この単元は、集合、群、環、ベクトル空間、位相空間といった個別の対象を、対象と射という一つの言葉で扱い直す。ここまでの各単元で別々に現れた構成——集合の直積、群の直積、位相空間の積位相、自由群、自由加群、商集合、商位相——が、どれも同じ形の条件によって特徴づけられることを示し、その形を極限、余極限、随伴として定式化する。
この単元は一般から特殊へ進む。読者は直積や自由群をすでに具体的に知っているので、それらを先に並べ直しても新しい内容にならない。極限と余極限を先に定義し、始対象と終対象、直積と余積、pullback と pushout、equalizer と coequalizer を、添字圏を取り替えただけの特殊な場合として一度に導く。同型を除く一意性の証明も、一般の場合に一度だけ行う。
前提知識
- 数学の基礎: 写像、合成、単射と全射、集合族と添字づけられた直積、同値関係と商集合を用いる。商集合へ写像が降下する条件は、集合の圏における coequalizer の原型である。
- 群論入門: 群と準同型のなす圏を主要な例として繰り返し用いる。自由群の普遍性は自由と忘却の随伴として、自由積は群の圏の余積として読み直す。
- 線形代数 II: ベクトル空間と線形写像のなす圏を用いる。双対空間をとる対応が反変関手の最初の例であり、二重双対への標準写像が自然変換の最初の例である。
- 位相空間論 I: 位相空間と連続写像のなす圏を用いる。積位相と商位相の普遍性を、位相空間の圏における極限と余極限として読み直す。離散位相と密着位相を与える対応が、忘却関手の左随伴と右随伴になる。
- 環論入門: 環と加群のなす圏を用いる。反対環は反対圏の具体例であり、テンソル積と hom の対応は随伴の代表例である。
集合でない集まりを扱うための語(クラス)は導入しない。各対象の組に対する射の全体が集合であるという条件(局所小)を本単元の中で定義し、その範囲で議論する。大きさの体系的な管理は圏論 IIが扱う。
学ぶ順序とねらい
| 段階 | 主題 | この段階で新たにできること |
|---|---|---|
| 圏・関手・自然変換 | 圏と反対圏、関手、自然変換と関手圏 | 既習の構造を対象と射の言葉で書き直し、分野をまたぐ対応を関手として、対応どうしの比較を自然変換として述べることができる |
| 極限と余極限 | 極限と余極限、極限・余極限の特殊な場合 | 対象を射の存在と一意性によって特徴づけ、直積、pullback、equalizer とその双対を、添字圏を指定した極限と余極限として一度に扱うことができる |
| 米田の補題 | 米田の補題と表現可能関手、モノ射とエピ射 | 対象がそれへ向かう射の全体によって決まることを証明し、単射性と全射性を要素を使わずに述べることができる |
| 随伴と圏同値 | 随伴、右随伴と極限、圏同値と骨格 | 二つの関手が対になる関係を hom 集合の自然同型として述べ、右随伴が極限を保つことを証明し、圏が同値であることと同型であることを区別することができる |
| 例と計算 | 極限・余極限の計算、随伴の例 | 集合、群、ベクトル空間、位相空間、順序集合の圏で極限と余極限を具体的に計算し、自由と忘却をはじめとする随伴を検証することができる |
この単元の設計について
普遍性を独立の理論として先に置かない。普遍性は、始対象と終対象、極限と余極限、表現可能性、随伴に共通して現れる議論の型である。これを最初に抽象的な原理として掲げると、後続の各記事が同じ一意性の証明を繰り返すことになる。本単元は、極限と余極限を定義する段階で、対象を射の存在と一意性によって特徴づける方法として日本語で導入し、必要な場合にのみ表現可能性として形式化する。
図式を関手と別の構造にしない。極限を定義する段階で、添字となる小さい圏から対象の圏への関手を考え、その関手を図式と呼ぶ。図式という独立した前提概念を先に用意しない。
モノ射とエピ射を米田の補題の後に置く。射がモノ射であることは、任意の対象についてが単射であることと同値であり、エピ射については反対の向きの hom 関手について同じことが成り立つ。米田埋め込みを先に構成しておくと、モノ射とエピ射は孤立した定義ではなく、表現可能関手の間の単射性として位置づく。エピ射を特徴づけるのも全射性ではなく単射性であり、向きの違いだけが両者を分ける。環の圏で整数環から有理数体への包含がエピ射でありながら全射でないという現象も、そこで初めて正しく読むことができる。
例は最後にまとめる。各概念の直後には代表例を一つずつ置くが、複数の圏を横断して比べる作業は末尾の二記事に集める。同じ圏の中で極限と余極限と随伴が互いにどう関係するかは、三つを定義し終えてからでなければ書くことができない。
この先につながること
- 圏論 II: Grothendieck 宇宙によって大きさを管理し、Kan 拡張、随伴関手定理、モナドと Eilenberg–Moore 圏、モノイダル圏と豊穣圏へ進む。
- ホモロジー代数: 加法圏とアーベル圏の上で完全列と導来関手を扱う。本単元の極限、余極限、随伴が、核、余核、Ext、Tor の構成の土台になる。
- 代数幾何入門: 環へ空間を対応させる反変関手が主役になり、米田埋め込みの充満忠実性がスキームの関手的な見方として具体化される。
- 層と前層、トポス理論: 開集合のなす順序集合を圏とみなし、そこからの反変関手として前層を定義する。本単元の関手圏がそのまま前層の圏になる。
- 普遍代数: 自由と忘却の随伴を、代数系の種類を変えても同じ形で成り立つ現象として一般化する。
- 単体的集合、Galois 圏: 単体圏からの前層、および有限集合への関手として、本単元の道具を特定の圏へ適用する。
この単元で扱わないこと
Grothendieck 宇宙による大きさの管理、Kan 拡張、随伴関手定理、モナドと Eilenberg–Moore 圏、モノイダル圏と豊穣圏、局所表示可能圏、反射的部分圏と局所化は圏論 IIが扱う。本単元は局所小圏と小さい図式に限り、大きさを体系的に管理しない。存在しない極限や随伴を仮定した主張も述べない。
加法圏、アーベル圏、完全列、図式追跡および導来関手はホモロジー代数が扱う。本単元は極限と余極限を一般の圏で構成するところまでを扱い、加法構造を仮定しない。
Grothendieck 位相、層、トポスおよび層化は層と前層とトポス理論が扱う。本単元は関手圏と前層の圏を構成するところまでを扱う。
2-圏、高次圏および導来圏の体系的な理論には立ち入らない。関手圏を対象、関手を射、自然変換をその間の射と見るときに現れる二段の構造は、水平合成の範囲でのみ触れる。