1 区間と接合代数
半順序集合、鎖、反鎖、極大元および被覆関係x⋖yの定義は§D2.5 定義 3.1が与える。以下、(P,≤)は有限半順序集合とする。区間は上流に定義がないので、ここで定める。
定義 1.1.(P,≤)を半順序集合とし、x,y∈Pとする。集合
[x,y]={z∈P : x≤z≤y}をxからyへの区間 (interval) とよぶ。x≤yのときx,y∈[x,y]であり、x≤yでないとき[x,y]=∅である。Pが有限であれば、すべての区間は有限集合である。x≤yを満たす対の全体を
Int(P)={(x,y)∈P×P : x≤y}と書く。
本記事の帰納法は、いずれも区間の要素数が真に減ることに基づく。この事実を先に切り出しておく。
補題 1.2.(P,≤)を有限半順序集合とし、x≤z≤yとする。
- z=xならば∣[z,y]∣<∣[x,y]∣である。
- z=yならば∣[x,z]∣<∣[x,y]∣である。
証明.(1)を示す。w∈[z,y]とするとx≤z≤wとw≤yからw∈[x,y]であり、[z,y]⊆[x,y]である。またx∈[x,y]である。x∈[z,y]と仮定するとz≤xが成り立ち、x≤zと合わせて反対称律によりx=zとなって仮定に反する。ゆえにx∈/[z,y]であり、[z,y]は[x,y]の真部分集合である。Pが有限であるから∣[z,y]∣<∣[x,y]∣である。
(2)を示す。w∈[x,z]とするとx≤wとw≤z≤yからw∈[x,y]であり、[x,z]⊆[x,y]である。y∈[x,z]と仮定するとy≤zが成り立ち、z≤yと合わせてy=zとなって仮定に反する。ゆえにy∈/[x,z]であり、同様に∣[x,z]∣<∣[x,y]∣である。▨
定義 1.3.(P,≤)を有限半順序集合、Rを単位元1をもつ可換環とする。写像f:Int(P)→Rの全体をI(P,R)と書き、(P,≤)のR上の接合代数 (incidence algebra) とよぶ。I(P,R)に、和とスカラー倍を各点ごとに
(f+g)(x,y)=f(x,y)+g(x,y),(rf)(x,y)=rf(x,y)(r∈R)と定め、積として畳み込み (convolution)
(f∗g)(x,y)=z∈[x,y]∑f(x,z)g(z,y)を定める。右辺の和は[x,y]が有限集合であるから有限和である。さらに
δ(x,y)={1,0,x=y,x<yと定める。
命題 1.4.I(P,R)は上の演算について、単位元δをもつ結合的なR-代数である。すなわち、(I(P,R),+)はR-加群であり、畳み込みは結合的かつ和について双線形であり、任意のf∈I(P,R)に対しδ∗f=f∗δ=fが成り立つ。
証明. 和とスカラー倍は各点ごとの演算であるから、I(P,R)がR-加群であることはRがR-加群であることから従う。
双線形性を示す。(x,y)∈Int(P)を固定すると
((f1+f2)∗g)(x,y)=z∈[x,y]∑(f1(x,z)+f2(x,z))g(z,y)=(f1∗g)(x,y)+(f2∗g)(x,y)である。第二引数についても、同じ(x,y)を固定して
(f∗(g1+g2))(x,y)=z∈[x,y]∑f(x,z)(g1(z,y)+g2(z,y))=(f∗g1)(x,y)+(f∗g2)(x,y)である。スカラー倍については、r∈Rに対し
((rf)∗g)(x,y)=z∈[x,y]∑rf(x,z)g(z,y)=r(f∗g)(x,y)=z∈[x,y]∑f(x,z)rg(z,y)=(f∗(rg))(x,y)である。第二の等号はRにおける分配法則、第三の等号はRが可換であることによる。いずれの計算も[x,y]上の有限和についてのものであるから、項ごとの変形をそのまま総和へ移すことができる。
結合性を示す。(x,y)∈Int(P)とする。定義を二度用いると
((f∗g)∗h)(x,y)=w∈[x,y]∑(z∈[x,w]∑f(x,z)g(z,w))h(w,y)=(z,w)∑f(x,z)g(z,w)h(w,y)となる。ここで最後の和は、x≤z≤w≤yを満たす対(z,w)の全体にわたる。同様に
(f∗(g∗h))(x,y)=z∈[x,y]∑f(x,z)(w∈[z,y]∑g(z,w)h(w,y))=(z,w)∑f(x,z)g(z,w)h(w,y)であり、和の走る範囲は同じくx≤z≤w≤yを満たす対の全体である。いずれも有限和であるから、二つの式は等しい。
単位元であることを示す。(δ∗f)(x,y)=∑z∈[x,y]δ(x,z)f(z,y)において、δ(x,z)はz=xのときだけ1であり、他のzでは0である。ゆえに(δ∗f)(x,y)=f(x,y)である。(f∗δ)(x,y)についても、δ(z,y)がz=yのときだけ1であることからf(x,y)を得る。▨
2 可逆元と Möbius 関数
2.1 証明方針
f∈I(P,R)の逆元を、区間の要素数についての帰納法で構成する。x=yの場合、(f∗g)(x,x)=f(x,x)g(x,x)であるから、g(x,x)を定めるにはf(x,x)がRの可逆元であることが必要であり、また十分である。x<yの場合、(f∗g)(x,y)=0という条件をz=xの項とそれ以外へ分けると
f(x,x)g(x,y)+x<z≤y∑f(x,z)g(z,y)=0
となる。補題 1.2 (1)によりx<z≤yのとき∣[z,y]∣<∣[x,y]∣であるから、右の和に現れるg(z,y)は帰納法の仮定によりすでに定まっている。f(x,x)が可逆であることを用いてg(x,y)を解くことができ、右逆元が一意に定まる。左逆元も、z=yの項を分ける同じ議論で構成する。最後に、結合性から左逆元と右逆元が一致することを示す。
定理 2.1.(P,≤)を有限半順序集合、Rを単位元をもつ可換環、f∈I(P,R)とする。fが畳み込みについて両側逆元をもつことと、すべてのx∈Pに対しf(x,x)がRの可逆元であることは同値である。さらに、両側逆元は存在すれば一意である。
証明. 必要性。g∈I(P,R)がf∗g=δを満たすとする。x∈Pに対し[x,x]={x}であるからf(x,x)g(x,x)=δ(x,x)=1であり、Rが可換であることからf(x,x)は可逆である。
十分性。すべてのxでf(x,x)が可逆であるとする。g:Int(P)→Rを、区間[x,y]の要素数n=∣[x,y]∣についての強い帰納法で定める。
n=1のときx=yであり、g(x,x)=f(x,x)−1と定める。
n≥2のときx<yである。x<z≤yを満たす各zについて補題 1.2 (1)により∣[z,y]∣<nであるから、g(z,y)はすでに定まっている。そこで
g(x,y)=−f(x,x)−1z∈[x,y]z=x∑f(x,z)g(z,y)と定める。この定義により、x<yのとき
(f∗g)(x,y)=f(x,x)g(x,y)+z∈[x,y]z=x∑f(x,z)g(z,y)=0=δ(x,y)であり、x=yのとき(f∗g)(x,x)=f(x,x)f(x,x)−1=1=δ(x,x)である。ゆえにf∗g=δである。
同様にh:Int(P)→Rを、h(x,x)=f(x,x)−1とし、x<yのとき
h(x,y)=−(z∈[x,y]z=y∑h(x,z)f(z,y))f(y,y)−1と定める。x≤z<yのとき補題 1.2 (2)により∣[x,z]∣<∣[x,y]∣であるから、この定義も区間の要素数についての強い帰納法として正当である。同じ計算によりh∗f=δである。
一致と一意性。命題 1.4の結合性と単位元の性質により
h=h∗δ=h∗(f∗g)=(h∗f)∗g=δ∗g=gである。ゆえにgは両側逆元である。g1,g2がともに両側逆元ならば、同じ計算でg1=g1∗(f∗g2)=(g1∗f)∗g2=g2となるので一意である。▨
定義 2.2.(P,≤)を有限半順序集合、Rを単位元をもつ可換環とする。ζ∈I(P,R)を
ζ(x,y)=1((x,y)∈Int(P))と定め、(P,≤)の ゼータ関数 (zeta function) とよぶ。ζ(x,x)=1は可逆であるから、定理 2.1によりζは両側逆元を一意にもつ。この逆元をμと書き、(P,≤)の Möbius 関数 (Möbius function) とよぶ。すなわちμ∗ζ=ζ∗μ=δである。
命題 2.3.(P,≤)を有限半順序集合、Rを単位元をもつ可換環とし、μを定義 2.2が定めるI(P,R)の Möbius 関数とする。μは次の二つの漸化式のいずれによっても一意に定まる。
- μ(x,x)=1であり、x<yのときμ(x,y)=−z∈[x,y]z=y∑μ(x,z)である。
- μ(x,x)=1であり、x<yのときμ(x,y)=−z∈[x,y]z=x∑μ(z,y)である。
証明.μ∗ζ=δを書き下すと、(x,y)∈Int(P)に対し
z∈[x,y]∑μ(x,z)=δ(x,y)である。x=yのときこれはμ(x,x)=1を与え、x<yのときz=yの項を移項すると(1)を得る。同様にζ∗μ=δを書き下すと∑z∈[x,y]μ(z,y)=δ(x,y)であり、z=xの項を移項すると(2)を得る。
一意性を示す。(1)の形の漸化式を満たす二つの関数μ1,μ2を取り、∣[x,y]∣についての強い帰納法でμ1(x,y)=μ2(x,y)を示す。∣[x,y]∣=1のとき両者は1である。∣[x,y]∣≥2のとき、漸化式の右辺に現れるzはz=yを満たすので補題 1.2 (2)により∣[x,z]∣<∣[x,y]∣であり、帰納法の仮定からμ1(x,z)=μ2(x,z)である。ゆえに右辺どうしが等しくμ1(x,y)=μ2(x,y)である。(2)についても同様である。▨
補題 2.4.(P,≤)、(P′,≤′)を有限半順序集合、Rを単位元をもつ可換環とし、x≤yをPの対、x′≤′y′をP′の対とする。順序同型θ:[x,y]→[x′,y′](すなわち全単射であってu≤v⟺θ(u)≤′θ(v)を満たすもの)が存在するならば
μP(x,y)=μP′(x′,y′)が成り立つ。
証明. まずθ(x)=x′かつθ(y)=y′である。実際、xは[x,y]の最小元である。u′∈[x′,y′]を任意に取ると、θが全射であるからu′=θ(u)を満たすu∈[x,y]が存在し、x≤uとθが順序を保つことからθ(x)≤′u′である。ゆえにθ(x)は[x′,y′]の最小元であり、最小元は反対称律により一意であるからθ(x)=x′である。yが[x,y]の最大元であることから、同じ議論でθ(y)=y′を得る。
∣[x,y]∣についての強い帰納法で示す。∣[x,y]∣=1のときx=yであり、θが全単射であることからx′=y′である。両辺とも1である。
∣[x,y]∣≥2とする。z∈[x,y]、z=yに対し、θの制限は[x,z]から[x′,θ(z)]への順序同型を与える。実際、u∈[x,z]とθ(u)∈[x′,θ(z)]が同値であることはθが順序同型であることから従う。補題 1.2 (2)により∣[x,z]∣<∣[x,y]∣であるから、帰納法の仮定によりμP(x,z)=μP′(x′,θ(z))である。またz↦θ(z)は{z∈[x,y]:z=y}から{z′∈[x′,y′]:z′=y′}への全単射である。ゆえに命題 2.3 (1)により
μP(x,y)=−z∈[x,y]z=y∑μP(x,z)=−z′∈[x′,y′]z′=y′∑μP′(x′,z′)=μP′(x′,y′)である。▨
3 反転公式
3.1 証明方針
反転公式は、P上のR値関数をμで「積分し直す」主張である。証明の中心は、和の順序の交換を行ったのちに現れる内側の和が、ちょうど(ζ∗μ)(z,y)または(μ∗ζ)(x,z)の形をもつことである。
具体的には、g(y)=∑x≤yf(x)を仮定して∑x≤yg(x)μ(x,y)を計算する。g(x)を定義で置き換えると、和はz≤x≤yを満たす対(z,x)の全体にわたる二重和になる。Pが有限であるからこの和は有限和であり、zについて先に集めることができる。zを固定したときの内側の和は∑z≤x≤yμ(x,y)であり、ζ(z,x)=1を補って書くと(ζ∗μ)(z,y)=δ(z,y)に等しい。z=yの項だけが残り、f(y)を得る。もう一つの向きの反転では、ζ∗μのかわりにμ∗ζを用いる。
証明. 仮定のもとで右辺を計算する。Pが有限であるから、以下の和はすべて有限和である。
x≤y∑g(x)μ(x,y)=x≤y∑(z≤x∑f(z))μ(x,y)=(z,x)z≤x≤y∑f(z)μ(x,y)である。最後の式でzを先に固定して集めると
x≤y∑g(x)μ(x,y)=z≤y∑f(z)x∈[z,y]∑μ(x,y)となる。内側の和はζ(z,x)=1を補えば(ζ∗μ)(z,y)にほかならず、定義 2.2によりδ(z,y)に等しい。ゆえにz=yの項だけが残り、右辺はf(y)に等しい。
逆を示す。f(y)=∑x≤yg(x)μ(x,y)がすべてのyで成り立つとする。同じ計算をμとζを入れ替えて行うと
x≤y∑f(x)=x≤y∑(z≤x∑g(z)μ(z,x))=z≤y∑g(z)x∈[z,y]∑μ(z,x)=z≤y∑g(z)(μ∗ζ)(z,y)=g(y)となる。▨
定理 3.2 (上向きの Möbius の反転公式).(P,≤)を有限半順序集合、Rを単位元をもつ可換環、f,g:P→Rとする。すべてのx∈Pについて
g(x)=y∈P, y≥x∑f(y)が成り立つならば、すべてのx∈Pについて
f(x)=y∈P, y≥x∑μ(x,y)g(y)が成り立つ。逆も成り立つ。
証明. 仮定のもとで右辺を計算する。
y≥x∑μ(x,y)g(y)=y≥x∑μ(x,y)w≥y∑f(w)=(y,w)x≤y≤w∑μ(x,y)f(w)=w≥x∑f(w)y∈[x,w]∑μ(x,y)である。内側の和はζ(y,w)=1を補えば(μ∗ζ)(x,w)=δ(x,w)に等しい。ゆえにw=xの項だけが残り、右辺はf(x)である。逆については、定理 3.1の逆と同じ計算でζ∗μ=δを用いればよい。▨
4 部分集合束への適用
命題 4.1.Sを有限集合とし、P=2Sを包含⊆で順序づけた半順序集合とする。Rを単位元をもつ可換環とすると、A⊆B⊆Sに対し
μ(A,B)=(−1)∣B∖A∣が成り立つ。ここで右辺はRの元±1を表す。
証明.m=∣B∖A∣についての強い帰納法で示す。
m=0のときA=Bであり、命題 2.3によりμ(A,A)=1=(−1)0である。
m≥1とする。A⊆C⊆Bを満たすCはC=A∪T(T⊆B∖A)と一意に書くことができ、∣C∖A∣=∣T∣である。C=BであることとT=B∖Aであることは同値である。帰納法の仮定により、T⊊B∖Aのときμ(A,A∪T)=(−1)∣T∣である。∣T∣=kを満たすT⊆B∖Aは(km)個あるから(§D2.2 命題 3.1)、命題 2.3 (1)により
μ(A,B)=−k=0∑m−1(km)(−1)kである。二項定理(§D2.2 定理 5.1)をx=−1、y=1として用いると、m≥1のとき
k=0∑m(km)(−1)k=(−1+1)m=0であるから∑k=0m−1(km)(−1)k=−(−1)mである。ゆえにμ(A,B)=(−1)mである。▨
例 4.2 (三元集合での漸化式による検算).S={1,2,3}、R=Zとし、命題 2.3 (1)を用いてμ(∅,S)を直接に計算する。まずμ(∅,∅)=1である。∣C∣=1の三つのCについてμ(∅,C)=−μ(∅,∅)=−1である。∣C∣=2の三つのCについては、Cに含まれる真部分集合が∅と二つの一元集合であるから
μ(∅,C)=−(1+(−1)+(−1))=1である。したがって
μ(∅,S)=−(1+3⋅(−1)+3⋅1)=−1となり、命題 4.1が与える(−1)3=−1と一致する。
系 4.3.Xを有限集合、A1,…,AnをXの部分集合とする。S⊆[n]に対し
N=(S)={a∈X : {i∈[n] : a∈Ai}=S},N⊇(S)=i∈S⋂Aiと定める(S=∅のとき⋂i∈∅Ai=Xと読む)。このとき
N=(S)=T⊇S∑(−1)∣T∖S∣N⊇(T)が成り立つ。とくにS=∅の場合は§D2.3 系 1.3に一致する。
証明.P=2[n]を包含で順序づけ、R=Zとする。a∈Xに対しI(a)={i∈[n]:a∈Ai}と置くと
a∈i∈S⋂Ai⟺S⊆I(a)である。したがってXの元をI(a)の値ごとに分類し、加法原理(§D2.2 定理 2.1)を適用すると
N⊇(S)=T⊇S∑N=(T)となる。定理 3.2をf=N=、g=N⊇として適用すると
N=(S)=T⊇S∑μ(S,T)N⊇(T)であり、命題 4.1によりμ(S,T)=(−1)∣T∖S∣である。S=∅のとき、左辺はどのAiにも属さない元の個数、すなわちX∖⋃i=1nAiであり、右辺は∑T⊆[n](−1)∣T∣⋂i∈TAiである。▨
包除原理そのものの一次責務は§D2.3 定理 1.2をもつ記事にある。系 4.3は、その等式が部分集合束という特定の半順序集合における反転公式であることを示すものである。
5 約数の順序集合への適用
正の整数の約数を整除関係で順序づけた集合を導入する。以下、係数環はR=Zとする。
定義 5.1. 正の整数Nに対し、Nの正の約数の全体をDNと書く。d,e∈DNに対し、d≤eであることをd∣e(dがeを割り切る)であることと定める。この順序を入れた集合を(DN,∣)と書く。
命題 5.2. 正の整数Nに対し(DN,∣)は有限半順序集合である。
証明.DNは1以上N以下の整数の部分集合であるから有限集合である。
反射律を示す。正の整数dに対しd=d⋅1であるからd∣dである。
推移律を示す。d∣eかつe∣fとすると、正の整数k,lによってe=dk、f=elと書くことができ、f=d(kl)であるからd∣fである。
反対称律を示す。d∣eかつe∣dとすると、正の整数k,lによってe=dk、d=elと書くことができ、d=dklである。d>0であるからkl=1であり、kとlは正の整数であるからk=l=1である。ゆえにd=eである。
以上により(DN,∣)は§D2.5 定義 3.1の意味の半順序集合であり、台集合は有限である。▨
命題 5.3.定義 5.1の記号のもとで、d∣eを満たすd,e∈DNに対し、m=e/dと置く。写像
θ:[d,e]⟶Dm,θ(c)=c/dは順序同型である(Dmはmの正の約数の全体を整除関係で順序づけたものであり、[d,e]はDNにおける区間である)。したがって補題 2.4により
μDN(d,e)=μDm(1,m)が成り立つ。
証明.c∈[d,e]とするとd∣cかつc∣eである。c/dは正の整数であり、e/d=(c/d)⋅(e/c)であるから(c/d)∣mである。ゆえにθはDmへ値を取る。逆にu∣mならばc=duはd∣cを満たし、e=dm=c⋅(m/u)よりc∣eであるからc∈[d,e]である。u↦duとθは互いに逆であるからθは全単射である。
順序を保つことを示す。c,c′∈[d,e]とする。c∣c′ならばc′=ckと書くことができ、c′/d=(c/d)kであるから(c/d)∣(c′/d)である。逆に(c/d)∣(c′/d)ならばc′/d=(c/d)kと書くことができ、両辺にdを掛けてc′=ckを得るのでc∣c′である。ゆえにθは順序同型である。▨
系 5.4. 正の整数kに対しm(k)=μDk(1,k)と定める。命題 5.3により、d∣e∣NのときμDN(d,e)=m(e/d)である。さらにmは
m(1)=1,c∣k∑m(c)=0(k≥2)を満たし、この二条件によって一意に定まる。
証明.kを固定する。命題 5.3をDkの中でd=1、e=c(c∣k)として適用するとμDk(1,c)=m(c)である。定義 2.2によりμ∗ζ=δであるから、Dkにおいて
δ(1,k)=(μ∗ζ)(1,k)=c∈[1,k]∑μDk(1,c)ζ(c,k)=c∣k∑m(c)となる。ここでDkにおける区間[1,k]がDk全体に一致することを用いた。k=1のとき右辺は1でありm(1)=1を得る。k≥2のとき右辺は0である。
一意性を示す。kについての強い帰納法による。k=1では値が1に定まる。k≥2ではm(k)=−∑c∣k, c<km(c)であり、右辺に現れるcはkより小さいので帰納法の仮定により定まっている。▨
系 5.5 (約数についての反転公式). 正の整数Nと写像f,g:DN→Zについて、すべてのe∈DNで
g(e)=d∣e∑f(d)が成り立つならば、すべてのe∈DNで
f(e)=d∣e∑m(e/d)g(d)が成り立つ。
証明.命題 5.2によりDNは有限半順序集合であるから、定理 3.1をP=DNへ適用することができ、f(e)=∑d∣eg(d)μDN(d,e)である。系 5.4によりμDN(d,e)=m(e/d)である。▨
例 5.6 (Euler の関数の復元).N=12とする。まず系 5.4の漸化式からmの値を順に求める。
m(1)=1,m(2)=−1,m(3)=−1,m(4)=−(1−1)=0,m(6)=−(1−1−1)=1,m(12)=−(1−1−1+0+1)=0.ここでm(4)では約数1,2の値を、m(6)では約数1,2,3の値を、m(12)では約数1,2,3,4,6の値を用いた。
次に Euler の関数(§D2.3 定義 3.1)の値を12の約数について直接に数える。1以上d以下でdと互いに素な整数を列挙すると
φ(1)=1,φ(2)=1,φ(3)=2,φ(4)=2,φ(6)=2,φ(12)=4である(たとえばφ(12)については1,5,7,11の4個である)。g(e)=∑d∣eφ(d)を計算すると
g(1)=1,g(2)=2,g(3)=3,g(4)=4,g(6)=6,g(12)=12であり、いずれもg(e)=eである。系 5.5をf=φ、g(e)=eとして適用すると
φ(12)=d∣12∑m(12/d)d=m(12)⋅1+m(6)⋅2+m(4)⋅3+m(3)⋅4+m(2)⋅6+m(1)⋅12であり、値を代入すると0+2+0−4−6+12=4となる。これは直接に数えたφ(12)=4に一致し、§D2.3 例 3.3の値とも一致する。
mを素因数分解によって閉じた形に書く表示は、素因数分解の存在と一意性を用いるので初等整数論に属する。本記事は、系 5.4の漸化式だけを用い、その表示を本論の根拠としない。
6 演習
問題 6.1.
- 定理 2.1の十分性の証明を、右逆元gの構成から書き起こして再現せよ。とくに、g(x,y)の定義に現れるg(z,y)がすでに定まっている理由を、区間の要素数の比較として明示せよ。
- 定理 2.1の証明では左逆元hを別に構成した。注意 1.5の例を用いて、右逆元の存在だけからは両側逆元の存在が従わないと考えるべき理由を説明し、実際にh=gを導いた等式の各段階でどの性質を用いたかを述べよ。
- 定理 3.1の証明で行った和の順序の交換を、走る添字の対の集合を明示して書き直せ。さらに、Pが無限半順序集合で各区間だけが有限である場合に、この交換が正当化されない例があるかどうかを検討せよ。
- 命題 4.1の証明を、命題 2.3 (1)のかわりに命題 2.3 (2)を用いて再構成せよ。用いる二項係数の和がどう変わるかを明示せよ。
- Pをn元の全順序集合{1<2<⋯<n}とする。μ(i,j)をすべてのi≤jについて求め、定理 3.1が数列の階差と部分和の関係を与えることを確かめよ。
- N=30についてm(k)をk∣30のすべてで漸化式から計算し、∑d∣30m(d)=0を確かめよ。さらに系 5.5をg(e)=eへ適用してφ(30)を求め、直接の数え上げと一致することを確かめよ。
7 扱った範囲と次の記事
有限半順序集合の区間、可換環に値を取る接合代数、ゼータ関数および Möbius 関数を定義し、接合代数の可逆元が対角成分の可逆性で特徴づけられることを証明した。この特徴づけから Möbius 関数の存在と一意性、二種類の漸化式、および二つの向きの反転公式を導いた。応用として、有限集合の部分集合束の Möbius 関数を決定して包除原理の余事象形を反転として得たこと、および正の約数を整除関係で順序づけた集合の区間構造を決定して Euler の関数を反転で復元したことを示した。
無限半順序集合の接合代数、Möbius 関数の位相的な解釈、および素因数分解による Möbius 関数の閉じた表示は扱っていない。次の記事では、有限集合への群作用のもとでの数え上げを扱い、巡回指標と Burnside の補題から重み付き彩色の数え上げ公式を導く。