm{cyc}}\frac{a^{2}}{a(b+c)}\ \ge\ \frac{(a+b+c)^{2}}{a(b+c)+b(c+a)+c(a+b)}=\frac{(a+b+c)^{2}}{2(ab+bc+ca)}

となります。分母のa(b+c)a(b+c)などはすべて正なので、分数の形を適用する条件を満たします。この段階の等号はaa(b+c)=bb(c+a)=cc(a+b)\dfrac{a}{a(b+c)}=\dfrac{b}{b(c+a)}=\dfrac{c}{c(a+b)}、すなわちb+c=c+a=a+bb+c=c+a=a+b、すなわちa=b=ca=b=cのときに限って成り立ちます。

第2段(平方和の結果を使う)。前の例で示したa2+b2+c2≥ab+bc+caa^{2}+b^{2}+c^{2}\ge ab+bc+caの両辺に2(ab+bc+ca)2(ab+bc+ca)を加えると(a+b+c)2≥3(ab+bc+ca)(a+b+c)^{2}\ge3(ab+bc+ca)が得られます。ab+bc+ca>0ab+bc+ca>0なので両辺をこの正の数で割ることができ、

(a+b+c)22(ab+bc+ca) ≥ 3(ab+bc+ca)2(ab+bc+ca)=32\frac{(a+b+c)^{2}}{2(ab+bc+ca)}\ \ge\ \frac{3(ab+bc+ca)}{2(ab+bc+ca)}=\frac32

となります。この段階の等号もa=b=ca=b=cのときに限って成り立ちます。

二段の接続。二つの評価の等号条件はどちらもa=b=ca=b=cであり、同時に成り立ちます。したがって、もとの不等式の等号はa=b=ca=b=cのときに限って成り立ちます。片方の等号条件だけを見て結論を出さないことが、この型の問題での要点です。

4 同次式は正規化してよい

多項式F(a,b,c)F(a,b,c)がdd次の同次式であるとは、すべての正の実数ttについてF(ta,tb,tc)=tdF(a,b,c)F(ta,tb,tc)=t^{d}F(a,b,c)が成り立つことをいいます。示したい不等式F≥GF\ge Gの両辺が同じ次数ddの同次式であれば、変数をすべてtt倍したときに両辺はともにtdt^{d}倍になるので、不等式の成否は変わりません。したがって、a+b+c=1a+b+c=1のような条件を一つ課して考えてよいことになります。

逆に、条件つきの不等式を同次式の形へ戻すこともできます。たとえばa+b+c=1a+b+c=1という条件のもとでの

ab+bc+ca≤13ab+bc+ca\le\frac13

は、条件を外した同次形

ab+bc+ca≤(a+b+c)23ab+bc+ca\le\frac{(a+b+c)^{2}}{3}

と同値です。前者から後者を出すには、a+b+c>0a+b+c>0のときにa′=aa+b+ca'=\dfrac{a}{a+b+c}などとおいてa′+b′+c′=1a'+b'+c'=1の場合へ帰着させます。a+b+c=0a+b+c=0のときは、a,b,c≥0a,b,c\ge0よりa=b=c=0a=b=c=0となり、同次形の両辺はともに00で成り立ちます。後者から前者を出すには、a+b+c=1a+b+c=1を代入します。どちらの形で扱うかは、計算が短くなるほうを選びます。

5 等号が成り立つ条件から逆算する

非負の実数a,b,ca,b,cがa+b+c=1a+b+c=1を満たすとき

ab+bc+ca≤13ab+bc+ca\le\frac13

を示します。等号が成り立つ点をa=b=c=13a=b=c=\dfrac13と予想します。この点で00になる対称な非負量として差の平方の和が候補になるので、示すべき式をその形へ変形することを目標にします。実際、a+b+c=1a+b+c=1より

1−3(ab+bc+ca)=(a+b+c)2−3(ab+bc+ca)=12{(a−b)2+(b−c)2+(c−a)2}≥01-3(ab+bc+ca)=(a+b+c)^{2}-3(ab+bc+ca)=\frac12\left\{(a-b)^{2}+(b-c)^{2}+(c-a)^{2}\right\}\ge0

となり、ab+bc+ca≤13ab+bc+ca\le\dfrac13が従います。等号は3つの平方がすべて00になるとき、すなわちa=b=ca=b=cのときに限り、条件a+b+c=1a+b+c=1と合わせてa=b=c=13a=b=c=\dfrac13です。予想と一致します。

同じ結論は、相加平均と相乗平均の関係からab≤a2+b22ab\le\dfrac{a^{2}+b^{2}}{2}などを3つ足してab+bc+ca≤a2+b2+c2ab+bc+ca\le a^{2}+b^{2}+c^{2}を得る道筋でも出ます。等号が成り立つ点を先に決めておくと、どちらの道筋でも、示すべき非負量が何であるかがはじめから見えます。

6 変数の順序を仮定する:シュールの不等式

非負の実数a,b,ca,b,cに対して

a3+b3+c3+3abc≥∑syma2ba^{3}+b^{3}+c^{3}+3abc\ge\sum_{\mathrm{sym}}a^{2}b

を示します。右辺はab(a+b)+bc(b+c)+ca(c+a)ab(a+b)+bc(b+c)+ca(c+a)と書けるので、左辺と右辺の差は

a(a−b)(a−c)+b(b−a)(b−c)+c(c−a)(c−b)a(a-b)(a-c)+b(b-a)(b-c)+c(c-a)(c-b)

に等しくなります。この式は3文字のどの2つを入れ替えても変わらないので、a≥b≥ca\ge b\ge cと仮定して示せば十分です。この仮定のもとで、はじめの2項をまとめると

a(a−b)(a−c)+b(b−a)(b−c)=(a−b){a(a−c)−b(b−c)}a(a-b)(a-c)+b(b-a)(b-c)=(a-b)\left\{a(a-c)-b(b-c)\right\}

となり、さらにa(a−c)−b(b−c)=(a−b)(a+b−c)a(a-c)-b(b-c)=(a-b)(a+b-c)ですから、差の全体は

(a−b)2(a+b−c)+c(a−c)(b−c)(a-b)^{2}(a+b-c)+c(a-c)(b-c)

と書けます。a≥b≥c≥0a\ge b\ge c\ge0よりa+b−c≥a−c≥0a+b-c\ge a-c\ge0、c≥0c\ge0、a−c≥0a-c\ge0、b−c≥0b-c\ge0なので、 2つの項はどちらも00以上です。よって差は00以上であり、主張が示されました。

等号が成り立つのは2つの項がともに00になるときです。a≥b≥c≥0a\ge b\ge c\ge0のもとで場合を分けると、a=b=ca=b=cのとき、またはa=ba=bかつc=0c=0のときに限られます。文字の入れ替えを戻せば、一般には「3つが等しい」か「2つが等しく残る1つが00である」かのいずれかです。a,b,ca,b,cをすべて正の実数に限れば、等号が成り立つ条件はa=b=ca=b=cだけになります。境界にあたるc=0c=0の場合を忘れると、等号条件を取り違えます。

7 発展問題と完全解答

非負の実数a,b,ca,b,cがa+b+c=3a+b+c=3を満たすとき

a2+b2+c2+abc≥3a^{2}+b^{2}+c^{2}+abc\ge3

を示せ。

7.1 着眼点

abcabcは非負なので、まずa2+b2+c2a^{2}+b^{2}+c^{2}だけで3以上になるかを調べます。和が固定されているので、平方和を下から評価する道具を当てることができます。abc≥0abc\ge0は落とすだけでよいので、境界を別に評価する必要はありません。

7.2 完全解答

分数の形のコーシー・シュワルツの不等式を、分子をa,b,ca,b,c、分母をすべて11として適用すると

a2+b2+c2≥(a+b+c)23=93=3a^{2}+b^{2}+c^{2}\ge\frac{(a+b+c)^{2}}{3}=\frac{9}{3}=3

となります。またa,b,c≥0a,b,c\ge0よりabc≥0abc\ge0です。両者を足して

a2+b2+c2+abc≥3a^{2}+b^{2}+c^{2}+abc\ge3

が得られます。

さらに、この評価から等号が実際には成り立たないことが分かります。等号が成り立つには、第1の評価の等号条件a=b=c=1a=b=c=1と、第2の評価の等号条件abc=0abc=0の両方が必要です。ところがa=b=c=1a=b=c=1のときabc=1≠0abc=1\ne0なので、2つの条件は同時には成り立ちません。したがって

a2+b2+c2+abc>3a^{2}+b^{2}+c^{2}+abc>3

であり、もとの不等式は等号を含まない形で成り立ちます。

この議論から分かるのは、3が左辺の下界であることと、その下界に左辺が到達しないことの2つだけです。左辺の最小値そのものを求めるには、別の議論が必要になります。

7.3 典型的な失敗

  • 平方和の評価の等号条件だけを見て、a=b=c=1a=b=c=1をもとの式の等号条件とすることが誤りです。つないだ評価の等号は、各段階の等号条件が同時に成り立つときにしか生じません。
  • 等号が生じないことを確かめずに「等号はa=b=c=1a=b=c=1」と書くと、最小値を問う問題で答えを誤ります。
  • 下界が得られたことと、その下界が最小値であることは別の主張です。到達することを確かめるまで、最小値であるとは言えません。

7.4 条件を変えた類題

非負の実数a,b,ca,b,cがa+b+c=3a+b+c=3を満たすとき、a2+b2+c2+λabc≥3a^{2}+b^{2}+c^{2}+\lambda abc\ge3がどのλ≥0\lambda\ge0について成り立つかを調べることができます。λ\lambdaを大きくすると左辺は大きくなるので、成否の境目がどこにあるかを考えると、上の解答のどこが効いていたかが分かります。

8 演習

  1. 実数x,y,zx,y,zに対するx2+y2+z2≥xy+yz+zxx^{2}+y^{2}+z^{2}\ge xy+yz+zxを、本文の平方和への分解とは別の方法で2通り示せ。
  2. 正の実数a,b,ca,b,cに対しa2b+c+b2c+a+c2a+b≥a+b+c2\dfrac{a^{2}}{b+c}+\dfrac{b^{2}}{c+a}+\dfrac{c^{2}}{a+b}\ge\dfrac{a+b+c}{2}を示し、等号が成り立つ条件を求めよ。
  3. 非負の実数a,b,ca,b,cに対するシュールの不等式a3+b3+c3+3abc≥∑syma2ba^{3}+b^{3}+c^{3}+3abc\ge\sum_{\mathrm{sym}}a^{2}bの等号が成り立つ条件を、1つの変数が00である場合まで含めて分類せよ。
  4. 正の実数a,b,ca,b,cがabc=1abc=1を満たすときa+b+c≥3a+b+c\ge3を、3変数の相加平均と相乗平均の関係を用いる方法と、a=x3a=x^{3}、b=y3b=y^{3}、c=z3c=z^{3}(x,y,z>0x,y,z>0)とおいてx3+y3+z3−3xyzx^{3}+y^{3}+z^{3}-3xyzを因数分解する方法の 2通りで示せ。
  5. 正の実数a,b,ca,b,cに対しa2a2+ab+b2+b2b2+bc+c2+c2c2+ca+a2≥1\dfrac{a^{2}}{a^{2}+ab+b^{2}}+\dfrac{b^{2}}{b^{2}+bc+c^{2}}+\dfrac{c^{2}}{c^{2}+ca+a^{2}}\ge1が成り立つ。この不等式に分数の形のコーシー・シュワルツの不等式をそのまま当てると、得られる下界がつねに11以下になり、a=b=ca=b=cの場合を除いて11に届かないことを示せ。また、その理由を本文の平方和への分解の結果と対応させて説明せよ。
  6. 各段階の等号条件が食い違う評価の連鎖の例を自分で作り、最終的な等号条件を誤って答えてしまう理由を説明せよ。