数学的帰納法では、主張が始まる整数で成り立つことを確かめ、ある整数で成り立つと仮定して次の整数でも成り立つことを示します。本記事では、数列の和、不等式、整除性、漸化式で定まる数列の一般項を題材に、この二つの段階を過不足なく書く練習をします。主張が成り立つ範囲に応じて、確かめる出発点を選びます。
1 証明の手順
定理 1.1 (数学的帰納法).を整数とし、以上の各整数に対して主張が定まっているとする。次の二つがともに成り立つならば、以上のすべての整数についてが成り立つ。
- が成り立つ。
- 以上のどの整数についても、が成り立つならばが成り立つ。
本記事では、1 を出発点、2 を帰納の段と呼びます。本記事は定理 1.1を証明せずに認めて用い、その根拠は「数学的帰納法の論理構造」に委ねます。
とおくと、におけるはであり、からを導く段はからを導く段になります。したがって§A3.10 定理 1.1をに適用すると、以上のすべての整数についての主張を得ます。
答案は、次の順に書きます。
- 示す主張と、の動く範囲を書きます。
- を直接確かめます。
- 以上の整数を取り、が成り立つと仮定します。
- の主張の形を書き、仮定したを用いてそれを導きます。このとき、仮定を用いた箇所が式のどこであるかまで示します。
- 定理 1.1により、以上のすべての整数についてが成り立つと結論します。
注意 1.2 (仮定するのはのときの主張である). 帰納の段で仮定するのは、という等式ではなく、のときの主張である。は以上の整数を表す文字であり、値を一つに決めていない。答案では「のときの主張が成り立つと仮定する」と書き、その主張の式を書き下す。
注意 1.3 (帰納の段では仮定を用いる). 帰納の段では、仮定したを実際に用いてを導く。仮定を用いずにを示すことができたのであれば、その主張は各について直接示すことができており、数学的帰納法を用いる必要が無い。
2 等式の証明
はじめに、数列の和についての等式を証明します。帰納の段では、仮定した等式の両辺に第項を加えて、のときの等式を作ります。
定理 2.1 (からまでの和). すべての正の整数について
が成り立つ。
証明.についての数学的帰納法で示す。示す主張は上の等式である。
出発点はである。左辺は、右辺はであり、両辺は一致する。
正の整数を取り、のときの主張
が成り立つと仮定する。のときの主張の左辺はである。この式のの部分に、仮定した等式を用いると
である。最初の等号で仮定を用いた。右端の式はのときの主張の右辺であるから、のときの主張が成り立つ。
定理 1.1により、すべての正の整数について等式が成り立つ。▨
3 不等式の証明
不等式を示すときも、段の分け方は等式の場合と同じです。ただし帰納の段では、仮定した不等式の両辺に何かを掛けたり足したりしてのときの不等式を作るので、その操作によって不等号の向きが変わらないことを確かめる必要があります。次のベルヌーイの不等式では、この確認に、主張が課している条件をそのまま用います。
定理 3.1 (ベルヌーイの不等式).をを満たす実数とし、を正の整数とする。このとき
が成り立つ。等号が成り立つのは、の場合との場合に限る。
証明.をを満たす実数として固定し、についての数学的帰納法で示す。
出発点はである。左辺は、右辺はであり、等号が成り立つ。
正の整数を取り、のときの主張が成り立つと仮定する。条件からであるから、この不等式の両辺にを掛けても不等号の向きは変わらない。したがって
である。ここの不等号で、仮定したのときの主張と、であることの両方を用いた。は正の整数でありは以上であるからであり、
である。二つを合わせるととなり、のときの主張が成り立つ。
定理 1.1により、すべての正の整数について不等式が成り立つ。
次に、等号が成り立つ場合を調べる。のときは両辺ともであり、のときは両辺ともであるから、いずれの場合も等号が成り立つ。逆にかつとする。上で示したをについて読むと
である。とからであるから、であり、等号は成り立たない。よって等号が成り立つのは、の場合との場合に限る。▨
注意 3.2 (条件を用いる箇所).定理 3.1の証明が条件を用いるのは、帰納の段で不等式の両辺にを掛ける箇所である。であれば、両辺に掛けたときに不等号の向きが変わるので、この段の議論は成り立たない。条件を落とすと、主張そのものが偽になる。実際、、とすると左辺は、右辺はであり、は成り立たない。
注意 3.3 (この不等式を用いる記事).定理 3.1は、「ベルヌーイの不等式」が用いる。同記事は、以上の数と正の整数について
という評価をこの不等式から導き、指数を有理数から実数へ広げる場面で用いる。本記事はこの不等式の証明を与える側であり、同記事はそれを応用する側である。
4 整除性の証明
整除性を示すときは、のときの式を、のときの式と、割る数の倍数であることが分かる項との和へ分けます。仮定した「のときの式がの倍数である」という主張は、整数を用いてその式をと書くことによって用います。
定理 4.1 (がの倍数であること). すべての正の整数について、はの倍数である。
証明.についての数学的帰納法で示す。
出発点はである。であり、であるからの倍数である。
正の整数を取り、のときの主張、すなわちがの倍数であることを仮定する。このとき、ある整数によってと書くことができる。のときの式を展開すると
である。最後の等号で仮定を用いた。とは連続する二つの整数であるから、一方は偶数であり、積は偶数である。そこで、ある整数によってと書くことができ、である。したがって
であり、は整数であるから、のときの主張が成り立つ。
定理 1.1により、すべての正の整数についてはの倍数である。▨
例 4.2 (がの倍数であること). すべての正の整数について、はの倍数である。
出発点はである。はの倍数である。
正の整数を取り、がの倍数であると仮定する。ある整数によってと書くことができ、である。これを用いると
であり、は整数であるから、のときの主張が成り立つ。仮定を用いたのは、をで置き換えた箇所である。定理 1.1により、すべての正の整数についてはの倍数である。
5 出発点がでない主張
主張が成り立つ範囲が正の整数全体でないときは、出発点をその範囲の最小の整数に取ります。その範囲は、小さいについて両辺を実際に計算して定めます。
例 5.1 (小さいにおけるとの大小).とを、から順に比べる。
ではである。とでは両者が等しく、ではであるから、これら三つのではが成り立たない。とではのほうが大きい。したがって「すべての正の整数について」は偽である。この不等式が成り立つ正の整数はとであり、帰納法で連続した尾部を示すときはを出発点に取る。
定理 5.2 (との大小).以上のすべての整数についてが成り立つ。
証明.についての数学的帰納法で示す。定理 1.1をとして用いる。
出発点はである。、であり、である。
以上の整数を取り、のときの主張が成り立つと仮定する。両辺に正の数を掛けても不等号の向きは変わらないので
である。ここの不等号で仮定を用いた。あとはを示せば結論が従う。差を取ると
であり、からであるからである。よってであり、が成り立つ。
定理 1.1により、以上のすべての整数についてが成り立つ。▨
注意 5.3 (帰納の段だけでは結論を得ることができない).定理 5.2の証明の帰納の段は、であれば同じ計算で成り立つ。のときだからである。それにもかかわらず、を出発点に取ることはできない。はより小さく、出発点の主張が成り立たないからである。出発点と帰納の段は別々に確かめるものであり、一方だけでは結論を得ることができない。
6 出発点を二つ取る形
隣接三項間漸化式で定まる数列では、がとの二つから決まります。この形の数列の一般項を数学的帰納法で確かめるときは、のときの主張だけを仮定してものときの主張を導くことができません。との二つを仮定してのときの主張を導く形を用い、出発点も二つ確かめます。この形は、定理 1.1から導くことができます。
定理 6.1 (出発点を二つ取る数学的帰納法).を整数とし、以上の各整数に対して主張が定まっているとする。次の二つがともに成り立つならば、以上のすべての整数についてが成り立つ。
- とがともに成り立つ。
- 以上のどの整数についても、とがともに成り立つならばが成り立つ。
証明.以上の各整数に対して、「とがともに成り立つ」という主張をと置く。
仮定 1 により、が成り立つ。
以上の整数を取り、が成り立つと仮定する。すなわち、とがともに成り立つ。このとき仮定 2 によりが成り立つ。とがともに成り立つので、が成り立つ。
定理 1.1を主張に適用すると、以上のすべての整数についてが成り立つ。はが成り立つことを含むので、以上のすべての整数についてが成り立つ。▨
定理 6.1が仮定するのは、直前の二つの場合です。以上以下のすべての場合を仮定する形もあり、その形と定理 1.1との関係は「数学的帰納法の論理構造」が扱います。
定理 6.2 (隣接三項間漸化式で定まる数列の一般項). 数列を、、、および
によって定める。このとき、すべての正の整数についてが成り立つ。
証明.定理 6.1をとして用いる。示す主張はである。
出発点を二つ確かめる。ではであり、と一致する。ではであり、と一致する。
正の整数を取り、のときの主張と、のときの主張がともに成り立つと仮定する。漸化式に、仮定した二つの等式を代入すると
である。二つめの等号で、仮定した二つの主張の両方を用いた。であるからであり、のときの主張が成り立つ。
定理 6.1により、すべての正の整数についてが成り立つ。▨
注意 6.3 (出発点を一つしか取らないと足りない).定理 6.2の帰納の段は、との二つの主張を用いてのときの主張を導いている。したがってについてこの段を実行するには、のときの主張とのときの主張の両方がすでに示されている必要がある。出発点をの一つだけにすると、のときの主張を得ることができないので、のときの主張を導くことができない。一般項を求める手順そのものは「漸化式の解法(発展形)」が扱い、§B1.5 注意 4.5も出発点を二つ取る理由を述べている。
注意 6.4 (帰納の段は出発点以上のすべてので成り立たなければならない). 帰納の段の議論は、出発点以上のどの整数についても成り立つ必要がある。ひとつのでも成り立たなければ、結論を得ることができない。次は、この点を見落とした誤った証明である。
主張は「どの有限個の馬も、たがいに同じ色である」とし、を「どの頭の馬も、たがいに同じ色である」とする。は成り立つ。帰納の段として、を仮定して頭の馬を考える。1 頭目を除いた頭は仮定により同じ色であり、最後の 1 頭を除いた頭も仮定により同じ色である。二つの組に共通して属する馬がいれば、その馬は二つの組の色をともに持つので、頭すべてが同じ色である。
この議論はでは正しいが、では成り立たない。のとき頭は 2 頭であり、 1 頭目を除いた組と 2 頭目を除いた組はそれぞれ 1 頭ずつで、共通して属する馬がいないからである。したがってからを導くことができず、この議論は主張を証明していない。