この段では、異なる定義体系の対象を同一の議論の中で扱うことを学ぶ。Part E でひととおり立ち上げた位相・測度・群・環・体・加群・線形・圏の言葉が、ここでは一つの証明の中に同時に現れる。ホモロジー代数によって完全列と導来関手を抽象化し、可換環と非可換環に固有の構造を調べ、体論を数論と表現論へ接続する。
単元数が36と多いのは、この段が講義の分量ではなく成熟度の帯だからである。ここに並ぶ単元は互いに直列ではなく、必要な前提を満たしたものから並行して進むことができる。
この段に置く単元
| 単元 | 扱うこと |
|---|---|
| 公理的集合論 | ZFC の公理から順序数と超限帰納法、基数算術と選択公理、累積階層と反映原理、構成可能宇宙まで |
| 圏論 II | Grothendieck 宇宙による大きさの管理から Kan 拡張と随伴関手定理、monoidal 圏・豊穣圏、局所表示可能圏まで |
| ホモロジー代数 | 加法圏とアーベル圏、複体の圏、長完全列、射影分解・入射分解から導来関手、Ext、Tor、群コホモロジーへ進み、Brauer 群と第二群コホモロジーの関係まで |
| 可換環論 | 素スペクトルと忠実平坦降下から付値、Noether 環、完備化、有限表示性、正則列、平滑性、Cohen 構造定理、Krull 環まで |
| 非可換環論 | 森田理論から根基と射影被覆、原始環、Ore 局所化、Goldie の定理へ進み、フィルター付き環、Weyl 代数、普遍包絡環、非可換 Noether 代数まで |
| 加群論 | 純完全列と普遍単射、Lazard の定理、アーベル圏の torsion theory、Kaplansky dévissage、平坦被覆、忠実平坦降下、Mittag–Leffler 加群まで |
| 証明論 | 自然演繹とシークエント計算の証明変換から正規化・カット除去、部分論理式性、直観主義論理の証明論、単純型付きラムダ計算の強正規化へ進み、展望では Gentzen の無矛盾性証明と証明論的順序数を扱う |
| 束論 | 束・完備束・Galois 接続から Stone 双対性、フレームと locale、点による空間の復元まで |
| 普遍代数 | 指標・項・合同関係から自由代数、等式論理、Birkhoff の HSP 定理、Lawvere 理論と monad まで |
| 有限群の表現論 | 群論入門で証明した Maschke の定理を用い、表現と群環加群の対応から Schur の補題、指標の直交関係と指標表、誘導表現と相互律、対称群の表現まで |
| Lie 環論 | Lie 環の可解性・冪零性から Killing 形式による Cartan の判定、ルート系と Dynkin 図形の分類、最高ウェイト表現と指標公式まで |
| 代数的整数論 | 代数体と整数環、イデアルの一意分解から分岐と判別式、イデアル類群の有限性と単数定理、局所体と分岐理論、類数公式まで |
| 一般位相空間論 | フィルターとネットから分離公理の階層と Urysohn の補題、Tietze の拡張定理、パラコンパクト性、距離化定理、コンパクト化まで |
| 測度論続論 | 複素測度と全変動から Radon 測度、Polish 空間上の測度、弱収束と緊密性、測度核と条件付き測度まで |
| 距離空間と測度距離空間 | 長さ構造と測地距離空間から Hopf–Rinow–Cohn-Vossen の定理、Gromov–Hausdorff 距離と点付き収束、コンパクト性定理、CAT(k) 空間まで |
| 確率過程 | Kolmogorov の拡張定理による確率過程の構成からフィルトレーションと停止時刻、マルチンゲールの停止と収束、Markov 連鎖・Poisson 過程・分枝過程の長時間挙動まで |
| 数理統計 II | 指数型分布族と漸近統計理論から一般化線形モデル、モデル選択、ブートストラップ、ノンパラメトリック推定、Bayes 計算まで |
| 情報理論・符号理論 | entropy と相互情報量から情報源・通信路符号化定理、有限体上の線形符号、距離限界と代数的符号まで |
| Fourier 解析と調和解析 | Fourier 級数の収束と近似単位から Fourier 変換・反転公式・Plancherel の定理、Poisson 和公式、極大関数と特異積分まで |
| 解析的整数論 | 算術関数と Dirichlet 級数から Riemann ゼータの解析接続と関数等式、零点自由領域と素数定理、L 関数と算術級数の素数定理まで |
| 超関数と Sobolev 空間 | 試験関数の空間から超関数の微分と台、緩増加超関数の Fourier 変換、Sobolev 空間と埋め込み定理、トレース定理と弱形式まで |
| 層と前層 | 前層と層の定義から茎と芽・層化、層の射と完全性、層の圏が Abel 圏であること、順像と逆像、Čech 複体まで |
| 単体的集合 | 単体圏と単体的対象から胞体複体の定義と幾何学的実現、神経と分類空間、Kan 複体、単体的ホモロジー、Dold–Kan 対応まで |
| 代数的位相幾何 | ホモロジー理論を Eilenberg–Steenrod の公理で特徴づけ、公理を満たす理論が一致することを示す。特異・単体的・胞体ホモロジーの一致、de Rham の定理、普遍係数定理と Künneth の定理、Lefschetz の不動点定理まで |
| 微分位相幾何 | Sard の定理と横断性からはめ込みと埋め込み、Whitney の埋め込み定理、Morse 関数とハンドル分解、Morse 不等式、写像度まで |
| Riemann 幾何 I | Riemann 計量と Levi-Civita 接続から曲率テンソルと測地線、指数写像と法座標、定曲率空間、Jacobi 場、Hopf–Rinow の定理まで |
| ベクトル束と接続 | ベクトル束と主束から接続と曲率形式へ進み、束の同型類を分類空間への写像として捉え、Grassmann 多様体のコホモロジー環を計算するまで |
| Lie 群論 | Lie 群と左不変ベクトル場から指数写像・閉部分群定理、Lie 対応と随伴表現、等質空間、単連結被覆群の構成、古典行列群まで |
| Riemann 面 I | 解析接続とモノドロミーから Riemann 面、被覆と普遍被覆、有理型関数、楕円関数、一意化定理と Picard の定理まで |
| 多変数複素解析 | Hartogs の現象と正則領域から擬凸性と Levi 問題、多重劣調和関数、Dolbeault コホモロジー、岡の連接定理と Stein 多様体まで |
| 凸最適化 | 凸集合と凸関数から分離定理・劣微分・共役関数、Lagrange 双対と KKT 条件、勾配法と近接法・内点法の収束まで |
| 数値解析 II | 疎行列と Krylov 部分空間法、硬い常微分方程式の陰的法、最適化アルゴリズム、偏微分方程式の離散化、適応的誤差制御とスペクトル法まで |
| 変分法 | Euler–Lagrange 方程式から直接法による解の存在、下半連続性と弱コンパクト性、制約付き問題、ミニマックス法とガンマ収束まで |
| 組合せ論・グラフ理論 | 生成関数と漸近評価から極値集合論・Ramsey 理論、確率論的手法、彩色とマッチングの定理、平面性、正則性補題まで |
| モデル理論 | 初等部分構造、Skolem 包、非標準モデル、超積と Łoś の定理から量化子消去、型、飽和性、圏別性へ進み、展望では安定性理論、有限モデル理論、記述計算量を扱う |
この並びにした理由
36単元は、7つのまとまりとして捉えることができる。
代数(ホモロジー代数、可換環論、非可換環論、加群論、有限群の表現論、Lie 環論)は、Part E の群論入門・環論入門・体論・線形代数 II・圏論 I を組み合わせて、対象の構造を複数の言葉で記述する。ホモロジー代数は完全列と導来関手を代数・幾何・数論へ供給する。可換環論は素スペクトル、降下、局所代数を扱い、非可換環論は森田同値、原始環、非可換局所化を扱う。加群論は純粋性、被覆、降下および無限生成加群の構造を扱う。有限群の表現論と Lie 環論は、群と Lie 環を線形空間への作用として扱う。
数論(代数的整数論、解析的整数論)は、整数についての問いを、代数と解析のどちらの言葉でも扱えるようにする。代数的整数論は体論・可換環論の上でイデアルの分解と類群を扱い、解析的整数論は複素解析と Fourier 解析の上で素数の分布を扱う。同じ対象を異なる二つの定義体系から見るという点で、この段の性格が最もはっきり現れるまとまりである。
位相・測度と関数空間(一般位相空間論、測度論続論、距離空間と測度距離空間、Fourier 解析と調和解析、超関数と Sobolev 空間、変分法)は、Part E の位相空間論 I・測度と積分・関数解析入門を土台に、無限次元の空間を発展させる。測度論続論は Radon 測度と Polish 空間上の測度を整え、確率論と解析へ供給する。関数解析入門からは、周波数へ移す Fourier 解析と調和解析、微分を弱い意味へ拡張する超関数と Sobolev 空間へ進む。距離空間と測度距離空間は空間の列そのものの収束を Gromov–Hausdorff 距離で測る。Part G の幾何学的群論と Riemann 幾何 II が、この収束の理論を前提とする。
確率と情報(確率過程、数理統計 II、情報理論・符号理論)は、Part E の確率論入門を共通の土台とし、数理統計 II は Part E の数理統計 I も前提とする。確率過程は Kolmogorov の拡張定理によって確率過程を構成し、フィルトレーション、停止時刻、マルチンゲールおよび Markov 過程へ進む。数理統計 II は漸近統計理論と統計モデルを扱う。情報理論・符号理論は entropy と通信路を確率論によって扱い、線形符号について線形代数と有限体も用いる。
幾何と位相(層と前層、単体的集合、代数的位相幾何、微分位相幾何、Riemann 幾何、ベクトル束と接続、Lie 群論、Riemann 面、多変数複素解析)は、局所から大域へという問いを共有する。座標に依らない微分の言葉と空間の不変量は、Part E の多様体入門と位相幾何入門が既に用意している。代数的位相幾何はその上で、ホモロジー理論を公理によって特徴づけ、別々に作られた構成が同じ理論を与えることを示す。微分位相幾何が一般の位置の議論で多様体を分解し、ベクトル束と接続が接空間の上の接続を一般の束へ広げ、Riemann 幾何が計量を入れて曲率を測り、Lie 群論が群と多様体を同時に扱い、Riemann 面が複素解析を大域化する。多変数複素解析は変数の個数を増やし、1変数では起きない Hartogs の現象と擬凸性を扱って、Part G の複素多様体論の土台になる。Riemann 幾何がこの段で扱うのは、計量・接続・曲率テンソル・測地線・Jacobi 場・完備性という、座標を取って計算することができる範囲である。曲率の仮定から直径や体積の大域的な制約を導く議論は、Part G の幾何解析が扱う。ベクトル束と接続は、束から不変量を取り出す特性類までをこの段で構成する。その特性類を K 群として束ねる議論は Part G の位相的 K 理論が扱い、多様体をコボルディズム関係で分類する議論は Part G のコボルディズム論が扱う。層と前層と単体的集合は、この問いを扱うための道具そのものを用意する単元であり、代数的位相幾何と、Part G の層コホモロジーが直接の消費者になる。代数的位相幾何をこの段に置いているのは、公理化と比較定理が Ext と Tor を要し、その前提であるホモロジー代数 I がこの段にあるからである。Ext と Tor を用いずに済む範囲、すなわち基本群、被覆空間、特異ホモロジーとその計算、およびカップ積は、Part E の位相幾何入門が扱う。
計算と最適化と離散(凸最適化、数値解析 II、組合せ論・グラフ理論)は、対象を具体的に計算するか、存在を構成せずに示すかという方向へ進む。数値解析 II は Part E の誤差と安定性を大規模線形計算・硬い常微分方程式・偏微分方程式の離散化へ広げ、凸最適化は双対性を、組合せ論・グラフ理論は確率論的手法と代数的手法を扱う。
基礎論と圏(公理的集合論、圏論 II、証明論、束論、普遍代数、モデル理論)は、Part E の数理論理と圏論 I を複数の方向へ深める。証明論は導出そのものを変換し、モデル理論は理論の性質をモデルの存在で捉える。束論は順序と位相を、普遍代数は代数系を共通言語で統一する。圏論 II は Kan 拡張を単体的集合より前に供給し、普遍代数の monad 的記述も支える。
参考にした基準
この段の配置は、複数の数学科カリキュラムの共通項を根拠にしている。特定の大学の時間割をそのまま写したものではなく、ランキングも根拠にしていない。
- 群に続いて環・体・Galois 理論・可換環論を置き、実解析・複素解析に続いて Fourier 解析・関数解析を置くという順序は、東京大学の数学科カリキュラムや清華大学の数学系培養計画に共通して見られる。
- ホモロジー代数を、環論入門および圏論の両方を履修した後に置き、代数的位相幾何の準備科目として扱う配置は、高等師範学校(ENS)のMathématiquesやケンブリッジ大学のMathematical Triposに見られる。
- 代数的整数論・解析的整数論・代数的位相幾何を、代数と解析の学部コアを終えた学部後半の科目として置く配置も、これらのカリキュラムに共通して現れる。
- 多様体・Lie 群を実解析・線形代数と曲面論の後、専門分化の前に置く配置は、マサチューセッツ工科大学のMathematicsカリキュラムやボン大学のBachelor Mathematikにも見られる。
- モデル理論・証明論・公理的集合論を、他の専門科目と並行する学部後半のコースとして置く点は、高麗大学の数学科専攻課程を含む複数校で共通している。
- 数理統計と数値解析の発展部分、凸最適化・組合せ論を、解析と線形代数の出口として学部後半に置く配置も、これらのカリキュラムに共通して現れる。
前の段・次の段へ
Part E(学部課程程度)でいくつもの定義体系を立ち上げていれば、この段の単元には前提を満たしたものから進むことができる。この段で複数の体系を同じ議論の中で扱えるようになると、Part Gでは、一つの分野の文献に自分で入っていく段階に立つ。